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『小手ぇ!』
歩美の高い声が道場に聞こえる。同時に右の手に、今日何回目かの痛みが走った。
「…!」
「えへへ、また私の勝ちね」
歩美がニコニコと話しかける。かわいい仕草があるけれど、きびしい。
「うぅん…どうして…」
ベレンの突きは相手に読まれて、ぎゃくにこうげきされたのだ。
「凛(りん)先輩は私よりもずっと上手だから、そんな動きではすぐに負けてしまうよ。小手だけにね!」
ちなみにこのダジャレは、今日は何度目かの言うことだよ。道場にながれる冷え切った空気は2月のさむさだけのせいではないだろう。
「…まあいいわ。今日はこのくらいにしておきましょう。ちゃんとお風呂に入ってケアするのよ?」
「うん、つきあってくれてありがとう。お休み」
歩美はこの後バイトがあるらしく、にもつをまとめて帰っていった。
ベレンはぼうぐをかたづけながら、いろいろと考えていた。
(どうやったらじっせんで突きをあてられるようになるんだろう…)
もちろん、歩美には前に聞いてみた。
「そんなの、ビビッと来たらギュッとにぎってえいっ!って突くしかないじゃない」
とうぜんのような顔をして言われても、ベレンには全然ビビッと来なかった。『突き』のいいところやベレンの長所を話したときの説明とは全然違う。試合のやり取りや勝負のかんかくについては、歩美の話が難しくてわからなかった。
(もう、わかんないなあ…何が違うんだろう)
「違って、何が?」
おどろいてふり向くと、後ろに主将(しゅしょう)が立っていた。考えていたことが、つい口に出てしまったようだ。
「主将(しゅしょう)!おつかれさまです」
「おつかれさま、ベレン。がんばっているみたいだね。で、何か困っていることがあるの?私でよければそうだんに乗るけど…」
主将(しゅしょう)は努力で強くなった人だ。入会したばかりのころはあまり強くなかったけど、だれよりもたくさん練習してチームのトップになったと聞いている。それだけに、皆のそんけいの的であり、あこがれでもあった。
(主将(しゅしょう)にそうだんすれば、ヒントをもらえるかもしれない…)
「じつは…」
ベレンは主将(しゅしょう)に、じっせんで突きがうまく当たらないことを話した。主将(しゅしょう)はゆっくり聞いてくれた。
「なるほどね。話は何となく分かった。たくさんのれいはあるけれど、一つだけ教えてあげるよ。ベレン、ひとつのわざにあまり集中しないでね。もちろん練習したわざはつい使いたくなるものだけれど、それらは、いろいろなわざを使ったたたかいかたやかけひきのときに、やくに立つんだよ。今までに学んだわざをうまく使って、チャンスがあったら『突き』も使う。そうすることでベレンの能力はきっと今までにないほどにはばが広がるはずよ」
わざに集中しすぎない…たしかに今までは練習した『突き』に気を使っていた。主将(しゅしょう)の教えてくれたことはそこに気づきを与えてくれるものだった。
「…!ありがとうございます!」
「たぶん力になれたみたいね。良かった」
主将(しゅしょう)はやわらかくほほえんだ。
次の日、ベレンは歩美との練習に、主将(しゅしょう)が教えてくれたことを思い出しながらがんばった。
「小手っ!面っっ!」
「…!!」
ベレンがせめたので、歩美はびっくりして剣(けん)を上げた。
(ここだ…!)
