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たび
茶の湯
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Coming soon!
そんなある日、学校で留学生向けに日本の文化に触れるクラスがあるという知らせがありました。華道や茶道、弓道や柔道、空手など様々なコースがありましたが、マリアは茶道を選んで参加することになりました。
茶道はテレビなどで見たことはありますが、正直難しくてよくわかりませんでした。色々決まりが細かそうだし、畳にずっと座っていられるか自信がありませんでした。食堂で飲むお茶もそんなにおいしいとは思いません。さあ、どんな活動になるでしょうか、ちょっと不安でしたが楽しみでもありました。
日本文化クラス当日は、4人の学生が町の建物の1つのお茶室に集まりました。講師はよし村さんと高橋さんという二人の女性で、着物を着て待っていてくれました。
マリアは着物を着た女性と話をするのも初めてで、きんちょうしていました。
よし村さんは皆をお茶室にあん内し、学生にやさしく話しかけてくれました。
「こんにちは、皆さん。私はよし村と申します。今日は、日本の茶道に触れる活動に参加して頂いてとてもうれしいです。もう一人は高橋さんと言います。これから皆さんに実際にお茶を入れてもらったり飲んだりしてもらいます。楽しんでくださいね。どうぞよろしくお願いします」
「私は高橋と申します。今日はよろしくお願いします」高橋さんもあいさつしました。
「よろしくお願いします」と4人も口をそろえて言いました。
「まず、高橋さんがお茶をたてて私が頂くので見ていてくださいね。皆さんは私の横に並んで座ってください。難しい人は足を組んでもいいですよ」
マリアはがんばって正座(せいざ:たたみのうえでの座り方の1つ。ひざを折って、足のうらの上におしりをのせて座る。)をしてみました。これで座っていられるのだろうか?すでに足が痛かったです。となりのマレーシアからの留学生マイカも「ちょっと、正座無理かもしれない…」としょうがなく笑いました。
よし村さんはいろいろと説明してくれました。
「お茶はお茶の葉を細かくして粉にしたものを使います。まっ茶といいます。お茶の入っている入れ物はなつめ、お茶をとるのは茶杓(ちゃしゃく)です。茶わんにお湯を入れてこの茶せん(ちゃせん:茶道でお茶を混ぜるときにつかうもの)という道具を使ってあわを点てます。ここかららお茶を入れることを『お茶を点てる』と言うのですよ」よし村さんは実際に、お茶の粉や道具を見せながら説明してくれました。
「なるほど」初めて見るお茶道具にマリアやマイカはきょう味がとてもありました。
「お茶は鎌倉(かまくら)時代に始まりました。今の形を確実にしたのは、豊臣秀吉(とよとみひでよし)という武士と千利休(せんのりきゅう)という茶道に通じた人です。千利休はお茶から禅(ぜん:仏教の種類の1つ)の心で人と人とのつながりを教えた偉大な人なんです」
「ぜん・・聞いたことあるな、精神的な世界かな?」マリアは心の中で言いました。
「難しいことは後にして、さっそくお茶を飲んでみましょうね」よし村さんの合図をもとに高橋さんがしゅんしゅんとお湯の沸いている大きな鉄のかまの前に座りました。
「はい、それではごあいさつをしてまずお菓子を頂きます」よし村さんは深く高橋さんにお辞ぎをしました。
「お菓子をどうぞ」高橋さんがすすめると、よし村さんはお皿に乗ったお菓子をはしで一つとって、懐紙(かいし)という白い紙の上にのせフォークのようなもので食べました。
そして食べ終わった後その紙をきれいにたたんで着物の胸のちかくにそっと入れていました。
マリアはびっくりしました。
「紙をたたんで自分の着物に入れる?ゴミなのに!」
よし村さんは静かに座って待っています。
お菓子を食べ終わりそうになる時、高橋さんはおかまから小さなひしゃくでお湯をとり茶わんに入れました。そして、茶せんを少し回しながら茶わんを温めて、横に置いてある入れものに捨てました。
