閉じる
閉じる
📌
閉じる
📌
「もやもや」に立ち向かう 下
川村さんの力になりたい
現在の再生速度: 1.0倍
Coming soon!
つぎの日の昼、シュテファンは学生食堂に行きました。みんな、ともだちと楽しそうに食事をしています。食堂の中を見ると、見たことがある学生を見つけました。カールです。
「おーい、カールさん。最近会っていなかったから、ひさしぶり」
「ああ、シュテファンさん。ひさしぶり。元気だった?」
「うん。カールさんは元気?」
「元気」
「1人?」
「うん。いつもだいたい1人で食べているんだ」
「じゃ、今日はいっしょに食べよう」
「うん。思ったんだけれど、この食堂は1人で食べにくい気がするんだ」
「そう?」
「たまたま1人になる時とか、1人で食べたい時があるけれど、ここには1人の席がないんだ」
「今まで考えたことがなかった。この食堂には1人で食べる人のための席がない」
「日本人は1人で食べるのがいやなのかな?」
「いや、そんなことはないと思う。ぼくの知っている人で、1人で食べたい人がいる」
シュテファンは川村さんのことを思い出して言いました。そして、つづけて言いました。
「でも、ネットで見たんだけれど、『1人で食べていて、ともだちがいないと思われるのがいやだ』という人が多いらしい」
「そんなこと、わからないじゃない。たまたま1人なときもあるし、1人がすきな人もいる」
「うん。1人で食べている人もまわりの人も、なぜそう思うんだろう」
「1人でいるのがよくないことだと思う人が多いのかな」
「そうかもしれない。日本では和を大切にするというじゃない。1人なのは、よくないと思うのかな」
「ぼくは、1人でいられることは、大切だと思うんだけれど」
「うん、ぼくも。1人でいられるのは大人だと思う」
シュテファンはカールと話して、「1人でいることについてどう思うか」を文化が作っているのではないかと思いました。そして、分かることができて、よかったと思いました。
また「けいえいがく」の日が来ました。この日もピンク色の川村さんは、いちばん前にすわっていました。終わってから、またいつもの学生たちが話しているのが聞こえました。
「あのピンクの子まだいる。今日もピンク色だ」
「もう慣れた?」
「慣れないよ。あんな色、ふつうの生活ではあまり見ないんだから」
「うん。でも、最近あの子は食堂にもいないと思う。いつも1人で食べてたけれど」
「どうしたんだろう」
「トイレで食べているという話を聞いた。本人が言っていたわけではなくて、見た人がいるらしい。毎日12時30分くらいにトイレに入って、1時くらいに出てくるらしい」
「本当!?」
「あの子、目立つから他の人ではないと思うけれど、いつも12時30分くらいにトイレに行く人と、1時くらいにトイレに行く人が見たと言っていた」
「そうなんだ……じゃ、昼ごはんを食べているんだろう」
それから、だれかのInstagramの写真が、シュテファンの目に入りました。学生食堂の料理の写真です。
(今日のお昼ごはんはカレーライスです。ここのカレーライス、あまりからくなくて食べやすいです。いつもの味でおいしかった!)
カレーライスの後ろには、たくさんの学生がいることはわかりましたが、ピンクのかみは写っていません。ほかのコメントがつづきます。
(ここのカレーライスを食べると、安心する。)
(あれ? この間のピンクのかみの子、いないんだ。)
(あの子、今はトイレで食べているらしい……)
(ホント? やばくない?)
(オムライスの時に話していたことを見たのかな……)
(いやだったかな?)
(かわいそう……でも、やっぱりともだち、いないんだ……)
シュテファンは、どうしてみんな、コスプレや一人でいることについていろいろ言うんだろう、みんなが楽しい大学生活をおくるにはどうしたらいいんだろう、と思いました。しんけんに思いました。そして、この「もやもや」が晴れてみんなが楽しくなるように、そして自分の日本での大学生活も楽しくなるように、自分ががんばりたい、と思いました。
シュテファンは、これはいろいろなことが原因になっているとかんがえました。川村さんや、いろいろなことを言う学生たちや、学生食堂などに問題の「たね」があると思いました。
そこで、まず、川村さんと話したいと思いました。「けいえいがく」のじゅぎょうの後でステファンは川村さんにこえをかけました。
「川村さん、昼ごはんいっしょに食べませんか」
「いいけれど、私はおべんとうを持っているから、お店には行かない」
「学生食堂なら、おべんとうを、食べてもだいじょうぶですか」
「うん」
「じゃ、行きましょう」
食事をしながら、シュテファンは川村さんに聞きました。
「川村さん、まだトイレで昼ごはん食べているんですか」
「はい」
「そうですか……」
シュテファンはことばがつづかなくなったので、ほかのことを話すことにしました。
「今日は暑くてたいへんです。コスプレは、暑くないですか」
「いいえ。これは、夏用のふくだからだいじょうぶ」
「夏用とか冬用とかあるんですか」
「うん。1年中着たいから」
「そうなんですか」
「コスプレ研究会にも入りたかったんだけれど、あそこはイベントの時しかコスプレしないらしい。だから、入らなかったの」
「どうしてそんなきまりがあるんですか?」
「知らない」
つぎの日、シュテファンは「あにけん」の部屋で川村さんに会いました。川村さんはこの日もピンクのかみとふくで、いっしょうけんめいマンガをかいていました。
「川村さん、こんにちは」
「こんにちは」
川村さんはいつもより小さいこえで言いました。マンガをかくことに忙しそうです。シュテファンはじゃまをしないように、部屋にあるマンガを読むことにしました。
しばらくすると、小さい声が聞こえました。
「じゃ、帰ります」
川村さんは帰るときに、ドアを開けました。すると、前にあるコスプレ研究会の部屋の前に、山本さんが見えました。この前、川村さんと言いあった学生です。ステファンは思いました。
(山本さんと川村さんが、またけんかをしたら、まずい!)
