閉じる
閉じる
📌
閉じる
📌
音楽のチカラ
スタートライン
現在の再生速度: 1.0倍
Coming soon!
日常に戻って、またいそがしい生活が始まった。
アレッサンドロは、あの日のライブのユミの歌声がわすれられない。しかし、連絡をとる機会もみつからないまま、時はすぎていった。
ある夜、何となくテレビを見ているとどこかで聞いた曲がながれてきた。歌っているのは女性歌手だった。後ろで演奏している中に、民族楽器の三味線(日本の楽器)を演奏している人もいた。
「あっ!あの曲だ!題名はなんだっけ、」最後まで聞くと、司会者が「なだそうそう」と伝えていた。やっぱりすばらしい曲だと思った。
あの日のライブで聞いたユミの歌がまた心によみがえってきた。
すると、アレッサンドロの中に急に熱いエネルギーがわいてきた。いてもたってもいられず急いでスマートフォンを手に取り、ユミの連絡先をえらび、メッセージを打ち始めた。
『こんにちは、アレッサンドロです。この間はすばらしい歌を聞かせてくれてありがとう。
なんとか会って話したいことがあるので、よかったら返事を下さい!』
一気に打ち終わると、すぐに送った。
心の中で、返事が来ることをいのりながら…
しばらくすると、通知音が聞こえた。
「ユミだ!」
「返事が来た!」ドキドキしながらメッセージを開いた。
『ユミです。連絡ありがとう。今週の終わりなら予定はあいています。でも、あまり調子がよくないので行けないかもしれません』
『わかった。14時にA駅の前のユニコーンというお店で待っています。具合が悪かったらむりしなくていいです』アレッサンドロは返事を送り、一度休んだ。やっと、ユミに連絡を取ることができたよろこびでいっぱいだった。
ユミが本当に来るか来ないか、わからないけれど信じて待とうと決めた。
すぐに、アントニーオに連絡した。
「やっとユミと連絡を取ったよ!週の終わりに、うまくいけば会えるかもしれない」
「よかったな!なんとかバンドをくんでくれるといいな。いのってるよ」アントニーオはその後もいろいろと助言をくれた。あせらないことが一番大切だと。
そして、週の終わりになった。アレッサンドロはユミに気に入られるように髪を準備し、お気に入りのシャツとジーンズを身につけ、気合を入れた。
A駅の前のお店、ユニコーンに14時少し前に着いたアレッサンドロは、店員に待ち合わせがあると伝えて、窓の近くの席に着いて、コーヒーをたのんだ。
14時過ぎにユミから連絡が入った。
『少しおくれますが、向かっています』
良かった。来てくれるんだと、アレッサンドロは安心しながらユミを待った。
14時30分にユミが来た。
「おくれてごめんなさい。ちょっと準備に時間がかかって…」
「いや、いいんだ。きてくれてありがとう。また会えてうれしいよ」
「少しまよったけれど、あんなに歌をよろこんでくれてうれしかったし」
「本当に感動したんだ。ユミの声に。」
「ありがとう…」
それから、二人はいろいろな話をした。アレッサンドロの生まれそだった場所の話や家族の話、イタリアで音楽活動のこと。とはいえ、ユミはあまり自分の話をせずほとんどアレッサンドロの話を聞いていた。
「ぼくの話ばかりでごめん。ユミは今何をしているのか聞いてもいいんだろうか?」
ユミは、しばらくしてからゆっくり話し始めた。
ユミの出身は東京で、家に最も近い駅はA駅から3つ先でここから30分くらいのところに住んでいる。大学のサークルでずっとバンドをくんで歌っていた。時々、ライブハウスで演奏させてもらっていたが、今年、大学を卒業と同時に一度バンドをはなれた。
そして、その後つらい経験をしたそうだ。
「4月からある会社に勤め始めたのだけれど、新人を指導する人と合わなくて、うまくいかないと怒られたり、無視されたりして精神的につらくなってしまったの。ねむれなかったり、ご飯がぜんぜん食べられなくなって、会社にもいけなくなった。少し休んだけれど、やっぱりむりだと思って会社をやめることになったのよ。すっかり自信がなくなってしまって、外に出るのも怖くなってしまって…」
アレッサンドロは何も言えず、だまってうなずいていた。でも、やさしい表情のままユミを見つづけた。
「そんなとき、前のバンドメンバーが心配してくれて、声をかけてくれたの、またいっしょにやろうって。メンバーはまだ学生もいるし、社会人になった人もいるのよ。彼らに会って少しずつ元気が出てきてやっと外に出られるようになってきたの。それに練習場に行くようになって気持ちが少しずつ前向きになれた。この間のライブは久しぶりに人の前で歌ったからリハビリみたいなもの。だがら、1曲だけしか歌わなかったのよ」
ユミは、自分のつらい経験を話してくれた。
「それはたいへんだったね…ぼくはユミの気持ちがとてもよくわかるよ。日本に来たばかりのとき、日本語もあまり上手じゃないし、知り合いもいない。だからとてもさびしかった。
外に出るのもいやになったよ。ユミは音楽に助けられたんだね?」
「そう、まだ完全じゃないけれど」
「音楽はいいくすりだね。ぼくもできれば今すぐにでも、実は全力でギターをひいて歌いたいんだ。だけれども、そんなチャンスはないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、いっしょにやる?ギターのメンバーが転勤(はたらく場所が変わること)でバンドをやめることになってて、これからさがさなければいけないところだったの」
アレッサンドロは、びっくりして何も言えなかった。
なんだって!?ユミが急にとんでもないことを言い始めた!
