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『心の旅』続編:愛のタペストリー
11月
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Coming soon!
ベレンはもともとナイトクラブにきょうみがなかったけど、ダンスが好きだった。なので、ときどき友だちといっしょに行っていた。自由におどっている人のすがた、おどりたくなる音楽、そのにぎやかな雰囲気にみりょくがあった。今日もクラブの中は大分にぎやかだったけど、音楽もダンスも楽しむ気分じゃなかった。さそわれたとき、ことわったほうがよかったな。
「さいしょは飲もう」とソフィアは言った。
「私はだいじょうぶ」とベレンは答えた。おさけを飲む気もなかった。
「へー、なんで?せっかくの飲み会なのに」
ベレンはためいきをついた。この飲み会はアルマンドとソフィアのアイディアだった。テオのけんしゅうしゅうりょうをいわうためだ。ソフィアは行きたくてたまらない。「ベレンも行こうよ。おねがい!」と何回も言った。ベレンにとって、ソフィアとアルマンドといっしょに飲みに行くということはぜんぜん問題なかったが、あのテオのやつといっしょに飲むなんて。むりだろう。だが、「4人じゃなきゃダメ!みんな行かないと!」としつこくさそわれたので、ことわりにくい雰囲気になってしまった。
「オッケー。ビールを一本だけ」
それを聞いて、ソフィアはうれしくなって、ベレンのかたをだきしめた。
「よっし!ビールにしよう」
「ぼくが注文するから、みんなはテーブルをさがして」とアルマンドのこえだった。
しばらくして、4人はビールを飲みながら、話していた。おさけを飲むともっとしゃこうてきになり、すべての人が好きになったりする人が多いだろう。ベレンもれいがいではなかった。なので、前にいやがっていたテオにもなんとなくなれた気がした。しかも、アルマンドとソフィアがいるから、テオはふつうの人のように見えた。別にへんなじょうだんとかコメントをしなかったし。仕事でのつめたい目、気味の悪いひょうじょうもなくなったみたい。クラブの雰囲気のおかげか、おさけのおかげか。だから、ベレンも少しリラックスして、みんなといっしょにしゃべったり、わらったりしていた。そして、好きな音楽を聞くと、すぐダンスフロアに行って、楽しくおどっていた。
「ねえ、アルマンド」とソフィアが言った。
「なに?」
「パウラをさそわなかったの?」
パウラってアルマンドの彼女だった。
「いや、じつは別れた」
元彼女だった。
「へー、ざんねん…」とソフィアはがっかりした顔で答えた。
どうりょうたちと時間をすごした時、アルマンドはよくパウラをつれてきた。おかげで、パオラとソフィアはとてもなかよくなった。ソフィアってもともとだれともなかよくなれる人だ。
「テオは?」ソフィアはテオに顔を向けた。
「ん?」
「彼女がいる?」
ベレンは手で顔をかくした。
「いないよ」とテオは白いはを見せた。
「私も彼氏がいない」とソフィアは自己紹介をするように言った。
「ベレンは?」テオのこえだった。
ベレンは帰国してから、家族や友だちにヒロシとのかんけいについて何回も教えたことがある。いつも同じのはんのうだった。「へー」とか、「ほんとう?」とか、「しょうらいはどうするか」とか、「えんきょり恋愛ってむずかしい」とか。もういやになった。けど、少しだまってから、答えることにした。
「いるよ」
「そっか。じゃあ、どうしてさそわなかったの?」
「さそっても、行けない。日本にいるから」
テオはおどろいた顔をした。
「へー、なんで?」
やっぱり「へー」っていう答えが一番だ。
「日本人だから」
「それは答えになっていないじゃん」
「じゃ、どんな答えをしたら、この話が終わるの?」
「ベレン!しつれいだよ」とソフィアのこえだった。
テオはソフィアをむしして、ベレンをじっと見ていた。
「落ち着いて。ただのこうきしんだよ」
「それはあやまってることになっていないじゃん」
ベレンはいたずらっぽいひょうじょうでテオの顔を見ていた。アルマンドはそれを見て、大きいこえでわらいはじめた。あっという間にみんなもわらうようになった。そんなふうにビールを飲みながら、4人は話したり、わらったりした。
ソフィアが好きな曲を聞いて、アルマンドとダンスフロアに行った。
「おどらない?」とテオは言った。
ベレンは頭をふった。おどりたいなら自分で行ってと答えたかったけど、けっきょく何も言わないまますわっていた。テオもどこにも行かなかった。
「信じられないよ」
ベレンはだまっていた。何が信じられないっていうことにぜんぜんきょうみがなかった。でも、テオはつづけた。
「ほんとうに日本人とつきあっているの?」
二人きりになって、テオの気味の悪い顔がもどった。いくら飲んでもなかよくなれないな。
「テオにかんけいないでしょ」
「ないけど、なんかふしぎ。おれの知り合いの中で日本とかんけいのある人がいないし。行ったことがあるの?」
「あるよ。一年間りゅうがくした」
「すごい!じゃ、日本語でしゃべれるの?」
「うん」
「その日本人とも日本語で話してる?」
「日本人とよばないで」
「ごめん、ごめん。名前って何?」
「ヒロシ」
「オッケー。ヒロシと日本語で?」
「まあ、そうだね。だいたい日本語で話している。前にスペイン語を勉強したけど」
「じゃあ、なんでスペイン語を使わないの?」
