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自分探しの旅
福智院
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Coming soon!
「こんにちは!予約したベレンです。」
ベレンはスマートフォンを出し、予約のサイトを開いてフロントのスタッフに見せた。
「承知いたしました。少々お待ちください。」
予約を早くかくにんした後、スタッフはスマートフォンをベレンに返した。
「ベレンさん、こんにちは。2泊のご予約ですね?」
「はい、そうです。」
「それでは、お部屋までごあんないいたしますので、ついてきてください。」
スタッフの後ろについて部屋を通って、えんがわの前に着いた。
そして、障子(しょうじ:木のわくに和紙を張った引き戸で、おもに窓や外との仕切りに使われる)を開けた時、うつくしい庭が目の前に広がっていた。
「これはこれは、なんときみょうな場所なんでしょう。」
ベレンは目の前の庭をすみからすみまで見つめ、目をはなせなかった。
「この庭は昭和(しょうわ:1926年から1989年までの日本史の時代)を代表する作庭家、重森三玲さんの作品なんです。」
スタッフが親切に説明してくれた。
「そうなんですか。」
はじめて聞く名前だった。
「この石の庭は『蓮菜遊仙庭』というんです。むかしの中国の伝説に出てくる『蓬莱島』にインスパイアされてつくられたものです。」
「蓬莱島はせんにんたちが住む不老不死(年を取らず、死なないこと)の場所だと言われています。」
「これらの石の並びはまさに蓬莱島をあらわしているものです。」
「なるほど。」
たった十数個の石の並びにも、こんなにふかい意味があるんだ。今日もまた新しいことを学んだ。
「ほかにもう二つの庭があります。」
「一つは「愛染庭」といい、福智院の主な神様である愛染明王にちなんで名前がつけられた庭です。」
「もう一つは「登仙庭」といい、中国の話『登竜門』に出てくる龍門瀑(中国のでんせつに出る滝の名前)をまねて作られた庭です。」
「三つの庭は、それぞれことなる雰囲気をお楽しみいただけます。」
スタッフの説明を聞きながら、ベレンはうんうんとうなずいた。
二人は庭を通って、また部屋にもどった。部屋の中には、少し温かい湯気が立っているのを感じた。
「こちらはおふろです。『桃源(とうげん)』と『天女(てんにょ)』の2つに分かれております。」
ここはおふろなのか。だからあたたかく感じたのだ。
「両方にもサウナがついております。あせをかいて体を活発にすることができるので、旅のつかれを取るのにぴったりです。」
スタッフはとてもていねいに説明してくれている。
「ご注意いただきたいのは、ここの利用時間です。ろてんぶろは内湯とはことなっております。ろてんぶろは夜8時までとなっておりますので、ご利用のさいは気をつけてください。」
「はい、わかりました。」
ベレンはうなずきながら、スタッフの指示にしたがって、しせんを動かし、最終的に二人とはちがう方向で止まった。
「すみません、そちらはどこですか?」
ベレンの質問を聞いたスタッフはベレンがしめしている方向をふり向いた。
「ああ、そちらは当院の炭酸泉の湯です。あいにく12月から3月までは休湯となっておりますので、また今度いらっしゃってくださればぜひおためしください。」
「なるほど。」
「また、当院のおふろはすべて高野山でゆいいつの天然温泉となっております。お客様の旅のつかれを取ることができればと思っております。」
お風呂についてのあんないが終わって、ここを出ようとしたように見えるが、
「あ、そうだ。」
スタッフは急に止まって、何かを思い出したように口を開いた。
「すでに承知されているかもしれませんが、おつたえしておきたいと思います。」
「はい。」
「ここはタトゥーのあるお客様をおことわりいたします。おそらく問題ないかと思いますが、いちおうおつたえしておきます。」
日本では、むかし、タトゥーをしている人は、ぼうりょくだんの人がほとんどだった。そのため、他の客にめいわくをかけないように、多くの温泉ではタトゥーのある人が入ることができない。
「はい、わかりました。」
タトゥー禁止の話は聞いたことがあるので、スタッフが言ったことについてベレンは特におどろいていない。
