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自分探しの旅
不思議な出会い
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Coming soon!
「え?」
思ってもみなかった答えにおどろいたベレンは思わず頭を上げて男を見た。
目の前にいる男は茶色のローブを着ていて、左手に数珠(じゅず:ぶっきょうのお祈りに使うビーズの輪)を持っている。そして、何よりもベレンの目をひいたのは、髪をまるごと短く切った男の頭だった。
このかっこうだと…
「もしかして、お坊さんですか?」
「その通りです。」
お坊さんは少しだけ背中を曲げた。
「なるほど。じゃあ、ずっとここに住んでいるんですか?」
男のそせいが分かってほっとしたベレンは次々と質問をした。
「さっき、ずっと前からここにいるって言っていたんですけど、それってどういう意味ですか?」
お坊さんはえがおのままだった。
「文字通りです。」
「ここで生活を送っています。」
「ずっと昔からもうこんな感じで。」
「一度もここから出たことがないんですか?」
お坊さんの話を聞けば聞くほどみょうな感じがする。
「そうなんです。私が入定してからずっとここにいます。」
入定?どういう意味だろう?また知らない言葉だ。
ベレンが質問をつづけようとする矢先に、お坊さんはとつぜん話を切り出した。
「おじょうちゃん、ここは気安く来ていいところじゃない。」
「なんで?ここはかんこうちじゃないんですか?」
お坊さんに急にせめられて、ベレンはびっくりして困った。
「まわりを見てみなさい。ここはあなたと私以外に、他のだれかいる?」
「……」
たしかにお坊さんの言う通りだ。ここには、彼ら以外にだれもいない。
その質問にどう答えればいいのかベレンは一時的に思いつかなかった。
「えっと、今まだ早いから…」
あまり自信がない返事だった。
お坊さんはとつぜん、大きな声で笑いはじめた。
「今何時だと思ってるんだ?」
「今?まだ完全に明るくなっていないから、まだ早朝じゃないかな?」
お坊さんはまた笑った。
「まあいい。こういうふうに出会えるのも、何かのごえんだ。話を聞いてみよう。高野山には何しに来たの?」
「私?旅行しに来たんだけど」
またわけがわからない質問だ。
「ただそれだけ?」
お坊さんはベレンの顔をしばらく見つめ、ほほえみを浮かべる。
「それなら、もう帰っていい。」
お坊さんはふりむいて、さろうとする。
「ちょっと待って!じゃあ、私が何のために来たのか、言ってみようよ!」
せっかくこんなところで人を見つけたのだもの。そう簡単に行かせるもんか!
「ぶっきょうの集いに来て、もとめられるのは、迷いをとき、さとりを開く以外に、他に何があるんかい?」
「おじょうちゃん、話したくないならそれでいいんだ。」
お坊さんは足を止め、ベレンにふりむかずに話をつづける。
「ただ、『如実知自心(にょじつちじしん)』という言葉だけ覚えよう。」
「人間ってほとんど自分のことを一番知っているつもりでいるが、じつは本当に自分の心を 知っている人はそうそういないのさ。」
「どんなに大変なことが目の前にあっても、むずかしい状況を乗りこえるためには、自分の心を見るしかない。そうすれば、どの道を進めばいいかがいずれわかるだろう。」
まるでベレンの心を読めるかのように、お坊さんの言葉はすべてずぼしだった。
「どうして……どうしてそんなことがわかるんですか?」
おどろきのあまり、ベレンは口を大きく開けた。
今日はじめて会ったはずのお坊さんが、まるで昔から知っているかのように、ベレンがかかえるなやみを知っているのは実にふしぎだった。
「知りたいという心さえあれば、わかるのさ。」
高野山では神様などに出会えなかったが、人の心を知りつくすような坊さんに出会ったとは。ベレンは来る前にユミが言った言葉を思い出した。
「もしご都合がよければ、私のなやみを聞いていただけませんか?」
ベレンは頭を下げたまま、服のすそをぎゅっとにぎりしめる。