こんな幸せなことがあるのか?
メンバーになれる?ユミのためにギターをひける?
「ユミ、夢のようだよ。ことわる理由なんかない。本当にいいのかい?」
「たぶん大丈夫よ。あなたもとてもいい人そうだし、メンバーも早く決めたいの。それにイタリア人のメンバーがいるなんてめずらしくていいじゃない」
おどろくほど急な話になった。
ユミもだんだんアレッサンドロに慣れてきたのか、表情も明るくなってきた。
ユミはすぐにバンドメンバーに連絡し、アレッサンドロのことを説明した。ライブのときに控室に来たアレッサンドロを覚えていて、ぜひ来週練習場に来るようにと言ってくれた。
アレッサンドロはもちろん行くよと言った。
「あー、いろいろ話したら、なんかお腹すいちゃった。何か食べようかな。ピザたのむからいっしょに食べない?」
「いいよ、そうしよう」
しばらくして注文したマルゲリータが運ばれてきた。6個に切ってある、日本では当たり前の光景だ。
アレッサンドロは食べながら「イタリアではこうやって切ってないよ。ピッツアは一人1枚食べるんだ。ナイフとフォークで。だから、みんな太っていくのさ。日本に来てから、ぼくも太らないようにピッツアをだれかと食べるようになったよ」と笑いながら言った。
「それは大事ね」ユミもつられて笑った。
家に帰ってからアレッサンドロは、うれしさのあまりイタリアの両親にバンドに入ることを伝えた。二人ともとてもよろこんでくれた。何よりも日本で新しい仲間ができたことがうれしかった。いろいろつらい経験をしたユミはとてもせんさいな心を持っているとアレッサンドロは思った。ユミの気持ちを大事にしてまずできることからやっていこう。アントニーオの『あせらないように』という言葉をもう一度心の中でくりかえした。
次の週、アレッサンドロはバンドの人たちと練習場で会い、正式にメンバーとなった。
もちろんユミも参加している。
メンバーはドラムでリーダーのケン、ベースのタクヤ、キーボードのヨシ、ボーカルのユミ
そしてアレッサンドロはギターとボーカルをやることになった。
ケンは「よかったよ。前のギターの人が急に転勤でいなくなってさ、本当にこまっていたんだ。アレッサンドロ、日本語が上手くて助かるよ。名前長いな、何か呼んでほしい名前はある?」
「アレって呼んでくれるといいな」
「よし、みんな、アレだ。よろしくな」ケンはメンバーみんなに紹介した。
ケンは続けて「ユミがみとめることは、アレ、なかなかないぞ。ユミは人を見る目がきびしいんだ、その分見る目は確かさ。それにギターが上手いらしいな、ちょっとひいてみてくれないか?」
アレはイタリアの有名なバンド、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ(PFM)の饗宴をひきながら歌った。メンバーみんなは立って拍手した
ケンは「かっこいいな、歌もギターもうまいし、いいじゃないか。なあ、みんな」
タクヤやヨシ、ユミはみんな笑顔で返した。
特にユミは自分が呼んだので責任を感じていたが、自分の見る目にまちがいがないと思った。
ケンは「じゃあ、メンバーも集まったので、これからの活動について説明します。
これから1か月半後に、この町で音楽祭があってぼくたちのバンドも出ることになっているんだ。2曲演奏できる。1曲はもう決まっているけれどもう1曲がまだ決まらなくて
どうしようかと思っている。何かいい意見はないか?」とみんなに聞いた。
キーボードのヨシは「今、アレッサンドロがひいた曲がとてもよかったからそれどうだろうか」とたずねた。
「そうだね、新メンバーの紹介もできるし、いいかもしれない…アレいい?」ケンはアレッサンドロに聞いた。
「ユミがいっしょに歌ってくれるならいいよ」
「ユミ、どうなんだ?」ケンはユミに気をつかいたずねた。
「日本語で歌っていいならやってみようかな…アレ、しっかり翻訳してね」
「いいよ、わかった」
それからケンたちは、新しい曲のアレンジを考えたり、練習したりとても忙しい時間をすごした。グループのメンバーはみんな仕事をしながらも何とかプロになりたいと考えていて、練習熱心だった。そんな中でアレッサンドロは、グループのメンバーと毎日演奏するうちに、冗談を言うほど彼らと仲がよくなっていた。アレッサンドロはとても満足した気持ちでギターや歌の練習をしていた。そして、あまりに熱心で休みもせずにずっと練習し続けることもあった。
しかし、音楽祭が近づくとユミは練習にこない日が続くようになった。
ケンは「ユミは、ステージが近づくと緊張が強くなってダメなんだよな…」と困ったように言った。
アレッサンドロは「みんなががんばればがんばるほど緊張が強くなってしまうのではないかと考えた。ユミに連絡を取り、ユニコーンで話しをすることにした。
「ごめんなさい。私、また自信がなくなってきた。みんなといると、自分だけうまくできないと思って怖くなってきたの」ユミはすまなそうに言った。
「そんなことない。きみは、何も悪くないよ。ぼくたちが自分たちだけ夢中になりすぎて、ユミのペースを考えなかった。悪かったよ。少しゆっくりやろう」
ユミはその言葉を聞いて涙が出た。アレッサンドロはこれまでのことを後悔しながら考えた。グループはもっと互いを思わなければいけない。自分だけがよいというものではないのだと。
アレッサンドロはケンたちとも話し合い、練習のペースをおとしてユミが歌いやすいように気をつかうようにした。ユミは少しずつ笑顔を取り戻し歌えるようになってきたのでアレッサンドロは安心した。