続いて、まっ茶を茶しゃくで1つ半入れ、お湯をひしゃくに1すくいほど入れました。
茶せんを細かく動かしながらあわをたてて、すぐに細かいあわのまっ茶が出来上がりました。
「きれいな緑色だ」とマリアは思いました
茶わんにはさくらの絵がかかれていました。高橋さんは茶わんを回してよし村さんにさくらの絵が見えるように置きました。よし村さんは「頂だいいたします」といってお辞ぎをして茶わんを受け取りました。すると、茶わんを少し見つめた後、茶わんを右に回してからお茶を3回に分けて飲みました。
茶道はテレビなどで見たことはありますが、正直難しくてよくわかりませんでした。色々決まりが細かそうだし、畳にずっと座っていられるか自信がありませんでした。食堂で飲むお茶もそんなにおいしいとは思いません。さあ、どんな活動になるでしょうか、ちょっと不安でしたが楽しみでもありました。
日本文化クラス当日は、4人の学生が町の建物の1つのお茶室に集まりました。講師はよし村さんと高橋さんという二人の女性で、着物を着て待っていてくれました。
マリアは着物を着た女性と話をするのも初めてで、きんちょうしていました。
よし村さんは皆をお茶室にあん内し、学生にやさしく話しかけてくれました。
「こんにちは、皆さん。私はよし村と申します。今日は、日本の茶道に触れる活動に参加して頂いてとてもうれしいです。もう一人は高橋さんと言います。これから皆さんに実際にお茶を入れてもらったり飲んだりしてもらいます。楽しんでくださいね。どうぞよろしくお願いします」
「私は高橋と申します。今日はよろしくお願いします」高橋さんもあいさつしました。
「よろしくお願いします」と4人も口をそろえて言いました。
「まず、高橋さんがお茶をたてて私が頂くので見ていてくださいね。皆さんは私の横に並んで座ってください。難しい人は足を組んでもいいですよ」
マリアはがんばって正座(せいざ:たたみのうえでの座り方の1つ。ひざを折って、足のうらの上におしりをのせて座る。)をしてみました。これで座っていられるのだろうか?すでに足が痛かったです。となりのマレーシアからの留学生マイカも「ちょっと、正座無理かもしれない…」としょうがなく笑いました。
よし村さんはいろいろと説明してくれました。
「お茶はお茶の葉を細かくして粉にしたものを使います。まっ茶といいます。お茶の入っている入れ物はなつめ、お茶をとるのは茶杓(ちゃしゃく)です。茶わんにお湯を入れてこの茶せん(ちゃせん:茶道でお茶を混ぜるときにつかうもの)という道具を使ってあわを点てます。ここかららお茶を入れることを『お茶を点てる』と言うのですよ」よし村さんは実際に、お茶の粉や道具を見せながら説明してくれました。
「なるほど」初めて見るお茶道具にマリアやマイカはきょう味がとてもありました。
「お茶は鎌倉(かまくら)時代に始まりました。今の形を確実にしたのは、豊臣秀吉(とよとみひでよし)という武士と千利休(せんのりきゅう)という茶道に通じた人です。千利休はお茶から禅(ぜん:仏教の種類の1つ)の心で人と人とのつながりを教えた偉大な人なんです」
「ぜん・・聞いたことあるな、精神的な世界かな?」マリアは心の中で言いました。
「難しいことは後にして、さっそくお茶を飲んでみましょうね」よし村さんの合図をもとに高橋さんがしゅんしゅんとお湯の沸いている大きな鉄のかまの前に座りました。
「はい、それではごあいさつをしてまずお菓子を頂きます」よし村さんは深く高橋さんにお辞ぎをしました。
「お菓子をどうぞ」高橋さんがすすめると、よし村さんはお皿に乗ったお菓子をはしで一つとって、懐紙(かいし)という白い紙の上にのせフォークのようなもので食べました。
そして食べ終わった後その紙をきれいにたたんで着物の胸のちかくにそっと入れていました。
マリアはびっくりしました。
「紙をたたんで自分の着物に入れる?ゴミなのに!」
よし村さんは静かに座って待っています。
お菓子を食べ終わりそうになる時、高橋さんはおかまから小さなひしゃくでお湯をとり茶わんに入れました。そして、茶せんを少し回しながら茶わんを温めて、横に置いてある入れものに捨てました。