お坊さんはついにふりかえった。
「くわしく聞かせてもらおう。」
そこで、ベレンはこれまでずっとなやんでいたことをすべてお坊さんに話した。
「私は何度も何度も考えてきたんだけど、やはりどうすればいいのかわからなかった。」
ベレンは頭を下げてゆかを見つめながら言った。
「私にはもう時間がないんです。あっという間に卒業してしまいます。もしあの時が来たら、私がまだどう選んだらいいのかわからないとなるとどうしようって、本当に心配でたまらないです。」
「もしげんじつを考えなくていいとしたら、なやんでいることについて答えが出てくるかな?」
すでに知っているかのように、ベレンの話を聞いたお坊さんはあまりおどろいた顔をしなかった。
「そんなのできないじゃないですか?」
ベレンはためいきをついた。
「だって、日本とアルゼンチンとのきょりみたいなのは、むしできない現実じゃないですか?」
お坊さんはゆっくりと燈籠堂(とうろうどう)にむかって歩いていく。
「いわば、『色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)』っていうことだな。」
「なんですって?」
ベレンもお坊さんの後ろについて燈籠堂(とうろうどう)にむかう。
「これはぶっきょうのきょうてんである『般若心経(はんにゃしんぎょう)』にある有名な言葉なんだ。」
「この世にあるものはすべて、形あるものと形なきものにすぎない。私たちが目に見えるものや手でふれるものは、形あるもの、すなわち『色』だ。そして、感情など、見ることもふることもできないものは形なきもの、つまり『空』というんだ。」
「形があってもなくても、これらには本当の実体はない。ただのまぼろしにすぎない。この世のすべては条件によってできていて、最後にはきえていくんだ。」
「おじょうちゃん、さっききょりがむしできない現実だと言ったけど、あなたがかかえている相手への思いも、現実なんじゃないか?」
お坊さんはとつぜん足を止め、ベレンに質問した。
「よく……わかりません。」
お坊さんの質問の意図がわからず、ベレンは頭をかいた。
お坊さんはほほえんだ。
「有形であれ無形であれ、世の中のあらゆるものはつねに変化している。えいえんに変わらないものなんてないのさ。」
「だから、『色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)』っていう言葉は、目に見えるものだけにとらわれないように、ということなんだ。」
「さっき教えた言葉、まだ覚えている?『如実知自心(にょじつちじしん)』。たとえ人の目が目の前のものにだまされても、人の心はだまされない。」
二人は話しながら歩き、まもなく燈籠堂(とうろうどう)をとおった。
「なんか、むずかしそうな話……」
お坊さんの話を聞いて、ベレンはますますこんらんした。
「時が来ればわかるだろう。あなたが今、目の前にあるものだけに気を取られているから見えないかもしれないけど、ちゃんと自分の心と向き合うようになったら、道が見えてくるだろう。」
「話はここまでにしよう。おじょうちゃん、人生はしれんの連続だ。それをさけるのはよいさくじゃないし、そもそもできない。だから、ていこうせず、しっかりと向き合おう。」
話が終わると、お坊さんはすがたを消した。
「あれ?どこに行ったの?」
先ほどまで自分の前でずっと話していた人が、どうしてとつぜん消えてしまったのだろう。
ベレンはまわりを見まわしてみたが、やはりお坊さんのすがたはなかった。
ふしぎに思っていると、彼女はとつぜん気づいた。
「待って、ここは燈籠堂(とうろうどう)の奥にあるところ。ということは、ここは御廟(ごびょう)!?」
思いがけない場所に来てしまった。
御廟(ごびょう)は、弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が入定されたところだ。今でも、高野山のそうりょたちは毎日、弘法大師のために食事をはこぶと言われている。
もしかして、先ほどのお坊さんも食事を運びに行ったのか?
