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妖怪の囁き・下
恐ろしい存在ではない
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ベレンは古い日本の家の前に立っていた。見た感じでは、だれも住んでいない家だ。木で作られたカベ、縁柱(えんばしら:家の縁側を支えるはしら)、敷居のはしに作られる戸袋(とぶくろ:引き戸をしまう場所)はきずんでしまって、落ち着かない雰囲気だった。中に入ると、ほこりと木のにおいがした。暗い部屋にはまるでキラキラしている糸のように、まどから光がさし込んでいて、あっちこっちクモのすがあり、ゆかにすなが散っていた。長い間だれも住んでいない空き家だ。
しずかな中で、急にとなりの部屋からざつおんが耳をさした。ベレンは音の原因をさがすために、ゆっくりとなりの部屋の襖(ふすま:和室のしきりとして使う、紙がはられたとびら)を開けて、中をのぞいた。おどろいたことに、何もない和室の中に床の間(とこのま:掛け軸や花をかざるための、和室のとくべつなスペース)に掛け軸(かけじく:ぬのや紙に書かれた絵などをまいたもの)がかざってあった。近づいてみると、何かの絵がえがかれていると気づいた。雨がふっていて、中心にはかさをさしている女の人のすがたがあった。それいがい、部屋には何もなかったので、ベレンは出ようとした。ふり向いたしゅんかんに、後ろからまたさきほどの音が聞こえた。後ろを向いてみると、掛け軸にある雨は赤くなっていた。そして、掛け軸の下に、絵のぶぶんのように、ながれている水のかたちの赤いシミがあらわれた。まるで血の雨のようだった。ベレンはおどおどしながら、後ろに下がった。その時、大きな音を立てながら、掛け軸がはげしく上下しはじめた。ベレンはびっくりして、つまずいて後ろにころんで、こしを痛めてしまった。
「いたっ」と思わず言ってしまった。その後、
「ふふふふふ」と高いわらいごえが聞こえた。見まわすと、隅にかくれていた子どものすがたが見えた。青い色のみじかい着物を着ていて、見た目はおてらで見られる小坊主(こぼうず:わかいお坊さん)だ。しかし、顔のまん中に目が一つあるだけだとベレンは気づいた。彼はベレンにゆびをさして、わらいながら、
「おねえちゃんがびっくりしたでしょ!すっごいおもしろい顔をしたぞ」と楽しそうに言った。
ベレンは目が一つしかない男子を見つめながら、妖怪についての本を思い出した。見た目からすると、一つ目小僧(ひとつめこぞう)という妖怪だ。とくに悪さをしない、いたずら好きの小坊主だから、ベレンはだいぶ安心した。たしかにおそろしい存在ではないので、にげるひつようなんてない。
「ほんとうに怖かった」とベレンは言った。
「だよね!」と一つ目小僧がうれしい顔で言った。
ベレンは立ち上がってから、
「ここに住んでいるの?」とたずねた。
「いや、たまにあそびに来ているだけ。でも、明日の夜、入っちゃダメ」
「どうして?」
「まんげつだから、彼女が来るぞ。けいやくをむすびたい人いがい入っちゃいけない」
「彼女って佐那さんのことなの?」
「えっ?知っているの?もしかすると、おねえちゃんも佐那さんに会いに来たの?マジでけいやくをむすびたいのか?」
「ちがう、ちがう」とベレンは手をはげしくふった。
一つ目小僧はくびをかしげて、わからない顔をした。
「佐那さんはこの村の人を呪ったひどい鬼だよ。おねえちゃんは帰ったほうがいいよ」
「むかし、人だったでしょ」
「そうだけど」
「そもそもなんで鬼になってしまったことを知っているの?」
「教えてくれる?」
彼はうなずいた。
そして、子どもらしくないまじめな顔をして、一つの目でベレンをじっと見つめていた。
「見せることができる」と言って、手をのばした。ベレンはためいきをついて、一つ目小僧の手をにぎった。それから、わすれたいぐらいのかなしくて辛い過去についてのきおくを見た。