なんでだろう。さいしょはタンデムパートナーだったけど、つきあいはじめた時から、だんだん日本語しか使わなくなった。あたりまえのように。そして、ヒロシは4年生になってから、スペイン語を習うための時間がなくなった。会話をしている時も、わからないことがあったら、スペイン語ではなく、2人とも英語で話してみた。
ベレンは前の質問に答えなかったが、テオはそれをむしして、つづけた。
「じゃあ、いつ日本に帰る?」
「まだわからない。たぶん大学を卒業したあと」
「今はりゅうねんでしょ?卒業までほぼ1年間半じゃないか」
「そうだけど」
「その場合はあのヒロシはアルゼンチンに来るしかないね。その時まで」
「お正月に来るけど、後でまた日本に帰る。しんがくするから」
テオは目をまるくして、ベレンを見つめた。
「やっぱり信じられない。つきあっている意味があるの?しょうらい、同じ国に住んでいる予定はないし。そして、アルゼンチン人の彼女がいるけど、スペイン語さえ勉強できないなんて」
テオは何も知らないから、意見なんていらない。でも、彼の言葉のせいで、ベレンは元気が出なくて、体がかたまったようになった。やっぱりヒロシとつきあいつづけるために、日本にもどらないといけない。あるいは、ヒロシがここに行かないといけない。ほかに道がない。でも、ヒロシはしんがくする。それはたしかだ。だから、アルゼンチンにひっこししないだろう。ベレンも大学を卒業しなければならないから、日本にもどれない。どうしよう。そんなおつきあいはしょうらいがあるのかな?ベレンはためいきをついた。そんな考えを止めたほうがいいよ。ベレンもヒロシもおたがいのことが好きだから、きっとかいけつ方法を見つけられる。いっしょにね。とにかく、ベレンは大学を卒業してから、日本にもどれるかも。そして、二人とも休みに会えるだろう。しかも、お正月はもうそろそろ。会えるなら、きっとかちがある。しょうらいのことは後で決めてもいい。
「ベレン、聞いて」
ベレンは考えこんで、テオといっしょにいることをまったく忘れてしまった。その時、テオは近づいて、急にベレンの手をとった。ベレンは自分の名前を忘れるぐらいおどろいた。
「手をはなして」とまゆを上げて、ベレンは言った。
「好きだよ」
「手をはなしてって」とベレンはもう一回言った。
テオはやっとベレンの手をはなした。でも、こくはくはまだ終わらなかった。
「きみのことを考えずにはいられない。さいしょの日から」
「飲みすぎたじゃん。いいかげんにしてよ」
「なかみも見た目もぜんぶ好き」
ベレンはひょうじょうのない顔をテオに向けて、れいせいに答えた。
「きょうみないよ」
そのあと、立ち上がって、出口に向かった。
「待って!あの日本人とのかんけいは本当のおつきあいだと思うのか?これは全部うそだよ。つきあっている人はそばにいるはずだ。えんきょり恋愛なんてそんざいしないよ」
ベレンはふり向かず、ナイトクラブを出た。
外は少しすずしかった。夜空はくもりで、ほしも月も見えなかった。ベレンは頭をひやすために、夜の空気をすった。それから、ジーンズのポケットからスマホを出して、ヒロシに電話をかけた。
「まだねないの?」とヒロシのこえだった。
「クラブを出たところだから、うちに向かっている」
「なるほど。楽しかった?」
「まあまあ」
ぜんぜん楽しくなかったけど。
「どうかしたの?」
「いや、別に。ただこえを聞きたかったから」
テオのことについて話す気がなかった。
「そっか」
「きみは元気?」
「…うん」
「なんか元気じゃなさそう」
「だいじょうぶだよ。別に」
ベレンは会話がなかなかつづかないというような気がした。なので、テーマをかえてみた。
「今日はね、もしヒロシがいたら、きっともっと楽しくなるよ。だから、来月すごい楽しみにしているよ。ここに来たら、またみんなどこか行こう。テオ以外ね」
「まあ」
「まあって?」
「行けたら行く」とヒロシは少しつめたいこえで答えた。
ベレンの心はバクバクした。
「どういうこと?」
「なんでもない。気にしないで」
何の話だかわからなかった。
「行きたくないなら、別に行かなくてもいいよ。ほかの計画を作ろう」
「行きたくないわけじゃない」またれいせいなこえだ。
そんな言い方ってなんでだろう。ベレンは少しイライラをかんじるようになった。
「じゃあ、どういうわけか?行けたら行くって行きたくないという意味じゃないか」
「ちがう。気にしないでって」ヒロシのこえがつかれそうに聞こえた。
ベレンは何も分からなくなった。なんでそんなことを言うの?しかも、そんなにつめたいくちょうで。ふかくおこって、思わず言葉がきつくなってしまった。
「ごめん、日本語が下手なので、何を言ったか分からない。スペイン語で言ったらわかるかも」
「えっ、なんで急に?」
でも、ベレンは強くおこりすぎたせいで、自然にスペイン語しか口から出なくなった。
「つきあっているのに、なんでスペイン語をやめたの?私の友だちにも会いたくないみたいだし。急につめたくなったし。わけわからない!なんで何も説明してくれないの?本当のこと言って!」
「ベレン、待って。はやすぎて、りかいできない」とヒロシは日本語で答えた。
「なんでスペイン語を勉強してないの?」と少しおちついて、ベレンはスペイン語でゆっくり言った。
「時間がないから」とヒロシはスペイン語で答えた。
時間がないのか。たしかにヒロシは大学やしんがくで目がまわるように、とても忙しくなった。これはわかるけど、つきあいはじめる前にスペイン語で話したことがあるよ。なんでやめたの?なんで日本語ばかりになってしまったの?ヒロシにとっては便利だろう。母語だから。
