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伝説への登山
水源と洞窟
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Coming soon!
水源地(すいげんち)のかんばんを見つけて、ベレンは一気に元気になった。あと1kmほどで目的のほこらに着くのだ。ここまで大変だったが、やっと目的地に着く。水を飲んでかなえてもらうねがいごとは何にしようか。そんなふうに考えて、あれだけ重かった足はうそのように軽くなった。
たしかに源流(げんりゅう)の川の水量(すいりょう)もいよいよ少なくなり、あさくなっていた。あと1km、あと1kmなんだ。
たおれた木がふえ、流量(りゅうりょう)がへって川がどこをながれているのかもわかりにくくなってきたころ、ベレンは一つの木のはしらが立っているのを見つけた。
『千曲川(ちくまがわ) 信濃川(しんのがわ) 水源地標(すいげんちひょう)』
(やっとついた!)
しばらくよろこんだ後、ベレンは小さな声で言った。
「あれ、でも、洞窟(どうくつ)は…?」
川は大きくかたむいて、たおれそうな大きな木の下からしずかに水が出ていた。まわりにはこけが生えたたおれた木がたくさん転がっているだけで、近くに洞窟(どうくつ)はない。ベレンは10分ほどまわりをいっしょうけんめいさがしたが、それらしいものはけっきょく見つからなかった。
そもそも、日本で一番大きな川である千曲川(ちくまがわ)の水源(すいげん)が、みんなに知られていないはずはない。水源地(すいげんち)にでんせつのような洞窟(どうくつ)やほこらがあれば、とっくにはっけんされているはずなのだ。
そんなあたりまえのことにベレンはがっかりした。
ひざに手をついて下を向いていると、つかれた足がもっと重くなったように感じた。
(もうつかれた...)
ベレンは、水源のちょっと上にある山の頂上(ちょうじょう)近くに座った。岩の上に座って、目をとじた。いろいろな気持ちがあふれてきた。ここまで歩いてきた道のこと、言いつたえを教えてくれたトシさんのこと、そしてむかしからずっとその言いつたえを守ってきたトシさんの先祖(せんぞ)のことを考えた。しかし、彼らがつないできた言いつたえはうそだったのだ。洞窟(どうくつ)も祠(ほこら)もねがいをかなえる器(うつわ)も何もなかった。そのことはとてもつらかった。知らないほうがよかったのかもしれないとさえ思った。
しずかなしらかばの森で水がながれる音が聞こえる。
音の一つはしゃめんの下側、水源地の方向。そしてもう一つ、とても小さな音で、しゃめんの上の方からせせらぎの音が聞こえた。
(...!!)
思わず目を開ける。
ベレンはポケットから紙を出して、メモした言いつたえの道をもう一度読んだ。
「『...そののち山腹(やまばら)にて流れ(ながれ)のとだえる場所在り(ばしょあり)。されど、ここは水源(すいげん)に非ず(あらず)。そののち、頂上(ちょうじょう)のほうに十丈(じゅうじょう)(30m)進む(すすむ)。やがて樫(かし)、樺(かば)の多く生える中にただ一つ生える大松(おおまつ)あり。その根元(ねもと)にて小さな流れ、地に潜る(もぐる)。再び(ふたたび)この流れを遡る(さかのぼる)。』」
つまり、ここは地面の中にかくれていた水のながれが地上に出てきた場所で、じっさいの水源(すいげん)はもっと山の上にあるということだった。
ベレンはもう一度、足に力を入れて立ち上がった。山頂側(さんちょうがわ)に一歩ずつ足を運ぶ。やがて右手にとても大きな黒松(くろまつ)が見えてきた。ここから先は、正しい登山道ではなく、動物が通る道だ。
少しまよったあと、足元をよく見ながらベレンは黒松のそばまで登った。
そのねもとで、ほんの小さな水のながれが地面にかくれているのを見つけた。ながれはさらに山頂側からのびている。
この小さな千曲川(ちくまがわ)をたどって、もう一度洞窟(どうくつ)をめざす。それはまるではじめからずっとつづけられてきた言いつたえそのもののようだった。そして、しょだいがたどり着いたほこらにつながっているのだ。
そこからは、ほそい動物の道を30分ほど、気をつけてすすんだ。足元にはしずかに川がながれている。今にも止まりそうなほそいながれが、ベレンのきぼうだった。メモを見ながら道をたどる。めじるしは、とくちょうがある岩や木、地形など、時間がたってもかわりにくいものばかりだったのでたすかった。
「『...その大岩(おおいわ)を背(せ)に1町(110m)ほど進む(すすむ)。辰巳(たつみ)に岩屋(いわや)あり。』…ここだ!」
ベレンの目の前には、古い洞窟(どうくつ)が大きな口を開けていた。まわりにはくさがいっぱい生えていて、入り口はこけでおおわれている。
たしかに源流(げんりゅう)の川の水量(すいりょう)もいよいよ少なくなり、あさくなっていた。あと1km、あと1kmなんだ。
たおれた木がふえ、流量(りゅうりょう)がへって川がどこをながれているのかもわかりにくくなってきたころ、ベレンは一つの木のはしらが立っているのを見つけた。
『千曲川(ちくまがわ) 信濃川(しんのがわ) 水源地標(すいげんちひょう)』
(やっとついた!)
