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伝説への登山
登山
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Coming soon!
毛木平(もうきだいら)からの山道は、ほとんど千曲川のそばを通っていた。
千曲川は日本で一番大きな川だけど、ここまで上流に来ると小さいながれになり、音を立ててながれていた。
「ええと、たしか…」
ベレンは登山道を少しすすんでから地図を広げた。トシさんからうけた言い伝えのルートを地図に書いておいたのだ。
「『信濃(しなの)の国、千曲(ちくま)の大河(たいが)の出でたる(いでたる)所、名を甲武信ヶ岳(こうぶしんがたけ)といふ。その山の西ノ口(にしのくち)、毛木平(けぎだいら)より川に沿いて(そいて)遡る(さかのぼる)。』、つまり、この小さな川にそってすすめばいいってことかな」
ありがたいことに、最初はこの登山道をそのまますすめばいいようだ。
うっそうとした木々が空までのびている。みきが白くてほそい木が多いようだった。たにの下に大きな岩がたくさんあり、川はその岩の間を白いあわを立てながら速く流れている。ベレンは川の右の道を登っていく。足もとに石や岩があるけど、道はととのっていて歩きやすい。
登山道はまがりくねりながら、川に近づいたりはなれたりしているが、少しずつ川に近づいているようだ。しばらく歩くと道はだんだんとせまくなってきた。周りの大きな岩は、たくさんのこけでおおわれている。足もとも少しすべりやすいようだ。広葉樹(こうようじゅ)の木の葉の間からひざしが入り、草やこけを明るくしている。上には明るいみどりの葉、下にはこけや岩、土の茶色や黒、灰色(はいいろ)が広がっていた。空気はちょっとしめっているけど、つめたくて気持ちがいい。
そんな道をベレンは一歩ずつすすんでいく。まだつかれている様子はなく、今回はさんちょう以外のもくてきがある。こんな登山ははじめてで、少し楽しくて、ワクワクするような気持ちだった。しかし、ベレンは甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)がどれほど大変かまだわかっていなかった。
ベレンは、ときどき地図を見ながら、ほとんど登山道を歩いた。登山道はとちゅうで何回も川をわたりながらすすんだ。簡単な橋があるところもあれば、川の中の石の上を歩いて川をわたる場所もあった。登ると、さかが少しきつくなり、道がもっとほそくなる。
1時間ほども登ると、ナメたきと言われるポイントに出た。とても大きなたいらな岩の上に川がながれている。岩の上はとてもすべりやすくなっていて、ベレンはしんちょうに歩いた。さかがきつくなったので、少しつかれていることに気づき、ベレンは少し不安になった。このポイントから山頂まではまだあと2時間ほどはかかる。そしてさかは今までよりもっと急になり、道はもっと大変になる。
小休止(しょうきゅうし:小さなきゅうけい)を取ることにしたベレンは、座ってあたたかいお茶を飲みながら考えた。
(このまま行けるのかな…?)
しかし、帰りの時間も考えると、あまりゆっくりしているわけにもいかない。不安な気持ちをふりはらうように目をギュッとつむると、ベレンは立ち上がってまた歩き出した。
歩きつづけると、横にながれている千曲川(ちくまがわ)の水がだんだん少なくなり、ながれもほそくなっていくのがわかった。それは水源(すいげん)が近いことをはっきりとしめしていたが、つかれがたまってきたベレンには、それをよろこぶよゆうがあまりなかった。まわりはもっと暗くなり、道をふさぐたおれた木もふえてきた。何度か急な岩場を登り、こけがたくさん生えた木のねに気をつけながら歩いているうちに、ベレンはすっかりつかれてしまった。
「これはつらい…」
重い足をゆっくり動かしながら歩きつづけた。一歩一歩をふみ出すのに、力と元気がひつようだった。さらに30分ほど登ると、新しい木のかんばんがあるのを見つけた。
『この先1km、千曲川水源地(ちくまがわすいげんち)』
千曲川は日本で一番大きな川だけど、ここまで上流に来ると小さいながれになり、音を立ててながれていた。
「ええと、たしか…」
ベレンは登山道を少しすすんでから地図を広げた。トシさんからうけた言い伝えのルートを地図に書いておいたのだ。
「『信濃(しなの)の国、千曲(ちくま)の大河(たいが)の出でたる(いでたる)所、名を甲武信ヶ岳(こうぶしんがたけ)といふ。その山の西ノ口(にしのくち)、毛木平(けぎだいら)より川に沿いて(そいて)遡る(さかのぼる)。』、つまり、この小さな川にそってすすめばいいってことかな」
ありがたいことに、最初はこの登山道をそのまますすめばいいようだ。
うっそうとした木々が空までのびている。みきが白くてほそい木が多いようだった。たにの下に大きな岩がたくさんあり、川はその岩の間を白いあわを立てながら速く流れている。ベレンは川の右の道を登っていく。足もとに石や岩があるけど、道はととのっていて歩きやすい。
