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アーティスティック・コラボレーション
はじめてのコラボレーション
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Coming soon!
アートセミナーの1日目がはじまりました。12時に美術学部の2年生30人が長野県の白馬(はくば)の近くにある大学のセミナーハウスに集(あつ)まりました。金沢から白馬まで新幹線(しんかんせん)と電車に乗って行きました。2時間半ぐらいかかりました。
午後、学部長のおおいわ先生から、セミナーをどう進めるかについて話がありました。
「みなさん、こんにちは。これからセミナーがはじまります。これから4日の予定を書いたので、見てください。いっしょに作る相手とよく話をして、自分とはちがう人が作品をどう見ているのか、どう作っているのかを勉強するいい機会(きかい)にしてください。みなさんの作品を楽しみにしています」
予定はつぎのように書いてありました。
【アートセミナーの予定】
1日目
いっしょに作る相手とどんな作品を作るかについて、話をする
2日目
作品を作る
3日目
作品を作る
4日目
発表〔作品を見せて、みんなで意見を話す〕
学生たちはみんな「忙しくなりそうだ」と言って、いっしょに作品を作る相手とすぐに話し合いを始めました。
ユキはエミリーといっしょに外に出て考えることにしました。
「近くに池があるらしいです」
「ほんとう? 池に行きましょう」
少し歩くと、山の中にしずかな池がありました。
「ああ、きれい!」
ユキは言いました。
「ほんとうだ。きれい。まわりの山が水にうつっています」
「うん。いい写真がとれるんじゃないでしょうか?」
「はい。きっとそうです。あ、道がある。池のまわりを歩けるみたいです。行きましょう」
「うん。行きましょう」
2人は歩き始めました。左には池、右には林があります。木にかこまれた池は、とてもしずかです。ユキはエミリーに聞きました。
「エミリーはどんな作品を考えているんですか?」
「うーん……今この池を見て、この水を写真にしたいと思いました。ユキは?」
「うーん、ここに落ちている木の枝(えだ)で、何か作ろうかと思う」
「どんなもの?」
「わからないけれど、枝だから小さいものになると思います」
「じゃ、この池でその作品の写真をとろう。それでいいですか?」
「うん。そうしましょう」
2人の意見があいました。それから少し歩くと、はじめの場所にもどりました。夕方になって、夕日が池にうつって赤くなっています。
「ああ、赤い池もきれい……」
2人は池をじっと見て言いました。2人は夕日で赤くなった池をうつくしいと思い、しばらく見ていました。
つぎの日、朝からユキとエミリーは池に出かけました。ユキは彫刻の材料(ざいりょう)になりそうな木の枝をひろいました。エミリーは、もう一度池のまわりを歩いて、どこで写真をとるか、考えました。昼に2人は会って、昼ごはんを食べながら話しました。エミリーは言いました。
「この池、とてもしずかで、風がふかないと水が動かないみたい。それで、池に石をなげて、水が動くのを出して写真をとったらどうですか」
「水の輪(わ)の動く様子を作品にすることですか?」
「そう。どう思いますか?」
「うん、いいと思う。じゃ、私の彫刻が水の輪の真ん中から出てきたようにしますか?」
「いいね。いいと思います」
「どんな彫刻がいいですか」
「ユキがやりたいようにやってください」
「そう? じゃ、これだけ枝をひろったから、これでやってみます」
午後も、2人はべつべつに動きました。
ユキはどんな作品にするか、考えました。
(水の中から何かが出て来ることを見せるから、やっぱり動物がいいかな。池と言ったら、やっぱり魚だ。魚の彫刻をつくろう。太い枝がないから、小さい魚がつながっているようにしよう。)
そして、セミナーハウスにもどって、木の枝をほり始めました。小さい魚を3びきつなげてほるつもりです。
エミリーは、写真をとる場所と方法を考えました。
(彫刻が池の中から出てくるようにするから、池の岸(きし)に近い所じゃないとできないな。それに、2人で立ってあぶなくない所。あ、このあたりがいいかな。写真をとる前に彫刻を立てて、それに向かって石をなげれば水の輪ができるはずだ。彫刻の下に長い枝をつけて、池の底(そこ)に刺(さ)せるといいんだけれど。)
そして、池に石をなげて、いろいろな所から写真をとってみました。何回か写真をとって、一番よさそうな所を見つけました。
(じゃ、明日ここで写真をとろう。)
こうして、エミリーもセミナーハウスにもどりました。そして、彫刻の下に長い枝をつけて池の底にさして立ててみようとユキに話しました。
つぎの日の午前中、ユキの彫刻ができあがりました。魚のひれやうろこまで細かくほられていました。そんな小さい魚が3びき、つながっていました。下には長い枝もつけてありました。エミリーは
「やっぱりすごい。きれいにほってあります」
と言いました。ユキは少し不安そうに
「そう? いい作品になるといいんだけれど」
