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アニメ研究会の川村さん
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アニメ研究会「あにけん」に入ったつぎの日、シュテファンははじめて経営学部の授業に出ました。「けいえいがく」という授業です。1年と2年の学生がうけます。シュテファンは大きい教室に入っていきました。後ろのせきにすわって前を見ると、いちばん前にピンクのかみのけが見えます。
(あれっ、「あにけん」の川村さんかな。)
よく見ると、やはり川村さんです。この前と同じようなピンクのふくを着ています。そのとき、先生が入ってきて、授業が始まりました。先生がときどき、質問があるかと学生に聞くと、川村さんは手をあげて、よく質問します。先生もいい質問だと言いながら、答えています。
(川村さんはすごいんだ。)
シュテファンは思いました。けれども、となりにいる学生たちが、
「今の質問、何て言ったの?」
「わかんない。こえが小さくて聞こえなかった」
と小さいこえで話すのが聞こえました。
授業が終わって教室を出ると、4人の学生たちが話すこえが聞こえました。男の学生2人と女の学生2人で、2年の学生のようです。
「あのピンクの子、あんな色のかみとふく、見えると気になってしまう」
「わかる! やめてほしい。前にすわってると、よけい、めだつから」
「本人はどんなかみでもふくでも自由だと思ってるんだろうけど、めいわく。勉強のじゃまになる」
「ほんとうに、そう! コスプレのサークルがあったっけ。コスプレ研究会。あの子、そのサークルの子なの? そうじゃなきゃ、あんなかっこうしないか。コスプレ研究会に、もんくを言いに行こうか」
「来週もかわらなかったら、言いに行こう!」
つぎの週の同じ授業の日、いちばん前にまたピンクのかみが見えました。川村さんです。ノートに書いたり、先生と話したりすると、ピンクのかみのけが動いて、まるでアニメのようです。
教室を出ると、先週と同じ4人の学生たちが話していました。
「またピンクの子、いた」
「いつもこんなことなら、いやだから、コスプレ研究会に行って話してみよう」
そう言って、4人はいそいで2号館にむかって歩いていきました。
(川村さんは、コスプレ研究会にも入っているのかな……?)
と思いながら、シュテファンもアニメ研究会の部屋に、むかいました。
コスプレ研究会の部屋の前では、学生たちが話しています。
「あのう、すみません。コスプレ研究会の方ですか。このサークルにピンクのかみでピンクのふくを着た人、いるでしょう?」
「いえ、いません」
「なんか、あんなかっこうで授業に出るのは、いけないことだと思って。ぜったいに、コスプレ研の人だと思って来ました」
「いいえ、うちにそんな人はいませんよ。もともとうちはイベントの時しかコスプレをしないことになっているんです。うちのルールなんです。メンバーはみんな、大学ではふつうのかっこうです」
「そうなんですか……じゃ、あの子は……?」
コスプレ研究会の学生と4人の学生の話が止まった時、ピンクのかみとふくの人がこちらにきました。
「あの子だ! あの子です!」
1人の学生が大きいこえで言いました。
「ああ、あの子はアニメ研究会じゃないですか?」
とコスプレ研究会の学生が言いました。
シュテファンは川村さんから20メートルぐらい後ろを歩いて、アニメ研究会にむかっていました。前を見ると、川村さんとあの学生たち、そしてコスプレ研究会の学生が話しています。4人の学生のうち1人の男の学生が言いました。
「ちょっと、すみません。そのかっこうで授業に出るのはどうかと思うんです……」
「どうしてですか」
川村さんは小さいこえで言いました。
「ピンクが目立って、気になって勉強ができないんです」
「そんな……勉強ができるかどうかは、その人の問題なんじゃないですか? それに、どんなかっこうをするかは人の自由です。ちがいますか」
川村さんはけんめいに言いました。
「ぜったい自由だとは言えないんじゃないですか。TPOを知らないんですか。時と場所と場合に合わせて、ふくをえらぶことは大事です」