「ユミ、今日は調子がいいね。よかったよ」
「ありがとう、アレ。何とかやれそうだわ」ユミは笑いながら答えた。
アレッサンドロは、あの日のライブのユミの歌声がわすれられない。しかし、連絡をとる機会もみつからないまま、時はすぎていった。
ある夜、何となくテレビを見ているとどこかで聞いた曲がながれてきた。歌っているのは女性歌手だった。後ろで演奏している中に、民族楽器の三味線(日本の楽器)を演奏している人もいた。
「あっ!あの曲だ!題名はなんだっけ、」最後まで聞くと、司会者が「なだそうそう」と伝えていた。やっぱりすばらしい曲だと思った。
あの日のライブで聞いたユミの歌がまた心によみがえってきた。
すると、アレッサンドロの中に急に熱いエネルギーがわいてきた。いてもたってもいられず急いでスマートフォンを手に取り、ユミの連絡先をえらび、メッセージを打ち始めた。
『こんにちは、アレッサンドロです。この間はすばらしい歌を聞かせてくれてありがとう。
なんとか会って話したいことがあるので、よかったら返事を下さい!』
一気に打ち終わると、すぐに送った。
心の中で、返事が来ることをいのりながら…
しばらくすると、通知音が聞こえた。
「ユミだ!」
「返事が来た!」ドキドキしながらメッセージを開いた。
『ユミです。連絡ありがとう。今週の終わりなら予定はあいています。でも、あまり調子がよくないので行けないかもしれません』
『わかった。14時にA駅の前のユニコーンというお店で待っています。具合が悪かったらむりしなくていいです』アレッサンドロは返事を送り、一度休んだ。やっと、ユミに連絡を取ることができたよろこびでいっぱいだった。
ユミが本当に来るか来ないか、わからないけれど信じて待とうと決めた。
すぐに、アントニーオに連絡した。
「やっとユミと連絡を取ったよ!週の終わりに、うまくいけば会えるかもしれない」
「よかったな!なんとかバンドをくんでくれるといいな。いのってるよ」アントニーオはその後もいろいろと助言をくれた。あせらないことが一番大切だと。
そして、週の終わりになった。アレッサンドロはユミに気に入られるように髪を準備し、お気に入りのシャツとジーンズを身につけ、気合を入れた。
A駅の前のお店、ユニコーンに14時少し前に着いたアレッサンドロは、店員に待ち合わせがあると伝えて、窓の近くの席に着いて、コーヒーをたのんだ。
14時過ぎにユミから連絡が入った。
『少しおくれますが、向かっています』
良かった。来てくれるんだと、アレッサンドロは安心しながらユミを待った。
14時30分にユミが来た。
「おくれてごめんなさい。ちょっと準備に時間がかかって…」
「いや、いいんだ。きてくれてありがとう。また会えてうれしいよ」
「少しまよったけれど、あんなに歌をよろこんでくれてうれしかったし」
「本当に感動したんだ。ユミの声に。」
「ありがとう…」
それから、二人はいろいろな話をした。アレッサンドロの生まれそだった場所の話や家族の話、イタリアで音楽活動のこと。とはいえ、ユミはあまり自分の話をせずほとんどアレッサンドロの話を聞いていた。
「ぼくの話ばかりでごめん。ユミは今何をしているのか聞いてもいいんだろうか?」
ユミは、しばらくしてからゆっくり話し始めた。
ユミの出身は東京で、家に最も近い駅はA駅から3つ先でここから30分くらいのところに住んでいる。大学のサークルでずっとバンドをくんで歌っていた。時々、ライブハウスで演奏させてもらっていたが、今年、大学を卒業と同時に一度バンドをはなれた。
そして、その後つらい経験をしたそうだ。
「4月からある会社に勤め始めたのだけれど、新人を指導する人と合わなくて、うまくいかないと怒られたり、無視されたりして精神的につらくなってしまったの。ねむれなかったり、ご飯がぜんぜん食べられなくなって、会社にもいけなくなった。少し休んだけれど、やっぱりむりだと思って会社をやめることになったのよ。すっかり自信がなくなってしまって、外に出るのも怖くなってしまって…」
アレッサンドロは何も言えず、だまってうなずいていた。でも、やさしい表情のままユミを見つづけた。
「そんなとき、前のバンドメンバーが心配してくれて、声をかけてくれたの、またいっしょにやろうって。メンバーはまだ学生もいるし、社会人になった人もいるのよ。彼らに会って少しずつ元気が出てきてやっと外に出られるようになってきたの。それに練習場に行くようになって気持ちが少しずつ前向きになれた。この間のライブは久しぶりに人の前で歌ったからリハビリみたいなもの。だがら、1曲だけしか歌わなかったのよ」
ユミは、自分のつらい経験を話してくれた。
「それはたいへんだったね…ぼくはユミの気持ちがとてもよくわかるよ。日本に来たばかりのとき、日本語もあまり上手じゃないし、知り合いもいない。だからとてもさびしかった。
外に出るのもいやになったよ。ユミは音楽に助けられたんだね?」
「そう、まだ完全じゃないけれど」
「音楽はいいくすりだね。ぼくもできれば今すぐにでも、実は全力でギターをひいて歌いたいんだ。だけれども、そんなチャンスはないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、いっしょにやる?ギターのメンバーが転勤(はたらく場所が変わること)でバンドをやめることになってて、これからさがさなければいけないところだったの」
アレッサンドロは、びっくりして何も言えなかった。
なんだって!?ユミが急にとんでもないことを言い始めた!
こんな幸せなことがあるのか?