と言いました。エミリーは言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。うまくいきます」
ユキとエミリーは池に出かけました。エミリーは前の日にさがした場所にユキをつれて行きました。エミリーはそこで彫刻を池の底にさしてみました。
「うん、ちゃんと立ってる。これでだいじょうぶ。きれいな水の輪ができたら、急いで写真をとればいいと思う」
「わかった。じゃ、私が石をなげるから、写真をとってくれますか?」
「うん、わかった!」
こうして、写真をとり始めました。1回目は石が彫刻からはなれて落ちたので、水の輪も彫刻からはなれてしまいました。2回目は石が彫刻に当たって彫刻がたおれてしまいました。けれども、3回目からはユキも石のなげ方がわかったので、水の輪が彫刻の近くからきれいにできました。それから5回ぐらい写真をとりました。2人はその中から一番いい写真を発表することにしました。エミリーは1枚の写真を見て言いました。
「ねえ、この写真がいいんじゃない? 魚も水の輪もはっきりうつってる」
「うん、そうしよう」
見せる写真がきまりました。
さいごの4日目になりました。作品を見せる日です。たくさんの作品がセミナールームにならんでいます。絵と彫刻のコラボレーション、デザインと写真のコラボレーション、デザインと彫刻のコラボレーションなど、いろいろな作品があります。作者が作品を紹介(しょうかい)して、学生たちと大岩(おおいわ)先生が意見を言います。
発表が始まりました。まず、絵と彫刻のコラボレーションです。
「絵画学科の田中と彫刻学科の森田です。これは絵の一部に彫刻を入れた作品です。この作品の元になったのは、セミナーハウスから見える山です。左は絵で、右はそれにつづく彫刻になっています。絵と彫刻が一つに見えるように気をつけて作りました」
学生たちは口々に意見を言い始めました。
「絵と彫刻がつながっているように見えます。すてきです」
「力強いです」
大岩先生も言いました。
「絵と彫刻にそれぞれ力がありますが、うまくつながって、両方(りょうほう)をより良く見せています。いいコラボレーションだと思います」
つぎはデザインと写真のコラボレーションです。
「デザイン学科の中井(なかい)と写真学科の小山(こやま)です。これはセミナーハウスの近くでとった写真をならべて作った作品です。雲(くも)や水、木や花の写真です。それぞれの形や色に注意してならべました」
学生たちは意見を言ったり、質問(しつもん)をしたりしました。
「とおくから見ても、近くで見ても、きれいです」
「写真の大きさはどれも同じですか」
「はい。正方形(せいほうけい)で同じ大きさです」
おおいわ先生も言いました。
「同じ大きさだから、それぞれの写真の中のものが生きていると思います。よく考えて作った作品だと思います」
つぎは、ユキとエミリーのコラボレーションです。
「彫刻学科のユキと写真学科のエミリーです。これは、セミナーハウスの近くの池でとった写真です。池から魚がとび出しているところをあらわしています。魚は彫刻ですが、とび出す時に水の輪(わ)ができたようにしました」
学生たちは言いました。
「魚の彫刻が生きている魚みたいです」
「水の輪の写真をとるのはむずかしかったですか」
エミリーが答えました。
「はい、石をなげて輪を作ったんですが、ちょうどいいところに石をなげるのが少し大変でした。でも、ユキさんが石をなげてすぐに私が写真をとったので、いいタイミングで写真がとれました」
大岩先生は言いました。
「写真をとるのがむずかしかったのがよくわかりました。ただ、魚が水からとび出すというのは当たり前かなと思います。それに、せっかく池まで行ったのですから、そこの自然(しぜん)が感じられるように、いつ写真をとるかも考えてみるといいかもしれません」
ユキは先生に聞きました。
「あの、当たり前なのはよくないことですか」
「いいえ、よくないことではありません。当たり前を個性的(こせいてき)にあらわして芸術にすることもできます。つまり、作者の個性や伝えたいことがないと、芸術とは言えないのです。この写真は作者の個性や伝えたいことが伝わってこないと感じました」
ユキとエミリーはよくわからなくて、何も話すことができませんでした。
アートセミナーが終わって、ユキとエミリーは、金沢までいっしょに帰りました。2人は何も話さずに考えこんでいました。エミリーが話し始めました。
「何が足(た)りなかったんだろう」
「うーん、私の魚がよくなかったと先生は言ったのでしょうか」
「でも、写真にも工夫(くふう)が足りなかったと思います」
「どちらもよくなかったということ?」
「そして、全体で作品になってなかったということです」
「うん。2人とも足りないところがあったし、全体もまとまっていなかったと思います」
「話し合いが足りなかった?」
「それもあるけれど、アイデアが足りませんでした」
「そっか。ねえ、ユキ。池から魚は、だれでも考えます。それに、本物の魚と同じような彫刻を作っても、おもしろくないと思いませんでしたか?」
「えっ? アイデアは足りなかったと言われても仕方がない。でも、私はそんな彫刻しか作れない!」