「そして、ぼくのスペイン語よりきみの日本語のほうがいいよ」ヒロシはまた日本語を使った。
「練習すればうまくなるでしょ」
「練習するひまがないよ!」と彼はさけんだ。
ベレンの心にふかいぜつぼうが広がった。
「そんなの不公平だよ」と元気のないこえで言った。
「人生は公平ではない。それに慣れよ」
ベレンは言葉が出なくなった。こんなにきつい言い方ははじめてだ。こんなに大きいけんかもはじめてだ。いつもやさしいヒロシのすがたが急に消えてしまった。ベレンはスマホを持っている手を下げて、がめんに目を落とした。それから、何も言わずに、赤いまるをタッチした。
「さいしょは飲もう」とソフィアは言った。
「私はだいじょうぶ」とベレンは答えた。おさけを飲む気もなかった。
「へー、なんで?せっかくの飲み会なのに」
ベレンはためいきをついた。この飲み会はアルマンドとソフィアのアイディアだった。テオのけんしゅうしゅうりょうをいわうためだ。ソフィアは行きたくてたまらない。「ベレンも行こうよ。おねがい!」と何回も言った。ベレンにとって、ソフィアとアルマンドといっしょに飲みに行くということはぜんぜん問題なかったが、あのテオのやつといっしょに飲むなんて。むりだろう。だが、「4人じゃなきゃダメ!みんな行かないと!」としつこくさそわれたので、ことわりにくい雰囲気になってしまった。
「オッケー。ビールを一本だけ」
それを聞いて、ソフィアはうれしくなって、ベレンのかたをだきしめた。
「よっし!ビールにしよう」
「ぼくが注文するから、みんなはテーブルをさがして」とアルマンドのこえだった。
しばらくして、4人はビールを飲みながら、話していた。おさけを飲むともっとしゃこうてきになり、すべての人が好きになったりする人が多いだろう。ベレンもれいがいではなかった。なので、前にいやがっていたテオにもなんとなくなれた気がした。しかも、アルマンドとソフィアがいるから、テオはふつうの人のように見えた。別にへんなじょうだんとかコメントをしなかったし。仕事でのつめたい目、気味の悪いひょうじょうもなくなったみたい。クラブの雰囲気のおかげか、おさけのおかげか。だから、ベレンも少しリラックスして、みんなといっしょにしゃべったり、わらったりしていた。そして、好きな音楽を聞くと、すぐダンスフロアに行って、楽しくおどっていた。
「ねえ、アルマンド」とソフィアが言った。
「なに?」
「パウラをさそわなかったの?」
パウラってアルマンドの彼女だった。
「いや、じつは別れた」
元彼女だった。
「へー、ざんねん…」とソフィアはがっかりした顔で答えた。
どうりょうたちと時間をすごした時、アルマンドはよくパウラをつれてきた。おかげで、パオラとソフィアはとてもなかよくなった。ソフィアってもともとだれともなかよくなれる人だ。
「テオは?」ソフィアはテオに顔を向けた。
「ん?」
「彼女がいる?」
ベレンは手で顔をかくした。
「いないよ」とテオは白いはを見せた。
「私も彼氏がいない」とソフィアは自己紹介をするように言った。
「ベレンは?」テオのこえだった。
ベレンは帰国してから、家族や友だちにヒロシとのかんけいについて何回も教えたことがある。いつも同じのはんのうだった。「へー」とか、「ほんとう?」とか、「しょうらいはどうするか」とか、「えんきょり恋愛ってむずかしい」とか。もういやになった。けど、少しだまってから、答えることにした。
「いるよ」
「そっか。じゃあ、どうしてさそわなかったの?」
「さそっても、行けない。日本にいるから」
テオはおどろいた顔をした。
「へー、なんで?」
やっぱり「へー」っていう答えが一番だ。
「日本人だから」
「それは答えになっていないじゃん」
「じゃ、どんな答えをしたら、この話が終わるの?」
「ベレン!しつれいだよ」とソフィアのこえだった。
テオはソフィアをむしして、ベレンをじっと見ていた。
「落ち着いて。ただのこうきしんだよ」
「それはあやまってることになっていないじゃん」
ベレンはいたずらっぽいひょうじょうでテオの顔を見ていた。アルマンドはそれを見て、大きいこえでわらいはじめた。あっという間にみんなもわらうようになった。そんなふうにビールを飲みながら、4人は話したり、わらったりした。
ソフィアが好きな曲を聞いて、アルマンドとダンスフロアに行った。
「おどらない?」とテオは言った。
ベレンは頭をふった。おどりたいなら自分で行ってと答えたかったけど、けっきょく何も言わないまますわっていた。テオもどこにも行かなかった。
「信じられないよ」
ベレンはだまっていた。何が信じられないっていうことにぜんぜんきょうみがなかった。でも、テオはつづけた。
「ほんとうに日本人とつきあっているの?」
二人きりになって、テオの気味の悪い顔がもどった。いくら飲んでもなかよくなれないな。
「テオにかんけいないでしょ」
「ないけど、なんかふしぎ。おれの知り合いの中で日本とかんけいのある人がいないし。行ったことがあるの?」
「あるよ。一年間りゅうがくした」
「すごい!じゃ、日本語でしゃべれるの?」
「うん」
「その日本人とも日本語で話してる?」
「日本人とよばないで」
「ごめん、ごめん。名前って何?」
「ヒロシ」
「オッケー。ヒロシと日本語で?」
「まあ、そうだね。だいたい日本語で話している。前にスペイン語を勉強したけど」
「じゃあ、なんでスペイン語を使わないの?」