メンバーになれる?ユミのためにギターをひける?
「ユミ、夢のようだよ。ことわる理由なんかない。本当にいいのかい?」
「たぶん大丈夫よ。あなたもとてもいい人そうだし、メンバーも早く決めたいの。それにイタリア人のメンバーがいるなんてめずらしくていいじゃない」
おどろくほど急な話になった。
ユミもだんだんアレッサンドロに慣れてきたのか、表情も明るくなってきた。
ユミはすぐにバンドメンバーに連絡し、アレッサンドロのことを説明した。ライブのときに控室に来たアレッサンドロを覚えていて、ぜひ来週練習場に来るようにと言ってくれた。
アレッサンドロはもちろん行くよと言った。
「あー、いろいろ話したら、なんかお腹すいちゃった。何か食べようかな。ピザたのむからいっしょに食べない?」
「いいよ、そうしよう」
しばらくして注文したマルゲリータが運ばれてきた。6個に切ってある、日本では当たり前の光景だ。
アレッサンドロは食べながら「イタリアではこうやって切ってないよ。ピッツアは一人1枚食べるんだ。ナイフとフォークで。だから、みんな太っていくのさ。日本に来てから、ぼくも太らないようにピッツアをだれかと食べるようになったよ」と笑いながら言った。
「それは大事ね」ユミもつられて笑った。
家に帰ってからアレッサンドロは、うれしさのあまりイタリアの両親にバンドに入ることを伝えた。二人ともとてもよろこんでくれた。何よりも日本で新しい仲間ができたことがうれしかった。いろいろつらい経験をしたユミはとてもせんさいな心を持っているとアレッサンドロは思った。ユミの気持ちを大事にしてまずできることからやっていこう。アントニーオの『あせらないように』という言葉をもう一度心の中でくりかえした。
次の週、アレッサンドロはバンドの人たちと練習場で会い、正式にメンバーとなった。
もちろんユミも参加している。
メンバーはドラムでリーダーのケン、ベースのタクヤ、キーボードのヨシ、ボーカルのユミ
そしてアレッサンドロはギターとボーカルをやることになった。
ケンは「よかったよ。前のギターの人が急に転勤でいなくなってさ、本当にこまっていたんだ。アレッサンドロ、日本語が上手くて助かるよ。名前長いな、何か呼んでほしい名前はある?」
「アレって呼んでくれるといいな」
「よし、みんな、アレだ。よろしくな」ケンはメンバーみんなに紹介した。
ケンは続けて「ユミがみとめることは、アレ、なかなかないぞ。ユミは人を見る目がきびしいんだ、その分見る目は確かさ。それにギターが上手いらしいな、ちょっとひいてみてくれないか?」
アレはイタリアの有名なバンド、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ(PFM)の饗宴をひきながら歌った。メンバーみんなは立って拍手した
ケンは「かっこいいな、歌もギターもうまいし、いいじゃないか。なあ、みんな」
タクヤやヨシ、ユミはみんな笑顔で返した。
特にユミは自分が呼んだので責任を感じていたが、自分の見る目にまちがいがないと思った。
ケンは「じゃあ、メンバーも集まったので、これからの活動について説明します。
これから1か月半後に、この町で音楽祭があってぼくたちのバンドも出ることになっているんだ。2曲演奏できる。1曲はもう決まっているけれどもう1曲がまだ決まらなくて
どうしようかと思っている。何かいい意見はないか?」とみんなに聞いた。
キーボードのヨシは「今、アレッサンドロがひいた曲がとてもよかったからそれどうだろうか」とたずねた。
「そうだね、新メンバーの紹介もできるし、いいかもしれない…アレいい?」ケンはアレッサンドロに聞いた。
「ユミがいっしょに歌ってくれるならいいよ」
「ユミ、どうなんだ?」ケンはユミに気をつかいたずねた。
「日本語で歌っていいならやってみようかな…アレ、しっかり翻訳してね」
「いいよ、わかった」
それからケンたちは、新しい曲のアレンジを考えたり、練習したりとても忙しい時間をすごした。グループのメンバーはみんな仕事をしながらも何とかプロになりたいと考えていて、練習熱心だった。そんな中でアレッサンドロは、グループのメンバーと毎日演奏するうちに、冗談を言うほど彼らと仲がよくなっていた。アレッサンドロはとても満足した気持ちでギターや歌の練習をしていた。そして、あまりに熱心で休みもせずにずっと練習し続けることもあった。
しかし、音楽祭が近づくとユミは練習にこない日が続くようになった。
ケンは「ユミは、ステージが近づくと緊張が強くなってダメなんだよな…」と困ったように言った。
アレッサンドロは「みんなががんばればがんばるほど緊張が強くなってしまうのではないかと考えた。ユミに連絡を取り、ユニコーンで話しをすることにした。
「ごめんなさい。私、また自信がなくなってきた。みんなといると、自分だけうまくできないと思って怖くなってきたの」ユミはすまなそうに言った。
「そんなことない。きみは、何も悪くないよ。ぼくたちが自分たちだけ夢中になりすぎて、ユミのペースを考えなかった。悪かったよ。少しゆっくりやろう」
ユミはその言葉を聞いて涙が出た。アレッサンドロはこれまでのことを後悔しながら考えた。グループはもっと互いを思わなければいけない。自分だけがよいというものではないのだと。
アレッサンドロはケンたちとも話し合い、練習のペースをおとしてユミが歌いやすいように気をつかうようにした。ユミは少しずつ笑顔を取り戻し歌えるようになってきたのでアレッサンドロは安心した。
