Coming soon!
Coming soon!
次の日の朝も、全避難者に水とわかめおにぎりが配られた。しかし、それを頬張りながら、ヤスさんの顔はどこか晴れなかった。
「どうしたんです?」
ひろしがおにぎりを頬張りながら訊くと、ヤスさんは口に含んだおにぎりを水で流し込んで言った。
「あまり美味しくないな、これ」
みんながしんと静まり返った。みんなうすうす感じていたものの、苦労の末に手に入れた食事で、そんな事は口にはだせない、と思っていたのだ。
淳さんがぽろっと呟いた。
「まあ…そうですけど、しょうがないですよ。我々は今、避難所にいるんですから。味にまで文句は言えません」
「でもよ、ラジオによると、第13普通科連隊がここに辿り着くまで、もう2,3日はかかりそうだろ?あと2日、この食事がつづくと思うと、ちょっと気が滅入るよな」
「あなた、言いすぎですよ」
芳子さんがやんわりとたしなめた。
しかし、確かに、ヤスさんの言うとおりだった。ベレンはこの食事が続くことを考えて、陰鬱な気分になった。
「あ、そうだ」
ヤスさんはふと思いついたように立ち上がった。
「ちょっくら家まで戻るわ、淳さん、軽トラで送ってくれねえか?」
「え、ええ、まあ構いませんけど…」
戻ってきたヤスさんと淳さんは、大きなリュックサックを背負って帰ってきた。その上、ヤスさんは片手にフライパンを、淳さんは両手で大きな中華鍋を抱えている。
「何もってきたの?」
歩美さんが淳さんに訊いた。
「ええと、鍋、フライパン、あとは調味料と、計量カップと…」
横からヤスさんが口を挟む。
「あとこれだ。卓上コンロ」
ヤスさんが大きなリュックから、大きな卓上コンロを2つ取り出した。
芳子さんが目を丸くしている。
「あなたまさか…」
ヤスさんは不敵に笑った。
「そのまさかだ。飯がまずいなら旨くすればいい。ここは村一番の料理人の出番だろ」
前代未聞、避難者自身による炊き出しを行おうというのか。
「場所は学校の家庭科室を借りました。そこでやりましょう」
オーナーがちゃっかり家庭科室の鍵をもってニコニコしている。
その日の昼まで、ヤスさんと芳子さんは忙しそうに立ちまわっていた。
あかりがヤスさんに声をかける。
「何か手伝えることはありますか?」
「お、ありがたいな、そしたら…」
ベレンたちも、一緒に昼食の準備をした。
昼時にはいい匂いが漂い始めた。
ベレンはまた、体育館二階の放送室に向かった。
『皆さん、今日のお昼ご飯は家庭科室で配布しています。ご希望の方はお越しください』
その日の昼食は、チャーハンだった。
缶詰とご飯、醤油、サラダ油などを使っただけの簡単なものだったが、これまでのご飯よりも格段に美味しかった。避難所の人たちも、そのチャーハンを頬張っただけで暗かった表情が明るくなった。
「おじちゃん、これ美味しいよ!」
小さい女の子が、満面の笑みでヤスさんに言った。
「だろー?!おじちゃんが作ったんだ、すごいだろー!」
ヤスさんは嬉しそうだ。
ベレンは、ヤスさんの料理の腕に驚いた。
「すごいですね…あの美味しくない保存食が、軽く調理するだけでこんなに美味しくなるなんて」
「やっぱ保存用の米はまずいからな、そこを何とかしてやれば格段に旨くなる。村一番の料理人にかかれば、こんなもんよ!」
ヤスさんが胸を張って笑った。
それからは、毎食ヤスさんを中心にベレン達や地域の人たちも協力して簡単な調理をするようになった。
避難所の人たちにとって、ご飯の時間は何よりの楽しみになった。いつしか、ご飯の時間には談笑や笑い声も聞こえるようになっていた。