すると、ベレンは中に入ってたしかめようとするが、とつぜんある強い力にひっぱられて転んでしまった。
「はなして!」
ベレンはさけびながらもがいている。
しかし、ふしぎなことに、転んだにもかかわらず、痛みはないようだった。
思ってもみなかった答えにおどろいたベレンは思わず頭を上げて男を見た。
目の前にいる男は茶色のローブを着ていて、左手に数珠(じゅず:ぶっきょうのお祈りに使うビーズの輪)を持っている。そして、何よりもベレンの目をひいたのは、髪をまるごと短く切った男の頭だった。
このかっこうだと…
「もしかして、お坊さんですか?」
「その通りです。」
お坊さんは少しだけ背中を曲げた。
「なるほど。じゃあ、ずっとここに住んでいるんですか?」
男のそせいが分かってほっとしたベレンは次々と質問をした。
「さっき、ずっと前からここにいるって言っていたんですけど、それってどういう意味ですか?」
お坊さんはえがおのままだった。
「文字通りです。」
「ここで生活を送っています。」
「ずっと昔からもうこんな感じで。」
「一度もここから出たことがないんですか?」
お坊さんの話を聞けば聞くほどみょうな感じがする。
「そうなんです。私が入定してからずっとここにいます。」
入定?どういう意味だろう?また知らない言葉だ。
ベレンが質問をつづけようとする矢先に、お坊さんはとつぜん話を切り出した。
「おじょうちゃん、ここは気安く来ていいところじゃない。」
「なんで?ここはかんこうちじゃないんですか?」
お坊さんに急にせめられて、ベレンはびっくりして困った。
「まわりを見てみなさい。ここはあなたと私以外に、他のだれかいる?」
「……」
たしかにお坊さんの言う通りだ。ここには、彼ら以外にだれもいない。
その質問にどう答えればいいのかベレンは一時的に思いつかなかった。
「えっと、今まだ早いから…」
あまり自信がない返事だった。
お坊さんはとつぜん、大きな声で笑いはじめた。
「今何時だと思ってるんだ?」
「今?まだ完全に明るくなっていないから、まだ早朝じゃないかな?」
お坊さんはまた笑った。
「まあいい。こういうふうに出会えるのも、何かのごえんだ。話を聞いてみよう。高野山には何しに来たの?」
「私?旅行しに来たんだけど」
またわけがわからない質問だ。
「ただそれだけ?」
お坊さんはベレンの顔をしばらく見つめ、ほほえみを浮かべる。
「それなら、もう帰っていい。」
お坊さんはふりむいて、さろうとする。
「ちょっと待って!じゃあ、私が何のために来たのか、言ってみようよ!」
せっかくこんなところで人を見つけたのだもの。そう簡単に行かせるもんか!
「ぶっきょうの集いに来て、もとめられるのは、迷いをとき、さとりを開く以外に、他に何があるんかい?」
「おじょうちゃん、話したくないならそれでいいんだ。」
お坊さんは足を止め、ベレンにふりむかずに話をつづける。
「ただ、『如実知自心(にょじつちじしん)』という言葉だけ覚えよう。」
「人間ってほとんど自分のことを一番知っているつもりでいるが、じつは本当に自分の心を 知っている人はそうそういないのさ。」
「どんなに大変なことが目の前にあっても、むずかしい状況を乗りこえるためには、自分の心を見るしかない。そうすれば、どの道を進めばいいかがいずれわかるだろう。」
まるでベレンの心を読めるかのように、お坊さんの言葉はすべてずぼしだった。
「どうして……どうしてそんなことがわかるんですか?」
おどろきのあまり、ベレンは口を大きく開けた。
今日はじめて会ったはずのお坊さんが、まるで昔から知っているかのように、ベレンがかかえるなやみを知っているのは実にふしぎだった。
「知りたいという心さえあれば、わかるのさ。」
高野山では神様などに出会えなかったが、人の心を知りつくすような坊さんに出会ったとは。ベレンは来る前にユミが言った言葉を思い出した。
「もしご都合がよければ、私のなやみを聞いていただけませんか?」
ベレンは頭を下げたまま、服のすそをぎゅっとにぎりしめる。
お坊さんはついにふりかえった。
「くわしく聞かせてもらおう。」
そこで、ベレンはこれまでずっとなやんでいたことをすべてお坊さんに話した。
「私は何度も何度も考えてきたんだけど、やはりどうすればいいのかわからなかった。」
ベレンは頭を下げてゆかを見つめながら言った。
「私にはもう時間がないんです。あっという間に卒業してしまいます。もしあの時が来たら、私がまだどう選んだらいいのかわからないとなるとどうしようって、本当に心配でたまらないです。」
「もしげんじつを考えなくていいとしたら、なやんでいることについて答えが出てくるかな?」
すでに知っているかのように、ベレンの話を聞いたお坊さんはあまりおどろいた顔をしなかった。
「そんなのできないじゃないですか?」
ベレンはためいきをついた。
「だって、日本とアルゼンチンとのきょりみたいなのは、むしできない現実じゃないですか?」
お坊さんはゆっくりと燈籠堂(とうろうどう)にむかって歩いていく。
「いわば、『色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)』っていうことだな。」
「なんですって?」
ベレンもお坊さんの後ろについて燈籠堂(とうろうどう)にむかう。