そこで、シュテファンもドアの近くへ行き、山本さんにゆうきを出して聞いてみました。
「あのう、すみません。アニメ研究会のシュテファンともうします。この前ちょっと聞いて気になってたんですが、どうしてコスプレ研究会では、いつもはコスプレをしないんですか」
山本さんは話し始めました。
「ああ、それは……話すと長くなるんですが……」
川村さんはよこで聞いています。山本さんはつづけました。
「じつは前は自由だったんです。きまりはありませんでした。ぼくもコスプレをして大学に通っていたんです。まあ、ピンクじゃなくて黒いふくでしたけれど。コスプレは、けっこうたくさん着るから、体が自由に動かせない時があるんです。大学の帰りに小さい川にそって歩いていたんですが、子どもがおぼれそうになっていたんです。『大変だ!』と思って助けようとしたんです。しかし、ふくがおもくて、動けなかったんです。すぐに近くにいた人をよんで、子どもは助かったのでよかったんですが、それでちょっと考えさせられて。『もしふつうのふくを着ていたら、すぐ助けられたんじゃないか』『いつもコスプレしてていいのかな』と考えました。この話をほかのコスプレ研究会のメンバーに話しました。『コスプレのせいで、わるいことがおきるのは、研究会にとってもいいことじゃない』『やっぱりTPOにあったふくがいい』『大学生は大学生らしいかっこうで大学に来る』という話になって。それで、きまりができました」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
シュテファンは言いました。横でしずかに聞いていた川村さんは、少しかなしそうに、とても小さいこえで言いました。
「そうだったんだ。コスプレで、わるいことがおきるなんて……」
つぎの日、シュテファンは学生食堂でカールに会って話しました。
「カールさん、この間、この食堂は1人で食べにくいという話をして、考えたんだ」
「うん」
「もし1人用の席があったら、1人で食べやすい」
「よく、お店にあるような?」
「うん。ああいう席を作ってくれないかな」
「いいと思う。だれに言えばいいのかな。食堂? 大学?」
「わからない。食堂の人に聞きに行こうか」
「うん」
2人は食堂のおばさんに話します。
「あのう……この食堂は1人用の席がないです。1人用の席があったら、もっと入りやすいと思うんですけれど」
「私もそう思うんですけれど。ここは20年ぐらい前から変わっていないんです」
食堂のおばさんは言いました。シュテファンは続けて聞きました。
「こちらは学生食堂の会社が経営していらっしゃるんですか?」
「いえ。『せいきょう』とよばれている、大学の生活共同組合がしています」
「じゃ、『せいきょう』がOKすれば、席が作れるんですか?」
「ええ、そうだと思います」
それを聞いて2人は、すぐに「せいきょう」に向かいました。
「せいきょう」は、大学の2号館の1階と2階にあります。シュテファンは2階の事務室のドアをノックしました。
「すみません。この大学の学生です。学生食堂の席について話をしたくて、きました」
すると、50才ぐらいの男の人が出てきました。
「どんなことですか」
「経営学部のシュテファンともうします。今、食堂に大きいテーブルがおいてあるだけなんですが、1人用の席を作ってもらえないかと思いまして……」
「それは……シュテファンさんだけの意見ですか」
「いえ、ぼくもそう思っています。1人用の席があれば、1人でも入りやすくなると思います」
とカールが言いました。
「たくさんの学生がそう言うなら、かんがえてもいいのですが……2人や3人では、かえることはできません」
「じゃあ、たくさんの学生が同じ意見なら、かんがえてもらえるんですか」
シュテファンは言いました。
「はい。しかしお金や時間もかかるので、かならず学生の意見のとおりになるとは言えませんが」
と男の人は言って、めいしをくれました。中西さんという名前でした。
「そうですか……ありがとうございました」
2人はそう言って事務室を出ました。
「どうしようか。たくさんの学生の意見がわかるようにするには。」
シュテファンは言いました。すると、カールは言いました。
「署名を集めたらどうかな。」
「ああ、説明して名前を書いてもらうのか。それは、いいかんがえだ! じゃあ、説明することをかんがえて、名前を書いてもらう紙をつくろう」
シュテファンは言いました。すると、カールが言いました。
「いいと思う。その前に食堂の人に言うのがいいんじゃない?」
「うん。先に言っておこう」
2人は食堂に向かいました。
食堂でさっき話したおばさんに、「せいきょう」の人が話したことをつたえました。そして、2人がかんがえていることも話しました。おばさんは、
「そうなの。ちょっと待っていて」
と言って、食堂のリーダーの山田さんをつれてきました。
「山田です。はじめまして」
「シュテファンです」
「カールです」
「話を聞きました。1人用の席を作ってほしいということで、学生たちに名前を書いてもらうということですか」
「はい。それで、『せいきょう』でOKが出たら、1人用の席を作ることになると思います」
「わかりました。1人用の席ができて、くる人がふえれば、こちらもありがたいです。しかし、1人用の席で勉強したりスマホを見たりして、1人のおきゃくさんが長くいると、入れる人の数が少なくなります。経営をかんがえると、よくないことです」
「なるほど」
とシュテファンは言いました。
「では、1人用の席を作ることのメリットをいっしょにかんがえていただけませんか」
とカールが言いました。山田さんは、
「はい。席がふえれば、おきゃくさんにたくさん入ってもらえます。それから、いいデザインの席を作ったら、ちょっとおしゃれになって、いいふんいきになるかな、と思います。」
「ぼくたちは、席があれば、1人でも入りやすいし、1人でリラックスしたい時もあるかなと思っています。それに、1人で入っても『はずかしい』とか『ともだちがいない』なんて思われないようになればいいと思っています。それでいやな思いをしている学生がいるので」
