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　「はなして！」
　ベレンはさけんで目を開けると、自分じぶんが福智院ふくちいんの部屋へやに横たわっていることに気づいた。
　「一体何が起こったの…」
　たしかに少し前まで奥之院おくのいんでお坊ぼうさんをさがしていたはずなのに、どうして自分じぶんが福智院ふくちいんの部屋へやにいるのだろう。
　もう一度まわりをかくにんしてみたら、たしかに今は福智院ふくちいんの部屋へやにいるのだ。
　「夢ゆめでも見ているのかしら…？」
　ベレンは自分じぶんのほっぺたを強つよくつねった。
　「痛いたい！」
　夢ゆめではないようだ。
　「あっ、しまった！」
　何か思い出したように、ベレンは急いそいで部屋へやを出た。
　「もうこんな時間なのか…」
　外はもうすっかり明るくなっていた。
　「朝の勤行（ごんぎょう：ぶっきょうで日々行うおきょうをとなえる修行しゅぎょう）に参加さんかしようと思っていたのに、もう終わっちゃったのかな…」

　とはいえ、ベレンはダメもとでかくにんしてみようと思い、受付うけつけに向むかった。
　「こんにちは！すみません、朝の勤行ごんぎょうに参加さんかしたいんですけど、この時間だともう終わってしまったのでしょうか？」
　ベレンの質問を受うけ、受付うけつけの人は少しおどろいた顔かおをした。
　「朝の勤行ごんぎょうですか？申うもうし訳わけありませんが、今はもう夕食の時間にさしかかっているので、もし参加さんかされたいのでしたら、明日朝6時からまたご参加さんかいただければと思います。」
　「夕食の時間？」
　意味不明いみふめいなのだ。
　「今、何時ですか？まだ明けたばかりじゃないですか？」
　あまりに意外いがいな話で、ベレンは信しんじられない顔かおをした。
　「もうすぐ夕方ですよ。どうやらきのう、よくねむれられたようですね。」
　「いやいや、今奥之院おくのいんから帰ってきたばかりなんですよ！」
　ベレンはあわてて説明せつめいした。
　「そうなんですか？」

　そして、ベレンは自分が奥之院おくのいんまでどうやって来たのか、そこでなぞの坊さんに出会ったことについてくわしく話した。
　ベレンの話を受うけ、受付うけつけの人は何かを考えているように、少し困こまった顔かおをしたが、すぐにえがおに変かえて、明るくなった。
　「どうやら『山中さんちゅうわずか1日、世よはすでに千年』ということのようですね。」　
　「それはどういう意味いみですか？」
　「この言葉ことばは中国のむかしの物語ものがたりにゆらいしています。」
　「ある男が山へ薪（まき）を取りに行ったとき、イゴを打っている二人の老人ろうじんを見つけました。男はその二人のそばで立って見ていました。」
　「とてもみごたえのある対局たいきょくだったので、男は時間を忘わすれるほどむちゅうになりました。対局たいきょくが終わったとき、男はふと、自分が持っていたおのがくさっていることに気づきました。」
　「そこで、男は急いで山を下りましたが、世の中はもう大きく変わってしまいました。元の村も家族もとっくにいなくなっていました。」
　「男はその時に気づきました。自分が山の中ですごしたわずかな１日の間に、世の中ではすでに百年も千年もながれていました。」
　「つまり、私が奥之院おくのいんで経験けいけんしたことは、その男の話とにたようなものだということですか？」
　その男の話は自分の経験けいけんにどのようなかんけいがあるのか、ベレンはよくわからなかった。
　「ただの物語ものがたりです。気にしないでください。」
　受付うけつけの人はほほえんだ。
　「お客様きゃくさまは、ただかわった夢ゆめを見ただけじゃないでしょうか。」

　部屋へやにもどったベレンは、受付うけつけの人が言ったことを何度も考えた。
　「あれは本当ほんとうにただの夢ゆめだったのか？」
　ベレンはあごをささえながら顔かおをしかめた。
　「でも、あの時はまわりがはっきり見えたし、坊さんが言ったこともぜんぶ覚おぼえている。」
　「そんなリアルな夢ゆめがあるんだろうか？」
　しかし、高野山こうやさんに来てからの経験けいけんはたしかに夢ゆめのようだった。
　高野山こうやさんのへいわは、ベレンの心にもへいわをもたらした。将来しょうらいへの不安はこれですべてかいしょうされたわけではないが、少なくとも他ほかのしてんから考えることができるような気がした。そう思っていると、目の前の光ひかりがふとゆらめいた。
　「え？」
　ベレンは後ろをふりかえったが、何も見つからなかった。
　「もう、ちょっとしんけいしつになっちゃったのかな…」
　ベレンは自分をからかうように笑わらった。
　「忘わすれるな、私が教えた言葉ことば。」
　聞き覚おぼえのある声こえがとつぜん耳にひびいた。
　おどろきで目をまるくしたベレンはもう一度ふりかえった。
　「間違まちがいない！この声こえは…！」
　しかし、やはり何も見つからなかった。
　部屋へやの中にはベレンだけがいた。

