閉じる
閉じる
📌
閉じる
📌
妖怪の囁き・上
三つの質問
現在の再生速度: 1.0倍
Coming soon!
「ベレン、こっち」目の大きい黒い猫が言った。
ベレンは猫をおいかけて、森の中のほそい道を歩いていた。暗い夜に月の光で木のかげが土に広がって、面白いもようになっていた。先に小さな家が見えるようになった。猫が止まっていて、ベレンに見かえした。
「中に入って。私はここで待っている」と猫が言った。
「うん」とベレンはうなずいた。
小さな家の中は長い間だれも住んでいないみたいだった。てんじょうはクモの糸がはり、ゆかや家具にはほこりがいっぱいあった。隅には長い着物を着ている女の人がいた。暗かったので、顔が見えなかったけど、美人だとベレンは思った。
「ベレンさんか。ようこそ」と女の人は言った。
「おじゃまします、魔女様」
顔が見えなかったけど、魔女が笑みはじめたとベレンは気がした。
「もうわかっていたのか。いいね。聞きたいことがあるだろう。三つの質問に答える」
ベレンは知りたいことがいっぱいあったので、少し考えてから、口にした。
「あの旅館の悲劇、魔女様は関係がありますか」
「あるよ」
「魔女様のくすりのせいで、奥さんは気がくるって、ご主人を殺しましたか」
「違う。私はただ手伝いたかったから」
「では、なんで頭がおかしくなりましたのか」
「ルールをやぶったから」
「ルール?何のルールですか」
「それは四つ目の質問だよね。もう答えられない。彼女に聞いてみて。おわかれの時間だ」
彼女って猫のことかとベレンは答えようとしたが、何も言わなかった。それから、魔女におれいを言って、小さな家から出た。
「どうだった?怖くないの?」黒い猫の大きい目が夜にかがやいていた。
ベレンは頭をふった。
「ならよかった。ベレンは強いね」猫は満足しそうにほほえんだ。
「送ってくれてありがとう」
「いや、いや。ベレンがここにいるのはぐうぜんじゃない。これを覚えといて。では、もう起きてもいいよ。また」
「待って!」とベレンはさけんだけど、猫はもう森に去っていった。
ベレンは起きた。まわりは森ではなく、旅館の和室だった。窓から光がキラキラして、鳥の音が耳についた。ベレンはふとんにすわって、考えた。ふしぎな夢だな。黒い猫は友だちのようだった。そして、魔女との出会いはあたりまえのようだった。夢らしいけど。夢の中にいると、夢の中でのできごとが自然につづくことがあたりまえだろう。でも、そんなにリアルなかんじがする夢はベレンにとってめずらしい。この旅館の雰囲気でその夢を見たかもしれない。そして、昨日風呂屋でやっぱりへんなことがあって、おどろいた。電気が消えたのは、ただの停電(ていでん:電気が止まったこと)のせいかもしれないけど、あの足音はいったい何なんだったの。ただの想像か?
その時、ノックの音がした。ベレンは立って、ドアに向かった。
「おはよう!」とアガサの元気なこえだった。
「おはよう」とベレンは答えた。
「よくねむれた?」
「うん。アガサはどう?きのう何かしらべたの?」
「まあ、しらべたって言えないかな。けど、やっぱりふしぎな出来事があった!そして、幽霊の泣いているこえを聞いたよ!」
「へー、ほんとうに?」
「ええ。きのうの夜、へやに向かっていたとき、ろうかにあるあかりの光がゆれはじめて、先に角をまがっている人のかげを見た。かげが角に消えたとたん、さびしそうな泣いているこえが聞こえた。追いかけようとしたんだけれども、角をまがると、だれもいなかった」とアガサは走っているように息が切れた。
また電気の問題とふすぎなかげなのか。風呂屋での出来事とにているところがあるとベレンは気がついた。きのうのことをアガサに伝えた。