「これはぶっきょうのきょうてんである『般若心経(はんにゃしんぎょう)』にある有名な言葉なんだ。」
「この世にあるものはすべて、形あるものと形なきものにすぎない。私たちが目に見えるものや手でふれるものは、形あるもの、すなわち『色』だ。そして、感情など、見ることもふることもできないものは形なきもの、つまり『空』というんだ。」
「形があってもなくても、これらには本当の実体はない。ただのまぼろしにすぎない。この世のすべては条件によってできていて、最後にはきえていくんだ。」
「おじょうちゃん、さっききょりがむしできない現実だと言ったけど、あなたがかかえている相手への思いも、現実なんじゃないか?」
お坊さんはとつぜん足を止め、ベレンに質問した。
「よく……わかりません。」
お坊さんの質問の意図がわからず、ベレンは頭をかいた。
お坊さんはほほえんだ。
「有形であれ無形であれ、世の中のあらゆるものはつねに変化している。えいえんに変わらないものなんてないのさ。」
「だから、『色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)』っていう言葉は、目に見えるものだけにとらわれないように、ということなんだ。」
「さっき教えた言葉、まだ覚えている?『如実知自心(にょじつちじしん)』。たとえ人の目が目の前のものにだまされても、人の心はだまされない。」
二人は話しながら歩き、まもなく燈籠堂(とうろうどう)をとおった。
「なんか、むずかしそうな話……」
お坊さんの話を聞いて、ベレンはますますこんらんした。
「時が来ればわかるだろう。あなたが今、目の前にあるものだけに気を取られているから見えないかもしれないけど、ちゃんと自分の心と向き合うようになったら、道が見えてくるだろう。」
「話はここまでにしよう。おじょうちゃん、人生はしれんの連続だ。それをさけるのはよいさくじゃないし、そもそもできない。だから、ていこうせず、しっかりと向き合おう。」
話が終わると、お坊さんはすがたを消した。
「あれ?どこに行ったの?」
先ほどまで自分の前でずっと話していた人が、どうしてとつぜん消えてしまったのだろう。
ベレンはまわりを見まわしてみたが、やはりお坊さんのすがたはなかった。
ふしぎに思っていると、彼女はとつぜん気づいた。
「待って、ここは燈籠堂(とうろうどう)の奥にあるところ。ということは、ここは御廟(ごびょう)!?」
思いがけない場所に来てしまった。
御廟(ごびょう)は、弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が入定されたところだ。今でも、高野山のそうりょたちは毎日、弘法大師のために食事をはこぶと言われている。
もしかして、先ほどのお坊さんも食事を運びに行ったのか?
すると、ベレンは中に入ってたしかめようとするが、とつぜんある強い力にひっぱられて転んでしまった。
「はなして!」
ベレンはさけびながらもがいている。
しかし、ふしぎなことに、転んだにもかかわらず、痛みはないようだった。
「え?」
予想外の答えに驚いたベレンは思わず頭を上げて男を見た。
目の前にいる男は茶色いローブを身にまとい、左手に数珠を持っている。そして、何よりもベレンの目を引いたのは、丸刈りにした男の頭だった。
この格好だと…
「もしかして、お坊さんですか?」
「その通りです。」
僧はわずかに背中を丸めた。
「なるほど。じゃあ、ずっとここに住んでいるんですか?」
男の素性が分かってほっとしたベレンは次々と質問をした。
「さっき、ずっと前からここにいるって言っていたんですけど、それってどういう意味ですか?」
僧は笑顔のままだった。
「文字通りです。」
「ここで生活を送っています。」
「ずっと昔からもうこんな感じで。」
「一度もここから出たことがないんですか?」
僧の話を聞けば聞くほど妙な感じがする。
「そうなんです。私が入定してからずっとここにいます。」
入定?どういう意味だろう?また知らない言葉だ。
ベレンが質問を続けようとする矢先に、僧は突然話を切り出した。
「お嬢ちゃん、ここは気安く来ていいところじゃない。」
「なんで?ここは観光地じゃないんですか?」
僧から突如としての非難にベレンが戸惑った。
「周りを見てみなさい。ここはあなたと私以外に、他の誰かいる?」
「……」
確かに僧の言う通りだ。ここには、彼ら以外に誰もいない。
その質問にどう答えればいいのかベレンは一時的に思いつかなかった。
「えっと、今まだ早いから…」
あまり自信がない返事だった。
僧は突然大笑いする。
「今何時だと思ってるんだ?」
「今?まだ完全に明るくなっていないから、まだ早朝じゃないかな?」
僧は再び笑った。
「まあいい。こういうふうに出会えるのも、何かのご縁だ。話を聞いてみよう。高野山には何しに来たの?」
「私?旅行しに来たんだけど」
またわけがわからない質問だ。
「ただそれだけ?」
僧はベレンの顔をしばらく見つめ、微笑みを浮かべる。
「それなら、もう帰っていい。」
僧は後ろを振り返って立ち去ろうとする。
「ちょっと待って!じゃあ、私が何のために来たのか、言ってみようよ!」
せっかくこんなところで人を見つけたのだもの。そう簡単に行かせるもんか!