「ユミ、今日は調子がいいね。よかったよ」
「ありがとう、アレ。何とかやれそうだわ」ユミは笑いながら答えた。
日常に戻って、また忙しい生活が始まった。
アレッサンドロは、あの日のライブのユミの歌声が忘れられない。しかし、連絡をとるきっかけもみつからないまま、時は過ぎていった。
ある夜、何気なくテレビを見ているとどこかで聞いたが流れてきた。歌っているのは女性歌手だった。バックで演奏している中に、民族楽器の三味線を演奏している人もいた。
「あっ!あの曲だ!タイトルはなんだっけ、」最後まで聞くと、司会者が「なだそうそう」と伝えていた。やっぱり素晴らしい曲だと思った。
あの日のライブで聞いたユミの歌がまた心によみがえってきた。
すると、アレッサンドロの中に突然熱いエネルギーが沸いてきた。いてもたってもいられず急いでスマートフォンを取り出し、ユミの連絡先をタップし、メッセージを打ち始めた。
『こんにちは、アレッサンドロです。この間は素晴らしい歌を聞かせてくれてありがとう。
どうしても会って話したいことがあるので、よかったら返事を下さい!』
一気に仕上げると、素早く送信した。
心の中で、返信が来ることを祈りながら、、
しばらくすると、着信音が聞こえた。
「ユミだ!」
「返信が来た!」ドキドキしながらメッセージを開いた。
『ユミです。連絡ありがとう。今週末なら予定はあいています。でも、あまり調子がよくないので行けないかもしれません』
『わかった。14時にA駅前のユニコーンというカフェで待っています。具合が悪かったら無理しなくていいです』アレッサンドロは返信を送り、ハーっと一息ついた。ようやく、ユミに連絡を取ることができた喜びで一杯だった。
ユミが本当に来るか来ないか、わからないけれど信じて待とうと決めた。
早速、アントニーオに連絡した。
「やっとユミと連絡を取ったよ!週末、うまくいけば会えるかもしれない」
「よかったな!なんとかバンドを組んでくれるといいな。祈ってるよ」アントニーオはその後もいろいろとアドバイスをくれた。焦らないことが最も大切だと。
そして、週末になった。アレッサンドロはユミに気に入られるように髪をセットし、お気に入りのシャツとジーンズを身につけ、気合を入れた。
A駅前のカフェ、ユニコーンに14時少し前に到着したアレッサンドロは、店員に待ち合わせがあると伝えて、窓際の席に着いて、コーヒーを頼んだ。
14時過ぎにユミからメッセージが入った。
『少し遅れますが、向かっています』
良かった。来てくれるんだと、アレッサンドロは安堵しながらユミを待った。
14時半にユミが現れた。
「遅れてごめんなさい。ちょっと準備に手間取って…」
「いや、いいんだ。きてくれてありがとう。また会えてうれしいよ」
「少し迷ったけど、あんなに歌を喜んでくれてうれしかったし」
「本当に感動したんだ。ユミの声に。」
「ありがとう…」
それから、二人はいろいろな話をした。アレッサンドロの出身地の話や家族の話、イタリアで音楽活動のこと。とはいえ、ユミはあまり自分の話をせずほとんどアレッサンドロの話を聞いていた。
「僕の話ばかりでごめん。ユミは今何をしているのか聞いてもいいんだろうか?」
ユミは、しばらくしてからゆっくり話し出した。
ユミの出身は東京で、自宅の最寄り駅はA駅から3つ先でここから30分くらいのところに住んでいる。大学のサークルでずっとバンドを組んで歌っていた。時々、ライブハウスで演奏させてもらっていたが、今年、大学を卒業と同時にいったんバンドを離れた。
そして、その後つらい体験をしたそうだ。
「4月からある会社に勤めた始めたのだけど、新人指導係の人と合わなくて、うまくいかないと怒鳴られたり、無視されたりして精神的につらくなってしまったの。眠れなかったり、ご飯が全然食べられなくなって、会社にもいけなくなった。少し休んだけど、やっぱり無理と思って会社をやめることになったのよ。すっかり自信がなくなってしまって、外に出るのも怖くなってしまって…」
アレッサンドロは何も言えず、黙ってうなずいていた。でも、優しい表情を崩さずユミを見守り続けた。
「そんなとき、前のバンドメンバーが心配してくれて、声をかけてくれたの、また一緒にやろうって。メンバーはまだ学生もいるし、社会人になった人もいるのよ。彼らに会って少しずつ元気が出てきてやっと外に出られるようになってきたの。それに練習場に行くようになって気持ちが少しずつ前向きになれた。この間のライブは久しぶりに人の前で歌ったからリハビリみたいなもの。だがら、1曲だけしか歌わなかったのよ」
ユミは、自分の辛い体験を話してくれた。
「それはたいへんだったね…僕はユミの気持ちがとてもよくわかるよ。日本に来たばかりのとき、日本語もあまり上手じゃないし、知り合いもいない。だからとても淋しかった。
外に出るのも面倒になったよ。ユミは音楽に助けられたんだね?」
「そうね、まだ完全じゃないけど」
「音楽はいい薬だね。僕もできれば今すぐにでも、本当は思い切りギターを弾いて歌いたいんだ。だけど、そんなチャンスはないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、一緒にやる?ギターのメンバーが転勤でバンドを離れることになってて、これから探さなければいけないところだったの」
アレッサンドロは、びっくりして言葉を失った。
なんだって!?ユミが突然とんでもないことを言い出した!
こんな幸せなことがあるのか?
メンバーになれる?ユミのためにギターを弾ける?