「ほんとうにこわいよ!暗い中でだれかの近づいている音を聞くなんて!この旅館についてのうわさって本物じゃないか。やっぱり幽霊がいるよ」
「とにかく何かへんなことが起こっているってたしかだ」
「女将さんと話そうか」
「おかみさんって?」
女将さんは旅館などをけいえいしている女だとアガサは説明してくれた。実はアガサはきのう彼女と話したかったのだけど、ブログのためのゴーストハンティングのせいで、わすれてしまった。なので、今日ベレンにいっしょに行こうとさそった。ベレンにも何か説明しにくい出来事が起こったのだから。
フロントスタッフ(受付の人)に聞いてみたら、女将さんは今ひまだそうだった。だから、ベレンとアガサは女将さんからお茶にさそわれた。みんなは小さな和室にそろって、ちゃぶ台(日本のでんとうてきな低いまるいテーブル)のまわりに正座(ゆかに座る日本のでんとうてきな座り方)で座っていた。そして、アガサはアガサらしく、せっきょくてきに話し始めた。
「私は旅行のブログをやっていますから、女将さんの旅館についても書きたいですね」
「ああ、そうですか。どうぞ、どうぞ。書いてください」とやさしく笑いながら、女将さんは答えた。
「この旅館の伝説(でんせつ:むかしから伝わるふしぎな話のこと)を教えていただけませんか」とベレンは声を出した。
「伝説ですか」
「このところはかいだんで知られている理由、教えていただければうれしいです」
「ああ、そういうことですか」と女将さんは、またほほえんだ。
「もしよかったら…」
ベレンは女将さんのバージョンを聞きたくてたまらない。
「いいですよ。聞いてください。皆さんもう知っていると思いますが、この旅館はむかし、ふつうの家でした。この家ではある夫婦がしあわせに暮らしました。でも、子どもがなかなかできませんでした」
話のはじめからすると、アガサのバージョンかなとベレンは思った。
「奥さんはしつぼうして、魔女のところに行くことにしました。魔女は奥さんに魔法(まほう:特別な力を使ってふしぎなことをすること)のくすりをあげました。奥さんはすぐくすりを飲んで、うちに帰りました。そして、9か月後子どもが生まれました」
「え!」ベレンとアガサは同時にびっくりした声を出した。
「そうですね。元気そうな赤ちゃんが生まれました。でも、しばらくして、奥さんはおかしくなって、ふつうの子どもではなくて、化け物が生まれたと考えるようになりました。だから、子どもを何回も殺そうとしていました。ご主人が子どもを助けようとしたとき、奥さんはぐうぜんにご主人を殺してしまいました。奥さんはご主人をすごく愛していたので、気がくるって、子どものことをまったく忘れてしまいました。それから、かなしさのあまり亡くなりました」
ベレンはだまっていて、考え込んだ。第三目の話のバージョンもひどいなと思った。
「子どもはどうなりましたか」とアガサはたずねた。
「死んだかもしれないし、村の人に助けられたかもしれません。むかしの伝説ですから、ほんとうに何が起こったのか、わかりません。知っている人はもういないと思っています」
話にいくつかのバージョンがあるのをベレンはふしぎに思った。結果は同じだけど、ストーリーのないようが毎回違っている。それはただうわさの広がり方のとくちょうかもしれないが、何かとけないなぞがあったというような気がした。
「きのう幽霊を少し見たと思いますよ」とアガサは言った。
「そうですか」
「ベレンも風呂屋にいた時だれかの足音を聞いて、変なかげを見たと言いました。そうでしょう?」アガサはベレンに顔を向けた。
「その通りです」
「めいわくをかけて、申し訳ございません」と女将さんは、あやまるためにおじぎをした。
「いや、いや。ぜんぜん大丈夫です」とアガサは顔の前で手をふった。