しばらくよろこんだ後、ベレンは小さな声で言った。
「あれ、でも、洞窟(どうくつ)は…?」
川は大きくかたむいて、たおれそうな大きな木の下からしずかに水が出ていた。まわりにはこけが生えたたおれた木がたくさん転がっているだけで、近くに洞窟(どうくつ)はない。ベレンは10分ほどまわりをいっしょうけんめいさがしたが、それらしいものはけっきょく見つからなかった。
そもそも、日本で一番大きな川である千曲川(ちくまがわ)の水源(すいげん)が、みんなに知られていないはずはない。水源地(すいげんち)にでんせつのような洞窟(どうくつ)やほこらがあれば、とっくにはっけんされているはずなのだ。
そんなあたりまえのことにベレンはがっかりした。
ひざに手をついて下を向いていると、つかれた足がもっと重くなったように感じた。
(もうつかれた...)
ベレンは、水源のちょっと上にある山の頂上(ちょうじょう)近くに座った。岩の上に座って、目をとじた。いろいろな気持ちがあふれてきた。ここまで歩いてきた道のこと、言いつたえを教えてくれたトシさんのこと、そしてむかしからずっとその言いつたえを守ってきたトシさんの先祖(せんぞ)のことを考えた。しかし、彼らがつないできた言いつたえはうそだったのだ。洞窟(どうくつ)も祠(ほこら)もねがいをかなえる器(うつわ)も何もなかった。そのことはとてもつらかった。知らないほうがよかったのかもしれないとさえ思った。
しずかなしらかばの森で水がながれる音が聞こえる。
音の一つはしゃめんの下側、水源地の方向。そしてもう一つ、とても小さな音で、しゃめんの上の方からせせらぎの音が聞こえた。
(...!!)