「それでは、お部屋へごあんないいたします。」
「こちらがお部屋です。」
二人はしばらく歩き、数本のろうかを通った後、ある和室の前で立ち止まった。
「はい、ありがとうございます。」
ようやく部屋についた。
「それでは、ごゆっくりお休みください。何かひつようなことがあれば、フロントまでご連絡ください。」
スタッフはかるく頭を下げてから立ち去った。
その後、ベレンは部屋に入り、荷物を下ろした。
今日は本当につかれた。夕食の後、早くお風呂に入って寝よう。
福智院で出される夕食は精進料理(しょうじんりょうり)だ。精進料理はぶっきょうの教えにしたがって作られた料理だ。しょくざいは主に野菜で、魚や肉などの動物性のしょくざい、また、ネギ、ニンニク、タマネギ、ニラ、ラッキョウ、いわゆる「五葷(ごくん)」は使わない。お坊さんが修行(しゅぎょう)の時に食べるから、『精進料理』とよばれている。
ベレンはベジタリアンではないので、このような野菜だけで作られた料理を食べるのは今回がはじめてだった。
「肉や魚がぜんぜん入っていないけど、けっこうおいしいね。」
精進料理は動物性のしょくざいなど使用されていないものの、五味(「しょうゆ、しお、さとう、す、から」のちょうみりょう)、五法(「なま、にる、やく、あげる、むす」の調理法)、五色(「赤、青、黄、黒、白」のしきさい)のくみ合わせで、いろいろな味が楽しめる食事になっている。また、しゅんの野菜を使っているので、おいしいだけでなく、体にもいい食事だと言われている。
夕食の後、ベレンは昼間にあんないされたお風呂 、「桃源」 に向かった。
ぬるぬるした温泉に入ると、つかれた体が楽になったのがわかった。
「気持ちいいお湯だね。」
目を閉じると、今日のできごとが頭にうかんできた。
木にかこまれた福智院、静かでうつしい庭、さっぱりしたおいしい精進料理、そして心地よい温泉。ここに来ると、まるで別の世界に入ったようで、卒業後のしんろや将来のせんたくなど、気になることがすべて外に置いてきたように感じられる。ここにそんざいするのは、ただ自然と自分だけ。とても静かで心がおちつく。
「ここをはなれる時、ユミが言ったように、神様からヒントをうけて帰れるかどうかわからないけど…」
ベレンは目を開けてふかいためいきをついた。
「でも、せめてここにいる間、将来のことなど何も考えなくていいから、思う存分楽しもう。」
お風呂から上がった後、ベレンはすぐにねどこに入った。
あしたはまた他の場所をまわるつもりなので、早く寝てしっかり休みをとることにした。
今日はとてもつかれていたのか、しばらくするとベレンはねむりに落ちてしまった。
ベレンはスマートフォンを出し、予約のサイトを開いてフロントのスタッフに見せた。
「承知いたしました。少々お待ちください。」
予約を早くかくにんした後、スタッフはスマートフォンをベレンに返した。
「ベレンさん、こんにちは。2泊のご予約ですね?」
「はい、そうです。」
「それでは、お部屋までごあんないいたしますので、ついてきてください。」
スタッフの後ろについて部屋を通って、えんがわの前に着いた。
そして、障子(しょうじ:木のわくに和紙を張った引き戸で、おもに窓や外との仕切りに使われる)を開けた時、うつくしい庭が目の前に広がっていた。
「これはこれは、なんときみょうな場所なんでしょう。」
ベレンは目の前の庭をすみからすみまで見つめ、目をはなせなかった。
「この庭は昭和(しょうわ:1926年から1989年までの日本史の時代)を代表する作庭家、重森三玲さんの作品なんです。」
スタッフが親切に説明してくれた。
「そうなんですか。」
はじめて聞く名前だった。
「この石の庭は『蓮菜遊仙庭』というんです。むかしの中国の伝説に出てくる『蓬莱島』にインスパイアされてつくられたものです。」
「蓬莱島はせんにんたちが住む不老不死(年を取らず、死なないこと)の場所だと言われています。」
「これらの石の並びはまさに蓬莱島をあらわしているものです。」
「なるほど。」
たった十数個の石の並びにも、こんなにふかい意味があるんだ。今日もまた新しいことを学んだ。
「ほかにもう二つの庭があります。」
「一つは「愛染庭」といい、福智院の主な神様である愛染明王にちなんで名前がつけられた庭です。」
「もう一つは「登仙庭」といい、中国の話『登竜門』に出てくる龍門瀑(中国のでんせつに出る滝の名前)をまねて作られた庭です。」