しずかな中で、急にとなりの部屋からざつおんが耳をさした。ベレンは音の原因をさがすために、ゆっくりとなりの部屋の襖(ふすま:和室のしきりとして使う、紙がはられたとびら)を開けて、中をのぞいた。おどろいたことに、何もない和室の中に床の間(とこのま:掛け軸や花をかざるための、和室のとくべつなスペース)に掛け軸(かけじく:ぬのや紙に書かれた絵などをまいたもの)がかざってあった。近づいてみると、何かの絵がえがかれていると気づいた。雨がふっていて、中心にはかさをさしている女の人のすがたがあった。それいがい、部屋には何もなかったので、ベレンは出ようとした。ふり向いたしゅんかんに、後ろからまたさきほどの音が聞こえた。後ろを向いてみると、掛け軸にある雨は赤くなっていた。そして、掛け軸の下に、絵のぶぶんのように、ながれている水のかたちの赤いシミがあらわれた。まるで血の雨のようだった。ベレンはおどおどしながら、後ろに下がった。その時、大きな音を立てながら、掛け軸がはげしく上下しはじめた。ベレンはびっくりして、つまずいて後ろにころんで、こしを痛めてしまった。
「いたっ」と思わず言ってしまった。その後、
「ふふふふふ」と高いわらいごえが聞こえた。見まわすと、隅にかくれていた子どものすがたが見えた。青い色のみじかい着物を着ていて、見た目はおてらで見られる小坊主(こぼうず:わかいお坊さん)だ。しかし、顔のまん中に目が一つあるだけだとベレンは気づいた。彼はベレンにゆびをさして、わらいながら、
「おねえちゃんがびっくりしたでしょ!すっごいおもしろい顔をしたぞ」と楽しそうに言った。
ベレンは目が一つしかない男子を見つめながら、妖怪についての本を思い出した。見た目からすると、一つ目小僧(ひとつめこぞう)という妖怪だ。とくに悪さをしない、いたずら好きの小坊主だから、ベレンはだいぶ安心した。たしかにおそろしい存在ではないので、にげるひつようなんてない。
「ほんとうに怖かった」とベレンは言った。
「だよね!」と一つ目小僧がうれしい顔で言った。
ベレンは立ち上がってから、
「ここに住んでいるの?」とたずねた。
「いや、たまにあそびに来ているだけ。でも、明日の夜、入っちゃダメ」
「どうして?」
「まんげつだから、彼女が来るぞ。けいやくをむすびたい人いがい入っちゃいけない」
「彼女って佐那さんのことなの?」
「えっ?知っているの?もしかすると、おねえちゃんも佐那さんに会いに来たの?マジでけいやくをむすびたいのか?」
「ちがう、ちがう」とベレンは手をはげしくふった。
一つ目小僧はくびをかしげて、わからない顔をした。
「佐那さんはこの村の人を呪ったひどい鬼だよ。おねえちゃんは帰ったほうがいいよ」
「むかし、人だったでしょ」
「そうだけど」
「そもそもなんで鬼になってしまったことを知っているの?」
「教えてくれる?」
彼はうなずいた。
そして、子どもらしくないまじめな顔をして、一つの目でベレンをじっと見つめていた。
「見せることができる」と言って、手をのばした。ベレンはためいきをついて、一つ目小僧の手をにぎった。それから、わすれたいぐらいのかなしくて辛い過去についてのきおくを見た。
ベレンは古い伝統的な日本家屋の前に立っていた。見た目からすると、空き家のようだ。木で作られた壁、縁柱、敷居の端に設けられる戸袋は朽ちてしまって、不穏な雰囲気だった。中に入ると、埃と木の匂いがした。暗い部屋にはまるでキラキラしている糸のように、窓から光が差し込んでいて、あっちこっち蜘蛛の巣が張り、床に砂が散っていた。どうせ長い間誰も住んでいない空き家だ。
静かな中で、急に隣の部屋から雑音が耳を刺した。ベレンは音の原因を探すために、ゆっくり隣の部屋の襖を開けて、中を覗き込んだ。驚いたことに、空っぽの和室の中に床の間に掛け軸が飾ってあった。近づいてみると、何かの絵が描かれていると気づいた。雨が降っていて、中心には傘をさしている女の人の姿があった。それ以外、部屋には何もなかったので、ベレンは出ようとした。振り向いた瞬間に、後ろからまたさっきの雑音が聞こえた。後ろを向いてみると、掛け軸にある雨は赤色になっていた。そして、掛け軸の下に、絵の部分のように、流れている水の形の赤色のシミが現れた。まるで血の雨のようだった。ベレンはびくびくしながら、後退りした。その時、大きな音を立てながら、掛け軸が激しく上下し始めた。ベレンはびっくりして、つまずいて後ろに転んで、腰を痛めてしまった。
「いたっ」と思わず言ってしまった。その後、
「ふふふふふ」と高い笑い声が聞こえた。見まわすと、隅に隠れていた子どもの姿が目についた。男子用の青色の短い着物を着ていて、見た目はお寺で見られる小坊主だ。しかし、顔の真ん中に目が一つあるだけだとベレンは気づいた。彼はベレンに指をさして、笑いながら、