登山道はまがりくねりながら、川に近づいたりはなれたりしているが、少しずつ川に近づいているようだ。しばらく歩くと道はだんだんとせまくなってきた。周りの大きな岩は、たくさんのこけでおおわれている。足もとも少しすべりやすいようだ。広葉樹(こうようじゅ)の木の葉の間からひざしが入り、草やこけを明るくしている。上には明るいみどりの葉、下にはこけや岩、土の茶色や黒、灰色(はいいろ)が広がっていた。空気はちょっとしめっているけど、つめたくて気持ちがいい。
そんな道をベレンは一歩ずつすすんでいく。まだつかれている様子はなく、今回はさんちょう以外のもくてきがある。こんな登山ははじめてで、少し楽しくて、ワクワクするような気持ちだった。しかし、ベレンは甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)がどれほど大変かまだわかっていなかった。
ベレンは、ときどき地図を見ながら、ほとんど登山道を歩いた。登山道はとちゅうで何回も川をわたりながらすすんだ。簡単な橋があるところもあれば、川の中の石の上を歩いて川をわたる場所もあった。登ると、さかが少しきつくなり、道がもっとほそくなる。
1時間ほども登ると、ナメたきと言われるポイントに出た。とても大きなたいらな岩の上に川がながれている。岩の上はとてもすべりやすくなっていて、ベレンはしんちょうに歩いた。さかがきつくなったので、少しつかれていることに気づき、ベレンは少し不安になった。このポイントから山頂まではまだあと2時間ほどはかかる。そしてさかは今までよりもっと急になり、道はもっと大変になる。
小休止(しょうきゅうし:小さなきゅうけい)を取ることにしたベレンは、座ってあたたかいお茶を飲みながら考えた。
(このまま行けるのかな…?)
しかし、帰りの時間も考えると、あまりゆっくりしているわけにもいかない。不安な気持ちをふりはらうように目をギュッとつむると、ベレンは立ち上がってまた歩き出した。
歩きつづけると、横にながれている千曲川(ちくまがわ)の水がだんだん少なくなり、ながれもほそくなっていくのがわかった。それは水源(すいげん)が近いことをはっきりとしめしていたが、つかれがたまってきたベレンには、それをよろこぶよゆうがあまりなかった。まわりはもっと暗くなり、道をふさぐたおれた木もふえてきた。何度か急な岩場を登り、こけがたくさん生えた木のねに気をつけながら歩いているうちに、ベレンはすっかりつかれてしまった。
「これはつらい…」
重い足をゆっくり動かしながら歩きつづけた。一歩一歩をふみ出すのに、力と元気がひつようだった。さらに30分ほど登ると、新しい木のかんばんがあるのを見つけた。
『この先1km、千曲川水源地(ちくまがわすいげんち)』
毛木平からの登山道は、殆ど千曲川の流れに沿っていた。
千曲川は日本最大の河川だが、ここまで遡ると小さな沢になって音を立てて流れていた。
「ええと、確か…」
ベレンは登山道を少し進んでから地図を広げた。トシさんから受け継いだ言い伝えのルートを地図に書き込んでおいたのだ。
「『信濃の国、千曲の大河の出でたる所、名を甲武信ヶ岳といふ。その山の西ノ口、毛木平より沢に沿いて遡る。』、つまり、とりあえずはこの沢に沿って進んでいけばいいのかな」
幸いなことに、まずは今の登山道をたどっていけばいいようだ。
うっそうとした木々が空まで伸びている。幹が白くて細い木が多いようだった。その間の谷底にはゴロゴロと大きな岩が転がっていて、岩の間を沢が白く泡立ちながら急流となって下っている。ベレンは沢の右の道を登っていく。足もとも小さな石や岩が多く転がっているが、まだ序盤とあってよく整備された道は歩きやすい。
登山道は蛇行しながら沢に近づいたり離れたりしていて、しかし徐々に沢に近づいているようだ。しばらく歩くと道は段々と細くなってきた。周囲の大きな岩はびっしりと苔に覆われている。足もとも少し滑りやすいようだ。広葉樹の木々の葉の隙間から日が差し込み、草や苔を照らす。上は新緑の鮮やかな緑、下は苔の緑と岩、土の落ち着いた茶、黒、灰とでおおわれていた。空気は少し湿っぽいのにひんやりとして気持ちがいい。
そんな路をベレンは着実に進んでいく。まだ疲れは見られなかったし、今回は山頂以外の目的がある。こんな登山は初めてで、少し楽しいような、浮き立つようなそんな気持ちだった。しかし、甲武信ヶ岳の険しさをベレンはまだ知らなかった。
ベレンは時折地図を確認しながら基本的に登山道に沿って歩いた。登山道は途中、何度も沢を交差し、沢を渡りながら進んだ。簡単な橋が架かっているところもあれば、沢の中に点在する岩の上を歩きつつ流れをまたいで渡る場所もあった。登っていくにつれてやや傾斜が強くなり、道はさらに細くなっていく。
1時間ほども登ると、ナメ滝と言われるポイントに出た。とても大きな平たい岩の上を川が流れている。岩の上はとても滑りやすくなっていて、ベレンは慎重に歩いた。傾斜が強くなったのもあって少し疲れているのを初めて自覚して、ベレンはやや不安になった。このポイントから山頂まではまだあと2時間ほどはかかる。そして傾斜はこれまで以上に急に、道は険しくなる。
小休止を取ることにしたベレンは、座って温かいお茶を飲みながら考えた。
(このまま行けるのかな…?)