ユキはいやな気持ちになって強く言いました。そして、言い返しました。
「エミリーも、どうして自然や時間を作品に入れることを考えなかったんですか? あの池が夕方、赤くなってきれいだと言ってた! シドニーのオペラハウスも、時間で見え方がちがって、おもしろいと言ってた! ちがいますか?」
「だって、時間が足りなかったし……」
エミリーは、ユキのことばが心にささって、それ以上(いじょう)何も言えませんでした。
それから2人は何も話さないで帰りました。
午後、学部長のおおいわ先生から、セミナーをどう進めるかについて話がありました。
「みなさん、こんにちは。これからセミナーがはじまります。これから4日の予定を書いたので、見てください。いっしょに作る相手とよく話をして、自分とはちがう人が作品をどう見ているのか、どう作っているのかを勉強するいい機会(きかい)にしてください。みなさんの作品を楽しみにしています」
予定はつぎのように書いてありました。
【アートセミナーの予定】
1日目
いっしょに作る相手とどんな作品を作るかについて、話をする
2日目
作品を作る
3日目
作品を作る
4日目
発表〔作品を見せて、みんなで意見を話す〕
学生たちはみんな「忙しくなりそうだ」と言って、いっしょに作品を作る相手とすぐに話し合いを始めました。
ユキはエミリーといっしょに外に出て考えることにしました。
「近くに池があるらしいです」
「ほんとう? 池に行きましょう」
少し歩くと、山の中にしずかな池がありました。
「ああ、きれい!」
ユキは言いました。
「ほんとうだ。きれい。まわりの山が水にうつっています」
「うん。いい写真がとれるんじゃないでしょうか?」
「はい。きっとそうです。あ、道がある。池のまわりを歩けるみたいです。行きましょう」
「うん。行きましょう」
2人は歩き始めました。左には池、右には林があります。木にかこまれた池は、とてもしずかです。ユキはエミリーに聞きました。
「エミリーはどんな作品を考えているんですか?」
「うーん……今この池を見て、この水を写真にしたいと思いました。ユキは?」
「うーん、ここに落ちている木の枝(えだ)で、何か作ろうかと思う」
「どんなもの?」
「わからないけれど、枝だから小さいものになると思います」
「じゃ、この池でその作品の写真をとろう。それでいいですか?」
「うん。そうしましょう」
2人の意見があいました。それから少し歩くと、はじめの場所にもどりました。夕方になって、夕日が池にうつって赤くなっています。
「ああ、赤い池もきれい……」
2人は池をじっと見て言いました。2人は夕日で赤くなった池をうつくしいと思い、しばらく見ていました。
つぎの日、朝からユキとエミリーは池に出かけました。ユキは彫刻の材料(ざいりょう)になりそうな木の枝をひろいました。エミリーは、もう一度池のまわりを歩いて、どこで写真をとるか、考えました。昼に2人は会って、昼ごはんを食べながら話しました。エミリーは言いました。
「この池、とてもしずかで、風がふかないと水が動かないみたい。それで、池に石をなげて、水が動くのを出して写真をとったらどうですか」
「水の輪(わ)の動く様子を作品にすることですか?」
「そう。どう思いますか?」
「うん、いいと思う。じゃ、私の彫刻が水の輪の真ん中から出てきたようにしますか?」
「いいね。いいと思います」
「どんな彫刻がいいですか」
「ユキがやりたいようにやってください」
「そう? じゃ、これだけ枝をひろったから、これでやってみます」
午後も、2人はべつべつに動きました。
ユキはどんな作品にするか、考えました。
(水の中から何かが出て来ることを見せるから、やっぱり動物がいいかな。池と言ったら、やっぱり魚だ。魚の彫刻をつくろう。太い枝がないから、小さい魚がつながっているようにしよう。)
そして、セミナーハウスにもどって、木の枝をほり始めました。小さい魚を3びきつなげてほるつもりです。
エミリーは、写真をとる場所と方法を考えました。
(彫刻が池の中から出てくるようにするから、池の岸(きし)に近い所じゃないとできないな。それに、2人で立ってあぶなくない所。あ、このあたりがいいかな。写真をとる前に彫刻を立てて、それに向かって石をなげれば水の輪ができるはずだ。彫刻の下に長い枝をつけて、池の底(そこ)に刺(さ)せるといいんだけれど。)
そして、池に石をなげて、いろいろな所から写真をとってみました。何回か写真をとって、一番よさそうな所を見つけました。
(じゃ、明日ここで写真をとろう。)
こうして、エミリーもセミナーハウスにもどりました。そして、彫刻の下に長い枝をつけて池の底にさして立ててみようとユキに話しました。
つぎの日の午前中、ユキの彫刻ができあがりました。魚のひれやうろこまで細かくほられていました。そんな小さい魚が3びき、つながっていました。下には長い枝もつけてありました。エミリーは
「やっぱりすごい。きれいにほってあります」
と言いました。ユキは少し不安そうに
「そう? いい作品になるといいんだけれど」
と言いました。エミリーは言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。うまくいきます」