「ああ、そうなのですね」
山田さんは言いました。そして、
「そういうことなら、ぜひ1人用の席を作りたいです」
と、前向きにかんがえてくれました。
「おーい、カールさん。最近会っていなかったから、ひさしぶり」
「ああ、シュテファンさん。ひさしぶり。元気だった?」
「うん。カールさんは元気?」
「元気」
「1人?」
「うん。いつもだいたい1人で食べているんだ」
「じゃ、今日はいっしょに食べよう」
「うん。思ったんだけれど、この食堂は1人で食べにくい気がするんだ」
「そう?」
「たまたま1人になる時とか、1人で食べたい時があるけれど、ここには1人の席がないんだ」
「今まで考えたことがなかった。この食堂には1人で食べる人のための席がない」
「日本人は1人で食べるのがいやなのかな?」
「いや、そんなことはないと思う。ぼくの知っている人で、1人で食べたい人がいる」
シュテファンは川村さんのことを思い出して言いました。そして、つづけて言いました。
「でも、ネットで見たんだけれど、『1人で食べていて、ともだちがいないと思われるのがいやだ』という人が多いらしい」
「そんなこと、わからないじゃない。たまたま1人なときもあるし、1人がすきな人もいる」
「うん。1人で食べている人もまわりの人も、なぜそう思うんだろう」
「1人でいるのがよくないことだと思う人が多いのかな」
「そうかもしれない。日本では和を大切にするというじゃない。1人なのは、よくないと思うのかな」
「ぼくは、1人でいられることは、大切だと思うんだけれど」
「うん、ぼくも。1人でいられるのは大人だと思う」
シュテファンはカールと話して、「1人でいることについてどう思うか」を文化が作っているのではないかと思いました。そして、分かることができて、よかったと思いました。
また「けいえいがく」の日が来ました。この日もピンク色の川村さんは、いちばん前にすわっていました。終わってから、またいつもの学生たちが話しているのが聞こえました。
「あのピンクの子まだいる。今日もピンク色だ」
「もう慣れた?」
「慣れないよ。あんな色、ふつうの生活ではあまり見ないんだから」
「うん。でも、最近あの子は食堂にもいないと思う。いつも1人で食べてたけれど」
「どうしたんだろう」
「トイレで食べているという話を聞いた。本人が言っていたわけではなくて、見た人がいるらしい。毎日12時30分くらいにトイレに入って、1時くらいに出てくるらしい」
「本当!?」
「あの子、目立つから他の人ではないと思うけれど、いつも12時30分くらいにトイレに行く人と、1時くらいにトイレに行く人が見たと言っていた」
「そうなんだ……じゃ、昼ごはんを食べているんだろう」
それから、だれかのInstagramの写真が、シュテファンの目に入りました。学生食堂の料理の写真です。
(今日のお昼ごはんはカレーライスです。ここのカレーライス、あまりからくなくて食べやすいです。いつもの味でおいしかった!)
カレーライスの後ろには、たくさんの学生がいることはわかりましたが、ピンクのかみは写っていません。ほかのコメントがつづきます。
(ここのカレーライスを食べると、安心する。)
(あれ? この間のピンクのかみの子、いないんだ。)
(あの子、今はトイレで食べているらしい……)
(ホント? やばくない?)
(オムライスの時に話していたことを見たのかな……)
(いやだったかな?)
(かわいそう……でも、やっぱりともだち、いないんだ……)
シュテファンは、どうしてみんな、コスプレや一人でいることについていろいろ言うんだろう、みんなが楽しい大学生活をおくるにはどうしたらいいんだろう、と思いました。しんけんに思いました。そして、この「もやもや」が晴れてみんなが楽しくなるように、そして自分の日本での大学生活も楽しくなるように、自分ががんばりたい、と思いました。
シュテファンは、これはいろいろなことが原因になっているとかんがえました。川村さんや、いろいろなことを言う学生たちや、学生食堂などに問題の「たね」があると思いました。
そこで、まず、川村さんと話したいと思いました。「けいえいがく」のじゅぎょうの後でステファンは川村さんにこえをかけました。
「川村さん、昼ごはんいっしょに食べませんか」
「いいけれど、私はおべんとうを持っているから、お店には行かない」
「学生食堂なら、おべんとうを、食べてもだいじょうぶですか」
「うん」
「じゃ、行きましょう」
食事をしながら、シュテファンは川村さんに聞きました。
「川村さん、まだトイレで昼ごはん食べているんですか」
「はい」
「そうですか……」
シュテファンはことばがつづかなくなったので、ほかのことを話すことにしました。
「今日は暑くてたいへんです。コスプレは、暑くないですか」
「いいえ。これは、夏用のふくだからだいじょうぶ」
「夏用とか冬用とかあるんですか」
「うん。1年中着たいから」
「そうなんですか」
「コスプレ研究会にも入りたかったんだけれど、あそこはイベントの時しかコスプレしないらしい。だから、入らなかったの」
「どうしてそんなきまりがあるんですか?」
「知らない」
つぎの日、シュテファンは「あにけん」の部屋で川村さんに会いました。川村さんはこの日もピンクのかみとふくで、いっしょうけんめいマンガをかいていました。
「川村さん、こんにちは」
「こんにちは」
川村さんはいつもより小さいこえで言いました。マンガをかくことに忙しそうです。シュテファンはじゃまをしないように、部屋にあるマンガを読むことにしました。
しばらくすると、小さい声が聞こえました。
「じゃ、帰ります」
川村さんは帰るときに、ドアを開けました。すると、前にあるコスプレ研究会の部屋の前に、山本さんが見えました。この前、川村さんと言いあった学生です。ステファンは思いました。
(山本さんと川村さんが、またけんかをしたら、まずい!)