思わず目を開ける。
ベレンはポケットから紙を出して、メモした言いつたえの道をもう一度読んだ。
「『...そののち山腹(やまばら)にて流れ(ながれ)のとだえる場所在り(ばしょあり)。されど、ここは水源(すいげん)に非ず(あらず)。そののち、頂上(ちょうじょう)のほうに十丈(じゅうじょう)(30m)進む(すすむ)。やがて樫(かし)、樺(かば)の多く生える中にただ一つ生える大松(おおまつ)あり。その根元(ねもと)にて小さな流れ、地に潜る(もぐる)。再び(ふたたび)この流れを遡る(さかのぼる)。』」
つまり、ここは地面の中にかくれていた水のながれが地上に出てきた場所で、じっさいの水源(すいげん)はもっと山の上にあるということだった。
ベレンはもう一度、足に力を入れて立ち上がった。山頂側(さんちょうがわ)に一歩ずつ足を運ぶ。やがて右手にとても大きな黒松(くろまつ)が見えてきた。ここから先は、正しい登山道ではなく、動物が通る道だ。
少しまよったあと、足元をよく見ながらベレンは黒松のそばまで登った。
そのねもとで、ほんの小さな水のながれが地面にかくれているのを見つけた。ながれはさらに山頂側からのびている。
この小さな千曲川(ちくまがわ)をたどって、もう一度洞窟(どうくつ)をめざす。それはまるではじめからずっとつづけられてきた言いつたえそのもののようだった。そして、しょだいがたどり着いたほこらにつながっているのだ。
そこからは、ほそい動物の道を30分ほど、気をつけてすすんだ。足元にはしずかに川がながれている。今にも止まりそうなほそいながれが、ベレンのきぼうだった。メモを見ながら道をたどる。めじるしは、とくちょうがある岩や木、地形など、時間がたってもかわりにくいものばかりだったのでたすかった。
「『...その大岩(おおいわ)を背(せ)に1町(110m)ほど進む(すすむ)。辰巳(たつみ)に岩屋(いわや)あり。』…ここだ!」
ベレンの目の前には、古い洞窟(どうくつ)が大きな口を開けていた。まわりにはくさがいっぱい生えていて、入り口はこけでおおわれている。
水源地の標識を見つけて、ベレンは一気に元気になった。あと1kmほどで目的の祠に着くのだ。ここまで大変だったが、やっと目的地に着く。水を飲んで叶えてもらう願い事は何にしようか。そんな風に考えて、あれだけ重かった脚は嘘のように軽くなった。
確かに源流の川の水量もいよいよ少なくなり、浅くなっていた。あと1km、あと1kmなんだ。
倒木が増え、流量が減って川がどこを流れているのかもわかりにくくなってきたころ、ベレンは一つの木の柱が立っているのを見つけた。
『千曲川 信濃川 水源地標』
(やっとついた!)
ひとしきり喜んでから、ベレンは呟いた。
「あれ、でも、洞窟は…?」
川は大きく傾き殆ど倒れ掛かった大木の根元からこんこんと湧き出していた。周囲には苔むした倒木が多く転がっているばかりで、近くに洞窟はない。10分ほどベレンは周囲を懸命に探したが、それらしきものは遂に見つからなかった。
そもそも、日本最大の河川である千曲川の水源地が公に判明していないはずはない。水源地に伝説のような洞窟や祠があれば、とっくに発見されているはずなのだ。
そんな当たり前の事実にベレンはがっくりと首をうなだれた。
膝に手をついて下を向いていると、疲労がたまった脚が一層重くなった気がした。
(もう疲れた...)
ベレンは、水源地の少し山頂側に座り込んだ。岩の上に腰かけて目をつむる。色々な想いがあふれてきた。ここまでの道のりのこと、言い伝えを託してくれたトシさんのこと、これまではるか昔から連綿と口伝をつないできたトシさんの先祖の人々のことを考えた。しかし、彼らがつないできた言い伝えは嘘だったのだ。洞窟も祠も願いを叶える器も存在などしなかった。その事実はひどく残酷だった。明らかにしないほうがよかったのかもしれないとさえ思った。
静かな白樺の森で水が流れる音が響く。
音の一つは斜面の下側、水源地の方向。そしてもう一つ、本当に小さく、斜面の上側からせせらぎの音が聞こえた。
(...!!)
思わず目を開ける。
ベレンはポケットから紙を取り出し、メモした言い伝えの経路を読み直した。
「『...そののち山腹にて流れのとだえる場所在り。されど、ここは水源に非ず。そののち、頂のほうに十丈(30m)進む。やがて樫、樺の多く生える中にただ一つ生える大松あり。その根元にて小さな流れ、地に潜る。再びこの流れを遡る。』」
つまり、ここは地中に潜っていた流れが地上に出てきた場所であって、水源地はさらに山頂側に存在する、とのことだった。
ベレンはもう一度、脚に力を入れて立ち上がった。山頂側に一歩ずつ足を運ぶ。やがて右手にとても大きな黒松が見えてきた。ここから先は正規の登山道から外れた、けもの道だ。
少しためらったあと、足元を慎重に確認してベレンは黒松のそばまで登ってきた。
その根元で、本当に小さな流れが地中に潜っているのを見つけた。流れはさらに山頂側から伸びている。
この小さな千曲川を辿って、再び洞窟を目指す。それはまるで初代から連綿と受け継がれてきた言い伝えそのもののようだった。そして、初代が辿り着いた祠につながっているのだ。
そこからは細いけもの道を30分ほど、慎重に進んだ。足元には静かに川が流れている。今にも途切れそうな細い流れがベレンの希望だった。メモを見ながら道を辿る。目印は特徴的な岩や木、地形など時間がたっても変わりにくいものばかりだったので助かった。
「『...その大岩を背に1町(110m)ほど進む。辰巳に岩屋あり。』…ここだ!」
ベレンの目の前には、古い洞窟が大きな口を開けていた。周囲にはうっそうと草が茂り、入り口は苔むしている。
確かに源流の川の水量もいよいよ少なくなり、浅くなっていた。あと1km、あと1kmなんだ。
倒木が増え、流量が減って川がどこを流れているのかもわかりにくくなってきたころ、ベレンは一つの木の柱が立っているのを見つけた。
『千曲川 信濃川 水源地標』
(やっとついた!)