「もし幽霊がいても、この旅館は100%安全なところです。安心してくださいね」
暗闇の中、風呂屋で幽霊からにげるのはぜんぜん安全じゃないけどだとベレンは思った。女将さんはベレンの心を読んだように、申し訳なさそうに言った。
「ベレンさん、何度も申し訳ありません。建物が古いので、ざんねんなことに時々停電が起こっています。昨夜もそうだったと思いますよ。けががなくてよかったですね」
「はい、そうですね」とベレンは答えた。
おかみさんと別れたあと、ベレンとアガサは何か食べ物を買うために旅館の近くにあるコンビニに行った。その時、
「女将さんってしんらいできない人だよ」とベレンは言った。
「へー、なんで、なんで?」とアガサは目をまるくした。
「昨夜、私が風呂屋にいた時、電気が消えたということについて私たちは何も言わなかったよね」
アガサは急に止まって、おどろいた顔でベレンを見つめた。
「たしかに!彼女はどうして知っていたのか?」
「電気を消したのは女将さんかもしれない」
「うそ!」アガサはもっとびっくりして、手で口をかくした。
「今夜はいっしょにゴーストハンティングをしないか」
ベレンは猫をおいかけて、森の中のほそい道を歩いていた。暗い夜に月の光で木のかげが土に広がって、面白いもようになっていた。先に小さな家が見えるようになった。猫が止まっていて、ベレンに見かえした。
「中に入って。私はここで待っている」と猫が言った。
「うん」とベレンはうなずいた。
小さな家の中は長い間だれも住んでいないみたいだった。てんじょうはクモの糸がはり、ゆかや家具にはほこりがいっぱいあった。隅には長い着物を着ている女の人がいた。暗かったので、顔が見えなかったけど、美人だとベレンは思った。
「ベレンさんか。ようこそ」と女の人は言った。
「おじゃまします、魔女様」
顔が見えなかったけど、魔女が笑みはじめたとベレンは気がした。
「もうわかっていたのか。いいね。聞きたいことがあるだろう。三つの質問に答える」
ベレンは知りたいことがいっぱいあったので、少し考えてから、口にした。
「あの旅館の悲劇、魔女様は関係がありますか」
「あるよ」
「魔女様のくすりのせいで、奥さんは気がくるって、ご主人を殺しましたか」
「違う。私はただ手伝いたかったから」
「では、なんで頭がおかしくなりましたのか」
「ルールをやぶったから」
「ルール?何のルールですか」
「それは四つ目の質問だよね。もう答えられない。彼女に聞いてみて。おわかれの時間だ」
彼女って猫のことかとベレンは答えようとしたが、何も言わなかった。それから、魔女におれいを言って、小さな家から出た。
「どうだった?怖くないの?」黒い猫の大きい目が夜にかがやいていた。
ベレンは頭をふった。
「ならよかった。ベレンは強いね」猫は満足しそうにほほえんだ。
「送ってくれてありがとう」
「いや、いや。ベレンがここにいるのはぐうぜんじゃない。これを覚えといて。では、もう起きてもいいよ。また」
「待って!」とベレンはさけんだけど、猫はもう森に去っていった。
ベレンは起きた。まわりは森ではなく、旅館の和室だった。窓から光がキラキラして、鳥の音が耳についた。ベレンはふとんにすわって、考えた。ふしぎな夢だな。黒い猫は友だちのようだった。そして、魔女との出会いはあたりまえのようだった。夢らしいけど。夢の中にいると、夢の中でのできごとが自然につづくことがあたりまえだろう。でも、そんなにリアルなかんじがする夢はベレンにとってめずらしい。この旅館の雰囲気でその夢を見たかもしれない。そして、昨日風呂屋でやっぱりへんなことがあって、おどろいた。電気が消えたのは、ただの停電(ていでん:電気が止まったこと)のせいかもしれないけど、あの足音はいったい何なんだったの。ただの想像か?