「でも、だれにもめいわくをかけてないと思うけど……」
「だから、勉強しにくいのは、めいわくをかけているわけでしょう?」
その時、コスプレ研究会の学生も言いました。
「コスプレ研究会の山本といいます。こっちもめいわくです。この人たちは、あなたがコスプレ研究会の学生じゃないかと言って、もんくを言いに来たんです」
「えっ、そんなこと言っても……私には、すきなふくを着る自由もないんですか?」
川村さんの目になみだが見えました。川村さんは、そのまま走っていってしまいました。シュテファンは、とちゅうからこの会話を聞いていましたが、何も言えませんでした。
(川村さんをたすけたいけれど、学生たちの言っていることもわかる……どうしたらいいんだろう……)
シュテファンは、何もできなくて、どうしたらいいかわからなくて、「もやもや」して、かなしくなりました。
つぎの日の昼、シュテファンは学生食堂に行きました。食堂には、大きなしかくのテーブルが10こあります。一つのテーブルに8つぐらいいすがあって、学生たちは友だちといっしょに食事をしています。シュテファンが中に入ると、ピンクのかみとふくの人が、おくのテーブルのすみに見えました。川村さんです。つぎの日もそのつぎの日も、シュテファンは学生食堂に昼ごはんを食べに行きましたが、いつも川村さんは同じ席で1人で食べていました。
シュテファンは川村さんと話すことにしました。川村さんが話してくれるかどうか心配でしたが、シュテファンはとなりにすわりました。
「川村さん、いつも1人で食べているんですか」
「はい」
「たまに、いっしょに食べてもいいですか」
「うん。でも、1人で食べたほうが、今作っているアニメの話をかんがえやすいの。だから、たまにね」
「いつもアニメのことをかんがえているんですか。すごいです」
シュテファンはかんしんしました。そして聞きました。
「川村さんはいつもコスプレをして来てるんですね。大変じゃないですか」
「いいえ。大変じゃない。これが好きなの。コスプレをしていると、アニメの新しい話が頭の中にどんどん生まれてくるの。楽しいんです」
「そうなんですか」
「そう。でも、この間はあんなこと言われて……自分たちが見たくないなら人の楽しみをうばってもよいと思う? かれらに、けんりがあると思う?」
川村さんの大きくてはっきりしたこえにシュテファンはびっくりしました。
「それは……ないと思いますけれど……」
「思いますけれど……それで何?」
「でも、そう思う理由もあると思うんです。あの人たちと話したらどうでしょうか」
「話しても同じじゃないかな……」
川村さんはそう言うと、話すのをやめてしまいました。
そんなことも知らない「けいえいがく」をうけている学生たち、そうです、川村さんのコスプレにもんくを言った4人の学生たちは、かわらずに教室で同じようなことを話しています。
「あのピンクの子、コスプレやめないね」
「そうだね。それにいつも学生食堂で1人でおべんとう食べている。知ってる?」
「友だち、いないんだ」
そんなことがあってから1か月たちました。シュテファンがInstagramを見ていると、学生食堂のオムライスの写真がありました。トマトととり肉の入ったごはんの上に、おいしそうなたまごがのっています。ここのオムライスは学生にとても人気があります。だれが写真をのせたのかはわかりません。オムライスの後ろのほうには、ピンクのかみの後ろすがたがうつっています。そこにはこんなコメントもついていました。
(今日の昼食はオムライスです。たまごが高くなったけれど、ここのオムライスは今も400円でかわりません。食堂のみなさん、ありがとう! おいしかった!)
ほかのコメントを見ると、つぎのようなことが書かれていました。
(おいしそうなオムライス。食べてみたい!)
(後ろのピンクのかみが気になる……オムライスのきいろ同じくらいハデだ!)
(ピンクのかみはいつもコスプレして大学に来ている子だよ。)
(大学にコスプレして大学にくるの? へんじゃない?)
(あの子、いつも1人で食べてるところしか、見たことない。)
(友だちいないの? やばくない?)