なんでだろう。さいしょはタンデムパートナーだったけど、つきあいはじめた時から、だんだん日本語しか使わなくなった。あたりまえのように。そして、ヒロシは4年生になってから、スペイン語を習うための時間がなくなった。会話をしている時も、わからないことがあったら、スペイン語ではなく、2人とも英語で話してみた。
ベレンは前の質問に答えなかったが、テオはそれをむしして、つづけた。
「じゃあ、いつ日本に帰る?」
「まだわからない。たぶん大学を卒業したあと」
「今はりゅうねんでしょ?卒業までほぼ1年間半じゃないか」
「そうだけど」
「その場合はあのヒロシはアルゼンチンに来るしかないね。その時まで」
「お正月に来るけど、後でまた日本に帰る。しんがくするから」
テオは目をまるくして、ベレンを見つめた。
「やっぱり信じられない。つきあっている意味があるの?しょうらい、同じ国に住んでいる予定はないし。そして、アルゼンチン人の彼女がいるけど、スペイン語さえ勉強できないなんて」
テオは何も知らないから、意見なんていらない。でも、彼の言葉のせいで、ベレンは元気が出なくて、体がかたまったようになった。やっぱりヒロシとつきあいつづけるために、日本にもどらないといけない。あるいは、ヒロシがここに行かないといけない。ほかに道がない。でも、ヒロシはしんがくする。それはたしかだ。だから、アルゼンチンにひっこししないだろう。ベレンも大学を卒業しなければならないから、日本にもどれない。どうしよう。そんなおつきあいはしょうらいがあるのかな?ベレンはためいきをついた。そんな考えを止めたほうがいいよ。ベレンもヒロシもおたがいのことが好きだから、きっとかいけつ方法を見つけられる。いっしょにね。とにかく、ベレンは大学を卒業してから、日本にもどれるかも。そして、二人とも休みに会えるだろう。しかも、お正月はもうそろそろ。会えるなら、きっとかちがある。しょうらいのことは後で決めてもいい。
「ベレン、聞いて」
ベレンは考えこんで、テオといっしょにいることをまったく忘れてしまった。その時、テオは近づいて、急にベレンの手をとった。ベレンは自分の名前を忘れるぐらいおどろいた。
「手をはなして」とまゆを上げて、ベレンは言った。
「好きだよ」
「手をはなしてって」とベレンはもう一回言った。
テオはやっとベレンの手をはなした。でも、こくはくはまだ終わらなかった。
「きみのことを考えずにはいられない。さいしょの日から」
「飲みすぎたじゃん。いいかげんにしてよ」
「なかみも見た目もぜんぶ好き」
ベレンはひょうじょうのない顔をテオに向けて、れいせいに答えた。
「きょうみないよ」
そのあと、立ち上がって、出口に向かった。
「待って!あの日本人とのかんけいは本当のおつきあいだと思うのか?これは全部うそだよ。つきあっている人はそばにいるはずだ。えんきょり恋愛なんてそんざいしないよ」
ベレンはふり向かず、ナイトクラブを出た。
外は少しすずしかった。夜空はくもりで、ほしも月も見えなかった。ベレンは頭をひやすために、夜の空気をすった。それから、ジーンズのポケットからスマホを出して、ヒロシに電話をかけた。
「まだねないの?」とヒロシのこえだった。
「クラブを出たところだから、うちに向かっている」
「なるほど。楽しかった?」
「まあまあ」
ぜんぜん楽しくなかったけど。
「どうかしたの?」
「いや、別に。ただこえを聞きたかったから」
テオのことについて話す気がなかった。
「そっか」
「きみは元気?」
「…うん」
「なんか元気じゃなさそう」
「だいじょうぶだよ。別に」
ベレンは会話がなかなかつづかないというような気がした。なので、テーマをかえてみた。
「今日はね、もしヒロシがいたら、きっともっと楽しくなるよ。だから、来月すごい楽しみにしているよ。ここに来たら、またみんなどこか行こう。テオ以外ね」
「まあ」
「まあって?」
「行けたら行く」とヒロシは少しつめたいこえで答えた。
ベレンの心はバクバクした。
「どういうこと?」
「なんでもない。気にしないで」
何の話だかわからなかった。
「行きたくないなら、別に行かなくてもいいよ。ほかの計画を作ろう」
「行きたくないわけじゃない」またれいせいなこえだ。
そんな言い方ってなんでだろう。ベレンは少しイライラをかんじるようになった。
「じゃあ、どういうわけか?行けたら行くって行きたくないという意味じゃないか」
「ちがう。気にしないでって」ヒロシのこえがつかれそうに聞こえた。
ベレンは何も分からなくなった。なんでそんなことを言うの?しかも、そんなにつめたいくちょうで。ふかくおこって、思わず言葉がきつくなってしまった。
「ごめん、日本語が下手なので、何を言ったか分からない。スペイン語で言ったらわかるかも」
「えっ、なんで急に?」
でも、ベレンは強くおこりすぎたせいで、自然にスペイン語しか口から出なくなった。
「つきあっているのに、なんでスペイン語をやめたの?私の友だちにも会いたくないみたいだし。急につめたくなったし。わけわからない!なんで何も説明してくれないの?本当のこと言って!」
「ベレン、待って。はやすぎて、りかいできない」とヒロシは日本語で答えた。
「なんでスペイン語を勉強してないの?」と少しおちついて、ベレンはスペイン語でゆっくり言った。
「時間がないから」とヒロシはスペイン語で答えた。
時間がないのか。たしかにヒロシは大学やしんがくで目がまわるように、とても忙しくなった。これはわかるけど、つきあいはじめる前にスペイン語で話したことがあるよ。なんでやめたの?なんで日本語ばかりになってしまったの?ヒロシにとっては便利だろう。母語だから。