その時、ノックの音がした。ベレンは立って、ドアに向かった。
「おはよう!」とアガサの元気なこえだった。
「おはよう」とベレンは答えた。
「よくねむれた?」
「うん。アガサはどう?きのう何かしらべたの?」
「まあ、しらべたって言えないかな。けど、やっぱりふしぎな出来事があった!そして、幽霊の泣いているこえを聞いたよ!」
「へー、ほんとうに?」
「ええ。きのうの夜、へやに向かっていたとき、ろうかにあるあかりの光がゆれはじめて、先に角をまがっている人のかげを見た。かげが角に消えたとたん、さびしそうな泣いているこえが聞こえた。追いかけようとしたんだけれども、角をまがると、だれもいなかった」とアガサは走っているように息が切れた。
また電気の問題とふすぎなかげなのか。風呂屋での出来事とにているところがあるとベレンは気がついた。きのうのことをアガサに伝えた。
「ほんとうにこわいよ!暗い中でだれかの近づいている音を聞くなんて!この旅館についてのうわさって本物じゃないか。やっぱり幽霊がいるよ」
「とにかく何かへんなことが起こっているってたしかだ」
「女将さんと話そうか」
「おかみさんって?」
女将さんは旅館などをけいえいしている女だとアガサは説明してくれた。実はアガサはきのう彼女と話したかったのだけど、ブログのためのゴーストハンティングのせいで、わすれてしまった。なので、今日ベレンにいっしょに行こうとさそった。ベレンにも何か説明しにくい出来事が起こったのだから。
フロントスタッフ(受付の人)に聞いてみたら、女将さんは今ひまだそうだった。だから、ベレンとアガサは女将さんからお茶にさそわれた。みんなは小さな和室にそろって、ちゃぶ台(日本のでんとうてきな低いまるいテーブル)のまわりに正座(ゆかに座る日本のでんとうてきな座り方)で座っていた。そして、アガサはアガサらしく、せっきょくてきに話し始めた。
「私は旅行のブログをやっていますから、女将さんの旅館についても書きたいですね」
「ああ、そうですか。どうぞ、どうぞ。書いてください」とやさしく笑いながら、女将さんは答えた。
「この旅館の伝説(でんせつ:むかしから伝わるふしぎな話のこと)を教えていただけませんか」とベレンは声を出した。
「伝説ですか」
「このところはかいだんで知られている理由、教えていただければうれしいです」
「ああ、そういうことですか」と女将さんは、またほほえんだ。
「もしよかったら…」
ベレンは女将さんのバージョンを聞きたくてたまらない。
「いいですよ。聞いてください。皆さんもう知っていると思いますが、この旅館はむかし、ふつうの家でした。この家ではある夫婦がしあわせに暮らしました。でも、子どもがなかなかできませんでした」
話のはじめからすると、アガサのバージョンかなとベレンは思った。
「奥さんはしつぼうして、魔女のところに行くことにしました。魔女は奥さんに魔法(まほう:特別な力を使ってふしぎなことをすること)のくすりをあげました。奥さんはすぐくすりを飲んで、うちに帰りました。そして、9か月後子どもが生まれました」
「え!」ベレンとアガサは同時にびっくりした声を出した。
「そうですね。元気そうな赤ちゃんが生まれました。でも、しばらくして、奥さんはおかしくなって、ふつうの子どもではなくて、化け物が生まれたと考えるようになりました。だから、子どもを何回も殺そうとしていました。ご主人が子どもを助けようとしたとき、奥さんはぐうぜんにご主人を殺してしまいました。奥さんはご主人をすごく愛していたので、気がくるって、子どものことをまったく忘れてしまいました。それから、かなしさのあまり亡くなりました」
ベレンはだまっていて、考え込んだ。第三目の話のバージョンもひどいなと思った。
「子どもはどうなりましたか」とアガサはたずねた。
「死んだかもしれないし、村の人に助けられたかもしれません。むかしの伝説ですから、ほんとうに何が起こったのか、わかりません。知っている人はもういないと思っています」
話にいくつかのバージョンがあるのをベレンはふしぎに思った。結果は同じだけど、ストーリーのないようが毎回違っている。それはただうわさの広がり方のとくちょうかもしれないが、何かとけないなぞがあったというような気がした。