シュテファンは、これを川村さんが見ないといいな、と思いました。
それから、川村さんは学生食堂に来なくなりました。SNSを見たからかどうかはわかりません。アニメ研究会の部屋でも会わないので、シュテファンは気になっていました。
しばらくして、シュテファンはトイレの出口で、ぐうぜん川村さんに会いました。
「川村さん。さいきんぜんぜん会わないから『どうしたのかな』と思っていたんです」
「どうもしていない」
川村さんは少しつめたく答えました。
「食堂にも来てないですよね」
「うん。なんか、コスプレして1人で食べていると、目立つみたい。いろいろうるさいから」
それを聞いたシュテファンは、川村さんがあのコメントを見たのかもしれないと思いました。そして、聞きました。
「どこで食べているんですか」
「トイレで」
「トイレで?」
ステファンは、ことばが出ませんでした。
「……どうして?」
「だって、トイレならだれにももんくを言われないで、おべんとうを食べられるから」
シュテファンは、おどろきました。インターネットで大学生の食事についてしらべてみました。すると、トイレで食事をする学生がいることが書かれていました。1人でともだちがいないと思われるのがいやだから、という理由が多いそうです。
(川村さんだけじゃないんだ……でも、トイレで1人で食べてもおいしいはずがないよね。なんでこんなことになるんだろう……)
シュテファンはこのことが、あたまからはなれなくなって、「もやもや」した気持ちになりました。
(あれっ、「あにけん」の川村さんかな。)
よく見ると、やはり川村さんです。この前と同じようなピンクのふくを着ています。そのとき、先生が入ってきて、授業が始まりました。先生がときどき、質問があるかと学生に聞くと、川村さんは手をあげて、よく質問します。先生もいい質問だと言いながら、答えています。
(川村さんはすごいんだ。)
シュテファンは思いました。けれども、となりにいる学生たちが、
「今の質問、何て言ったの?」
「わかんない。こえが小さくて聞こえなかった」
と小さいこえで話すのが聞こえました。
授業が終わって教室を出ると、4人の学生たちが話すこえが聞こえました。男の学生2人と女の学生2人で、2年の学生のようです。
「あのピンクの子、あんな色のかみとふく、見えると気になってしまう」
「わかる! やめてほしい。前にすわってると、よけい、めだつから」
「本人はどんなかみでもふくでも自由だと思ってるんだろうけど、めいわく。勉強のじゃまになる」
「ほんとうに、そう! コスプレのサークルがあったっけ。コスプレ研究会。あの子、そのサークルの子なの? そうじゃなきゃ、あんなかっこうしないか。コスプレ研究会に、もんくを言いに行こうか」
「来週もかわらなかったら、言いに行こう!」
つぎの週の同じ授業の日、いちばん前にまたピンクのかみが見えました。川村さんです。ノートに書いたり、先生と話したりすると、ピンクのかみのけが動いて、まるでアニメのようです。
教室を出ると、先週と同じ4人の学生たちが話していました。
「またピンクの子、いた」
「いつもこんなことなら、いやだから、コスプレ研究会に行って話してみよう」
そう言って、4人はいそいで2号館にむかって歩いていきました。
(川村さんは、コスプレ研究会にも入っているのかな……?)
と思いながら、シュテファンもアニメ研究会の部屋に、むかいました。
コスプレ研究会の部屋の前では、学生たちが話しています。
「あのう、すみません。コスプレ研究会の方ですか。このサークルにピンクのかみでピンクのふくを着た人、いるでしょう?」
「いえ、いません」
「なんか、あんなかっこうで授業に出るのは、いけないことだと思って。ぜったいに、コスプレ研の人だと思って来ました」
「いいえ、うちにそんな人はいませんよ。もともとうちはイベントの時しかコスプレをしないことになっているんです。うちのルールなんです。メンバーはみんな、大学ではふつうのかっこうです」
「そうなんですか……じゃ、あの子は……?」
コスプレ研究会の学生と4人の学生の話が止まった時、ピンクのかみとふくの人がこちらにきました。
「あの子だ! あの子です!」
1人の学生が大きいこえで言いました。
「ああ、あの子はアニメ研究会じゃないですか?」
とコスプレ研究会の学生が言いました。
シュテファンは川村さんから20メートルぐらい後ろを歩いて、アニメ研究会にむかっていました。前を見ると、川村さんとあの学生たち、そしてコスプレ研究会の学生が話しています。4人の学生のうち1人の男の学生が言いました。
「ちょっと、すみません。そのかっこうで授業に出るのはどうかと思うんです……」