「三つの庭は、それぞれことなる雰囲気をお楽しみいただけます。」
スタッフの説明を聞きながら、ベレンはうんうんとうなずいた。
二人は庭を通って、また部屋にもどった。部屋の中には、少し温かい湯気が立っているのを感じた。
「こちらはおふろです。『桃源(とうげん)』と『天女(てんにょ)』の2つに分かれております。」
ここはおふろなのか。だからあたたかく感じたのだ。
「両方にもサウナがついております。あせをかいて体を活発にすることができるので、旅のつかれを取るのにぴったりです。」
スタッフはとてもていねいに説明してくれている。
「ご注意いただきたいのは、ここの利用時間です。ろてんぶろは内湯とはことなっております。ろてんぶろは夜8時までとなっておりますので、ご利用のさいは気をつけてください。」
「はい、わかりました。」
ベレンはうなずきながら、スタッフの指示にしたがって、しせんを動かし、最終的に二人とはちがう方向で止まった。
「すみません、そちらはどこですか?」
ベレンの質問を聞いたスタッフはベレンがしめしている方向をふり向いた。
「ああ、そちらは当院の炭酸泉の湯です。あいにく12月から3月までは休湯となっておりますので、また今度いらっしゃってくださればぜひおためしください。」
「なるほど。」
「また、当院のおふろはすべて高野山でゆいいつの天然温泉となっております。お客様の旅のつかれを取ることができればと思っております。」
お風呂についてのあんないが終わって、ここを出ようとしたように見えるが、
「あ、そうだ。」
スタッフは急に止まって、何かを思い出したように口を開いた。
「すでに承知されているかもしれませんが、おつたえしておきたいと思います。」
「はい。」
「ここはタトゥーのあるお客様をおことわりいたします。おそらく問題ないかと思いますが、いちおうおつたえしておきます。」
日本では、むかし、タトゥーをしている人は、ぼうりょくだんの人がほとんどだった。そのため、他の客にめいわくをかけないように、多くの温泉ではタトゥーのある人が入ることができない。
「はい、わかりました。」
タトゥー禁止の話は聞いたことがあるので、スタッフが言ったことについてベレンは特におどろいていない。
「それでは、お部屋へごあんないいたします。」
「こちらがお部屋です。」
二人はしばらく歩き、数本のろうかを通った後、ある和室の前で立ち止まった。
「はい、ありがとうございます。」
ようやく部屋についた。
「それでは、ごゆっくりお休みください。何かひつようなことがあれば、フロントまでご連絡ください。」
スタッフはかるく頭を下げてから立ち去った。
その後、ベレンは部屋に入り、荷物を下ろした。
今日は本当につかれた。夕食の後、早くお風呂に入って寝よう。
福智院で出される夕食は精進料理(しょうじんりょうり)だ。精進料理はぶっきょうの教えにしたがって作られた料理だ。しょくざいは主に野菜で、魚や肉などの動物性のしょくざい、また、ネギ、ニンニク、タマネギ、ニラ、ラッキョウ、いわゆる「五葷(ごくん)」は使わない。お坊さんが修行(しゅぎょう)の時に食べるから、『精進料理』とよばれている。
ベレンはベジタリアンではないので、このような野菜だけで作られた料理を食べるのは今回がはじめてだった。
「肉や魚がぜんぜん入っていないけど、けっこうおいしいね。」
精進料理は動物性のしょくざいなど使用されていないものの、五味(「しょうゆ、しお、さとう、す、から」のちょうみりょう)、五法(「なま、にる、やく、あげる、むす」の調理法)、五色(「赤、青、黄、黒、白」のしきさい)のくみ合わせで、いろいろな味が楽しめる食事になっている。また、しゅんの野菜を使っているので、おいしいだけでなく、体にもいい食事だと言われている。
夕食の後、ベレンは昼間にあんないされたお風呂 、「桃源」 に向かった。
ぬるぬるした温泉に入ると、つかれた体が楽になったのがわかった。
「気持ちいいお湯だね。」
目を閉じると、今日のできごとが頭にうかんできた。
木にかこまれた福智院、静かでうつしい庭、さっぱりしたおいしい精進料理、そして心地よい温泉。ここに来ると、まるで別の世界に入ったようで、卒業後のしんろや将来のせんたくなど、気になることがすべて外に置いてきたように感じられる。ここにそんざいするのは、ただ自然と自分だけ。とても静かで心がおちつく。