ユキとエミリーは池に出かけました。エミリーは前の日にさがした場所にユキをつれて行きました。エミリーはそこで彫刻を池の底にさしてみました。
「うん、ちゃんと立ってる。これでだいじょうぶ。きれいな水の輪ができたら、急いで写真をとればいいと思う」
「わかった。じゃ、私が石をなげるから、写真をとってくれますか?」
「うん、わかった!」
こうして、写真をとり始めました。1回目は石が彫刻からはなれて落ちたので、水の輪も彫刻からはなれてしまいました。2回目は石が彫刻に当たって彫刻がたおれてしまいました。けれども、3回目からはユキも石のなげ方がわかったので、水の輪が彫刻の近くからきれいにできました。それから5回ぐらい写真をとりました。2人はその中から一番いい写真を発表することにしました。エミリーは1枚の写真を見て言いました。
「ねえ、この写真がいいんじゃない? 魚も水の輪もはっきりうつってる」
「うん、そうしよう」
見せる写真がきまりました。
さいごの4日目になりました。作品を見せる日です。たくさんの作品がセミナールームにならんでいます。絵と彫刻のコラボレーション、デザインと写真のコラボレーション、デザインと彫刻のコラボレーションなど、いろいろな作品があります。作者が作品を紹介(しょうかい)して、学生たちと大岩(おおいわ)先生が意見を言います。
発表が始まりました。まず、絵と彫刻のコラボレーションです。
「絵画学科の田中と彫刻学科の森田です。これは絵の一部に彫刻を入れた作品です。この作品の元になったのは、セミナーハウスから見える山です。左は絵で、右はそれにつづく彫刻になっています。絵と彫刻が一つに見えるように気をつけて作りました」
学生たちは口々に意見を言い始めました。
「絵と彫刻がつながっているように見えます。すてきです」
「力強いです」
大岩先生も言いました。
「絵と彫刻にそれぞれ力がありますが、うまくつながって、両方(りょうほう)をより良く見せています。いいコラボレーションだと思います」
つぎはデザインと写真のコラボレーションです。
「デザイン学科の中井(なかい)と写真学科の小山(こやま)です。これはセミナーハウスの近くでとった写真をならべて作った作品です。雲(くも)や水、木や花の写真です。それぞれの形や色に注意してならべました」
学生たちは意見を言ったり、質問(しつもん)をしたりしました。
「とおくから見ても、近くで見ても、きれいです」
「写真の大きさはどれも同じですか」
「はい。正方形(せいほうけい)で同じ大きさです」
おおいわ先生も言いました。
「同じ大きさだから、それぞれの写真の中のものが生きていると思います。よく考えて作った作品だと思います」
つぎは、ユキとエミリーのコラボレーションです。
「彫刻学科のユキと写真学科のエミリーです。これは、セミナーハウスの近くの池でとった写真です。池から魚がとび出しているところをあらわしています。魚は彫刻ですが、とび出す時に水の輪(わ)ができたようにしました」
学生たちは言いました。
「魚の彫刻が生きている魚みたいです」
「水の輪の写真をとるのはむずかしかったですか」
エミリーが答えました。
「はい、石をなげて輪を作ったんですが、ちょうどいいところに石をなげるのが少し大変でした。でも、ユキさんが石をなげてすぐに私が写真をとったので、いいタイミングで写真がとれました」
大岩先生は言いました。
「写真をとるのがむずかしかったのがよくわかりました。ただ、魚が水からとび出すというのは当たり前かなと思います。それに、せっかく池まで行ったのですから、そこの自然(しぜん)が感じられるように、いつ写真をとるかも考えてみるといいかもしれません」
ユキは先生に聞きました。
「あの、当たり前なのはよくないことですか」
「いいえ、よくないことではありません。当たり前を個性的(こせいてき)にあらわして芸術にすることもできます。つまり、作者の個性や伝えたいことがないと、芸術とは言えないのです。この写真は作者の個性や伝えたいことが伝わってこないと感じました」
ユキとエミリーはよくわからなくて、何も話すことができませんでした。
アートセミナーが終わって、ユキとエミリーは、金沢までいっしょに帰りました。2人は何も話さずに考えこんでいました。エミリーが話し始めました。
「何が足(た)りなかったんだろう」
「うーん、私の魚がよくなかったと先生は言ったのでしょうか」
「でも、写真にも工夫(くふう)が足りなかったと思います」
「どちらもよくなかったということ?」
「そして、全体で作品になってなかったということです」
「うん。2人とも足りないところがあったし、全体もまとまっていなかったと思います」
「話し合いが足りなかった?」
「それもあるけれど、アイデアが足りませんでした」
「そっか。ねえ、ユキ。池から魚は、だれでも考えます。それに、本物の魚と同じような彫刻を作っても、おもしろくないと思いませんでしたか?」
「えっ? アイデアは足りなかったと言われても仕方がない。でも、私はそんな彫刻しか作れない!」
ユキはいやな気持ちになって強く言いました。そして、言い返しました。
