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「偶然ぐうぜん二人が一緒いっしょにいたんじゃないの？別に手をつないでいたり、キスしていたりとかじゃないし。」
　「ここであれこれ考えているより、本人に直接ちょくせつ聞いてみたら？」
バレンタインデーの出来事を聞いた姉は電話の中でこう言った。
　ベレンが姉と話してから、もう何日か経たった。アカリと直接ちょくせつ話す勇気ゆうきがなかなか出なかった。ヒロシとアカリのメッセージにもだんだん返事へんじしたくなくなった。会話が続つづかないように、「なるほど」「そうなの」みたいな簡単かんたんなことしか返事へんじしなかった。なぜなら、バレンタインデーに見た二人がずっと頭あたまからはなれなかったからだ。そして、心の底そこから悲かなしみがわいてきた。「幸しあわせそうだったな。あの二人は。絶対ぜったいにじゃまになりたくない」とベレンは思って、ヒロシのことが好すきだという気持ちを捨すてることにした。でも、気持ちってコントロールできないもので、つらい気持ちを変かえることは難むずかしい。「どうしよう。いやな気持ちを変かえないと！」とベレンは考えて、散歩さんぽに行ってきた。悲かなしいとき、町の景色けしきをながめながら歩くのが一番いちばんいいと思った。
　歩けば歩くほど気分が少し良よくなったというような気がしたベレンは、大きなデパートに着いた。買い物もいいかもと思って、中に入った。3階かいでは人気そうな書店があり、ここに行くことにした。ベレンはもともと読書が好すきだが、日本語で読むのはまだ難むずかしかった。スペイン語なら、様々さまざまな作品にきょう味があり、時々静しずかに本と一緒いっしょに時間を過すごすことが好すきだった。日本語の場合ばあいは、マンガみたいなものなら、問題ないが、もっと複雑ふくざつな小説しょうせつを読めるようになりたかった。だから、時々書店に行って、人間ドラマ、ミステリーなどの本だなを見たり、本を手に取とって軽かるく読んだりしていた。そして、題名を読んでから、何についての話かなと思って、内容ないようを想像そうぞうしてみるのが好すきだった。今日も本だなを通って、色々な題名を読みながら、中身なかみについて考えた。でも、なかなか集中できなかった。どんな題名でも、結局けっきょく恋愛れんあいの話じゃないかと思うようになった。その時、「同時代ゲーム」という本が目についた。それを出して、表紙ひょうしにある絵えをみた。ちゅう象的象的しょうてきな絵画かいがのようだった。砂すなの景色けしきの中に砂すなからできた大きい目があって、その目の下に涙なみだがある。恋愛れんあいの本の表紙ひょうしじゃなさそうだけど、なぜか心にひびいた。砂すなであっても時々悲かなしくなるだろう。
「おい！ベレンじゃないか」と知っている声こえがした。短ねこい髪で、明るい表情ひょうじょうの女性じょせいだった。こんな場所ばしょで出会ったのか。やっぱり運が悪い。
「久ひさしぶりだな！何してるの？本を買うの？」とアカリが言った。
「いや、別に。ただ見ているだけ」
「そっか。どんな本なの？」
アカリがベレンの手にある本を取とって、表紙ひょうしを見た。
「へー、大江健三郎おおえけんざぶろうか」
言葉ことばを出すことができないベレンが下を向むいた。
「不思議ふしぎな絵えの表紙ひょうしだね」とアカリがいつも通り笑顔えがおで言った。
「そうかも。でも、面白おもしろそう。読んだことある？」
実じつはアカリと話す気がなかったけど、会話をうまく終えることができなかった。
「いや、聞いたことある。ベレンがそんな小説しょうせつが好すき？」
「もともと小説しょうせつが好すきだけど、普段ふだんはスペイン語で読んでいる。でも、この本の場合ばあいは題名しかわからない。中身なかみを見ると、日本語を勉強したことないというような気がするよ」