「ユミ、夢のようだよ。断る理由なんかない。本当にいいのかい?」
「たぶん大丈夫よ。あなたもとてもいい人そうだし、メンバーも早く決めたいの。それにイタリア人のメンバーがいるなんて珍しくていいじゃない」
驚くほど急な展開になった。
ユミもだんだんアレッサンドロに慣れてきたのか、表情も明るくなってきた。
ユミは早速バンドメンバーに連絡し、アレッサンドロの件を説明した。ライブのときに控室に来たアレッサンドロを覚えており、是非来週練習場に来るようにと言ってくれた。
アレッサンドロはもちろん行くよと快諾した。
「あー、いろいろ話したら、なんかお腹すいちゃった。なんか食べようかな。ピザ頼むからシェアしない?」
「いいよ、そうしよう」
しばらくして注文したマルゲリータが運ばれてきた。6分割に切ってある、日本では当たり前の光景だ。
アレッサンドロは食べながら「イタリアではこうやって切ってないよ。ピッツアは一人1枚食べるんだ。ナイフとフォークで。だから、みんな太っていくのさ。日本に来てから、僕も太らないようにピッツアをシェアするようになったよ」と笑いながら言った。
「それは大事ね」ユミもつられて大笑いした。
家に帰ってからアレッサンドロは、うれしさのあまりイタリアの両親にバンドに入ることを伝えた。二人ともとても喜んでくれた。何よりも日本で新しい仲間ができたことがうれしかった。いろいろつらい経験をしたユミはとても繊細なハートの持ち主だとアレッサンドロは思った。ユミの気持ちを大事にしてまずできることからやっていこう。アントニーオの『焦らないように』という言葉をもう一度心の中で繰り返した。
翌週、アレッサンドロはバンドメンバーと練習場で会い、正式にメンバーとなった。
もちろんユミも参加している。
メンバーはドラムでリーダーのケン、ベースのタクヤ、キーボードのヨシ、ボーカルのユミ
そしてアレッサンドロはギターとボーカル担当ということになった。
ケンは「いやあ、よかったよ。前のギターのやつが急に転勤でいなくなってさ、本当に困ってたんだ。アレッサンドロ、日本語ペラペラで助かるよ。名前長いなあ、なんかニックネームある?」
「アレって呼んでくれるといいな」
「オッケー、みんな、アレだ。よろしくな」ケンはメンバーみんなに紹介した。
ケンは続けて「ユミが認めるなんて、アレ、なかなかないぞ。ユミは人を見る目が厳しいんだ、その分見る目は確かさ。それにギターの腕は確からしいな、ちょっと弾いてみてくれないか?」
アレはイタリアの有名なバンド、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ(PFM)の饗宴を弾き語りした。メンバーみんなは立ち上がって拍手した
ケンは「かっこいいなー、歌もギターもうまいし、いいじゃないか。なあ、みんな」
タクヤやヨシ、ユミ共に笑顔で返答した。
特にユミは自分が誘ったので責任を感じていたが、自分の見る目に間違いがないと確信した。
ケンは「じゃあ、メンバーも揃ったので、これからの活動について説明します。
これから1か月半後に、この町で音楽祭があって僕たちのバンドも出演することになっているんだ。2曲演奏できる。1曲はもう決まっているけどもう1曲がまだ決まらなくて
どうしようかと思っている。何かいいアイデアないか?」とみんなに聞いた。
キーボードのヨシは「今、アレッサンドロが弾いた曲がとてもよかったからそれどうだろうか」と提案した。
「そうだね、新メンバーの紹介も兼ねていいかもしれない、、アレいい?」ケンはアレッサンドロに聞いた。
「ユミが一緒に歌ってくれるならいいよ」
「ユミ、どうなんだ?」ケンはユミに遠慮がちに尋ねた。
「日本語で歌っていいならやってみようかな、、アレ、ちゃんと訳してね」
「オーケー、わかったよ」
それからケンたちは、新しい曲のアレンジを考えたり、練習したりとても忙しい時間を過ごした。グループのメンバーはみな仕事をしながらも何とかプロになりたいと考えており、練習熱心だった。そんな中でアレッサンドロは、グループのメンバーと日々セッションするうちに、冗談を言い合うほど彼らとの仲を深めていた。アレッサンドロはとても充実した気持ちでギターや歌の練習に取り組んでいた。そして、あまりに熱心で休憩もせずにずっと練習し続けることもあった。
しかし、音楽祭が近づくとユミは練習にこない日が続くようになった。
ケンは「ユミは、ステージが近づくと緊張が強くなってダメなんだよな…」と困ったように言った。
アレッサンドロは「みんなが頑張れば頑張るほどプレッシャーが強くなってしまうのではないかと考えた。ユミに連絡を取り、ユニコーンで話しをすることにした。
「ごめんなさい。私、また自信がなくなってきた。みんなといると、自分だけうまくできないと思って怖くなってきたの」ユミはすまなそうに言った。
「そんなことない。きみは、何も悪くないよ。僕たちが自分たちだけ夢中になりすぎて、ユミのペースを考えなかった。悪かったよ。もう少しゆっくりやろう」
ユミはその言葉を聞いて涙ぐんだ。アレッサンドロはこれまでのことを後悔しながら考えた。グループはもっと互いを思いやらなければいけない。自分だけがよいというものではないのだと。
アレッサンドロはケンたちとも話し合い、練習のペースを落としてユミが歌いやすいように気を配るようにした。ユミはまた少しずつ笑顔を取り戻し歌えるようになってきたのでアレッサンドロは安心した。