続いて、まっ茶を茶しゃくで1つ半入れ、お湯をひしゃくに1すくいほど入れました。
茶せんを細かく動かしながらあわをたてて、すぐに細かいあわのまっ茶が出来上がりました。
「きれいな緑色だ」とマリアは思いました
茶わんにはさくらの絵がかかれていました。高橋さんは茶わんを回してよし村さんにさくらの絵が見えるように置きました。よし村さんは「頂だいいたします」といってお辞ぎをして茶わんを受け取りました。すると、茶わんを少し見つめた後、茶わんを右に回してからお茶を3回に分けて飲みました。
そんなある日、学校で留学生向けに日本の文化体験のクラスがあるというアナウンスがありました。華道や茶道、弓道や柔道、空手など様々なコースがありましたが、マリアは茶道を選んで参加することになりました。
茶道はテレビなどで見たことはありますが、正直難しくてよくわかりませんでした。色々決まりが細かそうだし、畳にずっと座っていられるか自信がありませんでした。食堂で飲むお茶もそんなにおいしいとは思いません。さあ、どんな体験になるでしょうか、ちょっと不安でしたが楽しみでもありました。
体験当日は、4人の学生が町の施設のお茶室に集まりました。講師は吉村さんと高橋さんという二人の女性で、着物を着て待っていてくれました。
マリアは着物を着た女性と話をするのも初めてで、緊張していました。
吉村さんは皆をお茶室に案内し、学生にやさしく話しかけてくれました。
「こんにちは、皆さん。私は吉村と申します。今日は、日本の茶道の体験に参加して頂いてとてもうれしいです。もう一人は高橋さんと言います。これから皆さんに実際にお茶を入れてもらったり飲んだりしてもらいます。楽しんでくださいね。どうぞよろしくお願いします」
「私は高橋と申します。今日はよろしくお願いします」高橋さんもあいさつしました。
「よろしくお願いします」と4人も口をそろえて言いました。
「まず、高橋さんがお茶をたてて私が頂くので見ていてくださいね。皆さんは私の横に並んで座ってください。難しい人は足を組んでもいいですよ」
マリアは頑張って正座をしてみました。これで座っていられるのだろうか?すでに太ももが痛かったです。隣のマレーシアからの留学生マイカも「ちょっと、正座無理かも…」と苦笑いしました。
吉村さんはいろいろと説明してくれました。
「お茶はお茶の葉を細かくして粉にしたものを使います。抹茶といいます。お茶の入っている入れ物はなつめ、お茶をとるのは茶杓です。茶碗にお湯を入れてこの茶せんという道具を使って泡を点てるように混ぜます。ここかららお茶を入れることを『お茶を点てる』と言うのですよ」吉村さんは実際に、抹茶や道具を見せながら説明してくれました。
「なるほど」初めて見るお茶道具にマリアやマイカは興味しんしんでした。
「お茶は鎌倉時代に始まりました。今の形を確実にしたのは、豊臣秀吉という武士と千利休という茶人です。千利休はお茶を通して禅の心で人と人との結びつきを教えた偉大な人なんです」
「禅・・聞いたことあるな、精神的な世界かな?」マリアは心の中でつぶやきました。
「難しいことは後にして、さっそくお茶を飲んでみましょうね」吉村さんの合図をもとに高橋さんがしゅんしゅんとお湯の沸いている大きな鉄の釜の前に座りました。
「はい、それではご挨拶をしてまずお菓子を頂きます」吉村さんは深々と高橋さんにお辞儀をしました。
「お菓子をどうぞ」高橋さんが勧めると、吉村さんはお皿に乗ったお菓子を箸で一つとって、懐紙という白い紙の上にのせフォークのようなもので食べました。
そして食べ終わった後その紙をきれいにたたんで着物の胸元にそっと入れていました。
マリアはびっくりしました。
「紙をたたんで自分の着物に入れる?ゴミなのに!」
吉村さんは静かに座って待っています。
お菓子を食べ終わりそうになるタイミングで、高橋さんはお釜から小さなひしゃくでお湯をとり茶碗に入れました。そして、茶せんを少し回しながら茶碗を温めて、横に置いてある器に捨てました。
続いて、抹茶を茶杓で1杯半入れ、お湯をひしゃくに1杯ほど入れました。
茶せんを細かく動かしながら泡をたてて、あっという間に細かい泡の抹茶が出来上がりました。