「わかるよ」とアカリが笑わらった。
「実じつはね、わたしにも、大江健三郎久おおえけんざぶろうのものは分かりにくいよ。日本語なのに」
会話が続つづけば続つづくほど、失恋しつれんのことを忘わすれるぐらいベレンの気分が回復かいふくしてきた。確たしかに、スペイン語の国際交流こくさいこうりゅうイベントの時からベレンとアカリは親しい友だちになっていた。
　書店を出た二人は一緒いっしょにコーヒーを飲みに行った。コーヒーショップには開いている席せきがなかったので、注文を取とったあと、またデパートの中を歩くことにした。そして、歩いているとき、アカリは急に会話のテーマを変かえた。
「あのさ。実じつはね、私明日デートに行く」
「デート？」
「うん。バレンタインデーに告白こくはくしたの。その時から付つき合あい始めた」
ベレンはアカリが言ったことを聞いてすぐ、心臓しんぞうが止まりそうになった。またバレンタインデーの二人のすがたを思い出した。やっぱりアカリとヒロシが付つき合っている。
「だからデパートにきて、何か買おうかなと思って。デートのためにね」
ベレンは涙なみだが出そうになったけど、がんばってがまんした。こんな場所ばしょで泣なくわけにはいかないだろう。
「そっか」と力のない声こえで答えた。
「どうしたの？なんでそんな顔かお？」
ベレンはアカリとの会話から長い間逃にげた。長すぎるかもしれない。もう逃にげられなかった。
「実じつは、バレンタインデーの日、見たよ」
「どういう意味？」
アカリはまったくわからない顔かおをした。
「アカリと……ヒロシ」
ヒロシの名前が口から出にくかった。ベレンはため息いきをつき、言葉ことばを終えることができた。
「へー、ほんと？じゃあ、なんであいさつをしに来なかったの？」
「だって、告白こくはくだから、じゃまになりたくなかった」
アカリは、目が点てんになって、飲んでいたコーヒーでむせた。
「何言ってるの、ベレン！」とアカリが大きい声こえで笑わらい始めた。
「告白こくはくってヒロシに関係かんけいないよ。相手相手は他ほかの人だよ」
「えっ、マジで？」
「当あたり前じゃん！私とヒロシってただ小さいときから仲なかいいだけの友達ともだちだから」
ベレンは安心して、思わずアカリを強く抱だきしめた。

　「たまたま二人が一緒にいたんじゃないの？別に手を繋いでいたり、キスしていたりとかじゃないし。」
　「ここで勝手に推測しているより、本人に直接聞いてみたら？」
バレンタインデーの顛末を聞いた姉は電話の中でこう言った。
　ベレンが姉と話してから、もう何日か経った。アカリと直接話す勇気がなかなか出なかった。ヒロシとアカリのメッセージにもだんだん反応したくなくなった。会話が続かないように、「なるほど」「そっか」みたいな簡単なことしか返事しなかった。なぜなら、バレンタインデーに見た二人の姿を思い出したら、もう二度と頭から離れなくなったからだ。そして、心の底から悲しさが湧き上がってきた。「幸せそうだったな。あの二人は。絶対に邪魔になりたくない」とベレンは思って、ヒロシのことが好きだという気持ちを捨てることにした。でも、気持ちってコントロールできないものだから、やっぱりつらい思いから抜け出しにくい。「どうしよう。嫌な気持ちを切り替えないと！」とベレンは考えて、散歩に行ってきた。悲しいとき、町の景色を眺めながら歩くのが一番いいかもしれない。