「仏教の集いに来て、求められるのは、迷いを解き、悟りを開く以外に、他に何があるんかい?」
「お嬢ちゃん、話したくないならそれでいいんだ。」
僧は足を止め、ベレンに振り向かずに話を続ける。
「ただ、『如実知自心』という言葉だけ覚えよう。」
「人間ってほとんど自分のことを一番知っているつもりでいるが、実は本当に自分の心を 知っている人はそうそういないのさ。」
「目の前にどんな困難や試練が見えようとも、苦境を切り開くには、自分の心に目を向けるしか方法がないのだ。そうすれば、一体どんな道を歩んだらいいのかも時期にわかるだろう。」
まるでベレンの心を読めるかのように、僧の言葉はすべて図星だった。
「どうして……どうしてそんなことがわかるんですか?」
驚きのあまり、ベレンは口を大きく開けた。
今日初めて会ったはずの僧が、まるで昔から知っているかのように、ベレンが抱える悩みを知っているのは実に不思議だった。
「知りたいという心さえあれば、わかるのさ。」
高野山では神様などに出会えなかったが、人の心を知り尽くすような坊さんに出会ったとは。ベレンは来る前にユミが言った言葉を思い出した。
「もしご都合がよければ、私の悩みを聞いていただけませんか?」
ベレンは頭を下げたまま、服の裾をぎゅっと握りしめる。
僧はついに振り返った。
「詳しく聞かせてもらおう。」
そこで、ベレンはこれまでずっと悩んでいたことをすべて僧に話した。
「私は何度も何度も考えてきたんだけど、やはりどうすればいいのかわからなかった。」
ベレンは頭を垂れて床を見つめながら言った。
「私にはもう時間がないんです。あっという間に卒業してしまいます。もしあの時が来たら、私がまだどう選んだらいいのかわからないとなるとどうしようって、本当に心配でたまらないです。」
「もし現実を考えなくていいとしたら、悩んでいることについて答えが出てくるかな?」
すでに知っているかのように、ベレンの話を聞いた僧はあまり驚いた顔をしなかった。
「そんなのできないじゃないですか?」
ベレンはため息をついた。
「だって、日本とアルゼンチンとの距離みたいなのは、無視できない現実じゃないですか?」
僧はゆっくりと燈籠堂に向かって歩いていく。
「いわば、『色即是空、空即是色』っていうことだな。」
「なんですって?」
ベレンも僧の後ろについて燈籠堂に向かう。
「これは仏教の経典である『般若心経』にある有名な言葉なんだ。」
「この世にあるものはすべて、形あるものと形なきものにすぎない。私たちが目に見えるものや手で触れるものは、形あるもの、すなわち『色』だ。そして、感情や思考など、見ることも触ることもできないものは形なきもの、つまり『空』というんだ。」
「形があろうがなかろうが、これらすべては恒常的な実体がないのだ。あくまでも目にする虚像にすぎない。この世のすべては縁起によって成り立ち、最終的には消滅していくんだ。」
「お嬢ちゃん、さっき距離が無視できない現実だと言ったけど、あなたが抱えている相手への思いや執着も、現実なんじゃないか?」
僧は突然足を止め、ベレンに質問した。
「よく……わかりません。」
僧の質問の意図がわからず、ベレンは頭をかいた。
僧は微笑んだ。
「有形であれ無形であれ、世の中のあらゆるものは常に変化している。永遠に変わらないものなんてないのさ。」
「だから、『色即是空、空即是色』っていう言葉は、目に見えるものだけに囚われないように、ということなんだ。」
「さっき教えた言葉、まだ覚えている?『如実知自心』。たとえ人の目は目の前にあるものに惑わされても、人の心は惑わされない。」
二人は話しながら歩き、まもなく燈籠堂を通り抜けた。
「なんか、難しそうな話……」
僧の話を聞いて、ベレンはますます混乱した。
「時が来ればわかるだろう。あなたが今、目の前にあるものだけに気を取られているから見えないかもしれないけど、ちゃんと自分の心と向き合うようになったら、道が見えてくるだろう。」
「話はここまでにしよう。お嬢ちゃん、人生は試練の連続だ。それを避けるのは良い策じゃないし、そもそもできない。だから、抵抗せず、しっかりと向き合おう。」
話が終わると、僧は姿を消した。
「あれ?どこに行ったの?」
先ほどまで自分の前で長々と話していた人が、どうして突然消えてしまったのだろう。
ベレンは周りを見回してみたが、やはり僧の姿はなかった。
不思議に思っていると、彼女は突然気づいた。
「待って、ここは燈籠堂の奥にあるところ。ということは、ここは御廟!?」
思いもよらない場所に来てしまった。
御廟は、弘法大師空海が入定されたところだ。今でも、高野山の僧侶たちは毎日、弘法大師のために食事を運ぶと言われている。
もしかして、先ほどのお坊さんも食事を運びに行ったのか?