「きれいな緑色だ」とマリアは思いました
茶碗には桜の絵が描かれていました。高橋さんは茶碗を回して吉村さんに桜の絵が見えるように置きました。吉村さんは「頂戴いたします」といってお辞儀をして茶碗を受け取りました。すると、茶碗を少し見つめた後茶碗を右に回してからお茶を3回に分けて飲みました。
驚いたことに最後はズズっと音を立てて飲んでいます。お母さんに怒られそうだとマリアは思いました。そして茶碗の飲み口を手で拭き、紙でそっと拭きました。
その後、吉村さんは「拝見します」といって茶碗をいろいろと眺めて終了しました。
マリアはこのシステマティックな儀式を驚きと尊敬の気持ちをもって見ていました。
マリアたち4人は足が痛くてとても正座は難しかったので、吉村さんはイスとテーブルを用意してくれました。たぶん外国人は正座がダメなことを分かっているようでした。
それから4人は吉村さんに教わりながら、お菓子をいただき、一人ずつお茶を飲む体験をしました。お辞儀にも深さがあったり、お茶を飲むときは高橋さんだけでなく必ず両隣りの人にも挨拶してから頂くなど、礼儀がちゃんとしていると感じました。
そしてみんなが苦戦したのは最後に音を立てて飲むところでした。
「なぜ、音を立てるの?」
マリアは意味が分からず、音を立てるのはとても恥ずかしかったです。
甘いお菓子を食べた後のお茶はちょっと苦かったけど、口の中がすっきりとして思ったよりおいしかったです。
吉村さんは、その後マリアたちにお茶をたてる体験もさせてくれました。
マリアたち慣れない手つきで茶せんを使って一生懸命抹茶を泡をたてました。
「手首を使ってMの字を書いて空気を入れながら泡をたてましょう。最後に表面をさらさらすると泡が細かくなりますよ」と吉村さんはコツを教えてくれました。自分で入れたお茶は泡が大きすぎて高橋さんのお茶とは大違いでした。
終了後、吉村さんにいくつか質問をしました。
「なぜ、最後に音を立てるですか?」マリアが一番聞きたかったことです。
「飲み終わったことを知らせる合図ですよ。それに泡を吸いきるほどおいしかったという作法なんです。」と答えてくれました。
マリアはよくわかりませんでしたが、これも文化の違いだと思いました。
他にもいくつか質問をしました。
茶碗を回すのは、「茶碗の絵に直接口をつけないという礼儀です」
これは、なるほどと思いました。
「茶碗の絵は主役なんだな」
挨拶の深さは「3種類あります。お茶を点ててくれた人には最も深いお辞儀をします」
これも理解できました。
懐紙については「常に持ち歩き口や手を拭いたり、余ったお菓子を包んだり、お皿の代わりにしたりします。ゴミは決して置いていきません」
相手のことを常に考えているのだなと感心しました。答えてくれた内容にはすべて意味があることが分かりました。
吉村さんは、一通り体験を終えた後、茶道の素晴らしさについて話してくれました
千利休は京都の大徳寺で禅という宗教哲学を学んでいたそうです。
そして、自分自身の在り方をお茶を通して伝えようとしました。茶の心得は「和敬清寂」と言われて、和やかなこころで、お互いに敬い合い、清らかな心で、動じない心をもつことだと説明してくれました。マリアはお茶の作法をふり返ってみて、とてもわかるような気がしました。
「確かに自分本位で行動したら、その空気は台無しになる」
あのような静かな、清らかな空間はお互いを思う気持ちがないと成り立たないと思いました。
更に、吉村先生は続けました。
「相手への心配りを忘れず、思いやりの心をもって接すること、物を大切にして本当に必要なものを手にすること、出会いや時間を大切にする。お茶の時間は身分に関係なくお茶を入れる人と頂く人との心と心のつながりであり、穏やかな時間です」
この出会いは、もう二度とないかもしれない、この時間に感謝してほしいと言いました。
吉村さんはこれを「一期一会」という言葉で締めくくりました。
マリアは吉村さんの言葉に心から感動して、清らかな心でお茶室を出ました。
「一期一会」