「きのう幽霊を少し見たと思いますよ」とアガサは言った。
「そうですか」
「ベレンも風呂屋にいた時だれかの足音を聞いて、変なかげを見たと言いました。そうでしょう?」アガサはベレンに顔を向けた。
「その通りです」
「めいわくをかけて、申し訳ございません」と女将さんは、あやまるためにおじぎをした。
「いや、いや。ぜんぜん大丈夫です」とアガサは顔の前で手をふった。
「もし幽霊がいても、この旅館は100%安全なところです。安心してくださいね」
暗闇の中、風呂屋で幽霊からにげるのはぜんぜん安全じゃないけどだとベレンは思った。女将さんはベレンの心を読んだように、申し訳なさそうに言った。
「ベレンさん、何度も申し訳ありません。建物が古いので、ざんねんなことに時々停電が起こっています。昨夜もそうだったと思いますよ。けががなくてよかったですね」
「はい、そうですね」とベレンは答えた。
おかみさんと別れたあと、ベレンとアガサは何か食べ物を買うために旅館の近くにあるコンビニに行った。その時、
「女将さんってしんらいできない人だよ」とベレンは言った。
「へー、なんで、なんで?」とアガサは目をまるくした。
「昨夜、私が風呂屋にいた時、電気が消えたということについて私たちは何も言わなかったよね」
アガサは急に止まって、おどろいた顔でベレンを見つめた。
「たしかに!彼女はどうして知っていたのか?」
「電気を消したのは女将さんかもしれない」
「うそ!」アガサはもっとびっくりして、手で口をかくした。
「今夜はいっしょにゴーストハンティングをしないか」
「ベレン、こっち」目の大きい黒猫の声だった。
ベレンは猫の姿を追いかけて、森の中の小道を歩いていた。暗い夜に月の光に照らされた木の影が地面に広がって、不思議な模様になっていた。先に小屋が見えるようになった。猫が止まっていて、ベレンのほうに振り向いた。
「中に入って。私はここで待っている」と猫が言った。
「うん」とベレンは頷いた。
小屋の中は何年間も誰も住んでいない雰囲気だった。天井は蜘蛛の巣が張り、床や家具は埃にまみれていた。隅には長い着物を着ている女の人の姿があった。暗かったので、顔が見えなかったけど、美人だとベレンは思った。
「ベレンさんか。ようこそ」と女の人は言った。
「お邪魔します、魔女様」
顔が見えなかったけど、魔女が微笑み始めたとベレンは感じがした。
「もうわかっていたのか。いいね。聞きたいことがあるだろう。三つの質問に答える」
ベレンは知りたいことがいっぱいあったので、少し考え込んでから、口にした。
「あの旅館の悲劇、魔女様は関係がありますか」
「あるよ」
「魔女様の薬のせいで、奥さんは気が狂って、旦那さんを殺しましたか」
「違う。私はただ手伝いたかったから」
「では、なんで頭が狂いましたのか」
「ルールを破ったから」
「ルール?何のルールですか」
「それは四つ目の質問だよね。もう答えられない。彼女に聞いてみて。お別れの時間だ」
彼女って猫のことかとベレンは答えようとしたが、結局黙った。それから、陰に隠れている魔女にお礼を言って、小屋から出た。
「どうだった?怖くないの?」黒猫の大きい目が闇に輝いていた。
ベレンは頭を振った。
「ならよかった。ベレンは強いね」猫は満足しそうに微笑んだ。
「送ってくれてありがとう」
「いや、いや。ベレンがここにいるのは偶然じゃない。これを覚えといて。では、もう起きてもいいよ。また」
「待って!」とベレンは叫んだけど、猫の姿は素早く森に去っていった。
ベレンは目覚めた。周りは森ではなく、旅館の和室だった。窓から光が差し込んで、鳥の鳴き声が耳についた。ベレンは布団に座って、考え込んだ。不思議な夢だな。黒猫は親友のようだった。そして、魔女との出会いは当たり前のようだった。夢らしいけど。夢の中にいると、夢の中で矛盾する事柄がなんの違和感もなく続くことが当たり前だろう。でも、そんなにリアルな感じがする夢はベレンにとって珍しい。この旅館の雰囲気で想像が膨らんだのかもしれない。そして、昨日銭湯でやっぱり変なことが起こって、驚いた。電気が消えたのは、ただの停電のせいかもしれないけど、あの足音はいったい何なんだったの。ただの妄想か?