「…突き!」
かまえがくずれたいっしゅんのすきまを突いた、まさにすばらしいいちげきだった。
面を取り、いきをゆっくりしてから、歩美は話し始めた。
「いや~今回はしてやられたわ!上手くなったわね!ベレン!」
「えへへ、それほどでも…」
だれかが見ている気がして後ろを見たら、すぶりを終えた主将(しゅしょう)が笑いながらこっちを見ていた。
ベレンが頭を下げると、主将(しゅしょう)は軽くウインクして手をふってくれた。強くて努力家で、その上お茶目な人なのだ。皆のあこがれの的なのもわかる気がした。
その日からベレンは歩美と何度もたたかいながら、どんどん上手くなっていった。
もくひょうとする対抗戦(たいこうせん)の選考会まで2か月と少し。ベレンはたくさん練習しながら、のこりの時間を突きをまぜたたたかい方の勉強と練習に使った。
歩美の高い声が道場に聞こえる。同時に右の手に、今日何回目かの痛みが走った。
「…!」
「えへへ、また私の勝ちね」
歩美がニコニコと話しかける。かわいい仕草があるけれど、きびしい。
「うぅん…どうして…」
ベレンの突きは相手に読まれて、ぎゃくにこうげきされたのだ。
「凛(りん)先輩は私よりもずっと上手だから、そんな動きではすぐに負けてしまうよ。小手だけにね!」
ちなみにこのダジャレは、今日は何度目かの言うことだよ。道場にながれる冷え切った空気は2月のさむさだけのせいではないだろう。
「…まあいいわ。今日はこのくらいにしておきましょう。ちゃんとお風呂に入ってケアするのよ?」
「うん、つきあってくれてありがとう。お休み」
歩美はこの後バイトがあるらしく、にもつをまとめて帰っていった。
ベレンはぼうぐをかたづけながら、いろいろと考えていた。
(どうやったらじっせんで突きをあてられるようになるんだろう…)
もちろん、歩美には前に聞いてみた。
「そんなの、ビビッと来たらギュッとにぎってえいっ!って突くしかないじゃない」
とうぜんのような顔をして言われても、ベレンには全然ビビッと来なかった。『突き』のいいところやベレンの長所を話したときの説明とは全然違う。試合のやり取りや勝負のかんかくについては、歩美の話が難しくてわからなかった。
(もう、わかんないなあ…何が違うんだろう)
「違って、何が?」
おどろいてふり向くと、後ろに主将(しゅしょう)が立っていた。考えていたことが、つい口に出てしまったようだ。
「主将(しゅしょう)!おつかれさまです」
「おつかれさま、ベレン。がんばっているみたいだね。で、何か困っていることがあるの?私でよければそうだんに乗るけど…」
主将(しゅしょう)は努力で強くなった人だ。入会したばかりのころはあまり強くなかったけど、だれよりもたくさん練習してチームのトップになったと聞いている。それだけに、皆のそんけいの的であり、あこがれでもあった。
(主将(しゅしょう)にそうだんすれば、ヒントをもらえるかもしれない…)
「じつは…」
ベレンは主将(しゅしょう)に、じっせんで突きがうまく当たらないことを話した。主将(しゅしょう)はゆっくり聞いてくれた。
「なるほどね。話は何となく分かった。たくさんのれいはあるけれど、一つだけ教えてあげるよ。ベレン、ひとつのわざにあまり集中しないでね。もちろん練習したわざはつい使いたくなるものだけれど、それらは、いろいろなわざを使ったたたかいかたやかけひきのときに、やくに立つんだよ。今までに学んだわざをうまく使って、チャンスがあったら『突き』も使う。そうすることでベレンの能力はきっと今までにないほどにはばが広がるはずよ」
わざに集中しすぎない…たしかに今までは練習した『突き』に気を使っていた。主将(しゅしょう)の教えてくれたことはそこに気づきを与えてくれるものだった。
「…!ありがとうございます!」
「たぶん力になれたみたいね。良かった」
主将(しゅしょう)はやわらかくほほえんだ。
次の日、ベレンは歩美との練習に、主将(しゅしょう)が教えてくれたことを思い出しながらがんばった。
「小手っ!面っっ!」
「…!!」
ベレンがせめたので、歩美はびっくりして剣(けん)を上げた。
(ここだ…!)
