Coming soon!
Coming soon!
深夜1時。ぐっすりと眠っていたベレンの枕もとで、急に大きな警報音が響いた。飛び起きたベレンが見たスマホには、見慣れない通知バナーが出ている。『大雨による避難指示 長野県小谷村、白馬村、大町市…』と文字が並んでいた。警報音はペンションのあちこちから聞こえる。どうやら皆のスマホが同時に鳴っているようだ。
とりあえず階下の食堂に降りると、オーナーがテレビをつけていた。雨雲レーダー図が大写しになっている。その上のテロップで、避難指示が発令されている地域が次々に流れる。オーナーとベレンはまだ事態が呑み込めず、しばらく顔を見合わせていた。
次にあかりがまだ眠そうな目をこすりながら降りてきた。その直後、ひろしが慌てたように階段を駆け下りてくる。あかりは寝巻のままだが、ひろしはリュックを背負って合羽を着込んでいる。ぼんやりとしている3人を見て、ひろしはいつになくきつい口調でまくし立てた。
「何やってんだ!スマホの通知を見なかったのか?」
「この村にも大雨による避難指示が出てる!すぐに荷物をまとめて避難するんだ!」
ひろしに促されて、ようやく事態の深刻さが呑み込めたベレンたちは、各々部屋に戻って慌てて準備をした。
ベレンとあかりは部屋で急いで荷物を詰める。
「な、何もっていけばいいかな?」
うろたえたままあかりがひろしに聞く。
「とりあえずスマホ、財布、身分証、あとは外の雨がすごいからカッパ着て、着替えももって行って。服装は動きやすいジャージとかで。」
ひろしは少し落ち着いたように、それでも早口で伝えた。
荷物をまとめて階段を降りると、オーナーがリュックを背負っていた。
「キッチンに保管してあった保存食をもっていきたいんだけど。手伝ってくれない?」
ひろしがてきぱきと答える。
「もちろんです。この缶詰とペットボトルですか?」
「そう。一人でもっていくには少し多くて…」
「みんなのリュックに分けて入れればよさそうですね」
4人がそれぞれ保存食をリュックに入れた。ひろしとオーナーは2Lペットボトルを1本ずつ、ベレンとあかりは缶詰を5個ほどだ。
ベレンは少し心配そうにひろしとオーナーを見た。
「水、重くない?大丈夫?」
ひろしは少しだけ頬を緩めて笑った。
「大丈夫だよ。さあ行こう」
オーナーが壁に貼ってあるハザードマップを確認している。
「ええと、ここからだと避難場所は…小谷小学校かな」
「どのくらいの距離ですか?結構遠いですか?」
「いや、近いよ。1500mくらいかな」
4人は急いで靴を履くと、扉を開けた。
外は真っ暗で、雨が横殴りに降っている。オーナーが懐中電灯で先を照らす。斜めに降る雨粒が筋になって光った。
ペンションの前の林が、風にあおられて揺れている。バサバサと音を立てる大きな林はまるでひとつの生き物のようだ。
「車を使おうか?」
オーナーがつぶやく。
「いや、歩いていきましょう。木が倒れていたら車では通れませんから」
ひろしが冷静に答えた。
4人はそのまま道路を歩いた。小さな川を渡る橋に差し掛かると、眼下の川が増水しているのが見えた。水は茶色く濁り、飛沫をあげて渦を巻いている。昨日までの静かに流れていた小川が嘘のような荒々しさだ。
「すごいことになってる…」
「覗き込むと危ない。早く行こう」
小川を回り込むように伸びる道路を足早に進んだ。相変わらず一寸先は闇、といった状態で、雨風は一層強くなっていく。
しばらく進むと景色が開けた。斜面下側に広がる田んぼは、暗くてよく見えないが稲がほとんど倒れてしまっているようだ。
「ああ、こりゃいけねえ…」
オーナーが少し呑気に聞こえる、悲しそうな声をあげる。
開けたところに出た分、風が一気に強くなった。合羽がバタバタと煽られる。フードを抑えながら進んだ。
道路は再び林の中に入ったり、開けた場所に出たりしながら蛇行して、ようやく家が立ち並ぶところまできた。
「ここまでくれば小学校はもう少し」
そうオーナーが行ったとき、遠くで地鳴りのような音が響いた。
「まずい。土砂崩れの前兆かもしれない。急ごう」
ひろしの声がさっきよりも緊迫している。
駆け足で坂を下って、小学校の校門まで辿り着くと、合羽を来た警察官と見られるおじさんが立っていた。
「正面の体育館に入ってください!皆さんそこにいます!」
雨音にかき消されないよう、大声で伝えてくれた。
「ありがとうございます!」
ベレンたちも大きな声で返事をして、体育館へ向かった。