このような考え方を今までしたことがありませんでした。言葉のほとんどない静寂の中から思いを感じ取るような体験はあったでしょうか。教会でも空間は静かですが牧師からの一方的な話です。それにこのところ忙しくて教会にも行っていませんでした。
茶道を通してお互いの気持ちを共有するという考え方はマリアにとって本当に新しい学びでした。
まだ、うまく説明できませんが、マリアの中に何か新たな価値観が芽生え始めていました。
茶道はテレビなどで見たことはありますが、正直難しくてよくわかりませんでした。色々決まりが細かそうだし、畳にずっと座っていられるか自信がありませんでした。食堂で飲むお茶もそんなにおいしいとは思いません。さあ、どんな体験になるでしょうか、ちょっと不安でしたが楽しみでもありました。
体験当日は、4人の学生が町の施設のお茶室に集まりました。講師は吉村さんと高橋さんという二人の女性で、着物を着て待っていてくれました。
マリアは着物を着た女性と話をするのも初めてで、緊張していました。
吉村さんは皆をお茶室に案内し、学生にやさしく話しかけてくれました。
「こんにちは、皆さん。私は吉村と申します。今日は、日本の茶道の体験に参加して頂いてとてもうれしいです。もう一人は高橋さんと言います。これから皆さんに実際にお茶を入れてもらったり飲んだりしてもらいます。楽しんでくださいね。どうぞよろしくお願いします」
「私は高橋と申します。今日はよろしくお願いします」高橋さんもあいさつしました。
「よろしくお願いします」と4人も口をそろえて言いました。
「まず、高橋さんがお茶をたてて私が頂くので見ていてくださいね。皆さんは私の横に並んで座ってください。難しい人は足を組んでもいいですよ」
マリアは頑張って正座をしてみました。これで座っていられるのだろうか?すでに太ももが痛かったです。隣のマレーシアからの留学生マイカも「ちょっと、正座無理かも…」と苦笑いしました。
吉村さんはいろいろと説明してくれました。
「お茶はお茶の葉を細かくして粉にしたものを使います。抹茶といいます。お茶の入っている入れ物はなつめ、お茶をとるのは茶杓です。茶碗にお湯を入れてこの茶せんという道具を使って泡を点てるように混ぜます。ここかららお茶を入れることを『お茶を点てる』と言うのですよ」吉村さんは実際に、抹茶や道具を見せながら説明してくれました。
「なるほど」初めて見るお茶道具にマリアやマイカは興味しんしんでした。
「お茶は鎌倉時代に始まりました。今の形を確実にしたのは、豊臣秀吉という武士と千利休という茶人です。千利休はお茶を通して禅の心で人と人との結びつきを教えた偉大な人なんです」
「禅・・聞いたことあるな、精神的な世界かな?」マリアは心の中でつぶやきました。
「難しいことは後にして、さっそくお茶を飲んでみましょうね」吉村さんの合図をもとに高橋さんがしゅんしゅんとお湯の沸いている大きな鉄の釜の前に座りました。
「はい、それではご挨拶をしてまずお菓子を頂きます」吉村さんは深々と高橋さんにお辞儀をしました。
「お菓子をどうぞ」高橋さんが勧めると、吉村さんはお皿に乗ったお菓子を箸で一つとって、懐紙という白い紙の上にのせフォークのようなもので食べました。
そして食べ終わった後その紙をきれいにたたんで着物の胸元にそっと入れていました。
マリアはびっくりしました。
「紙をたたんで自分の着物に入れる?ゴミなのに!」
吉村さんは静かに座って待っています。
お菓子を食べ終わりそうになるタイミングで、高橋さんはお釜から小さなひしゃくでお湯をとり茶碗に入れました。そして、茶せんを少し回しながら茶碗を温めて、横に置いてある器に捨てました。
続いて、抹茶を茶杓で1杯半入れ、お湯をひしゃくに1杯ほど入れました。
茶せんを細かく動かしながら泡をたてて、あっという間に細かい泡の抹茶が出来上がりました。
「きれいな緑色だ」とマリアは思いました
茶碗には桜の絵が描かれていました。高橋さんは茶碗を回して吉村さんに桜の絵が見えるように置きました。吉村さんは「頂戴いたします」といってお辞儀をして茶碗を受け取りました。すると、茶碗を少し見つめた後茶碗を右に回してからお茶を3回に分けて飲みました。