「ユミ、今日は調子がいいね。よかったよ」
「ありがとう、アレ。何とかやれそうだわ」ユミは笑顔で答えた。
アレッサンドロは、あの日のライブのユミの歌声が忘れられない。しかし、連絡をとるきっかけもみつからないまま、時は過ぎていった。
ある夜、何気なくテレビを見ているとどこかで聞いたが流れてきた。歌っているのは女性歌手だった。バックで演奏している中に、民族楽器の三味線を演奏している人もいた。
「あっ!あの曲だ!タイトルはなんだっけ、」最後まで聞くと、司会者が「なだそうそう」と伝えていた。やっぱり素晴らしい曲だと思った。
あの日のライブで聞いたユミの歌がまた心によみがえってきた。
すると、アレッサンドロの中に突然熱いエネルギーが沸いてきた。いてもたってもいられず急いでスマートフォンを取り出し、ユミの連絡先をタップし、メッセージを打ち始めた。
『こんにちは、アレッサンドロです。この間は素晴らしい歌を聞かせてくれてありがとう。
どうしても会って話したいことがあるので、よかったら返事を下さい!』
一気に仕上げると、素早く送信した。
心の中で、返信が来ることを祈りながら、、
しばらくすると、着信音が聞こえた。
「ユミだ!」
「返信が来た!」ドキドキしながらメッセージを開いた。
『ユミです。連絡ありがとう。今週末なら予定はあいています。でも、あまり調子がよくないので行けないかもしれません』
『わかった。14時にA駅前のユニコーンというカフェで待っています。具合が悪かったら無理しなくていいです』アレッサンドロは返信を送り、ハーっと一息ついた。ようやく、ユミに連絡を取ることができた喜びで一杯だった。
ユミが本当に来るか来ないか、わからないけれど信じて待とうと決めた。
早速、アントニーオに連絡した。
「やっとユミと連絡を取ったよ!週末、うまくいけば会えるかもしれない」
「よかったな!なんとかバンドを組んでくれるといいな。祈ってるよ」アントニーオはその後もいろいろとアドバイスをくれた。焦らないことが最も大切だと。
そして、週末になった。アレッサンドロはユミに気に入られるように髪をセットし、お気に入りのシャツとジーンズを身につけ、気合を入れた。
A駅前のカフェ、ユニコーンに14時少し前に到着したアレッサンドロは、店員に待ち合わせがあると伝えて、窓際の席に着いて、コーヒーを頼んだ。
14時過ぎにユミからメッセージが入った。
『少し遅れますが、向かっています』
良かった。来てくれるんだと、アレッサンドロは安堵しながらユミを待った。
14時半にユミが現れた。
「遅れてごめんなさい。ちょっと準備に手間取って…」
「いや、いいんだ。きてくれてありがとう。また会えてうれしいよ」
「少し迷ったけど、あんなに歌を喜んでくれてうれしかったし」
「本当に感動したんだ。ユミの声に。」
「ありがとう…」
それから、二人はいろいろな話をした。アレッサンドロの出身地の話や家族の話、イタリアで音楽活動のこと。とはいえ、ユミはあまり自分の話をせずほとんどアレッサンドロの話を聞いていた。
「僕の話ばかりでごめん。ユミは今何をしているのか聞いてもいいんだろうか?」
ユミは、しばらくしてからゆっくり話し出した。
ユミの出身は東京で、自宅の最寄り駅はA駅から3つ先でここから30分くらいのところに住んでいる。大学のサークルでずっとバンドを組んで歌っていた。時々、ライブハウスで演奏させてもらっていたが、今年、大学を卒業と同時にいったんバンドを離れた。
そして、その後つらい体験をしたそうだ。
「4月からある会社に勤めた始めたのだけど、新人指導係の人と合わなくて、うまくいかないと怒鳴られたり、無視されたりして精神的につらくなってしまったの。眠れなかったり、ご飯が全然食べられなくなって、会社にもいけなくなった。少し休んだけど、やっぱり無理と思って会社をやめることになったのよ。すっかり自信がなくなってしまって、外に出るのも怖くなってしまって…」
アレッサンドロは何も言えず、黙ってうなずいていた。でも、優しい表情を崩さずユミを見守り続けた。
「そんなとき、前のバンドメンバーが心配してくれて、声をかけてくれたの、また一緒にやろうって。メンバーはまだ学生もいるし、社会人になった人もいるのよ。彼らに会って少しずつ元気が出てきてやっと外に出られるようになってきたの。それに練習場に行くようになって気持ちが少しずつ前向きになれた。この間のライブは久しぶりに人の前で歌ったからリハビリみたいなもの。だがら、1曲だけしか歌わなかったのよ」
ユミは、自分の辛い体験を話してくれた。
「それはたいへんだったね…僕はユミの気持ちがとてもよくわかるよ。日本に来たばかりのとき、日本語もあまり上手じゃないし、知り合いもいない。だからとても淋しかった。
外に出るのも面倒になったよ。ユミは音楽に助けられたんだね?」
「そうね、まだ完全じゃないけど」
「音楽はいい薬だね。僕もできれば今すぐにでも、本当は思い切りギターを弾いて歌いたいんだ。だけど、そんなチャンスはないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、一緒にやる?ギターのメンバーが転勤でバンドを離れることになってて、これから探さなければいけないところだったの」
アレッサンドロは、びっくりして言葉を失った。
なんだって!?ユミが突然とんでもないことを言い出した!
こんな幸せなことがあるのか?
メンバーになれる?ユミのためにギターを弾ける?