「どうしてですか」
川村さんは小さいこえで言いました。
「ピンクが目立って、気になって勉強ができないんです」
「そんな……勉強ができるかどうかは、その人の問題なんじゃないですか? それに、どんなかっこうをするかは人の自由です。ちがいますか」
川村さんはけんめいに言いました。
「ぜったい自由だとは言えないんじゃないですか。TPOを知らないんですか。時と場所と場合に合わせて、ふくをえらぶことは大事です」
「でも、だれにもめいわくをかけてないと思うけど……」
「だから、勉強しにくいのは、めいわくをかけているわけでしょう?」
その時、コスプレ研究会の学生も言いました。
「コスプレ研究会の山本といいます。こっちもめいわくです。この人たちは、あなたがコスプレ研究会の学生じゃないかと言って、もんくを言いに来たんです」
「えっ、そんなこと言っても……私には、すきなふくを着る自由もないんですか?」
川村さんの目になみだが見えました。川村さんは、そのまま走っていってしまいました。シュテファンは、とちゅうからこの会話を聞いていましたが、何も言えませんでした。
(川村さんをたすけたいけれど、学生たちの言っていることもわかる……どうしたらいいんだろう……)
シュテファンは、何もできなくて、どうしたらいいかわからなくて、「もやもや」して、かなしくなりました。
つぎの日の昼、シュテファンは学生食堂に行きました。食堂には、大きなしかくのテーブルが10こあります。一つのテーブルに8つぐらいいすがあって、学生たちは友だちといっしょに食事をしています。シュテファンが中に入ると、ピンクのかみとふくの人が、おくのテーブルのすみに見えました。川村さんです。つぎの日もそのつぎの日も、シュテファンは学生食堂に昼ごはんを食べに行きましたが、いつも川村さんは同じ席で1人で食べていました。
シュテファンは川村さんと話すことにしました。川村さんが話してくれるかどうか心配でしたが、シュテファンはとなりにすわりました。
「川村さん、いつも1人で食べているんですか」
「はい」
「たまに、いっしょに食べてもいいですか」
「うん。でも、1人で食べたほうが、今作っているアニメの話をかんがえやすいの。だから、たまにね」
「いつもアニメのことをかんがえているんですか。すごいです」
シュテファンはかんしんしました。そして聞きました。
「川村さんはいつもコスプレをして来てるんですね。大変じゃないですか」
「いいえ。大変じゃない。これが好きなの。コスプレをしていると、アニメの新しい話が頭の中にどんどん生まれてくるの。楽しいんです」
「そうなんですか」
「そう。でも、この間はあんなこと言われて……自分たちが見たくないなら人の楽しみをうばってもよいと思う? かれらに、けんりがあると思う?」
川村さんの大きくてはっきりしたこえにシュテファンはびっくりしました。
「それは……ないと思いますけれど……」
「思いますけれど……それで何?」
「でも、そう思う理由もあると思うんです。あの人たちと話したらどうでしょうか」
「話しても同じじゃないかな……」
川村さんはそう言うと、話すのをやめてしまいました。
そんなことも知らない「けいえいがく」をうけている学生たち、そうです、川村さんのコスプレにもんくを言った4人の学生たちは、かわらずに教室で同じようなことを話しています。
「あのピンクの子、コスプレやめないね」
「そうだね。それにいつも学生食堂で1人でおべんとう食べている。知ってる?」
「友だち、いないんだ」
そんなことがあってから1か月たちました。シュテファンがInstagramを見ていると、学生食堂のオムライスの写真がありました。トマトととり肉の入ったごはんの上に、おいしそうなたまごがのっています。ここのオムライスは学生にとても人気があります。だれが写真をのせたのかはわかりません。オムライスの後ろのほうには、ピンクのかみの後ろすがたがうつっています。そこにはこんなコメントもついていました。
(今日の昼食はオムライスです。たまごが高くなったけれど、ここのオムライスは今も400円でかわりません。食堂のみなさん、ありがとう! おいしかった!)
ほかのコメントを見ると、つぎのようなことが書かれていました。
(おいしそうなオムライス。食べてみたい!)
(後ろのピンクのかみが気になる……オムライスのきいろ同じくらいハデだ!)
(ピンクのかみはいつもコスプレして大学に来ている子だよ。)
(大学にコスプレして大学にくるの? へんじゃない?)
(あの子、いつも1人で食べてるところしか、見たことない。)
(友だちいないの? やばくない?)