そこで、シュテファンもドアの近くへ行き、山本さんにゆうきを出して聞いてみました。
「あのう、すみません。アニメ研究会のシュテファンともうします。この前ちょっと聞いて気になってたんですが、どうしてコスプレ研究会では、いつもはコスプレをしないんですか」
山本さんは話し始めました。
「ああ、それは……話すと長くなるんですが……」
川村さんはよこで聞いています。山本さんはつづけました。
「じつは前は自由だったんです。きまりはありませんでした。ぼくもコスプレをして大学に通っていたんです。まあ、ピンクじゃなくて黒いふくでしたけれど。コスプレは、けっこうたくさん着るから、体が自由に動かせない時があるんです。大学の帰りに小さい川にそって歩いていたんですが、子どもがおぼれそうになっていたんです。『大変だ!』と思って助けようとしたんです。しかし、ふくがおもくて、動けなかったんです。すぐに近くにいた人をよんで、子どもは助かったのでよかったんですが、それでちょっと考えさせられて。『もしふつうのふくを着ていたら、すぐ助けられたんじゃないか』『いつもコスプレしてていいのかな』と考えました。この話をほかのコスプレ研究会のメンバーに話しました。『コスプレのせいで、わるいことがおきるのは、研究会にとってもいいことじゃない』『やっぱりTPOにあったふくがいい』『大学生は大学生らしいかっこうで大学に来る』という話になって。それで、きまりができました」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
シュテファンは言いました。横でしずかに聞いていた川村さんは、少しかなしそうに、とても小さいこえで言いました。
「そうだったんだ。コスプレで、わるいことがおきるなんて……」
つぎの日、シュテファンは学生食堂でカールに会って話しました。
「カールさん、この間、この食堂は1人で食べにくいという話をして、考えたんだ」
「うん」
「もし1人用の席があったら、1人で食べやすい」
「よく、お店にあるような?」
「うん。ああいう席を作ってくれないかな」
「いいと思う。だれに言えばいいのかな。食堂? 大学?」
「わからない。食堂の人に聞きに行こうか」
「うん」
2人は食堂のおばさんに話します。
「あのう……この食堂は1人用の席がないです。1人用の席があったら、もっと入りやすいと思うんですけれど」
「私もそう思うんですけれど。ここは20年ぐらい前から変わっていないんです」
食堂のおばさんは言いました。シュテファンは続けて聞きました。
「こちらは学生食堂の会社が経営していらっしゃるんですか?」
「いえ。『せいきょう』とよばれている、大学の生活共同組合がしています」
「じゃ、『せいきょう』がOKすれば、席が作れるんですか?」
「ええ、そうだと思います」
それを聞いて2人は、すぐに「せいきょう」に向かいました。
「せいきょう」は、大学の2号館の1階と2階にあります。シュテファンは2階の事務室のドアをノックしました。
「すみません。この大学の学生です。学生食堂の席について話をしたくて、きました」
すると、50才ぐらいの男の人が出てきました。
「どんなことですか」
「経営学部のシュテファンともうします。今、食堂に大きいテーブルがおいてあるだけなんですが、1人用の席を作ってもらえないかと思いまして……」
「それは……シュテファンさんだけの意見ですか」
「いえ、ぼくもそう思っています。1人用の席があれば、1人でも入りやすくなると思います」
とカールが言いました。
「たくさんの学生がそう言うなら、かんがえてもいいのですが……2人や3人では、かえることはできません」
「じゃあ、たくさんの学生が同じ意見なら、かんがえてもらえるんですか」
シュテファンは言いました。
「はい。しかしお金や時間もかかるので、かならず学生の意見のとおりになるとは言えませんが」
と男の人は言って、めいしをくれました。中西さんという名前でした。
「そうですか……ありがとうございました」
2人はそう言って事務室を出ました。
「どうしようか。たくさんの学生の意見がわかるようにするには。」
シュテファンは言いました。すると、カールは言いました。
「署名を集めたらどうかな。」
「ああ、説明して名前を書いてもらうのか。それは、いいかんがえだ! じゃあ、説明することをかんがえて、名前を書いてもらう紙をつくろう」
シュテファンは言いました。すると、カールが言いました。
「いいと思う。その前に食堂の人に言うのがいいんじゃない?」
「うん。先に言っておこう」
2人は食堂に向かいました。
食堂でさっき話したおばさんに、「せいきょう」の人が話したことをつたえました。そして、2人がかんがえていることも話しました。おばさんは、
「そうなの。ちょっと待っていて」
と言って、食堂のリーダーの山田さんをつれてきました。
「山田です。はじめまして」
「シュテファンです」
「カールです」
「話を聞きました。1人用の席を作ってほしいということで、学生たちに名前を書いてもらうということですか」
「はい。それで、『せいきょう』でOKが出たら、1人用の席を作ることになると思います」
「わかりました。1人用の席ができて、くる人がふえれば、こちらもありがたいです。しかし、1人用の席で勉強したりスマホを見たりして、1人のおきゃくさんが長くいると、入れる人の数が少なくなります。経営をかんがえると、よくないことです」
「なるほど」
とシュテファンは言いました。
「では、1人用の席を作ることのメリットをいっしょにかんがえていただけませんか」
とカールが言いました。山田さんは、
「はい。席がふえれば、おきゃくさんにたくさん入ってもらえます。それから、いいデザインの席を作ったら、ちょっとおしゃれになって、いいふんいきになるかな、と思います。」
「ぼくたちは、席があれば、1人でも入りやすいし、1人でリラックスしたい時もあるかなと思っています。それに、1人で入っても『はずかしい』とか『ともだちがいない』なんて思われないようになればいいと思っています。それでいやな思いをしている学生がいるので」