「エミリーも、どうして自然や時間を作品に入れることを考えなかったんですか? あの池が夕方、赤くなってきれいだと言ってた! シドニーのオペラハウスも、時間で見え方がちがって、おもしろいと言ってた! ちがいますか?」
「だって、時間が足りなかったし……」
エミリーは、ユキのことばが心にささって、それ以上(いじょう)何も言えませんでした。
それから2人は何も話さないで帰りました。
アートセミナーの1日目がはじまりました。12時に美術学部の2年生30人が長野県の白馬(はくば)の近くにある大学のセミナーハウスに集(あつ)まりました。金沢から白馬まで新幹線(しんかんせん)とふつうの電車で2時間半ぐらいかかりました。
午後、学部長の大岩先生から、セミナーのスケジュールについて話がありました。
「みなさん、こんにちは。これからセミナーがはじまります。スケジュールはそこにはってあるとおりです。相手とよく話し合って、自分とはちがう見方や作り方を勉強するいい機会(きかい)にしてください。みなさんの作品を楽しみにしています。」
スケジュールはつぎのようなものでした。学生たちはみんな、忙しくなりそうだと言って、すぐにコラボレーションの相手と話し合いを始めました。
【アートセミナーのスケジュール】
1日目
コラボレーションの相手とどんな作品を作るかについて、話し合い
2日目
作品制作(せいさく)
3日目
作品制作(せいさく)
4日目
発表〔作品の紹介(しょうかい)、意見交換(こうかん)〕
ユキはエミリーといっしょに外に出て考えることにしました。
「近くに池があるそうよ。」
「ほんと? 行ってみようか。」
少し歩くと、山の中にしずかな池がありました。
「ああ、きれい!」
ユキは言いました。
「ほんと。きれい。まわりの山が水にうつってる。」
「うん。いい写真がとれるんじゃない?」
「そうだね。あ、道がある。池のまわりを歩けるんだ。行ってみない?」
「うん。行ってみよう。」
2人は歩き始めました。左には池、右には林があります。木にかこまれた池は、とてもしずかです。ユキはエミリーに聞きました。
「エミリーはどんな作品を考えてるの?」
「そうだね……今この池を見て、この水を写真にしたいと思った。ユキは?」
「うーん、ここに落ちてる木の枝(えだ)で、何か作ろうかと思う。」
「どんなもの?」
「わからないけど、枝だから小さいものになると思う。」
「じゃ、この池でその作品の写真をとろう。それでいい?」
「うん。そうしよう。」
2人の意見がまとまりました。それから少し歩くと、はじめの場所にもどりました。夕方になって、夕日が池にうつって赤くなっています。
「ああ、赤い池もきれい・・・。」
2人はうっとりして言いました。
つぎの日、朝からユキとエミリーは池に出かけました。ユキは彫刻の材料になりそうな木の枝をひろいました。エミリーは、もう一度池のまわりを歩いて、どこで写真をとるか、考えました。昼ごろ、2人は会って、昼ごはんを食べながら話し合いました。エミリーは言いました。
「この池、とてもしずかで、風がふかないと水が動かないみたい。それで、池に石を投げて、水の動きを出して写真をとったらどうかと思ったんだけど。」
「水の輪(わ)の動きってこと?」
「そう。どうかな?」
「うん、いいと思う。じゃ、私の彫刻が水の輪の真ん中から出てきたみたいにする?」
「いいね。いいと思う。」
「どんな彫刻がいいかなあ。」
「ユキがやりたいようにやっていいよ。」
「そう? じゃ、これだけ枝をひろったから、これでやってみるね。」
午後も、2人はべつべつに行動(こうどう)しました。
ユキはどんな作品にするか、考えました。
(水の中から何かが出て来ることをあらわすんだから、やっぱり動物がいいかな。池と言ったら、やっぱり魚だよね。魚の彫刻をつくろう。太い枝がないから、小さい魚がつながっているようにしよう。)
そして、セミナーハウスにもどって、木の枝をほり始めました。小さい魚を3びきつなげてほるつもりです。
エミリーは、写真をとる場所とやり方を考えました。
(彫刻が池の中から出てくるようにするから、池のほとりに近い所じゃないとできないよね。それに、2人で立ってあぶなくない所。あ、このあたりがいいかな。写真をとる前に彫刻を立てて、それに向かって石を投げれば水の輪ができるよね。彫刻の下に長い枝をつけて、池の底(そこ)に刺(さ)せるといいんだけど。)
そして、池に石を投げて、いろいろな所から写真をとってみました。何回か写真をとって、一番よさそうな所を見つけました。
(じゃ、明日ここで写真をとろう。)
こうして、エミリーもセミナーハウスにもどりました。そして、彫刻の下に長い枝を付けて池の底にさして立ててみようとユキに話しました。
つぎの日の午前中、ユキの彫刻ができあがりました。魚のひれやうろこまで細かくほられていました。そんな小さい魚が3びき、つながっていました。下には長い枝もつけてありました。エミリーは
「やっぱりすごいね。きれいにほってある。」
と言いました。ユキは少し不安そうに
「そう? いい作品になるといいんだけど。」
と言いました。エミリーは言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。うまくいくよ。」