すると、ベレンは中に入って確かめようとするが、突然ある強い力に引っ張られて転んでしまった。
「離して!」
ベレンは叫びながらもがいている。
しかし、不思議なことに、転んだにもかかわらず、痛みはないようだった。
予想外の答えに驚いたベレンは思わず頭を上げて男を見た。
目の前にいる男は茶色いローブを身にまとい、左手に数珠を持っている。そして、何よりもベレンの目を引いたのは、丸刈りにした男の頭だった。
この格好だと…
「もしかして、お坊さんですか?」
「その通りです。」
僧はわずかに背中を丸めた。
「なるほど。じゃあ、ずっとここに住んでいるんですか?」
男の素性が分かってほっとしたベレンは次々と質問をした。
「さっき、ずっと前からここにいるって言っていたんですけど、それってどういう意味ですか?」
僧は笑顔のままだった。
「文字通りです。」
「ここで生活を送っています。」
「ずっと昔からもうこんな感じで。」
「一度もここから出たことがないんですか?」
僧の話を聞けば聞くほど妙な感じがする。
「そうなんです。私が入定してからずっとここにいます。」
入定?どういう意味だろう?また知らない言葉だ。
ベレンが質問を続けようとする矢先に、僧は突然話を切り出した。
「お嬢ちゃん、ここは気安く来ていいところじゃない。」
「なんで?ここは観光地じゃないんですか?」
僧から突如としての非難にベレンが戸惑った。
「周りを見てみなさい。ここはあなたと私以外に、他の誰かいる?」
「……」
確かに僧の言う通りだ。ここには、彼ら以外に誰もいない。
その質問にどう答えればいいのかベレンは一時的に思いつかなかった。
「えっと、今まだ早いから…」
あまり自信がない返事だった。
僧は突然大笑いする。
「今何時だと思ってるんだ?」
「今?まだ完全に明るくなっていないから、まだ早朝じゃないかな?」
僧は再び笑った。
「まあいい。こういうふうに出会えるのも、何かのご縁だ。話を聞いてみよう。高野山には何しに来たの?」
「私?旅行しに来たんだけど」
またわけがわからない質問だ。
「ただそれだけ?」
僧はベレンの顔をしばらく見つめ、微笑みを浮かべる。
「それなら、もう帰っていい。」
僧は後ろを振り返って立ち去ろうとする。
「ちょっと待って!じゃあ、私が何のために来たのか、言ってみようよ!」
せっかくこんなところで人を見つけたのだもの。そう簡単に行かせるもんか!