「ああ、そうなのですね」
山田さんは言いました。そして、
「そういうことなら、ぜひ1人用の席を作りたいです」
と、前向きにかんがえてくれました。
つぎの日の昼、シュテファンは学生食堂に行きました。みんな、友だちと楽しそうに食事をしています。食堂を見回すと、見たことがある学生を見つけました。カールです。
「やあ、カールくん。ひさしぶり」
「ああ、シュテファンくん、ひさしぶり。元気だった?」
「うん。きみは?」
「元気だよ」
「1人?」
「うん。いつもだいたい1人で食べてるんだ」
「じゃ、今日はいっしょに食べよう」
「うん。それにしてもこの食堂って、なんか1人で食べにくいよね」
「そう?」
「たまたま一人になる時とか、1人で食べたい時ってあるよね。それなのに1人の席がないんだよね」
「そういえば、そうだよね」
「日本人は1人で食べるのがいやなのかなあ?」
「いや、そんなことはないと思うけど。ぼくの知ってる人で、1人で食べたいっていう人、いるよ」
シュテファンは川村さんのことを思い出して言いました。そして続けました。
「でも、ネットで見たんだけど、1人で食べてると友だちがいないと思われるのがいやだっていう人が多いらしいよ」
「そんなこと、わからないじゃない。たまたま1人だったのかもしれないし、1人が好きなのかもしれないし」
「そうだよね。1人で食べてる人もまわりの人も、なんでそんなふうに感じるんだろう」
「一人ぼっちがよくないことだって思う人が多いのかなあ」
「そうかもね。日本では和を大切にするっていうじゃない。1人っていうのは、なんとなくよくないって思うのかもしれないね」
「ぼくなんかは1人でいられることって、大切だと思うんだけどな」
「うん、ぼくも。大人っぽいと思う」
シュテファンはカールと話して、1人でいることについての考え方を文化が作っているのかもしれない、と気づくことができて、よかったと思いました。
また「経営学」のじゅぎょうの日が来ました。この日もピンク色の川村さんは一番前にすわっていました。じゅぎょうが終わってから、またいつもの学生たちが話しているのが聞こえました。
「あのピンクの子、あいかわらずだね」
「もう慣(な)れちゃった?」
「なれないよ。あんな色、ふつうの生活ではあまり見ないんだから」
「そうだよね。そういえば、さいきん、食堂で見かけなくなったね。いつも1人で食べてたけど」
「そういえば、そうだね。どうしたんだろう」
「あっ、なんかトイレで食べてるっていううわさ、聞いたけど。毎日12時半ごろトイレに入って、1時ごろ出てくるらしいよ」
「ほんと!?」
「あの子、目立つからまちがいないと思うけど、いつも12時半ごろトイレに行く人と、1時ごろトイレに行く人が見たって言ってるらしい」
「そうなんだ……じゃ、昼ごはんを食べてるってかんがえて、ふしぎじゃないよね」
それから、だれかがまたインスタグラムに学生食堂の料理の写真をのせているのが、シュテファンの目に入りました。
(今日の昼食はカレーライスです。ここのカレーライス、あまりからくなくて食べやすいです。いつもの味でおいしかった!)
カレーライスの後ろには、たくさんの学生がいることはわかりましたが、ピンクのかみの後ろすがたはありませんでした。ほかのコメントがつづきます。
(ここのカレーライスを食べると、ほっとするよね。)
(そういえば、この間のピンクのかみの子、いないね。)
(あの子、さいきんトイレで食べてるっていううわさ……)
(ホント? やばくない?)
(このコメント見たのかなあ……)
(えっ、きずつけちゃった?)
(かわいそう……でも、やっぱり友だち、いないってことだよね……)
シュテファンは、どうしてみんな、コスプレや一人でいることについていろいろ言うんだろう、みんなが楽しい大学生活をおくるにはどうしたらいいんだろう、と心から思いました。そして、この「もやもや」が晴れてみんなが楽しくなるように、そして自分の日本での大学生活も楽しくなるように、どうしてもがんばりたい、と思いました。
シュテファンは、これはいろいろなことが原因になっているとかんがえました。川村さんや、いろいろなことを言う学生たちや、学生食堂などに問題のたねがあると思いました。
そこで、まず、川村さんと話してみようと思いました。「経営学」のじゅぎょうの後でステファンは川村さんに声をかけました。
「川村さん、昼ごはんいっしょに食べませんか」
「いいけど、私おべんとうなの」
「学食なら、おべんとう、食べてもだいじょうぶですよね」
「うん」
「じゃ、行きましょう」
食事をしながら、シュテファンは川村さんに聞きました。
「川村さん、まだトイレで昼ごはん食べてるんですか。」
「うん」
「そうですか……」
シュテファンはことばがつづかなくなったので、ほかのことを話すことにしました。
「ところで今日は暑いですね。コスプレ、暑くないですか」
「うんう。これ、夏用のふくだからだいじょうぶ」
「夏用とか冬用とかあるんですか」
「うん。1年中着たいから」
「そうなんですね」
「コスプレ研にも入りたかったんだけど、あそこはイベントの時しかコスプレしないんだって。だから、入るのやめたの」
「どうしてそんなルールがあるんですか?」
「うんう、知らない」
つぎの日、シュテファンはアニメ研究会の部室で川村さんに会いました。川村さんはこの日もピンクのかみとふくで、いっしょうけんめいマンガをかいていました。
「あっ、川村さん、こんにちは」
「あっ、こんにちは」
川村さんはいつもより小さい声で言いました。集中しているようです。シュテファンはじゃまをしないように、部室においてあるマンガを読むことにしました。
しばらくすると、小さい声が聞こえました。
「じゃ、帰ります」
川村さんは帰ろうとして、部室のドアを開けました。すると、向かいにあるコスプレ研究会の部室の前に、コスプレ研究会の山本さんが見えました。この前、川村さんと言い合いになった学生です。ステファンは思いました。
(あっ、山本さんと川村さんがまたけんかみたいになったらまずい!)