「ここをはなれる時、ユミが言ったように、神様からヒントをうけて帰れるかどうかわからないけど…」
ベレンは目を開けてふかいためいきをついた。
「でも、せめてここにいる間、将来のことなど何も考えなくていいから、思う存分楽しもう。」
お風呂から上がった後、ベレンはすぐにねどこに入った。
あしたはまた他の場所をまわるつもりなので、早く寝てしっかり休みをとることにした。
今日はとてもつかれていたのか、しばらくするとベレンはねむりに落ちてしまった。
「こんにちは!予約したベレンです。」
ベレンはスマートフォンを取り出し、予約のサイトを開いてフロントのスタッフに提示した。
「承知いたしました。少々お待ちください。」
予約記録をすばやく確認した後、スタッフはスマートフォンをベレンに返した。
「ベレンさん、こんにちは。2泊のご予約ですね?」
「はい、そうです。」
「それでは、お部屋までご案内いたしますので、ついてきてください。」
スタッフの後ろについて部屋を通り抜け、縁側の前にたどり着いた。
そして、障子を開けた瞬間、美しい庭が目の前に広がっていた。
「これはこれは、なんと奇妙な配置なんでしょう。」
ベレンは目の前の庭園を隅から隅まで見つめ、目を離せなかった。
「この庭園は昭和を代表する作庭家、重森三玲さんの作品なんです。」
スタッフが親切に説明してくれた。
「そうなんですか。」
初めて聞く名前だった。
「この石庭は『蓮菜遊仙庭』というんです。古代中国の伝説に登場する『蓬莱島』にインスパイアされて造られたものです。」
「蓬莱島は仙人たちが住む不老不死の場所だと言われています。」
「これらの石の配置はまさに蓬莱島を表現したものです。」
「なるほど。」
たった十数個の石の配置にも、こんなに奥深い意味があるんだ。今日もまた新しいことを学んだ。
「他にもう二つの庭園があります。」
「一つは「愛染庭」といい、福智院の本尊である愛染明王に因んで名付けられた庭園です。」
「もう一つは「登仙庭」といい、中国の故事『登竜門』に登場する龍門瀑を模して造られた庭園です。」
「三つの庭園は、それぞれ異なる趣をお楽しみいただけます。」
スタッフの説明を聞きながら、ベレンはうんうん唸って頷いた。
二人は庭を横切り、再び室内に入った。部屋の中には、ほんのりと温かい湯気が立ちこめているのを感じた。
「こちらはお風呂です。『桃源』と『天女』の2つに分かれております。」
ここはお風呂なのか。道理で暖かく感じたのだ。
「両方にもサウナがついております。汗をかいて新陳代謝を促進することができるので、旅の疲れを癒すのに最適です。」
スタッフはとても丁寧に説明してくれている。
「ご注意いただきたいのは、ここの利用時間です。露天風呂は内湯とは異なっております。露天風呂は夜8時までとなっておりますので、ご利用の際は気をつけてください。」
「はい、わかりました。」
ベレンは頷きながら、視線をスタッフの案内に従って移し、最後は二人と反対の方向に止まった。
「すみません、そちらはどこですか?」
ベレンの質問を聞いたスタッフはベレンが指している方向を振り向いた。
「ああ、そちらは当院の炭酸泉の湯です。あいにく12月から3月までは休湯となっておりますので、また今度いらっしゃってくださればぜひお試しください。」
「なるほど。」
「また、当院のお風呂はすべて高野山で唯一の天然温泉となっております。お客様の旅の疲れを取ることができればと思っております。」
お風呂に関する案内が終わって、ここを出ようとしたように見えるが、
「あ、そうだ。」
スタッフは突然足を止め、何かを思い出したように口を開いた。
「すでに承知されているかもしれませんが、念のためお伝えしておきたいと思います。」
「はい。」
「ここはタトゥーや入れ墨のあるお客様をお断りいたします。おそらく問題ないかと思いますが、一応お伝えしておきます。」
日本では、昔タトゥーや入れ墨を入れている人はほとんど暴力団のメンバーだった。そのため、他の客を不愉快にさせないように、多くの温泉や銭湯ではタトゥーを持つ人の入場が拒否される。
「はい、わかりました。」
タトゥー禁止の話は聞いたことがあるので、スタッフが言ったことについてベレンは特に驚いていない。
「それでは、お部屋へご案内いたします。」