ユキとエミリーは池に出かけました。エミリーは前の日にさがした場所にユキをつれて行きました。エミリーはそこで彫刻を池の底にさしてみました。
「うん、ちゃんと立ってる。これでだいじょうぶ。きれいな水の輪ができたら、急いで写真をとればいいと思う。」
「わかった。じゃ、私が石を投げるから、写真をとってくれる?」
「うん、わかった!」
こうして、写真をとり始めました。1回目は石が彫刻からはなれて落ちたので、水の輪も彫刻からはなれてしまいました。2回目は石が彫刻に当たって彫刻がたおれてしまいました。けれども、3回目からはユキも石の投げ方がわかったので、水の輪が彫刻の近くからきれいにできました。それから5回ぐらい写真をとりました。2人はその中から一番いい写真を発表することにしました。エミリーは1枚の写真を見て言いました。
「ねえ、この写真なんかいいんじゃない? 魚も水の輪もはっきりうつってる。」
「うん、そうしよう。」
発表する写真が決まりました。
さいごの4日目になりました。作品を発表する日です。たくさんの作品がセミナールームにならんでいます。絵と彫刻のコラボレーション、デザインと写真のコラボレーション、デザインと彫刻のコラボレーションなど、いろいろな作品があります。作者が作品を紹介して、学生たちと大岩先生が意見を言います。
発表が始まりました。まず、絵と彫刻のコラボレーションです。
「絵画学科の田中と彫刻学科の森田です。これは絵の一部に彫刻を入れた作品です。全体で、セミナーハウスから見える岩山をあらわしています。左は絵で、右はそれにつづく彫刻になっています。絵と彫刻がバラバラにならないように気をつけて作りました。」
学生たちは口々に意見を言い始めました。
「絵と彫刻がつながっているようで、すてきです。」
「力強い感じです。」
大岩先生も言いました。
「絵と彫刻にそれぞれ力がありますが、うまくつながって、おたがいを生かしています。いいコラボレーションだと思います。」
つぎはデザインと写真のコラボレーションです。
「デザイン学科の中井と写真学科の小山です。これはセミナーハウスの近くでとった写真をならべて作った作品です。雲(くも)や水、木や花の写真がありますが、それぞれの形や色に注意してならべました。」
学生たちは意見を言ったり、質問(しつもん)をしたりしました。
「とおくから見ても、近くで見ても、きれいです。」
「写真の大きさはどれも同じですか。」
「はい。正方形(せいほうけい)で同じ大きさです。」
大岩先生も言いました。
「同じ大きさだから、それぞれの写真の中のものが生きていると思います。よく考えて作った作品だと思います。」
つぎは、ユキとエミリーのコラボレーションです。
「彫刻学科のユキと写真学科のエミリーです。これは、セミナーハウスの近くの池でとった写真です。池から魚がとび出しているところをあらわしています。魚は彫刻ですが、とび出す時に水の輪(わ)ができたようにしてみました。」
学生たちは言いました。
「魚の彫刻が本物みたいです。」
「水の輪の写真をとるのはむずかしかったですか。」
エミリーが答えました。
「はい、石を投げて輪を作ったんですが、ちょうどいいところに石を投げるのが少し大変でした。でも、ユキさんが石を投げてすぐに私が写真をとったので、いいタイミングで写真がとれました。」
大岩先生は言いました。
「写真をとるのがむずかしかったのがよくわかりました。ただ、魚が水からとび出すというのは当たり前かなと思います。それに、せっかく池まで行ったのですから、そこの自然(しぜん)が感じられるように、いつ写真をとるかも考えてみるといいかもしれませんね。」
ユキは先生に聞きました。
「あの、当たり前なのはよくないことですか。」
「いいえ、よくないことではありません。当たり前を個性的にあらわして芸術にすることもできます。つまり、作者の個性や伝えたいことがないと、芸術とは言えないのです。この写真は作者の個性や伝えたいことが伝わってこないと感じました。」
ユキとエミリーはよくわからなくて、何も話せませんでした。
アートセミナーが終わって、ユキとエミリーは、金沢までいっしょに帰りました。2人はだまって考えこんでいました。エミリーが話し始めました。
「何が足(た)りなかったんだろう。」
「うーん、私の魚がよくなかったってことだよね。」
「でも、写真のとり方も工夫(くふう)が足りないってことだよね。」
「どちらもよくなかったってこと?」
「そして、全体で作品になってなかったってことだよね。」
「うん。それぞれ足りないところがあったし、全体もまとまっていなかった。」
「話し合いが足りなかったのかなあ?」
「それもあるけど、アイデアが足りなかったってことかもしれない。」
「そっか。ねえ、ユキ。池から魚なんて、だれでも考えるよね。それに、本物の魚と同じような彫刻を作っても、おもしろくないって思わなかった?」
「えっ? アイデアは足りなかったかもしれないけど、でも、私はそんな彫刻しか作れないんだもん!」
ユキはいやな気持ちになって強く言いました。そして、言い返しました。
「エミリーだって、どうして自然や時間を生かすことを考えなかったの? あの池が夕方、赤くなってきれいだって言ってたじゃない! シドニーのオペラハウスも、時間によって見え方がちがって、おもしろいって言ってたよね?」