そこで、シュテファンも部室のドアに近づいて、山本さんにゆうきを出して聞いてみました。
「あのう、すみません。アニメ研究会のシュテファンともうします。この前ちょっと聞いて気になってたんですが、どうしてコスプレ研究会ではふだんはコスプレをしないというルールになってるんですか」
山本さんは話し始めました。
「ああ、それは……話すと長くなるんですが……」
川村さんはよこで聞いています。山本さんはつづけました。
「じつは前はそんなルールはなくて自由だったんです。ぼくもコスプレをして大学に通っていたんです。まあ、ピンクじゃなくて黒いふくでしたけどね。コスプレって、けっこうたくさん着るから、体が自由に動かせない時があるんです。ある時、小さい川に沿って歩いていたんですが、子どもがおぼれそうになっていたんです。大変だと思って助けようとしたんですけど、ふくがおもくて、動けなかったんです。すぐに近くにいた人をよんで、子どもは助かったのでよかったんですが、それでちょっと考えさせられて。もしふつうのふくを着ていたら、すぐ助けられたんじゃないかって。いつもコスプレしてていいのかなあって。この話をほかのコスプレ研のメンバーに話したら、ディスカッションになったんです。コスプレのせいで悪いことがおきるのは研究会にとってもいいことじゃないし、やっぱりTPOってあるよね、やっぱり大学生は大学生らしいかっこうで大学に来るべきだよね、っていう話になって。それで、ルールになったんです」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
シュテファンは言いました。横でじっと聞いていた川村さんは、少し悲しそうにとても小さい声で言いました。
「えっ、そうだったの。コスプレのせいでほんとに悪いことがおきる心配があるのね……」
つぎの日、シュテファンは学生食堂でカールに会って話しました。
「カールくん、この間、この食堂は1人で食べにくいって言ってたよね」
「うん」
「ぼくもそう思うんだ。もし、まどぎわに1人用の席があったら、1人で食べやすいよね」
「ああ、よくファストフードの店にあるような?」
「そうそう。ああいう席を作ってくれないかなあ」
「ほんと、そうだね。だれに言えばいいのかな。食堂? 大学?」
「わかんないよね。とりあえず、食堂の人に聞いてみようか」
「そうだね」
すぐに話がまとまって、2人は食堂のおばさんに話しかけました。
「あのう、この食堂って1人用の席がないですよね。1人用の席があったら、もっと入りやすいと思うんですけど」
「私もそう思うんですけど、ま、ここは20年ぐらい前から変わってないんですよ」
「こちらは学生食堂の会社が経営していらっしゃるんですか?」
「いえ。大学の生活協同組合、生協(せいきょう)がしています」
「じゃ、生協がOKすれば、席が作れるんですか?」
「ええ、そうだと思いますけど」
それを聞いて2人は、すぐに生協に向かいました。
生協は2号館の1階と2階にあります。シュテファンは2階の事務室のドアをノックしました。
「すみません。この大学の学生なんですが、学生食堂の席についてお話したいことがあるんですが……」
すると、50歳ぐらいの男の人が出てきました。
「どんなことですか」
「経営学部のシュテファンともうします。今食堂に大きいテーブルが置いてあるだけなんですが、まどぎわに1人用の席を作ってもらえないかと思いまして……」
「それは……シュテファンさん個人の意見ですか」
「いえ、ぼくもそう思っています。1人用の席があれば、1人でも入りやすくなると思います」
とカールが言いました。
「たくさんの学生がそう言うなら、かんがえてもいいのですが、2人や3人じゃね……」
「じゃあ、たくさんの学生が同じ意見なら、かんがえてもらえるんですか」
シュテファンは言いました。
「そうですね。ただ、お金や時間もかかるので、かならず学生の意見のとおりになるとは言えませんが」
と男の人は言って、めいしをくれました。中西さんという名前でした。
「そうですか……ありがとうございました」
2人はそう言って事務室を出ました。
「どうしようか。たくさんの学生の意見がわかるようにするには」
シュテファンは言いました。すると、カールは言いました。
「署名を集めたらどうかな」
「ああ、説明して名前を書いてもらうってことだね。それ、いいかんがえだね! じゃあ、説明する内容をかんがえて、名前を書いてもらう紙をじゅんびしよう」
シュテファンは言いました。すると、カールが言いました。
「うん。その前に食堂の人に言っておいたほうがいいんじゃない?」
「たしかにそうだね」
2人は食堂に向かいました。
食堂でさっき話したおばさんに、生協の人が話したことをつたえました。そして、2人がかんがえていることも話しました。おばさんは、
「そうなの。ちょっと待ってて」
と言って、食堂のリーダーの山田さんをつれてきました。
「山田です。はじめまして」
「シュテファンです」
「カールです」
「お話を聞きました。1人用の席を作ってほしいということで、学生たちに名前を書いてもらうということですね」
「はい。それで、生協でOKが出たら、1人用の席を作ることになると思います」
「わかりました。1人用の席ができて、来る人がふえれば、こちらもありがたいので、いいですよ。ただ、1人用の席で勉強したりして長くいるのは、経営をかんがえるとマイナスなので、かんがえなければなりませんね」
「そうですね」
とシュテファンは言いました。
「では、1人用の席を作ることのメリットをいっしょにかんがえていただけませんか」
とカールが言いました。山田さんは、
「はい。席がふえれば、お客さんにたくさん入ってもらえますね。それから、いいデザインの席を作ったら、ちょっとおしゃれになって、いいふんいきになるかな、と思います」
「そうですね。ぼくたちは、席があれば、1人でも入りやすいし、1人でリラックスしたい時もあるかなと思ってて、それに、1人で入ってもはずかしいとか友だちがいない、なんて思われないようになればいいなあと思っています。それでいやな思いをしている学生がいるので」