その時、ノックの音がした。ベレンは立ち上がって、ドアに向かった。
「おはよう!」とアガサの元気な声だった。
「おはよう」とベレンは答えた。
「よく眠れた?」
「うん。アガサはどう?きのう何か調べたの?」
「まあ、調べたって言えないかな。けど、やっぱり不思議な出来事が起こった!そして、幽霊の号泣を聞いたよ!」
「へー、本当に?」
「ええ。昨夜、部屋に向かっていたとき、廊下にある電灯の光が揺れはじめて、奥に角を曲がっている人の影を見た。影が角に消えた途端、寂しそうな泣き声が聞こえた。追いかけようとしたんだけれども、角を曲がると、誰もいなかった」とアガサは走っているように息が切れた。
また電気の問題と不思議な影なのか。なんだか銭湯での出来事と似ているところがあるとベレンは気がついた。昨日のことをアガサに伝えた。
「本当に怖いよ!闇の中で近づいている音を聞くなんて!この旅館についての噂って本物じゃないか。やっぱり幽霊がいるよ」
「とにかく何か変なことが起こっているって確かだ」
「女将さんと話そうか」
「おかみさんって?」
女将さんとは旅館などの女主人だとアガサは説明してくれた。実はアガサは昨日彼女と話したかったのだけど、ブログのためのゴーストハンティングに夢中になって、忘れてしまった。なので、今日ベレンに一緒に行こうと提案した。ベレンにも何か説明しにくい出来事が起こったのだから。
フロントスタッフに聞いてみたら、女将さんは今余裕があるそうだった。だから、ベレンとアガサは女将さんからお茶に誘われた。みんなは小さな和室にそろって、ちゃぶ台の周りに正座で座っていた。そして、アガサはアガサらしく、活発に話し始めた。
「私は旅行のブログをやっていますから、女将さんの旅館についても書きたいですね」
「ああ、そうですか。どうぞ、どうぞ。遠慮なく、書いてください」と優しく笑いながら、女将さんは答えた。
「この旅館の伝説を教えていただけませんか」とベレンは声を出した。
「伝説ですか」
「この所は怪談で知られている理由、教えていただければ嬉しいです」
「ああ、そういうことですか」と女将さんの顔にはまた微笑が浮かんだ。
「もしよかったら…」
ベレンは女将さんのバージョンを聞きたくてたまらない。
「いいですよ。聞いてください。皆さんもう知っていると思いますが、この旅館は昔、普通の家でした。この家ではある夫婦が幸せに暮らしました。でも、子どもがなかなかできませんでした」
話のはじめからすると、アガサのバージョンかなとベレンは思った。
「奥さんは失望して、魔女のところに行くことにしました。魔女は奥さんに魔法の薬をあげました。奥さんはすぐ薬を飲んで、うちに帰りました。そして、9か月後子どもが生まれました」
「え!」ベレンとアガサは同時にびっくりした声を出した。
「そうですね。元気そうな赤ちゃんが生まれました。でも、しばらくして、奥さんはおかしくなって、普通の子どもではなくて、化け物を産んだと考えるようになりました。だから、子どもを何回も殺そうとしていました。旦那さんが子どもを助けようとしたとき、奥さんは偶然に旦那さんを殺してしまいました。奥さんは旦那さんをすごく愛していたので、旦那さんを殺してしまった狂気に落ち込んで、子どものことをまったく忘れてしまいました。それから、悲しさのあまり亡くなりました」
ベレンは黙っていて、考え込んだ。第三目の話のバージョンもひどいなと思った。
「子どもはどうなりましたか」とアガサは尋ねた。
「死んだかもしれないし、村の人に助けられたかもしれません。昔の伝説ですから、実際に何が起こったのか、わかりません。知っている人はもういないと思っています」
話にいくつかのバージョンがあるのをベレンは不思議に思った。結果は同じだけど、事柄が毎回違っている。それはただ噂の広まり方の特徴かもしれないが、何か解けない謎があったというような気がした。
「きのう幽霊を少し見たと思いますよ」とアガサは言った。
「そうですか」
「ベレンも銭湯にいた時誰かの足音を聞いて、変な影を見たと言いました。そうでしょう?」アガサはベレンに顔を向けた。
「その通りです」
「迷惑をかけて、申し訳ございません」と女将さんは謝るためにお辞儀をした。
「いや、いや。全然大丈夫です」とアガサは顔の前で手を振った。
「もし幽霊がいても、この旅館は100%安全な所です。安心してくださいね」