「そして、ぼくのスペイン語よりきみの日本語のほうがいいよ」ヒロシはまた日本語を使った。
「練習すればうまくなるでしょ」
「練習するひまがないよ!」と彼はさけんだ。
ベレンの心にふかいぜつぼうが広がった。
「そんなの不公平だよ」と元気のないこえで言った。
「人生は公平ではない。それに慣れよ」
ベレンは言葉が出なくなった。こんなにきつい言い方ははじめてだ。こんなに大きいけんかもはじめてだ。いつもやさしいヒロシのすがたが急に消えてしまった。ベレンはスマホを持っている手を下げて、がめんに目を落とした。それから、何も言わずに、赤いまるをタッチした。
ベレンはもともとナイトクラブに興味がなかったけど、ダンスが好きだった。なので、時々友だちと一緒に行っていた。自由に踊っている人の姿、踊りたくなる音楽、そのにぎやかな雰囲気になんか魅力があった。今日もクラブの中は大分にぎやかだったけど、音楽もダンスも楽しむ気力がなかった。誘われたとき、断ったほうがよかったな。
「最初は飲もう」とソフィアは言った。
「私は大丈夫」とベレンは答えた。お酒を飲む気もなかった。
「へー、なんで?せっかくの飲み会なのに」
ベレンはため息をついた。この飲み会はアルマンドとソフィアのアイディアだった。テオの研修終了を祝うためだ。ソフィアは行きたくてたまらない。「ベレンも行こうよ。お願い!」と何回も繰り返した。ベレンにとって、ソフィアとアルマンドと一緒に飲みに行くということは全然問題なかったが、あのテオの奴と一緒に飲むなんて。無理だろう。だが、「4人じゃなきゃダメ!みんな行かないと!」としつこく誘われたので、断りにくい雰囲気になってしまった。
「オッケー。ビールを一本だけ」
それを聞いて、ソフィアは嬉しくなって、ベレンの肩を抱きしめた。
「よっし!ビールにしよう」
「僕が注文するから、みんなはテーブルを探して」とアルマンドの声だった。
しばらくして、4人はビールを飲みながら、話していた。お酒を飲むともっと社交的になり、全ての人が好きになったりする人が多いだろう。ベレンも例外ではなかった。なので、前に嫌がっていたテオにもなんとなく慣れた気がした。しかも、アルマンドとソフィアがいるから、テオは普通の人のように見えた。別に変な冗談とかコメントをしなかったし。仕事での冷たい目、薄気味悪い表情もなくなったみたい。クラブの雰囲気のおかげか、お酒のおかげか。だから、ベレンも少しリラックスして、みんなと一緒に喋ったり、笑ったりしていた。そして、好きな音楽を聞くと、すぐダンスフロアに行って、楽しく踊っていた。
「ねえ、アルマンド」とソフィアが言った。
「なに?」
「パウラを誘わなかったの?」
パウラってアルマンドの彼女だった。
「いや、実は別れた」
元彼女だった。
「へー、残念…」とソフィアはむっつりした顔で答えた。
同僚たちと時間を過ごした時、アルマンドはよくパウラを連れてきた。おかげで、パオラとソフィアはめちゃくちゃ仲良くなった。ソフィアってもともと誰とも仲良くなれる人だ。
「テオは?」ソフィアはテオに顔を向けた。
「ん?」
「彼女がいる?」
ベレンは手で顔を隠した。
「いないよ」とテオは白い歯を見せた。
「私も彼氏がいない」とソフィアは自己紹介をするように言った。
「ベレンは?」テオの声だった。
ベレンは帰国してから、家族や友だちにヒロシとの関係について何回も教えたことがある。いつも同じの反応だった。「へー」とか、「本当?」とか、「将来はどうするか」とか、「遠距離恋愛って難しい」とか。もう嫌になった。けど、少し黙ってから、答えることにした。
「いるよ」
「そっか。じゃあ、どうして誘わなかったの?」
「誘っても、行けない。日本にいるから」
テオは驚いた顔をした。
「へー、なんで?」
やっぱり「へー」っていう反応が一番だ。
「日本人だから」
「それは答えになっていないじゃん」
「じゃ、どんな答えをしたら、この話が終わるの?」
「ベレン!失礼だよ」とソフィアの声だった。
テオはソフィアのコメントを無視して、ベレンをじっと見ていた。
「落ち着いて。ただの好奇心だよ」
「それは謝罪になっていないじゃん」
ベレンはからかうような表情でテオの顔を見ていた。アルマンドはそれを見て、大きい声で笑い始めた。あっという間にみんなも笑うようになった。そんな風にビールを飲みながら、4人は話したり、笑ったりした。
ソフィアが好きな曲を聞いて、アルマンドとダンスフロアに行った。
「踊らない?」とテオは言った。
ベレンは頭を振った。踊りたいなら自分で行ってと答えたかったけど、結局何も言わないまま座っていた。テオもどこにも行かなかった。
「信じられないよ」
ベレンは黙った。何が信じられないっていうことに全然興味がなかった。だが、テオはまた口にした。
「マジで日本人と付き合っているの?」
二人きりになって、テオの薄気味悪い表情が戻った。ともかく、いくら飲んでも仲良くなれない奴だ。
「テオに関係ないでしょ」
「ないけど、なんか不思議。俺の知り合いの中で日本に関わる人がいないし。行ったことがあるの?」
「あるよ。一年間留学した」
「すごい!じゃ、日本語で喋れるの?」
「うん」
「その日本人とも日本語で話してる?」
「日本人と呼ばないで」
「ごめん、ごめん。名前って何?」
「ヒロシ」
「オッケー。ヒロシと日本語で?」
「まあ、そうだね。だいたい日本語で話している。前にスペイン語を勉強したけど」
「じゃあ、なんでスペイン語を使わないの?」