しかし、帰りの時間も考えると、あまりゆっくりしているわけにもいかない。不安な気持ちを振り払うように目をギュッとつむると、ベレンは立ち上がってまた歩き出した。
歩き続けると、脇を流れる千曲川の水量が段々と少なく、流れも細くなっていくのがわかった。それは水源が近づいていることの確たる証拠ではあったが、疲労が蓄積しつつあったベレンはそれを喜ぶ余裕もあまりなかった。周囲は一層薄暗くなり、道をふさぐ倒木なども増えてきた。何度か急峻な岩場を登り、張り巡らされた苔だらけの木の根に注意しながら歩くうちに、ベレンはすっかり疲労してしまった。
「これは辛い…」
重くなった脚を懸命に引きずりながら歩き続けた。一歩一歩を踏み出すのに、力と気力を必要とした。さらに30分ほど登ると、新しい木の標識があるのを見つけた。
『この先1km、千曲川水源地』
千曲川は日本最大の河川だが、ここまで遡ると小さな沢になって音を立てて流れていた。
「ええと、確か…」
ベレンは登山道を少し進んでから地図を広げた。トシさんから受け継いだ言い伝えのルートを地図に書き込んでおいたのだ。
「『信濃の国、千曲の大河の出でたる所、名を甲武信ヶ岳といふ。その山の西ノ口、毛木平より沢に沿いて遡る。』、つまり、とりあえずはこの沢に沿って進んでいけばいいのかな」
幸いなことに、まずは今の登山道をたどっていけばいいようだ。
うっそうとした木々が空まで伸びている。幹が白くて細い木が多いようだった。その間の谷底にはゴロゴロと大きな岩が転がっていて、岩の間を沢が白く泡立ちながら急流となって下っている。ベレンは沢の右の道を登っていく。足もとも小さな石や岩が多く転がっているが、まだ序盤とあってよく整備された道は歩きやすい。
登山道は蛇行しながら沢に近づいたり離れたりしていて、しかし徐々に沢に近づいているようだ。しばらく歩くと道は段々と細くなってきた。周囲の大きな岩はびっしりと苔に覆われている。足もとも少し滑りやすいようだ。広葉樹の木々の葉の隙間から日が差し込み、草や苔を照らす。上は新緑の鮮やかな緑、下は苔の緑と岩、土の落ち着いた茶、黒、灰とでおおわれていた。空気は少し湿っぽいのにひんやりとして気持ちがいい。
そんな路をベレンは着実に進んでいく。まだ疲れは見られなかったし、今回は山頂以外の目的がある。こんな登山は初めてで、少し楽しいような、浮き立つようなそんな気持ちだった。しかし、甲武信ヶ岳の険しさをベレンはまだ知らなかった。
ベレンは時折地図を確認しながら基本的に登山道に沿って歩いた。登山道は途中、何度も沢を交差し、沢を渡りながら進んだ。簡単な橋が架かっているところもあれば、沢の中に点在する岩の上を歩きつつ流れをまたいで渡る場所もあった。登っていくにつれてやや傾斜が強くなり、道はさらに細くなっていく。
1時間ほども登ると、ナメ滝と言われるポイントに出た。とても大きな平たい岩の上を川が流れている。岩の上はとても滑りやすくなっていて、ベレンは慎重に歩いた。傾斜が強くなったのもあって少し疲れているのを初めて自覚して、ベレンはやや不安になった。このポイントから山頂まではまだあと2時間ほどはかかる。そして傾斜はこれまで以上に急に、道は険しくなる。
小休止を取ることにしたベレンは、座って温かいお茶を飲みながら考えた。
(このまま行けるのかな…?)
しかし、帰りの時間も考えると、あまりゆっくりしているわけにもいかない。不安な気持ちを振り払うように目をギュッとつむると、ベレンは立ち上がってまた歩き出した。
歩き続けると、脇を流れる千曲川の水量が段々と少なく、流れも細くなっていくのがわかった。それは水源が近づいていることの確たる証拠ではあったが、疲労が蓄積しつつあったベレンはそれを喜ぶ余裕もあまりなかった。周囲は一層薄暗くなり、道をふさぐ倒木なども増えてきた。何度か急峻な岩場を登り、張り巡らされた苔だらけの木の根に注意しながら歩くうちに、ベレンはすっかり疲労してしまった。
「これは辛い…」
重くなった脚を懸命に引きずりながら歩き続けた。一歩一歩を踏み出すのに、力と気力を必要とした。さらに30分ほど登ると、新しい木の標識があるのを見つけた。
『この先1km、千曲川水源地』