　歩けば歩くほど気分が少しよくなったというような気がしたベレンは、ついに大きなデパートに着いた。ショッピングもいいかもと思って、中に入った。3階では人気そうな本屋があり、ここに行くことにした。ベレンはもともと読書が好きだけど、日本語で読むのはまだ難しかった。スペイン語なら、様々な作品に興味があり、時々静かに本と一緒に時間を過ごすことが好きだった。日本語の場合は、マンガみたいなものなら、問題ないが、実際にもっと複雑な小説を読めるようになりたかったんだ。なので、時々本屋に行って、人間ドラマ、ミステリーなどの小説の本棚にある文庫とその中身を見たり、さっと読んだりしてみていた。そして、タイトルを読んでから、何についての話かなと思って、ストーリーを想像してみるのが好きだった。今日も本棚を通って、色々なタイトルを読みながら、中身について考えてみた。でも、なかなか集中できなかった。どんなタイトルでも、結局ラブストーリーじゃないかと思うようになった。その時、「同時代ゲーム」という文庫が目についた。それを出して、表紙にある絵をみた。抽象的な絵画作品のようだった。砂の景色の中に砂からできた大きい目があって、その目の下に涙。恋愛の本の表紙じゃなさそうだけど、なぜか心に響いた。砂であっても時々悲しくなるだろう。
「おい！ベレンじゃないか」と聞き覚えのある声がした。短髪で、明るい表情の女性だった。こんなところで出会ったのか。やっぱり運が悪い。
「久しぶりだな！何してるの？本を買うの？」とアカリが言った。
「いや、別に。ただ見ているだけ」
「そっか。どんな本なの？」
アカリがベレンの手にある本を取って、表紙を見た。
「へー、大江健三郎か」
言葉が出てこられないベレンが目を伏せた。
「不思議な絵の表紙だね」とアカリがいつも通り笑顔で言った。
「そうかも。でも、面白そう。読んだことある？」
実はアカリと話す気がなかったけど、会話をうまく終えることができなかった。
「いや、聞いたことあるけど。ベレンがそんな小説が好き？」
「もともと小説が好きだけど、普段はスペイン語で読んでいる。でも、この本の場合はタイトルしかわからない。中身を見ると、日本語を勉強したことないというような気がするよ」
「わかるよ」とアカリが笑った。
「実はね、あたしにとっても、大江健三郎のものは分かりにくいよ。日本語は母語なのに」
会話が続けば続くほど、失恋のことを忘れるぐらいベレンの気分がよくなってきた。確かに、スペイン語の国際交流イベントの時からベレンとアカリは親しい友だちになった。
　本屋を出た二人は一緒にコーヒーを飲みに行った。コーヒーショップには開いている席がなかったので、注文を取ったあと、またデパートの中を歩くことにした。そして、歩いている際、アカリは急に会話のテーマを変えた。
「あのさ。実はね、私明日デートに行く」
「デート？」
「うん。バレンタインデーに告白したね。その時から付き合い始めた」
ベレンはアカリが言ったことを聞いた途端、心臓が止まりそうになった。またバレンタインデーの二人の姿が頭の中に浮かんでいた。やっぱりアカリとヒロシが付き合っている。
「だからデパートにきて、何か買おうかなと思って。デートのためにね」
ベレンは涙が出そうになったけど、何とか我慢した。こんなところで泣くわけにはいかないだろう。
「そっか」と力のない声で答えた。
「どうしたの？なんでそんな顔？」
ベレンはアカリとの会話から長い間逃げた。長すぎるかもしれない。もう逃げ道がなかった。
「実は、バレンタインデーのことって、見たよ」
「どういうこと？」
アカリはまったくわからない顔をした。
「アカリと……ヒロシ」
ヒロシの名前が口から出てこなくなったけど、ベレンは溜息をつき、文章を終えることができた。
「へー、ほんと？じゃあ、なんで挨拶をしに来なかったの？」
「だって、告白だから、邪魔になりたくなかった」
アカリの目が点になって、飲んでいたコーヒーでむせた。
「何言ってるの、ベレン！」とアカリが大きい声で笑い始めた。
「告白ってヒロシに関係ないよ。相手は他の人だよ」
「えっ、マジで？」
「当たり前じゃん！私とヒロシってただ幼馴染だから」
ベレンは胸をなで下して、思わずアカリをギュッと抱きしめた。