なんでだろう。最初はタンデムパートナーだったけど、付き合い始めた時から、段々日本語しか使わなくなった。当たり前のように。そして、ヒロシは4年生になってから、スペイン語を習う余裕がなくなった。会話をしている時も、わからないことがあったら、スペイン語ではなく、2人とも英語で説明してみた。
ベレンは前の質問に答えなかったが、テオはそれを無視して、続けた。
「じゃあ、いつ日本に帰る?」
「まだわからない。たぶん大学を卒業したあと」
「今は留年でしょ?卒業までほぼ1年間半じゃないか」
「そうだけど」
「その場合はあのヒロシはアルゼンチンに来るしかないね。その時まで」
「お正月に来るけど、後でまた日本に帰る。進学するから」
テオは目を丸くして、ベレンを見つめた。
「やっぱり信じられない。付き合っている意味があるの?将来、同じ国に住んでいる予定はないし。しかも、アルゼンチン人の彼女がいるけど、スペイン語さえ勉強できないなんて」
テオは何も知らないから、説教なんていらない。だが、彼の言葉のせいで、ベレンは気分が落ち込んで、体が固まったような感じがした。やっぱりヒロシと付き合い続けるために、日本に戻らないといけない。あるいは、ヒロシがここに行かないといけない。他の選択肢がない。でも、ヒロシは進学する。それは明らかだ。なので、アルゼンチンに引っ越ししないだろう。ベレンも大学を卒業しなければならないから、日本に戻れない。どうしよう。そんなお付き合いは将来があるのかな?ベレンはため息をついた。そんな考えを止めたほうがいいよ。ベレンもヒロシもお互いのことが好きだから、きっと解決方法を見つけられる。一緒にね。とにかく、ベレンは大学を卒業してから、日本に戻れるかも。そして、二人とも休みに会えるだろう。しかも、お正月はもうそろそろ。会えるなら、きっと価値がある。将来のことは後で決めてもいい。
「ベレン、聞いて」
ベレンは考え込んで、テオと一緒にいることを全く忘れてしまった。その時、テオは近づいて、急にベレンの手を掴んだ。ベレンは自分の名前を忘れるぐらい驚いた。
「手を離して」と眉を上げて、ベレンは言った。
「好きだよ」
「手を離してって」とベレンは繰り返した。
テオはやっとベレンの手を離した。だが、告白はまだ終わらなかった。
「君のことを考えずにはいられない。最初の日から」
「飲みすぎたじゃん。いい加減にしてよ」
「中身も見た目も全部好き」
ベレンは表情のない顔をテオに向けて、目を見つめながら冷静に答えた。
「興味ないよ」
そのあと、立ち上がって、出口に向かった。
「待って!あの日本人との関係は本当のお付き合いだと思うのか?これは全部嘘だよ。付き合っている人はそばにいるはずだ。遠距離恋愛なんて存在しないよ」
ベレンは振り向かず、ナイトクラブを出た。
外は少し涼しかった。夜空は曇りで、星も月も見えなかった。ベレンは頭を冷やすために、夜の空気を吸った。それから、ジーンズのポケットからスマホを出して、ヒロシに電話をかけた。
「まだ寝ないの?」とヒロシの声だった。
「クラブを出たところだから、うちに向かっている」
「なるほど。楽しかった?」
「まあまあ」
全然楽しくなかったけど。
「どうかしたの?」
「いや、別に。ただ声を聞きたかったから」
テオのことについて話す気がなかった。
「そっか」
「君は元気?」
「…うん」
「なんか元気じゃなさそう」
「大丈夫だよ。別に」
ベレンは会話がなかなか続かないというような気がした。なので、テーマを変えてみた。
「今日はね、もしヒロシがいたら、きっともっと楽しくなるよ。だから、来月すごい楽しみにしているよ。ここに来たら、またみんな揃おう。テオ以外ね」
「まあ」
「まあって?」
「行けたら行く」とヒロシは少し冷たい声で答えた。
ベレンの心はバクバクした。
「どういうこと?」
「なんでもない。気にしないで」
何の話だかわからなかった。
「行きたくないなら、別に行かなくてもいいよ。他の計画を作ろう」
「行きたくないわけじゃない」また淡々とした口調だ。
そんな言い方ってなんでだろう。ベレンは少しイライラを感じるようになった。
「じゃあ、どういうわけか?行けたら行くって行きたくないという意味じゃないか」
「違う。気にしないでって」ヒロシの声が疲れそうに聞こえた。
ベレンは何も分からなくなった。なんでそんなことを言うの?しかも、そんなに冷たい口調で。心の底から怒りが湧いて、思わず言葉がきつくなってしまった。
「ごめん、日本語が下手なので、何を言ったか分からない。スペイン語で説明したらわかるかも」
「えっ、なんで急に?」
でも、ベレンは強く怒りすぎたせいで、自然にスペイン語しか口から出なくなった。
「付き合っているのに、なんでスペイン語をやめたの?私の友だちにも会いたくないみたいだし。急に冷たくなったし。わけわからない!なんで何も説明してくれないの?本当のこと言って!」
「ベレン、待って。速すぎて、理解できない」とヒロシは日本語で答えた。
「なんでスペイン語を勉強してないの?」と少し落ち着いて、ベレンはスペイン語でゆっくり繰り返した。
「時間がないから」とヒロシはスペイン語で答えた。
時間がないのか。確かにヒロシは大学や進学で目が回るように、とても忙しくなった。これはわかるけど、付き合い始める前にスペイン語で話したことがあるよ。なんでやめたの?なんで日本語ばかりになってしまったの?ヒロシにとっては便利だろう。母語だから。
「しかも、僕のスペイン語より君の日本語のほうがいいよ」ヒロシはまた日本語に切り替えた。