驚いたことに最後はズズっと音を立てて飲んでいます。お母さんに怒られそうだとマリアは思いました。そして茶碗の飲み口を手で拭き、紙でそっと拭きました。
その後、吉村さんは「拝見します」といって茶碗をいろいろと眺めて終了しました。
マリアはこのシステマティックな儀式を驚きと尊敬の気持ちをもって見ていました。
マリアたち4人は足が痛くてとても正座は難しかったので、吉村さんはイスとテーブルを用意してくれました。たぶん外国人は正座がダメなことを分かっているようでした。
それから4人は吉村さんに教わりながら、お菓子をいただき、一人ずつお茶を飲む体験をしました。お辞儀にも深さがあったり、お茶を飲むときは高橋さんだけでなく必ず両隣りの人にも挨拶してから頂くなど、礼儀がちゃんとしていると感じました。
そしてみんなが苦戦したのは最後に音を立てて飲むところでした。
「なぜ、音を立てるの?」
マリアは意味が分からず、音を立てるのはとても恥ずかしかったです。
甘いお菓子を食べた後のお茶はちょっと苦かったけど、口の中がすっきりとして思ったよりおいしかったです。
吉村さんは、その後マリアたちにお茶をたてる体験もさせてくれました。
マリアたち慣れない手つきで茶せんを使って一生懸命抹茶を泡をたてました。
「手首を使ってMの字を書いて空気を入れながら泡をたてましょう。最後に表面をさらさらすると泡が細かくなりますよ」と吉村さんはコツを教えてくれました。自分で入れたお茶は泡が大きすぎて高橋さんのお茶とは大違いでした。
終了後、吉村さんにいくつか質問をしました。
「なぜ、最後に音を立てるですか?」マリアが一番聞きたかったことです。
「飲み終わったことを知らせる合図ですよ。それに泡を吸いきるほどおいしかったという作法なんです。」と答えてくれました。
マリアはよくわかりませんでしたが、これも文化の違いだと思いました。
他にもいくつか質問をしました。
茶碗を回すのは、「茶碗の絵に直接口をつけないという礼儀です」
これは、なるほどと思いました。
「茶碗の絵は主役なんだな」
挨拶の深さは「3種類あります。お茶を点ててくれた人には最も深いお辞儀をします」
これも理解できました。
懐紙については「常に持ち歩き口や手を拭いたり、余ったお菓子を包んだり、お皿の代わりにしたりします。ゴミは決して置いていきません」
相手のことを常に考えているのだなと感心しました。答えてくれた内容にはすべて意味があることが分かりました。
吉村さんは、一通り体験を終えた後、茶道の素晴らしさについて話してくれました
千利休は京都の大徳寺で禅という宗教哲学を学んでいたそうです。
そして、自分自身の在り方をお茶を通して伝えようとしました。茶の心得は「和敬清寂」と言われて、和やかなこころで、お互いに敬い合い、清らかな心で、動じない心をもつことだと説明してくれました。マリアはお茶の作法をふり返ってみて、とてもわかるような気がしました。
「確かに自分本位で行動したら、その空気は台無しになる」
あのような静かな、清らかな空間はお互いを思う気持ちがないと成り立たないと思いました。
更に、吉村先生は続けました。
「相手への心配りを忘れず、思いやりの心をもって接すること、物を大切にして本当に必要なものを手にすること、出会いや時間を大切にする。お茶の時間は身分に関係なくお茶を入れる人と頂く人との心と心のつながりであり、穏やかな時間です」
この出会いは、もう二度とないかもしれない、この時間に感謝してほしいと言いました。
吉村さんはこれを「一期一会」という言葉で締めくくりました。
マリアは吉村さんの言葉に心から感動して、清らかな心でお茶室を出ました。
「一期一会」
このような考え方を今までしたことがありませんでした。言葉のほとんどない静寂の中から思いを感じ取るような体験はあったでしょうか。教会でも空間は静かですが牧師からの一方的な話です。それにこのところ忙しくて教会にも行っていませんでした。
茶道を通してお互いの気持ちを共有するという考え方はマリアにとって本当に新しい学びでした。
まだ、うまく説明できませんが、マリアの中に何か新たな価値観が芽生え始めていました。