暗闇の中、銭湯で幽霊から逃げるのは全然安全じゃないけどだとベレンは思った。女将さんはベレンの心を読んだように、申し訳なさそうに言った。
「ベレンさん、重ね重ね申し訳ございません。建物が古いので、残念なことに時々停電が起こっています。昨夜もそうだったと思いますよ。けががなくてよかったですね」
「はい、そうですね」とベレンは答えた。
女将さんと別れた後、ベレンとアガサは何か食べ物を買うために旅館の近くにあるコンビニに行った。その時、
「女将さんって信頼できない人だよ」とベレンは言った。
「へー、なんで、なんで?」とアガサは目を丸くした。
「昨夜、私が銭湯にいた時、電気が消えたということについて私達は何も言わなかったよね」
アガサは急に止まって、驚いた顔でベレンを見つめた。
「たしかに!彼女はどうして知っていたのか?」
「電気を消したのは女将さんかもしれない」
「うそ!」アガサはもっとびっくりして、手で口を隠した。
「今夜は一緒にゴーストハンティングをしないか」
ベレンは猫の姿を追いかけて、森の中の小道を歩いていた。暗い夜に月の光に照らされた木の影が地面に広がって、不思議な模様になっていた。先に小屋が見えるようになった。猫が止まっていて、ベレンのほうに振り向いた。
「中に入って。私はここで待っている」と猫が言った。
「うん」とベレンは頷いた。
小屋の中は何年間も誰も住んでいない雰囲気だった。天井は蜘蛛の巣が張り、床や家具は埃にまみれていた。隅には長い着物を着ている女の人の姿があった。暗かったので、顔が見えなかったけど、美人だとベレンは思った。
「ベレンさんか。ようこそ」と女の人は言った。
「お邪魔します、魔女様」
顔が見えなかったけど、魔女が微笑み始めたとベレンは感じがした。
「もうわかっていたのか。いいね。聞きたいことがあるだろう。三つの質問に答える」
ベレンは知りたいことがいっぱいあったので、少し考え込んでから、口にした。
「あの旅館の悲劇、魔女様は関係がありますか」
「あるよ」
「魔女様の薬のせいで、奥さんは気が狂って、旦那さんを殺しましたか」
「違う。私はただ手伝いたかったから」
「では、なんで頭が狂いましたのか」
「ルールを破ったから」
「ルール?何のルールですか」
「それは四つ目の質問だよね。もう答えられない。彼女に聞いてみて。お別れの時間だ」
彼女って猫のことかとベレンは答えようとしたが、結局黙った。それから、陰に隠れている魔女にお礼を言って、小屋から出た。
「どうだった?怖くないの?」黒猫の大きい目が闇に輝いていた。
ベレンは頭を振った。
「ならよかった。ベレンは強いね」猫は満足しそうに微笑んだ。
「送ってくれてありがとう」
「いや、いや。ベレンがここにいるのは偶然じゃない。これを覚えといて。では、もう起きてもいいよ。また」
「待って!」とベレンは叫んだけど、猫の姿は素早く森に去っていった。
ベレンは目覚めた。周りは森ではなく、旅館の和室だった。窓から光が差し込んで、鳥の鳴き声が耳についた。ベレンは布団に座って、考え込んだ。不思議な夢だな。黒猫は親友のようだった。そして、魔女との出会いは当たり前のようだった。夢らしいけど。夢の中にいると、夢の中で矛盾する事柄がなんの違和感もなく続くことが当たり前だろう。でも、そんなにリアルな感じがする夢はベレンにとって珍しい。この旅館の雰囲気で想像が膨らんだのかもしれない。そして、昨日銭湯でやっぱり変なことが起こって、驚いた。電気が消えたのは、ただの停電のせいかもしれないけど、あの足音はいったい何なんだったの。ただの妄想か?
その時、ノックの音がした。ベレンは立ち上がって、ドアに向かった。
「おはよう!」とアガサの元気な声だった。
「おはよう」とベレンは答えた。
「よく眠れた?」
「うん。アガサはどう?きのう何か調べたの?」
「まあ、調べたって言えないかな。けど、やっぱり不思議な出来事が起こった!そして、幽霊の号泣を聞いたよ!」
「へー、本当に?」
「ええ。昨夜、部屋に向かっていたとき、廊下にある電灯の光が揺れはじめて、奥に角を曲がっている人の影を見た。影が角に消えた途端、寂しそうな泣き声が聞こえた。追いかけようとしたんだけれども、角を曲がると、誰もいなかった」とアガサは走っているように息が切れた。
また電気の問題と不思議な影なのか。なんだか銭湯での出来事と似ているところがあるとベレンは気がついた。昨日のことをアガサに伝えた。
「本当に怖いよ!闇の中で近づいている音を聞くなんて!この旅館についての噂って本物じゃないか。やっぱり幽霊がいるよ」