「練習すればうまくなるでしょ」
「練習する余裕なんてないよ!」と彼は怒鳴った。
ベレンの胸の中に絶望的な気持ちが拡がっていった。
「そんなの不公平だよ」と沈んだ声で言った。
「人生は公平ではない。それに慣れよ」
ベレンは言葉が出なくなった。こんなにきつい言い方は初めてだ。こんなに大きい喧嘩も初めてだ。いつも優しいヒロシの姿が急に消えてしまった。ベレンはスマホを持っている手を下げて、画面に目を落とした。それから、何も言わずに、赤い丸をタッチした。
「最初は飲もう」とソフィアは言った。
「私は大丈夫」とベレンは答えた。お酒を飲む気もなかった。
「へー、なんで?せっかくの飲み会なのに」
ベレンはため息をついた。この飲み会はアルマンドとソフィアのアイディアだった。テオの研修終了を祝うためだ。ソフィアは行きたくてたまらない。「ベレンも行こうよ。お願い!」と何回も繰り返した。ベレンにとって、ソフィアとアルマンドと一緒に飲みに行くということは全然問題なかったが、あのテオの奴と一緒に飲むなんて。無理だろう。だが、「4人じゃなきゃダメ!みんな行かないと!」としつこく誘われたので、断りにくい雰囲気になってしまった。
「オッケー。ビールを一本だけ」
それを聞いて、ソフィアは嬉しくなって、ベレンの肩を抱きしめた。
「よっし!ビールにしよう」
「僕が注文するから、みんなはテーブルを探して」とアルマンドの声だった。
しばらくして、4人はビールを飲みながら、話していた。お酒を飲むともっと社交的になり、全ての人が好きになったりする人が多いだろう。ベレンも例外ではなかった。なので、前に嫌がっていたテオにもなんとなく慣れた気がした。しかも、アルマンドとソフィアがいるから、テオは普通の人のように見えた。別に変な冗談とかコメントをしなかったし。仕事での冷たい目、薄気味悪い表情もなくなったみたい。クラブの雰囲気のおかげか、お酒のおかげか。だから、ベレンも少しリラックスして、みんなと一緒に喋ったり、笑ったりしていた。そして、好きな音楽を聞くと、すぐダンスフロアに行って、楽しく踊っていた。
「ねえ、アルマンド」とソフィアが言った。
「なに?」
「パウラを誘わなかったの?」
パウラってアルマンドの彼女だった。
「いや、実は別れた」
元彼女だった。
「へー、残念…」とソフィアはむっつりした顔で答えた。
同僚たちと時間を過ごした時、アルマンドはよくパウラを連れてきた。おかげで、パオラとソフィアはめちゃくちゃ仲良くなった。ソフィアってもともと誰とも仲良くなれる人だ。
「テオは?」ソフィアはテオに顔を向けた。
「ん?」
「彼女がいる?」
ベレンは手で顔を隠した。
「いないよ」とテオは白い歯を見せた。
「私も彼氏がいない」とソフィアは自己紹介をするように言った。
「ベレンは?」テオの声だった。
ベレンは帰国してから、家族や友だちにヒロシとの関係について何回も教えたことがある。いつも同じの反応だった。「へー」とか、「本当?」とか、「将来はどうするか」とか、「遠距離恋愛って難しい」とか。もう嫌になった。けど、少し黙ってから、答えることにした。
「いるよ」
「そっか。じゃあ、どうして誘わなかったの?」
「誘っても、行けない。日本にいるから」
テオは驚いた顔をした。
「へー、なんで?」
やっぱり「へー」っていう反応が一番だ。
「日本人だから」
「それは答えになっていないじゃん」
「じゃ、どんな答えをしたら、この話が終わるの?」
「ベレン!失礼だよ」とソフィアの声だった。
テオはソフィアのコメントを無視して、ベレンをじっと見ていた。
「落ち着いて。ただの好奇心だよ」
「それは謝罪になっていないじゃん」
ベレンはからかうような表情でテオの顔を見ていた。アルマンドはそれを見て、大きい声で笑い始めた。あっという間にみんなも笑うようになった。そんな風にビールを飲みながら、4人は話したり、笑ったりした。
ソフィアが好きな曲を聞いて、アルマンドとダンスフロアに行った。
「踊らない?」とテオは言った。
ベレンは頭を振った。踊りたいなら自分で行ってと答えたかったけど、結局何も言わないまま座っていた。テオもどこにも行かなかった。
「信じられないよ」
ベレンは黙った。何が信じられないっていうことに全然興味がなかった。だが、テオはまた口にした。
「マジで日本人と付き合っているの?」
二人きりになって、テオの薄気味悪い表情が戻った。ともかく、いくら飲んでも仲良くなれない奴だ。
「テオに関係ないでしょ」
「ないけど、なんか不思議。俺の知り合いの中で日本に関わる人がいないし。行ったことがあるの?」
「あるよ。一年間留学した」
「すごい!じゃ、日本語で喋れるの?」
「うん」
「その日本人とも日本語で話してる?」
「日本人と呼ばないで」
「ごめん、ごめん。名前って何?」
「ヒロシ」
「オッケー。ヒロシと日本語で?」
「まあ、そうだね。だいたい日本語で話している。前にスペイン語を勉強したけど」
「じゃあ、なんでスペイン語を使わないの?」
なんでだろう。最初はタンデムパートナーだったけど、付き合い始めた時から、段々日本語しか使わなくなった。当たり前のように。そして、ヒロシは4年生になってから、スペイン語を習う余裕がなくなった。会話をしている時も、わからないことがあったら、スペイン語ではなく、2人とも英語で説明してみた。
ベレンは前の質問に答えなかったが、テオはそれを無視して、続けた。
「じゃあ、いつ日本に帰る?」
「まだわからない。たぶん大学を卒業したあと」
「今は留年でしょ?卒業までほぼ1年間半じゃないか」