「こちらがお部屋です。」
二人はしばらく歩き、数本の廊下を抜けた後、ある和室の前で立ち止まった。
「はい、ありがとうございます。」
ようやく部屋についた。
「それでは、ごゆっくりお休みください。何か必要なことがあれば、フロントまでご連絡ください。」
スタッフは軽く頭を下げてから立ち去った。
その後、ベレンは部屋に入り、荷物を下ろした。
今日は本当に疲れた。夕食の後、早くお風呂に入って寝よう。
福智院で提供される夕食は精進料理だ。精進料理は仏教の戒律に従って調理される食事だ。食材は主に旬の野菜で、魚や肉などの動物性の食材、また、ネギ、ニンニク、タマネギ、ニラ、ラッキョウ、いわゆる「五葷」は使わない。僧侶の修行の一環として行われることから、「精進料理」と呼ばれている。
ベレンはベジタリアンではないため、このような植物性の食材だけで成り立っている料理を試すのは今回が初めてだった。
「肉や魚が一切入っていないけど、結構美味しいね。」
精進料理は動物性の食材など使用されていないものの、五味(「しょう油、塩、砂糖、酢、辛」の調味料)、五法(「生、煮る、焼く、揚げる、蒸す」の調理法)、五色(「赤、青、黄、黒、白」の色彩)の組み合わせで、多彩で味わい深い食事になっている。さらに、旬の野菜にこだわっているため、美味しさだけでなく健康にも良い食事とされている。
夕食の後、ベレンは昼間に案内されたお風呂 、「桃源」 に向かった。
ぬるぬるとした温泉に入ったら、疲れた体がほぐれていくのを感じた。
「気持ちいいお湯だね。」
目をつぶったら、今日一日の出来事が次々に頭の中に浮かんできた。
木々に囲まれた福智院、静謐で風情ある庭園、さっぱりとした美味しい精進料理、そしてこの心地よい温泉。ここに足を踏み入れると、まるで別世界に迷い込んだようで、卒業後の進路や将来の選択など、煩わしいことがすべて外に閉じ込められたかのように感じられる。ここに存在するのは、ただ自然と自分だけ。とても静かで心が落ち着く。
「ここを離れる時、ユミが言ったように、神様からヒントを受けて帰れるかどうかわからないけど…」
ベレンは目を開けて深いため息をついた。
「でも、せめてここにいる間、将来のことなど何も考えなくていいから、思う存分楽しもう。」
お風呂から上がった後、ベレンはすぐに寝床に潜り込んだ。
明日はまた他の場所を回るつもりなので、早く寝てしっかり休みを取ることにした。
今日はとても疲れていたのか、しばらくするとベレンは眠りに落ちてしまった。
ベレンはスマートフォンを取り出し、予約のサイトを開いてフロントのスタッフに提示した。
「承知いたしました。少々お待ちください。」
予約記録をすばやく確認した後、スタッフはスマートフォンをベレンに返した。
「ベレンさん、こんにちは。2泊のご予約ですね?」
「はい、そうです。」
「それでは、お部屋までご案内いたしますので、ついてきてください。」
スタッフの後ろについて部屋を通り抜け、縁側の前にたどり着いた。
そして、障子を開けた瞬間、美しい庭が目の前に広がっていた。
「これはこれは、なんと奇妙な配置なんでしょう。」
ベレンは目の前の庭園を隅から隅まで見つめ、目を離せなかった。
「この庭園は昭和を代表する作庭家、重森三玲さんの作品なんです。」
スタッフが親切に説明してくれた。
「そうなんですか。」
初めて聞く名前だった。
「この石庭は『蓮菜遊仙庭』というんです。古代中国の伝説に登場する『蓬莱島』にインスパイアされて造られたものです。」
「蓬莱島は仙人たちが住む不老不死の場所だと言われています。」
「これらの石の配置はまさに蓬莱島を表現したものです。」
「なるほど。」
たった十数個の石の配置にも、こんなに奥深い意味があるんだ。今日もまた新しいことを学んだ。
「他にもう二つの庭園があります。」
「一つは「愛染庭」といい、福智院の本尊である愛染明王に因んで名付けられた庭園です。」
「もう一つは「登仙庭」といい、中国の故事『登竜門』に登場する龍門瀑を模して造られた庭園です。」
「三つの庭園は、それぞれ異なる趣をお楽しみいただけます。」
スタッフの説明を聞きながら、ベレンはうんうん唸って頷いた。
二人は庭を横切り、再び室内に入った。部屋の中には、ほんのりと温かい湯気が立ちこめているのを感じた。
「こちらはお風呂です。『桃源』と『天女』の2つに分かれております。」