「…突き!」
かまえがくずれたいっしゅんのすきまを突いた、まさにすばらしいいちげきだった。
面を取り、いきをゆっくりしてから、歩美は話し始めた。
「いや~今回はしてやられたわ!上手くなったわね!ベレン!」
「えへへ、それほどでも…」
だれかが見ている気がして後ろを見たら、すぶりを終えた主将(しゅしょう)が笑いながらこっちを見ていた。
ベレンが頭を下げると、主将(しゅしょう)は軽くウインクして手をふってくれた。強くて努力家で、その上お茶目な人なのだ。皆のあこがれの的なのもわかる気がした。
その日からベレンは歩美と何度もたたかいながら、どんどん上手くなっていった。
もくひょうとする対抗戦(たいこうせん)の選考会まで2か月と少し。ベレンはたくさん練習しながら、のこりの時間を突きをまぜたたたかい方の勉強と練習に使った。
『小手ぇ!』
歩美の高い声が道場に響く。同時に右手に、本日何度目かの鈍い痛みが走った。
「…!」
「えへへ、また私の勝ちね」
歩美がニコニコと話しかける。可愛らしい仕草とは裏腹に容赦がない。
「うぅん…どうして…」
ベレンの突きはまたも繰り出すタイミングを読まれ、払われた上で反撃を喰らってしまったのだ。
「凛先輩は私とは比べ物にならないくらい鋭いからね、そんな動きじゃあっという間にコテンパンよ、小手だけに!」
ちなみにこのダジャレも本日何度目かのお披露目である。道場に流れる冷え切った空気は2月の寒さだけのせいではないだろう。
「…まあいいわ。今日はこのくらいにしておきましょう。ちゃんとお風呂に浸かってケアするのよ?」
「うん、付き合ってくれてありがとう。お休み」
歩美はこの後バイトがあるらしく、さっさと荷物をまとめて帰っていった。
ベレンは防具を片付けながら、ぐるぐると考えていた。
(どうやったら実戦で突きを当てられるようになるんだろう…)
無論、歩美には前に聞いてみた。
「そんなの、ビビッと来たらギュッと握ってえいっ!って突くしかないじゃない」
当然のような顔をして言われても、ベレンには全然ビビッと来なかった。『突き』の利点やベレンの長所を話したときの理路整然とした説明とはまるで別人だ。こと試合の駆け引きや勝負勘に関しては、天才肌の歩美が言っていることは理解できそうになかった。
(もう、わかんないなあ…何が違うんだろう)
「違うって、何が?」
驚いて振り向くと、後ろに主将が立っていた。考え事がつい口に出ていたみたいだ。
「主将!お疲れ様です」
「お疲れ様、ベレン。頑張っているみたいだね。で、何か悩んでいるの?私でよければ相談に乗るけど…」
主将は努力で強くなった人だ。入会した当初は決して強い方ではなかったが、誰よりも稽古を積んでチームのトップになったと聞いている。それだけに、皆の尊敬の的であり、憧れでもあった。
(主将に相談すれば、なにかヒントを得られるかもしれない…)
「実は…」
ベレンは主将に、突きが実戦で上手く決まらないことを打ち明けた。主将はゆっくり聞いてくれた。
「なるほどね。話は何となく分かった。個別の例を挙げればきりがないから私からは一つだけ教えてあげる。ベレン、一つの技に拘りすぎないで。もちろん練習した技はつい使いたくなるものだけれど、それらは多様な技を織り交ぜた戦術や駆け引きの中でこそ、初めて活きるものなの。今までに修得した技も柔軟に織り交ぜつつ、チャンスがあれば『突き』も繰り出す。そうすることでベレンの戦術はきっと今までにないほどに幅が広がるはずよ」
技に拘りすぎない…確かに今までは練習した『突き』に固執していた。主将の教えてくれたことはそこに気づきを与えてくれるものだった。
「…!ありがとうございます!」
「どうやら力になれたみたいね。良かった」
主将は柔らかく微笑んだ。
次の日、ベレンは歩美との稽古に、主将が教えてくれたことを思い出しながら臨んだ。
「小手っ!面っっ!」
「…!!」
ベレンの攻勢に慌てた歩美の剣先がピクリと上がる。
(ここだ…!)