「仏教の集いに来て、求められるのは、迷いを解き、悟りを開く以外に、他に何があるんかい?」
「お嬢ちゃん、話したくないならそれでいいんだ。」
僧は足を止め、ベレンに振り向かずに話を続ける。
「ただ、『如実知自心』という言葉だけ覚えよう。」
「人間ってほとんど自分のことを一番知っているつもりでいるが、実は本当に自分の心を 知っている人はそうそういないのさ。」
「目の前にどんな困難や試練が見えようとも、苦境を切り開くには、自分の心に目を向けるしか方法がないのだ。そうすれば、一体どんな道を歩んだらいいのかも時期にわかるだろう。」
まるでベレンの心を読めるかのように、僧の言葉はすべて図星だった。
「どうして……どうしてそんなことがわかるんですか?」
驚きのあまり、ベレンは口を大きく開けた。
今日初めて会ったはずの僧が、まるで昔から知っているかのように、ベレンが抱える悩みを知っているのは実に不思議だった。
「知りたいという心さえあれば、わかるのさ。」
高野山では神様などに出会えなかったが、人の心を知り尽くすような坊さんに出会ったとは。ベレンは来る前にユミが言った言葉を思い出した。
「もしご都合がよければ、私の悩みを聞いていただけませんか?」
ベレンは頭を下げたまま、服の裾をぎゅっと握りしめる。
僧はついに振り返った。
「詳しく聞かせてもらおう。」
そこで、ベレンはこれまでずっと悩んでいたことをすべて僧に話した。
「私は何度も何度も考えてきたんだけど、やはりどうすればいいのかわからなかった。」
ベレンは頭を垂れて床を見つめながら言った。
「私にはもう時間がないんです。あっという間に卒業してしまいます。もしあの時が来たら、私がまだどう選んだらいいのかわからないとなるとどうしようって、本当に心配でたまらないです。」
「もし現実を考えなくていいとしたら、悩んでいることについて答えが出てくるかな?」
すでに知っているかのように、ベレンの話を聞いた僧はあまり驚いた顔をしなかった。
「そんなのできないじゃないですか?」
ベレンはため息をついた。
「だって、日本とアルゼンチンとの距離みたいなのは、無視できない現実じゃないですか?」
僧はゆっくりと燈籠堂に向かって歩いていく。
「いわば、『色即是空、空即是色』っていうことだな。」
「なんですって?」
ベレンも僧の後ろについて燈籠堂に向かう。
「これは仏教の経典である『般若心経』にある有名な言葉なんだ。」
「この世にあるものはすべて、形あるものと形なきものにすぎない。私たちが目に見えるものや手で触れるものは、形あるもの、すなわち『色』だ。そして、感情や思考など、見ることも触ることもできないものは形なきもの、つまり『空』というんだ。」
「形があろうがなかろうが、これらすべては恒常的な実体がないのだ。あくまでも目にする虚像にすぎない。この世のすべては縁起によって成り立ち、最終的には消滅していくんだ。」
「お嬢ちゃん、さっき距離が無視できない現実だと言ったけど、あなたが抱えている相手への思いや執着も、現実なんじゃないか?」
僧は突然足を止め、ベレンに質問した。
「よく……わかりません。」
僧の質問の意図がわからず、ベレンは頭をかいた。
僧は微笑んだ。
「有形であれ無形であれ、世の中のあらゆるものは常に変化している。永遠に変わらないものなんてないのさ。」
「だから、『色即是空、空即是色』っていう言葉は、目に見えるものだけに囚われないように、ということなんだ。」
「さっき教えた言葉、まだ覚えている?『如実知自心』。たとえ人の目は目の前にあるものに惑わされても、人の心は惑わされない。」
二人は話しながら歩き、まもなく燈籠堂を通り抜けた。
「なんか、難しそうな話……」
僧の話を聞いて、ベレンはますます混乱した。
「時が来ればわかるだろう。あなたが今、目の前にあるものだけに気を取られているから見えないかもしれないけど、ちゃんと自分の心と向き合うようになったら、道が見えてくるだろう。」
「話はここまでにしよう。お嬢ちゃん、人生は試練の連続だ。それを避けるのは良い策じゃないし、そもそもできない。だから、抵抗せず、しっかりと向き合おう。」
話が終わると、僧は姿を消した。
「あれ?どこに行ったの?」
先ほどまで自分の前で長々と話していた人が、どうして突然消えてしまったのだろう。
ベレンは周りを見回してみたが、やはり僧の姿はなかった。
不思議に思っていると、彼女は突然気づいた。
「待って、ここは燈籠堂の奥にあるところ。ということは、ここは御廟!?」
思いもよらない場所に来てしまった。
御廟は、弘法大師空海が入定されたところだ。今でも、高野山の僧侶たちは毎日、弘法大師のために食事を運ぶと言われている。
もしかして、先ほどのお坊さんも食事を運びに行ったのか?
すると、ベレンは中に入って確かめようとするが、突然ある強い力に引っ張られて転んでしまった。
「離して!」
ベレンは叫びながらもがいている。
しかし、不思議なことに、転んだにもかかわらず、痛みはないようだった。