「ああ、そういうこともあるんですね」
山田さんは言いました。そして、
「そういうことなら、ぜひ1人用の席を作りたいですね」
と、前むきにかんがえてくれました。
「やあ、カールくん。ひさしぶり」
「ああ、シュテファンくん、ひさしぶり。元気だった?」
「うん。きみは?」
「元気だよ」
「1人?」
「うん。いつもだいたい1人で食べてるんだ」
「じゃ、今日はいっしょに食べよう」
「うん。それにしてもこの食堂って、なんか1人で食べにくいよね」
「そう?」
「たまたま一人になる時とか、1人で食べたい時ってあるよね。それなのに1人の席がないんだよね」
「そういえば、そうだよね」
「日本人は1人で食べるのがいやなのかなあ?」
「いや、そんなことはないと思うけど。ぼくの知ってる人で、1人で食べたいっていう人、いるよ」
シュテファンは川村さんのことを思い出して言いました。そして続けました。
「でも、ネットで見たんだけど、1人で食べてると友だちがいないと思われるのがいやだっていう人が多いらしいよ」
「そんなこと、わからないじゃない。たまたま1人だったのかもしれないし、1人が好きなのかもしれないし」
「そうだよね。1人で食べてる人もまわりの人も、なんでそんなふうに感じるんだろう」
「一人ぼっちがよくないことだって思う人が多いのかなあ」
「そうかもね。日本では和を大切にするっていうじゃない。1人っていうのは、なんとなくよくないって思うのかもしれないね」
「ぼくなんかは1人でいられることって、大切だと思うんだけどな」
「うん、ぼくも。大人っぽいと思う」
シュテファンはカールと話して、1人でいることについての考え方を文化が作っているのかもしれない、と気づくことができて、よかったと思いました。
また「経営学」のじゅぎょうの日が来ました。この日もピンク色の川村さんは一番前にすわっていました。じゅぎょうが終わってから、またいつもの学生たちが話しているのが聞こえました。
「あのピンクの子、あいかわらずだね」
「もう慣(な)れちゃった?」
「なれないよ。あんな色、ふつうの生活ではあまり見ないんだから」
「そうだよね。そういえば、さいきん、食堂で見かけなくなったね。いつも1人で食べてたけど」
「そういえば、そうだね。どうしたんだろう」
「あっ、なんかトイレで食べてるっていううわさ、聞いたけど。毎日12時半ごろトイレに入って、1時ごろ出てくるらしいよ」
「ほんと!?」
「あの子、目立つからまちがいないと思うけど、いつも12時半ごろトイレに行く人と、1時ごろトイレに行く人が見たって言ってるらしい」
「そうなんだ……じゃ、昼ごはんを食べてるってかんがえて、ふしぎじゃないよね」
それから、だれかがまたインスタグラムに学生食堂の料理の写真をのせているのが、シュテファンの目に入りました。
(今日の昼食はカレーライスです。ここのカレーライス、あまりからくなくて食べやすいです。いつもの味でおいしかった!)
カレーライスの後ろには、たくさんの学生がいることはわかりましたが、ピンクのかみの後ろすがたはありませんでした。ほかのコメントがつづきます。
(ここのカレーライスを食べると、ほっとするよね。)
(そういえば、この間のピンクのかみの子、いないね。)
(あの子、さいきんトイレで食べてるっていううわさ……)
(ホント? やばくない?)
(このコメント見たのかなあ……)
(えっ、きずつけちゃった?)
(かわいそう……でも、やっぱり友だち、いないってことだよね……)
シュテファンは、どうしてみんな、コスプレや一人でいることについていろいろ言うんだろう、みんなが楽しい大学生活をおくるにはどうしたらいいんだろう、と心から思いました。そして、この「もやもや」が晴れてみんなが楽しくなるように、そして自分の日本での大学生活も楽しくなるように、どうしてもがんばりたい、と思いました。
シュテファンは、これはいろいろなことが原因になっているとかんがえました。川村さんや、いろいろなことを言う学生たちや、学生食堂などに問題のたねがあると思いました。
そこで、まず、川村さんと話してみようと思いました。「経営学」のじゅぎょうの後でステファンは川村さんに声をかけました。
「川村さん、昼ごはんいっしょに食べませんか」
「いいけど、私おべんとうなの」
「学食なら、おべんとう、食べてもだいじょうぶですよね」
「うん」
「じゃ、行きましょう」
食事をしながら、シュテファンは川村さんに聞きました。
「川村さん、まだトイレで昼ごはん食べてるんですか。」
「うん」
「そうですか……」
シュテファンはことばがつづかなくなったので、ほかのことを話すことにしました。
「ところで今日は暑いですね。コスプレ、暑くないですか」
「うんう。これ、夏用のふくだからだいじょうぶ」
「夏用とか冬用とかあるんですか」
「うん。1年中着たいから」
「そうなんですね」
「コスプレ研にも入りたかったんだけど、あそこはイベントの時しかコスプレしないんだって。だから、入るのやめたの」
「どうしてそんなルールがあるんですか?」
「うんう、知らない」
つぎの日、シュテファンはアニメ研究会の部室で川村さんに会いました。川村さんはこの日もピンクのかみとふくで、いっしょうけんめいマンガをかいていました。
「あっ、川村さん、こんにちは」
「あっ、こんにちは」
川村さんはいつもより小さい声で言いました。集中しているようです。シュテファンはじゃまをしないように、部室においてあるマンガを読むことにしました。
しばらくすると、小さい声が聞こえました。
「じゃ、帰ります」
川村さんは帰ろうとして、部室のドアを開けました。すると、向かいにあるコスプレ研究会の部室の前に、コスプレ研究会の山本さんが見えました。この前、川村さんと言い合いになった学生です。ステファンは思いました。
(あっ、山本さんと川村さんがまたけんかみたいになったらまずい!)