「だって、時間が足りなかったし、・・・・・・。」
エミリーは、ユキのことばが心にささって、それ以上(いじょう)何も言えませんでした。
それから2人は何も話さないでうちに帰りました。
午後、学部長の大岩先生から、セミナーのスケジュールについて話がありました。
「みなさん、こんにちは。これからセミナーがはじまります。スケジュールはそこにはってあるとおりです。相手とよく話し合って、自分とはちがう見方や作り方を勉強するいい機会(きかい)にしてください。みなさんの作品を楽しみにしています。」
スケジュールはつぎのようなものでした。学生たちはみんな、忙しくなりそうだと言って、すぐにコラボレーションの相手と話し合いを始めました。
【アートセミナーのスケジュール】
1日目
コラボレーションの相手とどんな作品を作るかについて、話し合い
2日目
作品制作(せいさく)
3日目
作品制作(せいさく)
4日目
発表〔作品の紹介(しょうかい)、意見交換(こうかん)〕
ユキはエミリーといっしょに外に出て考えることにしました。
「近くに池があるそうよ。」
「ほんと? 行ってみようか。」
少し歩くと、山の中にしずかな池がありました。
「ああ、きれい!」
ユキは言いました。
「ほんと。きれい。まわりの山が水にうつってる。」
「うん。いい写真がとれるんじゃない?」
「そうだね。あ、道がある。池のまわりを歩けるんだ。行ってみない?」
「うん。行ってみよう。」
2人は歩き始めました。左には池、右には林があります。木にかこまれた池は、とてもしずかです。ユキはエミリーに聞きました。
「エミリーはどんな作品を考えてるの?」
「そうだね……今この池を見て、この水を写真にしたいと思った。ユキは?」
「うーん、ここに落ちてる木の枝(えだ)で、何か作ろうかと思う。」
「どんなもの?」
「わからないけど、枝だから小さいものになると思う。」
「じゃ、この池でその作品の写真をとろう。それでいい?」
「うん。そうしよう。」
2人の意見がまとまりました。それから少し歩くと、はじめの場所にもどりました。夕方になって、夕日が池にうつって赤くなっています。
「ああ、赤い池もきれい・・・。」
2人はうっとりして言いました。
つぎの日、朝からユキとエミリーは池に出かけました。ユキは彫刻の材料になりそうな木の枝をひろいました。エミリーは、もう一度池のまわりを歩いて、どこで写真をとるか、考えました。昼ごろ、2人は会って、昼ごはんを食べながら話し合いました。エミリーは言いました。
「この池、とてもしずかで、風がふかないと水が動かないみたい。それで、池に石を投げて、水の動きを出して写真をとったらどうかと思ったんだけど。」
「水の輪(わ)の動きってこと?」
「そう。どうかな?」
「うん、いいと思う。じゃ、私の彫刻が水の輪の真ん中から出てきたみたいにする?」
「いいね。いいと思う。」
「どんな彫刻がいいかなあ。」
「ユキがやりたいようにやっていいよ。」
「そう? じゃ、これだけ枝をひろったから、これでやってみるね。」
午後も、2人はべつべつに行動(こうどう)しました。
ユキはどんな作品にするか、考えました。
(水の中から何かが出て来ることをあらわすんだから、やっぱり動物がいいかな。池と言ったら、やっぱり魚だよね。魚の彫刻をつくろう。太い枝がないから、小さい魚がつながっているようにしよう。)
そして、セミナーハウスにもどって、木の枝をほり始めました。小さい魚を3びきつなげてほるつもりです。
エミリーは、写真をとる場所とやり方を考えました。
(彫刻が池の中から出てくるようにするから、池のほとりに近い所じゃないとできないよね。それに、2人で立ってあぶなくない所。あ、このあたりがいいかな。写真をとる前に彫刻を立てて、それに向かって石を投げれば水の輪ができるよね。彫刻の下に長い枝をつけて、池の底(そこ)に刺(さ)せるといいんだけど。)
そして、池に石を投げて、いろいろな所から写真をとってみました。何回か写真をとって、一番よさそうな所を見つけました。
(じゃ、明日ここで写真をとろう。)
こうして、エミリーもセミナーハウスにもどりました。そして、彫刻の下に長い枝を付けて池の底にさして立ててみようとユキに話しました。
つぎの日の午前中、ユキの彫刻ができあがりました。魚のひれやうろこまで細かくほられていました。そんな小さい魚が3びき、つながっていました。下には長い枝もつけてありました。エミリーは
「やっぱりすごいね。きれいにほってある。」
と言いました。ユキは少し不安そうに
「そう? いい作品になるといいんだけど。」
と言いました。エミリーは言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。うまくいくよ。」
ユキとエミリーは池に出かけました。エミリーは前の日にさがした場所にユキをつれて行きました。エミリーはそこで彫刻を池の底にさしてみました。
「うん、ちゃんと立ってる。これでだいじょうぶ。きれいな水の輪ができたら、急いで写真をとればいいと思う。」
「わかった。じゃ、私が石を投げるから、写真をとってくれる?」