　「離して！」
　ベレンは叫んで目を開けると、自分が福智院の部屋に横たわっていることに気づいた。
　「一体何が起こったの…」
　確かに少し前まで奥之院で僧を探していたはずなのに、どうして自分が福智院の部屋にいるのだろう。
　もう一度周りを確認してみたら、確かに今は福智院の部屋にいるのだ。
　「夢でも見ているのかしら…？」
　ベレンは自分のほっぺたを強くつねった。
　「痛い！」
　夢ではないようだ。
　「あっ、しまった！」
　何か思い出したように、ベレンは急いで部屋を出た。
　「もうこんな時間なのか…」
　外はもうすっかり明るくなっていた。
　「朝の勤行に参加しようと思っていたのに、もう終わっちゃったのかな…」

　とはいえ、ベレンはダメもとで確認してみようと思い、受付に向かった。
　「こんにちは！すみません、朝の勤行に参加したいんですけど、この時間だともう終わってしまったのでしょうか？」
　ベレンの質問を受け、受付の人は少し驚いた顔をした。
　「朝の勤行ですか？申し訳ありませんが、今はもう夕食の時間に差し掛かっているので、もし参加されたいのでしたら、明日朝6時からまたご参加いただければと思います。」
　「夕食の時間？」
　意味不明なのだ。
　「今、何時ですか？まだ明けたばかりじゃないですか？」
　あまりに意外な話で、ベレンは信じられない顔をした。
　「もうすぐ夕方ですよ。どうやら昨日、よく眠れられたようですね。」
　「いやいや、今奥之院から帰ってきたばかりなんですよ！」
　ベレンは慌てて説明した。
　「そうなんですか？」

　そして、ベレンは自分が奥之院までたどり着いた経緯と、そこで謎の坊さんに出会ったことについて詳しく話した。
　ベレンの話を受け、受付の人は何か考え込むように、一瞬顔をしかめたが、その後すぐ顔を緩め、屈託のない笑顔を見せた。
　「どうやら『山中わずか1日、世はすでに千年』ということのようですね。」　
　「それはどういう意味ですか？」
　「この言葉は中国の故事に由来しています。」
　「ある男が山に薪を樵りに山に行ったところ、囲碁を打っている2人の老人を見つけました。男は二人のそばで立って観ていました。」
　「なかなか見応えのある対局だったため、男は時間を忘れるほど夢中になりました。対局が終わったとき、男はふと、自分の手に持っていた斧が腐っていることに気づきました。」
　「そこで、男は急いで山を下りましたが、世の中はもう大きく変わってしまいました。元の村も家族もとっくにいなくなっていました。」
　「男はその時に気づきました。自分が山の中で過ごしたわずかな１日の間に、世の中ではすでに百年も千年も流れていました。」
　「つまり、私が奥之院で経験したことは、その男の話と似たようなものだということですか？」
　その男の話は自分の経験にどのような関係があるのか、ベレンはよくわからなかった。
　「ただの物語です。気にしないでください。」
　受付の人は微笑んだ。
　「お客様は、ただ変わった夢を見ただけじゃないでしょうか。」

　部屋に戻ったベレンは、受付の人が言ったことを何度も考えた。
　「あれは本当にただの夢だったのか？」
　ベレンは顎を支えながら顔をしかめた。
　「でも、あの時は周りがはっきり見えたし、坊さんが言ったことも全部覚えている。」
　「そんなリアルな夢があるんだろうか？」
　しかし、高野山に来てからの経験は確かに夢のようだった。
　高野山の平和は、ベレンの心にも平和をもたらした。将来への不安はこれですべて解消されたわけではないが、少なくとも他の視点から考えることができるような気がした。そう思っていると、目の前の光がふとゆらめいた。
　「え？」
　ベレンは後ろを振り返ったが、何も見つからなかった。
　「もう、ちょっと神経質になっちゃったのかな…」
　ベレンは自嘲気味に笑った。
　「忘れるな、私が教えた言葉。」
　聞き覚えのある声が突然耳に響いた。
　驚きで目を丸くしたベレンはもう一度振り返った。
　「間違いない！この声は…！」
　しかし、やはり何も見つからなかった。
　部屋の中にはベレンだけがいた。