そこで、シュテファンも部室のドアに近づいて、山本さんにゆうきを出して聞いてみました。
「あのう、すみません。アニメ研究会のシュテファンともうします。この前ちょっと聞いて気になってたんですが、どうしてコスプレ研究会ではふだんはコスプレをしないというルールになってるんですか」
山本さんは話し始めました。
「ああ、それは……話すと長くなるんですが……」
川村さんはよこで聞いています。山本さんはつづけました。
「じつは前はそんなルールはなくて自由だったんです。ぼくもコスプレをして大学に通っていたんです。まあ、ピンクじゃなくて黒いふくでしたけどね。コスプレって、けっこうたくさん着るから、体が自由に動かせない時があるんです。ある時、小さい川に沿って歩いていたんですが、子どもがおぼれそうになっていたんです。大変だと思って助けようとしたんですけど、ふくがおもくて、動けなかったんです。すぐに近くにいた人をよんで、子どもは助かったのでよかったんですが、それでちょっと考えさせられて。もしふつうのふくを着ていたら、すぐ助けられたんじゃないかって。いつもコスプレしてていいのかなあって。この話をほかのコスプレ研のメンバーに話したら、ディスカッションになったんです。コスプレのせいで悪いことがおきるのは研究会にとってもいいことじゃないし、やっぱりTPOってあるよね、やっぱり大学生は大学生らしいかっこうで大学に来るべきだよね、っていう話になって。それで、ルールになったんです」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
シュテファンは言いました。横でじっと聞いていた川村さんは、少し悲しそうにとても小さい声で言いました。
「えっ、そうだったの。コスプレのせいでほんとに悪いことがおきる心配があるのね……」
つぎの日、シュテファンは学生食堂でカールに会って話しました。
「カールくん、この間、この食堂は1人で食べにくいって言ってたよね」
「うん」
「ぼくもそう思うんだ。もし、まどぎわに1人用の席があったら、1人で食べやすいよね」
「ああ、よくファストフードの店にあるような?」
「そうそう。ああいう席を作ってくれないかなあ」
「ほんと、そうだね。だれに言えばいいのかな。食堂? 大学?」
「わかんないよね。とりあえず、食堂の人に聞いてみようか」
「そうだね」
すぐに話がまとまって、2人は食堂のおばさんに話しかけました。
「あのう、この食堂って1人用の席がないですよね。1人用の席があったら、もっと入りやすいと思うんですけど」
「私もそう思うんですけど、ま、ここは20年ぐらい前から変わってないんですよ」
「こちらは学生食堂の会社が経営していらっしゃるんですか?」
「いえ。大学の生活協同組合、生協(せいきょう)がしています」
「じゃ、生協がOKすれば、席が作れるんですか?」
「ええ、そうだと思いますけど」
それを聞いて2人は、すぐに生協に向かいました。
生協は2号館の1階と2階にあります。シュテファンは2階の事務室のドアをノックしました。
「すみません。この大学の学生なんですが、学生食堂の席についてお話したいことがあるんですが……」
すると、50歳ぐらいの男の人が出てきました。
「どんなことですか」
「経営学部のシュテファンともうします。今食堂に大きいテーブルが置いてあるだけなんですが、まどぎわに1人用の席を作ってもらえないかと思いまして……」
「それは……シュテファンさん個人の意見ですか」
「いえ、ぼくもそう思っています。1人用の席があれば、1人でも入りやすくなると思います」
とカールが言いました。
「たくさんの学生がそう言うなら、かんがえてもいいのですが、2人や3人じゃね……」
「じゃあ、たくさんの学生が同じ意見なら、かんがえてもらえるんですか」
シュテファンは言いました。
「そうですね。ただ、お金や時間もかかるので、かならず学生の意見のとおりになるとは言えませんが」
と男の人は言って、めいしをくれました。中西さんという名前でした。
「そうですか……ありがとうございました」
2人はそう言って事務室を出ました。
「どうしようか。たくさんの学生の意見がわかるようにするには」
シュテファンは言いました。すると、カールは言いました。
「署名を集めたらどうかな」
「ああ、説明して名前を書いてもらうってことだね。それ、いいかんがえだね! じゃあ、説明する内容をかんがえて、名前を書いてもらう紙をじゅんびしよう」
シュテファンは言いました。すると、カールが言いました。
「うん。その前に食堂の人に言っておいたほうがいいんじゃない?」
「たしかにそうだね」
2人は食堂に向かいました。
食堂でさっき話したおばさんに、生協の人が話したことをつたえました。そして、2人がかんがえていることも話しました。おばさんは、
「そうなの。ちょっと待ってて」
と言って、食堂のリーダーの山田さんをつれてきました。
「山田です。はじめまして」
「シュテファンです」
「カールです」
「お話を聞きました。1人用の席を作ってほしいということで、学生たちに名前を書いてもらうということですね」
「はい。それで、生協でOKが出たら、1人用の席を作ることになると思います」
「わかりました。1人用の席ができて、来る人がふえれば、こちらもありがたいので、いいですよ。ただ、1人用の席で勉強したりして長くいるのは、経営をかんがえるとマイナスなので、かんがえなければなりませんね」
「そうですね」
とシュテファンは言いました。
「では、1人用の席を作ることのメリットをいっしょにかんがえていただけませんか」
とカールが言いました。山田さんは、
「はい。席がふえれば、お客さんにたくさん入ってもらえますね。それから、いいデザインの席を作ったら、ちょっとおしゃれになって、いいふんいきになるかな、と思います」
「そうですね。ぼくたちは、席があれば、1人でも入りやすいし、1人でリラックスしたい時もあるかなと思ってて、それに、1人で入ってもはずかしいとか友だちがいない、なんて思われないようになればいいなあと思っています。それでいやな思いをしている学生がいるので」
「ああ、そういうこともあるんですね」
山田さんは言いました。そして、
「そういうことなら、ぜひ1人用の席を作りたいですね」
と、前むきにかんがえてくれました。