「そうだけど」
「その場合はあのヒロシはアルゼンチンに来るしかないね。その時まで」
「お正月に来るけど、後でまた日本に帰る。進学するから」
テオは目を丸くして、ベレンを見つめた。
「やっぱり信じられない。付き合っている意味があるの?将来、同じ国に住んでいる予定はないし。しかも、アルゼンチン人の彼女がいるけど、スペイン語さえ勉強できないなんて」
テオは何も知らないから、説教なんていらない。だが、彼の言葉のせいで、ベレンは気分が落ち込んで、体が固まったような感じがした。やっぱりヒロシと付き合い続けるために、日本に戻らないといけない。あるいは、ヒロシがここに行かないといけない。他の選択肢がない。でも、ヒロシは進学する。それは明らかだ。なので、アルゼンチンに引っ越ししないだろう。ベレンも大学を卒業しなければならないから、日本に戻れない。どうしよう。そんなお付き合いは将来があるのかな?ベレンはため息をついた。そんな考えを止めたほうがいいよ。ベレンもヒロシもお互いのことが好きだから、きっと解決方法を見つけられる。一緒にね。とにかく、ベレンは大学を卒業してから、日本に戻れるかも。そして、二人とも休みに会えるだろう。しかも、お正月はもうそろそろ。会えるなら、きっと価値がある。将来のことは後で決めてもいい。
「ベレン、聞いて」
ベレンは考え込んで、テオと一緒にいることを全く忘れてしまった。その時、テオは近づいて、急にベレンの手を掴んだ。ベレンは自分の名前を忘れるぐらい驚いた。
「手を離して」と眉を上げて、ベレンは言った。
「好きだよ」
「手を離してって」とベレンは繰り返した。
テオはやっとベレンの手を離した。だが、告白はまだ終わらなかった。
「君のことを考えずにはいられない。最初の日から」
「飲みすぎたじゃん。いい加減にしてよ」
「中身も見た目も全部好き」
ベレンは表情のない顔をテオに向けて、目を見つめながら冷静に答えた。
「興味ないよ」
そのあと、立ち上がって、出口に向かった。
「待って!あの日本人との関係は本当のお付き合いだと思うのか?これは全部嘘だよ。付き合っている人はそばにいるはずだ。遠距離恋愛なんて存在しないよ」
ベレンは振り向かず、ナイトクラブを出た。
外は少し涼しかった。夜空は曇りで、星も月も見えなかった。ベレンは頭を冷やすために、夜の空気を吸った。それから、ジーンズのポケットからスマホを出して、ヒロシに電話をかけた。
「まだ寝ないの?」とヒロシの声だった。
「クラブを出たところだから、うちに向かっている」
「なるほど。楽しかった?」
「まあまあ」
全然楽しくなかったけど。
「どうかしたの?」
「いや、別に。ただ声を聞きたかったから」
テオのことについて話す気がなかった。
「そっか」
「君は元気?」
「…うん」
「なんか元気じゃなさそう」
「大丈夫だよ。別に」
ベレンは会話がなかなか続かないというような気がした。なので、テーマを変えてみた。
「今日はね、もしヒロシがいたら、きっともっと楽しくなるよ。だから、来月すごい楽しみにしているよ。ここに来たら、またみんな揃おう。テオ以外ね」
「まあ」
「まあって?」
「行けたら行く」とヒロシは少し冷たい声で答えた。
ベレンの心はバクバクした。
「どういうこと?」
「なんでもない。気にしないで」
何の話だかわからなかった。
「行きたくないなら、別に行かなくてもいいよ。他の計画を作ろう」
「行きたくないわけじゃない」また淡々とした口調だ。
そんな言い方ってなんでだろう。ベレンは少しイライラを感じるようになった。
「じゃあ、どういうわけか?行けたら行くって行きたくないという意味じゃないか」
「違う。気にしないでって」ヒロシの声が疲れそうに聞こえた。
ベレンは何も分からなくなった。なんでそんなことを言うの?しかも、そんなに冷たい口調で。心の底から怒りが湧いて、思わず言葉がきつくなってしまった。
「ごめん、日本語が下手なので、何を言ったか分からない。スペイン語で説明したらわかるかも」
「えっ、なんで急に?」
でも、ベレンは強く怒りすぎたせいで、自然にスペイン語しか口から出なくなった。
「付き合っているのに、なんでスペイン語をやめたの?私の友だちにも会いたくないみたいだし。急に冷たくなったし。わけわからない!なんで何も説明してくれないの?本当のこと言って!」
「ベレン、待って。速すぎて、理解できない」とヒロシは日本語で答えた。
「なんでスペイン語を勉強してないの?」と少し落ち着いて、ベレンはスペイン語でゆっくり繰り返した。
「時間がないから」とヒロシはスペイン語で答えた。
時間がないのか。確かにヒロシは大学や進学で目が回るように、とても忙しくなった。これはわかるけど、付き合い始める前にスペイン語で話したことがあるよ。なんでやめたの?なんで日本語ばかりになってしまったの?ヒロシにとっては便利だろう。母語だから。
「しかも、僕のスペイン語より君の日本語のほうがいいよ」ヒロシはまた日本語に切り替えた。
「練習すればうまくなるでしょ」
「練習する余裕なんてないよ!」と彼は怒鳴った。
ベレンの胸の中に絶望的な気持ちが拡がっていった。
「そんなの不公平だよ」と沈んだ声で言った。
「人生は公平ではない。それに慣れよ」
ベレンは言葉が出なくなった。こんなにきつい言い方は初めてだ。こんなに大きい喧嘩も初めてだ。いつも優しいヒロシの姿が急に消えてしまった。ベレンはスマホを持っている手を下げて、画面に目を落とした。それから、何も言わずに、赤い丸をタッチした。