シュテファンは、これを川村さんが見ないといいな、と思いました。
それから、川村さんは学生食堂に来なくなりました。SNSを見たからかどうかはわかりません。アニメ研究会の部屋でも会わないので、シュテファンは気になっていました。
しばらくして、シュテファンはトイレの出口で、ぐうぜん川村さんに会いました。
「川村さん。さいきんぜんぜん会わないから『どうしたのかな』と思っていたんです」
「どうもしていない」
川村さんは少しつめたく答えました。
「食堂にも来てないですよね」
「うん。なんか、コスプレして1人で食べていると、目立つみたい。いろいろうるさいから」
それを聞いたシュテファンは、川村さんがあのコメントを見たのかもしれないと思いました。そして、聞きました。
「どこで食べているんですか」
「トイレで」
「トイレで?」
ステファンは、ことばが出ませんでした。
「……どうして?」
「だって、トイレならだれにももんくを言われないで、おべんとうを食べられるから」
シュテファンは、おどろきました。インターネットで大学生の食事についてしらべてみました。すると、トイレで食事をする学生がいることが書かれていました。1人でともだちがいないと思われるのがいやだから、という理由が多いそうです。
(川村さんだけじゃないんだ……でも、トイレで1人で食べてもおいしいはずがないよね。なんでこんなことになるんだろう……)
シュテファンはこのことが、あたまからはなれなくなって、「もやもや」した気持ちになりました。
アニメ研究会に入ったつぎの日、シュテファンははじめて経営学部のじゅぎょうに出ました。「経営学」というじゅぎょうです。1年生と2年生がこのじゅぎょうをとることができます。シュテファンは大きい教室に入っていきました。まん中にすわって前を見ると、一番前のまん中にピンクのかみのけが見えます。
(あれっ、アニ研の川村さんかな。)
よく見ると、やはり川村さんです。この前と同じようなピンクのふくを着ています。そのとき、先生が入ってきて、じゅぎょうが始まりました。先生がときどき、質問があるかと学生に聞くと、川村さんは手をあげて、よく質問します。先生もいい質問だと言いながら、答えています。
(へえ、川村さんってすごいんだなあ。)
シュテファンは思いました。けれども、となりにいる学生たちが、
「ねえ、今の質問、何て言ったの?」
「わかんない。声が小さくて聞こえなかった」
とささやくのが聞こえました。
じゅぎょうが終わって教室を出ると、4人の学生たちが話す声が聞こえました。男の学生2人と女の学生2人で、2年生のようです。
「あのピンクの子、あんな色のかみとふく、見るだけで気がちるよね」
「ほんと! やめてほしいよ。前にすわってると、よけい、めだつんだよね」
「本人はどんなかみでもふくでも自由だと思ってるんだろうけど、めいわくだよ。勉強のじゃまになる」
「ほんと! あの子、コスプレ研究会なの? そうじゃなきゃ、あんなかっこうしないよね。コスプレ研にもんく、言いに行こうか」
「来週も変わらなかったら、言いに行こう!」
つぎの週の同じじゅぎょうの日、一番前にまたピンクのかみが見えました。川村さんです。ノートに書いたり、先生と話したりするたびに、ピンクのかみのけが動いて、アニメを見ているようです。
じゅぎょうが終わって教室を出ると、先週と同じ4人の学生たちが話していました。
「またピンクの子、いたね」
「いつもこんなことなら、気がちるから、コスプレ研に行って話してみようよ」
そう言って、4人は早足で2号館に向かって歩いていきました。
(川村さんって、コスプレ研究会にも入ってるのかなあ…?)
と思いながら、シュテファンもアニメ研究会の部室に向かいました。
コスプレ研究会の部室の前では、学生たちが話しています。
「あのう、すみません。コスプレ研の方ですか。おたくにピンクのかみでピンクのふくを着た人、いるでしょう?」
「いえ、いませんよ」
「なんか、あんなかっこうでじゅぎょうに出るのって、どうかと思って。コスプレ研の人にちがいないと思って来たんですけど」
「ですから、うちにそんな人はいませんよ。もともとうちはイベントの時しかコスプレをしないことになってるんですよ。うちのルールなんです。メンバーはみんな、ふだんはふつうのかっこうですよ」
「えっ、そうなんですか……じゃ、あの子はいったい……?」
コスプレ研究会の学生と4人の学生の話が止まった時、ピンクのかみとふくの人がこちらに近づいてきました。
「あっ、あの子だ! あの子ですよ!」
1人の学生が大きい声で言いました。
「ああ、あの子はアニメ研究会じゃないですか?」
とコスプレ研究会の学生が言いました。