ひとしきり喜んでから、ベレンは呟いた。
「あれ、でも、洞窟は…?」
川は大きく傾き殆ど倒れ掛かった大木の根元からこんこんと湧き出していた。周囲には苔むした倒木が多く転がっているばかりで、近くに洞窟はない。10分ほどベレンは周囲を懸命に探したが、それらしきものは遂に見つからなかった。
そもそも、日本最大の河川である千曲川の水源地が公に判明していないはずはない。水源地に伝説のような洞窟や祠があれば、とっくに発見されているはずなのだ。
そんな当たり前の事実にベレンはがっくりと首をうなだれた。
膝に手をついて下を向いていると、疲労がたまった脚が一層重くなった気がした。
(もう疲れた...)
ベレンは、水源地の少し山頂側に座り込んだ。岩の上に腰かけて目をつむる。色々な想いがあふれてきた。ここまでの道のりのこと、言い伝えを託してくれたトシさんのこと、これまではるか昔から連綿と口伝をつないできたトシさんの先祖の人々のことを考えた。しかし、彼らがつないできた言い伝えは嘘だったのだ。洞窟も祠も願いを叶える器も存在などしなかった。その事実はひどく残酷だった。明らかにしないほうがよかったのかもしれないとさえ思った。
静かな白樺の森で水が流れる音が響く。
音の一つは斜面の下側、水源地の方向。そしてもう一つ、本当に小さく、斜面の上側からせせらぎの音が聞こえた。
(...!!)
思わず目を開ける。
ベレンはポケットから紙を取り出し、メモした言い伝えの経路を読み直した。
「『...そののち山腹にて流れのとだえる場所在り。されど、ここは水源に非ず。そののち、頂のほうに十丈(30m)進む。やがて樫、樺の多く生える中にただ一つ生える大松あり。その根元にて小さな流れ、地に潜る。再びこの流れを遡る。』」
つまり、ここは地中に潜っていた流れが地上に出てきた場所であって、水源地はさらに山頂側に存在する、とのことだった。
ベレンはもう一度、脚に力を入れて立ち上がった。山頂側に一歩ずつ足を運ぶ。やがて右手にとても大きな黒松が見えてきた。ここから先は正規の登山道から外れた、けもの道だ。
少しためらったあと、足元を慎重に確認してベレンは黒松のそばまで登ってきた。
その根元で、本当に小さな流れが地中に潜っているのを見つけた。流れはさらに山頂側から伸びている。
この小さな千曲川を辿って、再び洞窟を目指す。それはまるで初代から連綿と受け継がれてきた言い伝えそのもののようだった。そして、初代が辿り着いた祠につながっているのだ。
そこからは細いけもの道を30分ほど、慎重に進んだ。足元には静かに川が流れている。今にも途切れそうな細い流れがベレンの希望だった。メモを見ながら道を辿る。目印は特徴的な岩や木、地形など時間がたっても変わりにくいものばかりだったので助かった。
「『...その大岩を背に1町(110m)ほど進む。辰巳に岩屋あり。』…ここだ!」
ベレンの目の前には、古い洞窟が大きな口を開けていた。周囲にはうっそうと草が茂り、入り口は苔むしている。