ここはお風呂なのか。道理で暖かく感じたのだ。
「両方にもサウナがついております。汗をかいて新陳代謝を促進することができるので、旅の疲れを癒すのに最適です。」
スタッフはとても丁寧に説明してくれている。
「ご注意いただきたいのは、ここの利用時間です。露天風呂は内湯とは異なっております。露天風呂は夜8時までとなっておりますので、ご利用の際は気をつけてください。」
「はい、わかりました。」
ベレンは頷きながら、視線をスタッフの案内に従って移し、最後は二人と反対の方向に止まった。
「すみません、そちらはどこですか?」
ベレンの質問を聞いたスタッフはベレンが指している方向を振り向いた。
「ああ、そちらは当院の炭酸泉の湯です。あいにく12月から3月までは休湯となっておりますので、また今度いらっしゃってくださればぜひお試しください。」
「なるほど。」
「また、当院のお風呂はすべて高野山で唯一の天然温泉となっております。お客様の旅の疲れを取ることができればと思っております。」
お風呂に関する案内が終わって、ここを出ようとしたように見えるが、
「あ、そうだ。」
スタッフは突然足を止め、何かを思い出したように口を開いた。
「すでに承知されているかもしれませんが、念のためお伝えしておきたいと思います。」
「はい。」
「ここはタトゥーや入れ墨のあるお客様をお断りいたします。おそらく問題ないかと思いますが、一応お伝えしておきます。」
日本では、昔タトゥーや入れ墨を入れている人はほとんど暴力団のメンバーだった。そのため、他の客を不愉快にさせないように、多くの温泉や銭湯ではタトゥーを持つ人の入場が拒否される。
「はい、わかりました。」
タトゥー禁止の話は聞いたことがあるので、スタッフが言ったことについてベレンは特に驚いていない。
「それでは、お部屋へご案内いたします。」
「こちらがお部屋です。」
二人はしばらく歩き、数本の廊下を抜けた後、ある和室の前で立ち止まった。
「はい、ありがとうございます。」
ようやく部屋についた。
「それでは、ごゆっくりお休みください。何か必要なことがあれば、フロントまでご連絡ください。」
スタッフは軽く頭を下げてから立ち去った。
その後、ベレンは部屋に入り、荷物を下ろした。
今日は本当に疲れた。夕食の後、早くお風呂に入って寝よう。
福智院で提供される夕食は精進料理だ。精進料理は仏教の戒律に従って調理される食事だ。食材は主に旬の野菜で、魚や肉などの動物性の食材、また、ネギ、ニンニク、タマネギ、ニラ、ラッキョウ、いわゆる「五葷」は使わない。僧侶の修行の一環として行われることから、「精進料理」と呼ばれている。
ベレンはベジタリアンではないため、このような植物性の食材だけで成り立っている料理を試すのは今回が初めてだった。
「肉や魚が一切入っていないけど、結構美味しいね。」
精進料理は動物性の食材など使用されていないものの、五味(「しょう油、塩、砂糖、酢、辛」の調味料)、五法(「生、煮る、焼く、揚げる、蒸す」の調理法)、五色(「赤、青、黄、黒、白」の色彩)の組み合わせで、多彩で味わい深い食事になっている。さらに、旬の野菜にこだわっているため、美味しさだけでなく健康にも良い食事とされている。
夕食の後、ベレンは昼間に案内されたお風呂 、「桃源」 に向かった。
ぬるぬるとした温泉に入ったら、疲れた体がほぐれていくのを感じた。
「気持ちいいお湯だね。」
目をつぶったら、今日一日の出来事が次々に頭の中に浮かんできた。
木々に囲まれた福智院、静謐で風情ある庭園、さっぱりとした美味しい精進料理、そしてこの心地よい温泉。ここに足を踏み入れると、まるで別世界に迷い込んだようで、卒業後の進路や将来の選択など、煩わしいことがすべて外に閉じ込められたかのように感じられる。ここに存在するのは、ただ自然と自分だけ。とても静かで心が落ち着く。
「ここを離れる時、ユミが言ったように、神様からヒントを受けて帰れるかどうかわからないけど…」
ベレンは目を開けて深いため息をついた。
「でも、せめてここにいる間、将来のことなど何も考えなくていいから、思う存分楽しもう。」
お風呂から上がった後、ベレンはすぐに寝床に潜り込んだ。
明日はまた他の場所を回るつもりなので、早く寝てしっかり休みを取ることにした。
今日はとても疲れていたのか、しばらくするとベレンは眠りに落ちてしまった。