シュテファンは川村さんから20メートルぐらい後ろを歩いて、アニメ研究会に向かっていました。前を見ると、川村さんとあの学生たち、そしてコスプレ研究会の学生が話しています。4人の学生のうち1人の男の学生が言いました。
「ちょっと、すみませんけど、そのかっこうで授業に出るのはどうかと思うんですけど……」
「えっ、どうしてですか」
川村さんは小さい声で言いました。
「気がちって勉強に集中できないんですよ」
「そんな……集中できるかどうかは、その人の問題なんじゃないですか? それに、どんなかっこうをするかは人の自由ですよね」
川村さんはけんめいに言いました。
「かならずしも自由だとは言えないんじゃないですか。TPOって知ってますよね。時と場所と場合に合わせるってこと……」
「えっ、でも、だれにもめいわくかけてないと思うけど……」
「だから、集中できなくさせてるっていうことは、めいわくかけてるわけでしょう?」
その時、コスプレ研究会の学生も言いました。
「コスプレ研究会の山本といいますけど、こっちもめいわくですよ。この人たち、あなたがコスプレ研じゃないかって言って、もんくを言いに来たんですよ」
「えっ、そんなこと言ったって……私には好きなふくを着る自由もないんですか?」
川村さんは目になみだをうかべて、走っていってしまいました。シュテファンはとちゅうからこの会話を聞いていましたが、何も言えませんでした。
(川村さんを助けてあげたいけど、学生たちの言っていることもわからなくはないし……どうしたらいいんだろう……)
シュテファンは、何もできなくて、どうしたらいいかわからなくて、「もやもや」して、悲しくなりました。
つぎの日の昼、シュテファンは学生食堂に行きました。食堂には四角い大きなテーブルが10個あります。一つのテーブルに8つぐらいいすがあって、学生たちは友だちといっしょに食事をしています。シュテファンが中に入ると、ピンクのかみとふくの人がおくのテーブルのすみに見えました。川村さんです。つぎの日もその次の日も、シュテファンは学生食堂に昼ごはんを食べに行きましたが、いつも川村さんは同じ席で1人で食べていました。
ある日、川村さんが話してくれるかどうか心配でしたが、シュテファンはとなりにすわって話しかけてみました。
「川村さん、いつも1人で食べているんですか」
「ええ」
「たまにはいっしょに食べてもいいですか」
「うん。でも、1人で食べたほうがアニメのストーリーのイメージがふくらんでくるの。だから、たまにね」
「いつもアニメのことをかんがえてるんですね。すごいですね」
シュテファンはかんしんしました。そして聞きました。
「川村さんはいつもコスプレをして来てるんですね。大変じゃないですか」
「うんう、大変じゃない。これが好きなの。コスプレをしてると、アニメのストーリーが頭の中にどんどん生まれてくるの。楽しいんです」
「そうなんですね」
「それなのに、この間はあんなこと言われて……人の楽しみをうばうけんりなんてあると思う?」
川村さんの大きくてはっきりした声にシュテファンはびっくりしました。
「それは…ないと思いますけど……」
「思いますけど…それで何?」
「でも、そう思う理由もあると思うんです。話し合ってみたらどうでしょうか」
「話し合っても同じじゃないかなあ……」
川村さんはそう言うと、だまってしまいました。
そんなことも知らない「経営学」を取っている学生たち、そうです、川村さんのコスプレにもんくを言った4人の学生たちは、あいかわらずじゅぎょうのあとで同じようなことを話しています。
「あのピンクの子、コスプレやめないね」
「そうだね。それにいつも学生食堂で1人でおべんとう食べてるの知ってる?」
「友だち、いないんだね」
そんなことがあってから1か月たちました。ある日、シュテファンがインスタグラムを見ていると、学生食堂のオムライスの写真がありました。だれがのせたのかはわかりませんが、ここのオムライスは学生にとても人気があります。オムライスの後ろのほうには、ピンクのかみの後ろすがたがうつっています。そこにはこんなコメントもついていました。
(今日の昼食はオムライスです。たまごが高くなったけど、ここのオムライスは今も400円で変わりません。食堂のみなさん、ありがとう! おいしかった!)
ほかのコメントを見ると、つぎのようなことが書かれていました。
(おいしそうなオムライス。食べてみたい!)
(それにしても後ろのピンクのかみが気になる……オムライスのきいろとコントラストがすごい!)
(ピンクのかみはいつもコスプレして大学に来てる子だよ。)
(大学にコスプレしてきてるの? やばくない?)
(あの子、いつも1人で食べてるところしか、見たことない。)
(友だちいないの? やばくない?)