「とにかく何か変なことが起こっているって確かだ」
「女将さんと話そうか」
「おかみさんって?」
女将さんとは旅館などの女主人だとアガサは説明してくれた。実はアガサは昨日彼女と話したかったのだけど、ブログのためのゴーストハンティングに夢中になって、忘れてしまった。なので、今日ベレンに一緒に行こうと提案した。ベレンにも何か説明しにくい出来事が起こったのだから。
フロントスタッフに聞いてみたら、女将さんは今余裕があるそうだった。だから、ベレンとアガサは女将さんからお茶に誘われた。みんなは小さな和室にそろって、ちゃぶ台の周りに正座で座っていた。そして、アガサはアガサらしく、活発に話し始めた。
「私は旅行のブログをやっていますから、女将さんの旅館についても書きたいですね」
「ああ、そうですか。どうぞ、どうぞ。遠慮なく、書いてください」と優しく笑いながら、女将さんは答えた。
「この旅館の伝説を教えていただけませんか」とベレンは声を出した。
「伝説ですか」
「この所は怪談で知られている理由、教えていただければ嬉しいです」
「ああ、そういうことですか」と女将さんの顔にはまた微笑が浮かんだ。
「もしよかったら…」
ベレンは女将さんのバージョンを聞きたくてたまらない。
「いいですよ。聞いてください。皆さんもう知っていると思いますが、この旅館は昔、普通の家でした。この家ではある夫婦が幸せに暮らしました。でも、子どもがなかなかできませんでした」
話のはじめからすると、アガサのバージョンかなとベレンは思った。
「奥さんは失望して、魔女のところに行くことにしました。魔女は奥さんに魔法の薬をあげました。奥さんはすぐ薬を飲んで、うちに帰りました。そして、9か月後子どもが生まれました」
「え!」ベレンとアガサは同時にびっくりした声を出した。
「そうですね。元気そうな赤ちゃんが生まれました。でも、しばらくして、奥さんはおかしくなって、普通の子どもではなくて、化け物を産んだと考えるようになりました。だから、子どもを何回も殺そうとしていました。旦那さんが子どもを助けようとしたとき、奥さんは偶然に旦那さんを殺してしまいました。奥さんは旦那さんをすごく愛していたので、旦那さんを殺してしまった狂気に落ち込んで、子どものことをまったく忘れてしまいました。それから、悲しさのあまり亡くなりました」
ベレンは黙っていて、考え込んだ。第三目の話のバージョンもひどいなと思った。
「子どもはどうなりましたか」とアガサは尋ねた。
「死んだかもしれないし、村の人に助けられたかもしれません。昔の伝説ですから、実際に何が起こったのか、わかりません。知っている人はもういないと思っています」
話にいくつかのバージョンがあるのをベレンは不思議に思った。結果は同じだけど、事柄が毎回違っている。それはただ噂の広まり方の特徴かもしれないが、何か解けない謎があったというような気がした。
「きのう幽霊を少し見たと思いますよ」とアガサは言った。
「そうですか」
「ベレンも銭湯にいた時誰かの足音を聞いて、変な影を見たと言いました。そうでしょう?」アガサはベレンに顔を向けた。
「その通りです」
「迷惑をかけて、申し訳ございません」と女将さんは謝るためにお辞儀をした。
「いや、いや。全然大丈夫です」とアガサは顔の前で手を振った。
「もし幽霊がいても、この旅館は100%安全な所です。安心してくださいね」
暗闇の中、銭湯で幽霊から逃げるのは全然安全じゃないけどだとベレンは思った。女将さんはベレンの心を読んだように、申し訳なさそうに言った。
「ベレンさん、重ね重ね申し訳ございません。建物が古いので、残念なことに時々停電が起こっています。昨夜もそうだったと思いますよ。けががなくてよかったですね」
「はい、そうですね」とベレンは答えた。
女将さんと別れた後、ベレンとアガサは何か食べ物を買うために旅館の近くにあるコンビニに行った。その時、
「女将さんって信頼できない人だよ」とベレンは言った。
「へー、なんで、なんで?」とアガサは目を丸くした。
「昨夜、私が銭湯にいた時、電気が消えたということについて私達は何も言わなかったよね」
アガサは急に止まって、驚いた顔でベレンを見つめた。
「たしかに!彼女はどうして知っていたのか?」
「電気を消したのは女将さんかもしれない」
「うそ!」アガサはもっとびっくりして、手で口を隠した。
「今夜は一緒にゴーストハンティングをしないか」