「お姉ちゃんがびっくりしたでしょ!すっごい面白い顔をしたぞ」と楽しそうに言った。
ベレンは目が一つしかない男子を見つめながら、妖怪についての本を思い出した。見た目からすると、一つ目小僧という妖怪だ。特に悪さをしない、いたずら好きの小坊主だから、ベレンは大分ホッとした。確かに恐ろしい存在ではないので、逃げる必要なんてない。
「本当に怖かった」とベレンは言った。
「だよね!」と一つ目小僧が嬉しい顔で言った。
ベレンは立ち上がってから、
「ここに住んでいるの?」と尋ねた。
「いや、ただたまに遊びに来ているだけ。でも、明日の夜、入っちゃダメ」
「どうして?」
「満月だから、彼女が来るぞ。契約を結びたい人以外入っちゃいけない」
「彼女って佐那さんのことなの?」
「えっ?知っているの?もしかして、お姉ちゃんも佐那さんに会いに来たの?マジで契約を結びたいのか?」
「違う、違う」とベレンは手を激しく振った。
一つ目小僧は首をかしげて、わからない顔をした。
「佐那さんはこの村の人を呪った残酷な鬼だよ。お姉ちゃんは帰ったほうがいいよ」
「昔、人間だったでしょ」
「そうだけど」
「そもそもなんで鬼になってしまったことを知っているの?」
「教えてくれる?」
彼は頷いた。
そして、子供らしくない真面目な顔をして、一つの目でベレンをじっと見つめていた。
「見せることができる」と言って、手を伸ばした。ベレンはため息をついて、一つ目小僧の手を握った。それから、忘れたいぐらいの悲しくて辛い過去についての記憶を見た。
静かな中で、急に隣の部屋から雑音が耳を刺した。ベレンは音の原因を探すために、ゆっくり隣の部屋の襖を開けて、中を覗き込んだ。驚いたことに、空っぽの和室の中に床の間に掛け軸が飾ってあった。近づいてみると、何かの絵が描かれていると気づいた。雨が降っていて、中心には傘をさしている女の人の姿があった。それ以外、部屋には何もなかったので、ベレンは出ようとした。振り向いた瞬間に、後ろからまたさっきの雑音が聞こえた。後ろを向いてみると、掛け軸にある雨は赤色になっていた。そして、掛け軸の下に、絵の部分のように、流れている水の形の赤色のシミが現れた。まるで血の雨のようだった。ベレンはびくびくしながら、後退りした。その時、大きな音を立てながら、掛け軸が激しく上下し始めた。ベレンはびっくりして、つまずいて後ろに転んで、腰を痛めてしまった。
「いたっ」と思わず言ってしまった。その後、
「ふふふふふ」と高い笑い声が聞こえた。見まわすと、隅に隠れていた子どもの姿が目についた。男子用の青色の短い着物を着ていて、見た目はお寺で見られる小坊主だ。しかし、顔の真ん中に目が一つあるだけだとベレンは気づいた。彼はベレンに指をさして、笑いながら、
「お姉ちゃんがびっくりしたでしょ!すっごい面白い顔をしたぞ」と楽しそうに言った。
ベレンは目が一つしかない男子を見つめながら、妖怪についての本を思い出した。見た目からすると、一つ目小僧という妖怪だ。特に悪さをしない、いたずら好きの小坊主だから、ベレンは大分ホッとした。確かに恐ろしい存在ではないので、逃げる必要なんてない。
「本当に怖かった」とベレンは言った。
「だよね!」と一つ目小僧が嬉しい顔で言った。
ベレンは立ち上がってから、
「ここに住んでいるの?」と尋ねた。
「いや、ただたまに遊びに来ているだけ。でも、明日の夜、入っちゃダメ」
「どうして?」
「満月だから、彼女が来るぞ。契約を結びたい人以外入っちゃいけない」
「彼女って佐那さんのことなの?」
「えっ?知っているの?もしかして、お姉ちゃんも佐那さんに会いに来たの?マジで契約を結びたいのか?」
「違う、違う」とベレンは手を激しく振った。
一つ目小僧は首をかしげて、わからない顔をした。
「佐那さんはこの村の人を呪った残酷な鬼だよ。お姉ちゃんは帰ったほうがいいよ」
「昔、人間だったでしょ」
「そうだけど」
「そもそもなんで鬼になってしまったことを知っているの?」
「教えてくれる?」
彼は頷いた。
そして、子供らしくない真面目な顔をして、一つの目でベレンをじっと見つめていた。
「見せることができる」と言って、手を伸ばした。ベレンはため息をついて、一つ目小僧の手を握った。それから、忘れたいぐらいの悲しくて辛い過去についての記憶を見た。