シュテファンは、これを川村さんが見ないといいな、と思いました。
その後、川村さんは学生食堂に来なくなりました。SNSのコメントを見たからかどうかはわかりません。アニメ研究会の部室でも会わないので、シュテファンは気になっていました。
ある日、シュテファンはトイレの出口でばったり川村さんに会いました。
「あっ、川村さん。さいきんぜんぜん会わないからどうしたのかなあ、と思ってたんです」
「どうもしてないけど」
川村さんは少し冷たく答えました。
「食堂にも来てないですよね」
「うん。なんか、コスプレして1人で食べてると、目立つみたいでいろいろうるさいから」
それを聞いたシュテファンは、川村さんがあのコメントを見たのかもしれないと思いました。そして、聞きました。
「どこで食べてるんですか」
「トイレで」
「えっ、トイレで?」
ステファンはつぎのことばが出ませんでした。
「…どうして?」
「だって、トイレならだれにも変なこと言われないでおべんとう、食べられるから」
シュテファンはショックでした。インターネットで大学生の食事について調べてみました。すると、トイレで食事をする学生がいることが書かれていました。1人ぼっちで友だちがいないと思われるのがいやだから、という理由が多いそうです。
(川村さんだけじゃないんだ……でも、トイレで1人で食べたって、おいしいはずがないよね。なんでこんなことになるんだろう……)
シュテファンはこのぎもんが頭からはなれなくなって、「もやもや」した気持ちになりました。
(あれっ、アニ研の川村さんかな。)
よく見ると、やはり川村さんです。この前と同じようなピンクのふくを着ています。そのとき、先生が入ってきて、じゅぎょうが始まりました。先生がときどき、質問があるかと学生に聞くと、川村さんは手をあげて、よく質問します。先生もいい質問だと言いながら、答えています。
(へえ、川村さんってすごいんだなあ。)
シュテファンは思いました。けれども、となりにいる学生たちが、
「ねえ、今の質問、何て言ったの?」
「わかんない。声が小さくて聞こえなかった」
とささやくのが聞こえました。
じゅぎょうが終わって教室を出ると、4人の学生たちが話す声が聞こえました。男の学生2人と女の学生2人で、2年生のようです。
「あのピンクの子、あんな色のかみとふく、見るだけで気がちるよね」
「ほんと! やめてほしいよ。前にすわってると、よけい、めだつんだよね」
「本人はどんなかみでもふくでも自由だと思ってるんだろうけど、めいわくだよ。勉強のじゃまになる」
「ほんと! あの子、コスプレ研究会なの? そうじゃなきゃ、あんなかっこうしないよね。コスプレ研にもんく、言いに行こうか」
「来週も変わらなかったら、言いに行こう!」
つぎの週の同じじゅぎょうの日、一番前にまたピンクのかみが見えました。川村さんです。ノートに書いたり、先生と話したりするたびに、ピンクのかみのけが動いて、アニメを見ているようです。
じゅぎょうが終わって教室を出ると、先週と同じ4人の学生たちが話していました。
「またピンクの子、いたね」
「いつもこんなことなら、気がちるから、コスプレ研に行って話してみようよ」
そう言って、4人は早足で2号館に向かって歩いていきました。
(川村さんって、コスプレ研究会にも入ってるのかなあ…?)
と思いながら、シュテファンもアニメ研究会の部室に向かいました。
コスプレ研究会の部室の前では、学生たちが話しています。
「あのう、すみません。コスプレ研の方ですか。おたくにピンクのかみでピンクのふくを着た人、いるでしょう?」
「いえ、いませんよ」
「なんか、あんなかっこうでじゅぎょうに出るのって、どうかと思って。コスプレ研の人にちがいないと思って来たんですけど」
「ですから、うちにそんな人はいませんよ。もともとうちはイベントの時しかコスプレをしないことになってるんですよ。うちのルールなんです。メンバーはみんな、ふだんはふつうのかっこうですよ」
「えっ、そうなんですか……じゃ、あの子はいったい……?」
コスプレ研究会の学生と4人の学生の話が止まった時、ピンクのかみとふくの人がこちらに近づいてきました。
「あっ、あの子だ! あの子ですよ!」
1人の学生が大きい声で言いました。
「ああ、あの子はアニメ研究会じゃないですか?」
とコスプレ研究会の学生が言いました。
シュテファンは川村さんから20メートルぐらい後ろを歩いて、アニメ研究会に向かっていました。前を見ると、川村さんとあの学生たち、そしてコスプレ研究会の学生が話しています。4人の学生のうち1人の男の学生が言いました。
「ちょっと、すみませんけど、そのかっこうで授業に出るのはどうかと思うんですけど……」
「えっ、どうしてですか」
川村さんは小さい声で言いました。
「気がちって勉強に集中できないんですよ」
「そんな……集中できるかどうかは、その人の問題なんじゃないですか? それに、どんなかっこうをするかは人の自由ですよね」
川村さんはけんめいに言いました。
「かならずしも自由だとは言えないんじゃないですか。TPOって知ってますよね。時と場所と場合に合わせるってこと……」
「えっ、でも、だれにもめいわくかけてないと思うけど……」
「だから、集中できなくさせてるっていうことは、めいわくかけてるわけでしょう?」