「…突き!」
構えが崩れた一瞬の隙を突いた、まさに会心の一撃だった。
面を取り、息を整えてから歩美は一気にまくし立てた。
「いや~今回はしてやられたわ!上手くなったわね!ベレン!」
「えへへ、それほどでも…」
ふと視線を感じて振り返ると、素振りを終えた主将がニコニコしながらこちらを見ている。
ベレンがぺこりと会釈をすると、軽くウインクをして手を振ってくれた。強くて努力家で、その上お茶目な人なのだ。皆の憧れの的なのもわかる気がした。
その日からベレンは歩美と一進一退の攻防を繰り広げながら、どんどん上達していった。
目標とする対抗戦の選考会まで2か月と少し。ベレンは稽古を重ねながら、残された時間を突きを織り交ぜた戦術の研究と実践に費やした。
歩美の高い声が道場に響く。同時に右手に、本日何度目かの鈍い痛みが走った。
「…!」
「えへへ、また私の勝ちね」
歩美がニコニコと話しかける。可愛らしい仕草とは裏腹に容赦がない。
「うぅん…どうして…」
ベレンの突きはまたも繰り出すタイミングを読まれ、払われた上で反撃を喰らってしまったのだ。
「凛先輩は私とは比べ物にならないくらい鋭いからね、そんな動きじゃあっという間にコテンパンよ、小手だけに!」
ちなみにこのダジャレも本日何度目かのお披露目である。道場に流れる冷え切った空気は2月の寒さだけのせいではないだろう。
「…まあいいわ。今日はこのくらいにしておきましょう。ちゃんとお風呂に浸かってケアするのよ?」
「うん、付き合ってくれてありがとう。お休み」
歩美はこの後バイトがあるらしく、さっさと荷物をまとめて帰っていった。
ベレンは防具を片付けながら、ぐるぐると考えていた。
(どうやったら実戦で突きを当てられるようになるんだろう…)
無論、歩美には前に聞いてみた。
「そんなの、ビビッと来たらギュッと握ってえいっ!って突くしかないじゃない」
当然のような顔をして言われても、ベレンには全然ビビッと来なかった。『突き』の利点やベレンの長所を話したときの理路整然とした説明とはまるで別人だ。こと試合の駆け引きや勝負勘に関しては、天才肌の歩美が言っていることは理解できそうになかった。
(もう、わかんないなあ…何が違うんだろう)
「違うって、何が?」
驚いて振り向くと、後ろに主将が立っていた。考え事がつい口に出ていたみたいだ。
「主将!お疲れ様です」
「お疲れ様、ベレン。頑張っているみたいだね。で、何か悩んでいるの?私でよければ相談に乗るけど…」
主将は努力で強くなった人だ。入会した当初は決して強い方ではなかったが、誰よりも稽古を積んでチームのトップになったと聞いている。それだけに、皆の尊敬の的であり、憧れでもあった。
(主将に相談すれば、なにかヒントを得られるかもしれない…)
「実は…」
ベレンは主将に、突きが実戦で上手く決まらないことを打ち明けた。主将はゆっくり聞いてくれた。
「なるほどね。話は何となく分かった。個別の例を挙げればきりがないから私からは一つだけ教えてあげる。ベレン、一つの技に拘りすぎないで。もちろん練習した技はつい使いたくなるものだけれど、それらは多様な技を織り交ぜた戦術や駆け引きの中でこそ、初めて活きるものなの。今までに修得した技も柔軟に織り交ぜつつ、チャンスがあれば『突き』も繰り出す。そうすることでベレンの戦術はきっと今までにないほどに幅が広がるはずよ」
技に拘りすぎない…確かに今までは練習した『突き』に固執していた。主将の教えてくれたことはそこに気づきを与えてくれるものだった。
「…!ありがとうございます!」
「どうやら力になれたみたいね。良かった」
主将は柔らかく微笑んだ。
次の日、ベレンは歩美との稽古に、主将が教えてくれたことを思い出しながら臨んだ。
「小手っ!面っっ!」
「…!!」
ベレンの攻勢に慌てた歩美の剣先がピクリと上がる。
(ここだ…!)
「…突き!」
構えが崩れた一瞬の隙を突いた、まさに会心の一撃だった。
面を取り、息を整えてから歩美は一気にまくし立てた。
「いや~今回はしてやられたわ!上手くなったわね!ベレン!」
「えへへ、それほどでも…」
ふと視線を感じて振り返ると、素振りを終えた主将がニコニコしながらこちらを見ている。
ベレンがぺこりと会釈をすると、軽くウインクをして手を振ってくれた。強くて努力家で、その上お茶目な人なのだ。皆の憧れの的なのもわかる気がした。
その日からベレンは歩美と一進一退の攻防を繰り広げながら、どんどん上達していった。
目標とする対抗戦の選考会まで2か月と少し。ベレンは稽古を重ねながら、残された時間を突きを織り交ぜた戦術の研究と実践に費やした。