「うん、わかった!」
こうして、写真をとり始めました。1回目は石が彫刻からはなれて落ちたので、水の輪も彫刻からはなれてしまいました。2回目は石が彫刻に当たって彫刻がたおれてしまいました。けれども、3回目からはユキも石の投げ方がわかったので、水の輪が彫刻の近くからきれいにできました。それから5回ぐらい写真をとりました。2人はその中から一番いい写真を発表することにしました。エミリーは1枚の写真を見て言いました。
「ねえ、この写真なんかいいんじゃない? 魚も水の輪もはっきりうつってる。」
「うん、そうしよう。」
発表する写真が決まりました。
さいごの4日目になりました。作品を発表する日です。たくさんの作品がセミナールームにならんでいます。絵と彫刻のコラボレーション、デザインと写真のコラボレーション、デザインと彫刻のコラボレーションなど、いろいろな作品があります。作者が作品を紹介して、学生たちと大岩先生が意見を言います。
発表が始まりました。まず、絵と彫刻のコラボレーションです。
「絵画学科の田中と彫刻学科の森田です。これは絵の一部に彫刻を入れた作品です。全体で、セミナーハウスから見える岩山をあらわしています。左は絵で、右はそれにつづく彫刻になっています。絵と彫刻がバラバラにならないように気をつけて作りました。」
学生たちは口々に意見を言い始めました。
「絵と彫刻がつながっているようで、すてきです。」
「力強い感じです。」
大岩先生も言いました。
「絵と彫刻にそれぞれ力がありますが、うまくつながって、おたがいを生かしています。いいコラボレーションだと思います。」
つぎはデザインと写真のコラボレーションです。
「デザイン学科の中井と写真学科の小山です。これはセミナーハウスの近くでとった写真をならべて作った作品です。雲(くも)や水、木や花の写真がありますが、それぞれの形や色に注意してならべました。」
学生たちは意見を言ったり、質問(しつもん)をしたりしました。
「とおくから見ても、近くで見ても、きれいです。」
「写真の大きさはどれも同じですか。」
「はい。正方形(せいほうけい)で同じ大きさです。」
大岩先生も言いました。
「同じ大きさだから、それぞれの写真の中のものが生きていると思います。よく考えて作った作品だと思います。」
つぎは、ユキとエミリーのコラボレーションです。
「彫刻学科のユキと写真学科のエミリーです。これは、セミナーハウスの近くの池でとった写真です。池から魚がとび出しているところをあらわしています。魚は彫刻ですが、とび出す時に水の輪(わ)ができたようにしてみました。」
学生たちは言いました。
「魚の彫刻が本物みたいです。」
「水の輪の写真をとるのはむずかしかったですか。」
エミリーが答えました。
「はい、石を投げて輪を作ったんですが、ちょうどいいところに石を投げるのが少し大変でした。でも、ユキさんが石を投げてすぐに私が写真をとったので、いいタイミングで写真がとれました。」
大岩先生は言いました。
「写真をとるのがむずかしかったのがよくわかりました。ただ、魚が水からとび出すというのは当たり前かなと思います。それに、せっかく池まで行ったのですから、そこの自然(しぜん)が感じられるように、いつ写真をとるかも考えてみるといいかもしれませんね。」
ユキは先生に聞きました。
「あの、当たり前なのはよくないことですか。」
「いいえ、よくないことではありません。当たり前を個性的にあらわして芸術にすることもできます。つまり、作者の個性や伝えたいことがないと、芸術とは言えないのです。この写真は作者の個性や伝えたいことが伝わってこないと感じました。」
ユキとエミリーはよくわからなくて、何も話せませんでした。
アートセミナーが終わって、ユキとエミリーは、金沢までいっしょに帰りました。2人はだまって考えこんでいました。エミリーが話し始めました。
「何が足(た)りなかったんだろう。」
「うーん、私の魚がよくなかったってことだよね。」
「でも、写真のとり方も工夫(くふう)が足りないってことだよね。」
「どちらもよくなかったってこと?」
「そして、全体で作品になってなかったってことだよね。」
「うん。それぞれ足りないところがあったし、全体もまとまっていなかった。」
「話し合いが足りなかったのかなあ?」
「それもあるけど、アイデアが足りなかったってことかもしれない。」
「そっか。ねえ、ユキ。池から魚なんて、だれでも考えるよね。それに、本物の魚と同じような彫刻を作っても、おもしろくないって思わなかった?」
「えっ? アイデアは足りなかったかもしれないけど、でも、私はそんな彫刻しか作れないんだもん!」
ユキはいやな気持ちになって強く言いました。そして、言い返しました。
「エミリーだって、どうして自然や時間を生かすことを考えなかったの? あの池が夕方、赤くなってきれいだって言ってたじゃない! シドニーのオペラハウスも、時間によって見え方がちがって、おもしろいって言ってたよね?」
「だって、時間が足りなかったし、・・・・・・。」
エミリーは、ユキのことばが心にささって、それ以上(いじょう)何も言えませんでした。
それから2人は何も話さないでうちに帰りました。