「ユミ、夢のようだよ。断る理由なんかない。本当にいいのかい?」
「たぶん大丈夫よ。あなたもとてもいい人そうだし、メンバーも早く決めたいの。それにイタリア人のメンバーがいるなんて珍しくていいじゃない」
驚くほど急な展開になった。
ユミもだんだんアレッサンドロに慣れてきたのか、表情も明るくなってきた。
ユミは早速バンドメンバーに連絡し、アレッサンドロの件を説明した。ライブのときに控室に来たアレッサンドロを覚えており、是非来週練習場に来るようにと言ってくれた。
アレッサンドロはもちろん行くよと快諾した。
「あー、いろいろ話したら、なんかお腹すいちゃった。なんか食べようかな。ピザ頼むからシェアしない?」
「いいよ、そうしよう」
しばらくして注文したマルゲリータが運ばれてきた。6分割に切ってある、日本では当たり前の光景だ。
アレッサンドロは食べながら「イタリアではこうやって切ってないよ。ピッツアは一人1枚食べるんだ。ナイフとフォークで。だから、みんな太っていくのさ。日本に来てから、僕も太らないようにピッツアをシェアするようになったよ」と笑いながら言った。
「それは大事ね」ユミもつられて大笑いした。
家に帰ってからアレッサンドロは、うれしさのあまりイタリアの両親にバンドに入ることを伝えた。二人ともとても喜んでくれた。何よりも日本で新しい仲間ができたことがうれしかった。いろいろつらい経験をしたユミはとても繊細なハートの持ち主だとアレッサンドロは思った。ユミの気持ちを大事にしてまずできることからやっていこう。アントニーオの『焦らないように』という言葉をもう一度心の中で繰り返した。
翌週、アレッサンドロはバンドメンバーと練習場で会い、正式にメンバーとなった。
もちろんユミも参加している。
メンバーはドラムでリーダーのケン、ベースのタクヤ、キーボードのヨシ、ボーカルのユミ
そしてアレッサンドロはギターとボーカル担当ということになった。
ケンは「いやあ、よかったよ。前のギターのやつが急に転勤でいなくなってさ、本当に困ってたんだ。アレッサンドロ、日本語ペラペラで助かるよ。名前長いなあ、なんかニックネームある?」
「アレって呼んでくれるといいな」
「オッケー、みんな、アレだ。よろしくな」ケンはメンバーみんなに紹介した。
ケンは続けて「ユミが認めるなんて、アレ、なかなかないぞ。ユミは人を見る目が厳しいんだ、その分見る目は確かさ。それにギターの腕は確からしいな、ちょっと弾いてみてくれないか?」
アレはイタリアの有名なバンド、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ(PFM)の饗宴を弾き語りした。メンバーみんなは立ち上がって拍手した
ケンは「かっこいいなー、歌もギターもうまいし、いいじゃないか。なあ、みんな」
タクヤやヨシ、ユミ共に笑顔で返答した。
特にユミは自分が誘ったので責任を感じていたが、自分の見る目に間違いがないと確信した。
ケンは「じゃあ、メンバーも揃ったので、これからの活動について説明します。
これから1か月半後に、この町で音楽祭があって僕たちのバンドも出演することになっているんだ。2曲演奏できる。1曲はもう決まっているけどもう1曲がまだ決まらなくて
どうしようかと思っている。何かいいアイデアないか?」とみんなに聞いた。
キーボードのヨシは「今、アレッサンドロが弾いた曲がとてもよかったからそれどうだろうか」と提案した。
「そうだね、新メンバーの紹介も兼ねていいかもしれない、、アレいい?」ケンはアレッサンドロに聞いた。
「ユミが一緒に歌ってくれるならいいよ」
「ユミ、どうなんだ?」ケンはユミに遠慮がちに尋ねた。
「日本語で歌っていいならやってみようかな、、アレ、ちゃんと訳してね」
「オーケー、わかったよ」
それからケンたちは、新しい曲のアレンジを考えたり、練習したりとても忙しい時間を過ごした。グループのメンバーはみな仕事をしながらも何とかプロになりたいと考えており、練習熱心だった。そんな中でアレッサンドロは、グループのメンバーと日々セッションするうちに、冗談を言い合うほど彼らとの仲を深めていた。アレッサンドロはとても充実した気持ちでギターや歌の練習に取り組んでいた。そして、あまりに熱心で休憩もせずにずっと練習し続けることもあった。
しかし、音楽祭が近づくとユミは練習にこない日が続くようになった。
ケンは「ユミは、ステージが近づくと緊張が強くなってダメなんだよな…」と困ったように言った。
アレッサンドロは「みんなが頑張れば頑張るほどプレッシャーが強くなってしまうのではないかと考えた。ユミに連絡を取り、ユニコーンで話しをすることにした。
「ごめんなさい。私、また自信がなくなってきた。みんなといると、自分だけうまくできないと思って怖くなってきたの」ユミはすまなそうに言った。
「そんなことない。きみは、何も悪くないよ。僕たちが自分たちだけ夢中になりすぎて、ユミのペースを考えなかった。悪かったよ。もう少しゆっくりやろう」
ユミはその言葉を聞いて涙ぐんだ。アレッサンドロはこれまでのことを後悔しながら考えた。グループはもっと互いを思いやらなければいけない。自分だけがよいというものではないのだと。
アレッサンドロはケンたちとも話し合い、練習のペースを落としてユミが歌いやすいように気を配るようにした。ユミはまた少しずつ笑顔を取り戻し歌えるようになってきたのでアレッサンドロは安心した。
「ユミ、今日は調子がいいね。よかったよ」
「ありがとう、アレ。何とかやれそうだわ」ユミは笑顔で答えた。