その時、コスプレ研究会の学生も言いました。
「コスプレ研究会の山本といいますけど、こっちもめいわくですよ。この人たち、あなたがコスプレ研じゃないかって言って、もんくを言いに来たんですよ」
「えっ、そんなこと言ったって……私には好きなふくを着る自由もないんですか?」
川村さんは目になみだをうかべて、走っていってしまいました。シュテファンはとちゅうからこの会話を聞いていましたが、何も言えませんでした。
(川村さんを助けてあげたいけど、学生たちの言っていることもわからなくはないし……どうしたらいいんだろう……)
シュテファンは、何もできなくて、どうしたらいいかわからなくて、「もやもや」して、悲しくなりました。
つぎの日の昼、シュテファンは学生食堂に行きました。食堂には四角い大きなテーブルが10個あります。一つのテーブルに8つぐらいいすがあって、学生たちは友だちといっしょに食事をしています。シュテファンが中に入ると、ピンクのかみとふくの人がおくのテーブルのすみに見えました。川村さんです。つぎの日もその次の日も、シュテファンは学生食堂に昼ごはんを食べに行きましたが、いつも川村さんは同じ席で1人で食べていました。
ある日、川村さんが話してくれるかどうか心配でしたが、シュテファンはとなりにすわって話しかけてみました。
「川村さん、いつも1人で食べているんですか」
「ええ」
「たまにはいっしょに食べてもいいですか」
「うん。でも、1人で食べたほうがアニメのストーリーのイメージがふくらんでくるの。だから、たまにね」
「いつもアニメのことをかんがえてるんですね。すごいですね」
シュテファンはかんしんしました。そして聞きました。
「川村さんはいつもコスプレをして来てるんですね。大変じゃないですか」
「うんう、大変じゃない。これが好きなの。コスプレをしてると、アニメのストーリーが頭の中にどんどん生まれてくるの。楽しいんです」
「そうなんですね」
「それなのに、この間はあんなこと言われて……人の楽しみをうばうけんりなんてあると思う?」
川村さんの大きくてはっきりした声にシュテファンはびっくりしました。
「それは…ないと思いますけど……」
「思いますけど…それで何?」
「でも、そう思う理由もあると思うんです。話し合ってみたらどうでしょうか」
「話し合っても同じじゃないかなあ……」
川村さんはそう言うと、だまってしまいました。
そんなことも知らない「経営学」を取っている学生たち、そうです、川村さんのコスプレにもんくを言った4人の学生たちは、あいかわらずじゅぎょうのあとで同じようなことを話しています。
「あのピンクの子、コスプレやめないね」
「そうだね。それにいつも学生食堂で1人でおべんとう食べてるの知ってる?」
「友だち、いないんだね」
そんなことがあってから1か月たちました。ある日、シュテファンがインスタグラムを見ていると、学生食堂のオムライスの写真がありました。だれがのせたのかはわかりませんが、ここのオムライスは学生にとても人気があります。オムライスの後ろのほうには、ピンクのかみの後ろすがたがうつっています。そこにはこんなコメントもついていました。
(今日の昼食はオムライスです。たまごが高くなったけど、ここのオムライスは今も400円で変わりません。食堂のみなさん、ありがとう! おいしかった!)
ほかのコメントを見ると、つぎのようなことが書かれていました。
(おいしそうなオムライス。食べてみたい!)
(それにしても後ろのピンクのかみが気になる……オムライスのきいろとコントラストがすごい!)
(ピンクのかみはいつもコスプレして大学に来てる子だよ。)
(大学にコスプレしてきてるの? やばくない?)
(あの子、いつも1人で食べてるところしか、見たことない。)
(友だちいないの? やばくない?)
シュテファンは、これを川村さんが見ないといいな、と思いました。
その後、川村さんは学生食堂に来なくなりました。SNSのコメントを見たからかどうかはわかりません。アニメ研究会の部室でも会わないので、シュテファンは気になっていました。
ある日、シュテファンはトイレの出口でばったり川村さんに会いました。
「あっ、川村さん。さいきんぜんぜん会わないからどうしたのかなあ、と思ってたんです」
「どうもしてないけど」
川村さんは少し冷たく答えました。
「食堂にも来てないですよね」
「うん。なんか、コスプレして1人で食べてると、目立つみたいでいろいろうるさいから」
それを聞いたシュテファンは、川村さんがあのコメントを見たのかもしれないと思いました。そして、聞きました。
「どこで食べてるんですか」
「トイレで」
「えっ、トイレで?」
ステファンはつぎのことばが出ませんでした。
「…どうして?」
「だって、トイレならだれにも変なこと言われないでおべんとう、食べられるから」
シュテファンはショックでした。インターネットで大学生の食事について調べてみました。すると、トイレで食事をする学生がいることが書かれていました。1人ぼっちで友だちがいないと思われるのがいやだから、という理由が多いそうです。
(川村さんだけじゃないんだ……でも、トイレで1人で食べたって、おいしいはずがないよね。なんでこんなことになるんだろう……)
シュテファンはこのぎもんが頭からはなれなくなって、「もやもや」した気持ちになりました。