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カフェ・クロニクル
面接
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家に戻ったら、ベレンは何度もアカリの提案を思い返していた。
勤務時間から考えると、確かにベレンにぴったりのアルバイトだった。
「でも、接客業だし、コーヒーに関する知識も学ばなければいけないし…私にできるかな…?」
抱きかかえている枕を強く抱きしめ、頭を深く布団に埋めた。
カフェでのアルバイトをこなせるか自信がないものの、あちこちにお金が必要な現状の前では、自分に他の選択肢はないようだ。
「どうなるか分からないけど、とりあえず試してみようか…」
翌日。
「よく考えてみたんだ。やってみる。」
「本当!」
「これからは色々とお世話になるかもしれないね。」
「いつでもどうぞ!」
アカリは嬉しそうにベレンの肩を優しく叩いた。
「じゃ店長に言っておくから、履歴書を用意しておいてね。」
「あと、簡単な面接もあるから、それもちょっと準備しておいて。」
「わかった。」
面接当日。
今回は、ベレンにとって日本で初めてのアルバイトの面接となる。
アカリからも「あんまり緊張しなくていいよ」と言われたが、やはり万全の準備をしておいたほうが安心だから、ベレンはいろいろと調べておいた。
まず最初に履歴書の作成だ。
アルゼンチンでは、アルバイトを探す際に履歴書は必須ではない。しかし日本では、アルバイトでさえ、事前に履歴書を用意し、個人情報や学歴、職歴などを記載することが一般的なのだ。さらに、志望動機や決意表明などを書き加えることで、採用される可能性が高まるといわれている。
日本で働いた経験はないが、ベレンはアルゼンチンにいた頃、ファミリーレストランでアルバイトをしていた。
「これを書こうか。空欄にするよりはマシだし。」
「そして志望動機、これって一体何て書けばいいかな…」
ベレンは顎を撫でながら首を傾げて悩んでいた。
「あ、そうだ!」
ひらめいたように、ベレンの目が輝き、ペンを走らせ始めた。
「で、最後に、この仕事に精一杯取り組むって書けば完成だね!」
履歴書を書いた後は、面接の準備もしなければならない。
幸いなことに、それについてインターネットには溢れるほど情報が多いので、それらを参考に準備をしておけば万全だった。
しかし本番の面接日が来ると、やはり緊張でいっぱいだった。
日本で初めてのアルバイト面接で、経験もなく、日本語もまだ不自由な自分が、採用されるかどうか、ベレンは不安でしかたがなかった。
「はいはい、もう入って!店長はそんなに怖くないんだって!」
店の前で足踏みをするベレンを見かねて、一緒に来たアカリが力強くベレンの背中を叩いて促した。
「わ、わかってるから!」
ベレンは手のひらに汗を握りしめた。
落ち着いて、深呼吸して。大丈夫だから!
ベレンは心の中で自分に言い聞かせた。
何度も深呼吸を繰り返し、気持ちを切り替えてから、ベレンはようやく店のドアを開けた。
「こん、こんにちは!本日面接に伺いましたベレンです!」
店に入るなり、ベレンは大きな声で挨拶した。
「あぁ、時間通りに来たんだね。」
「こちらへどうぞ。」
まだ開店前だったため、店内にはオーナーと、カウンターで準備をしている店員しかいなかった。
「こんにちは。」
再び挨拶をして、ベレンはオーナーの前に座った。
「ベレンさんだよね?普段はコーヒーとか飲む?」
「え?」
いきなり質問されたベレンは少し戸惑った。
「えっと…コンビニの缶コーヒーくらいなら、たまに飲みます。」
「缶コーヒーか。じゃこれ飲んでみて。」
オーナーはくしゃくしゃとした笑みを浮かべ、テーブルの上に置いてあったコーヒーをベレンの前に寄せた。
緊張のあまり、ずっと視線を合わせられずにいたベレンは、ようやくオーナーの顔を見上げた。そこに座っていたのは、いくらか白髪交じりながらも、元気そうな笑顔の男性だった。
あまり怖そうには見えないようでよかった、とベレンは少し安心した。
「あの、面接は…?」
「焦らないで。まずはこれを味わってごらん。」
「わかりました。では、いただきます。」
ベレンはカップを手に取り、ひと口啜った。すると、思わず眉をひそめた。
なんて不思議な味なんだろう。
「どうだった?」
「んーと、あんまりコーヒーだと思えないような感じがする…」
つい口をついて出てしまったベレンは、自分の発言が不適切だと気づいて、慌てて続ける。
「私が今までに飲んだコーヒーとは、味が違うような気がするということです。」
「どこが違うと感じたんだい?」
オーナーは怒った様子はなく、相変わらず優しい笑顔のままだった。
「えーと、コーヒーというよりは、むしろ紅茶に近い味がするような気がします。」
ベレンは慎重に言葉を選びながら答えた。
「自分があまりコーヒーを飲んだことがないせいかもしれません。こういうふうなコーヒーは初めてです。」
ベレンの素直な反応に、オーナーはくすくすと笑みを零した。
「そんなに緊張しなくていいから。じゃ、味が紅茶に似ているということ以外に、香りや口当たりはどう思う?」
オーナーの穏やかな口調に、ベレンも次第に落ち着きを取り戻した。
「花のようなさわやかな香りがします。最初は少し酸味がありますが、飲み込むと甘味に変わり、すっきりとした後味が残ります。」
「今まで飲んだコーヒーは、ラテを除けば苦いものが多いですが、これはあんまり苦くなく、豊かな味わいながらも軽やかな口当たりなんですね。」
「なるほどね。」
オーナーは満足げに頷いた。
オーナーが質問をしてこないので、ベレンは機を見計らって履歴書を渡した。
「あの、こちらは履歴書です。よろしくお願いします。」
オーナーは履歴書を受け取ると、ざっと目を通しただけで脇に置いた。
「普段はあんまりコーヒーを飲まないようだけど、なぜうちの店で働きたいと思ったの?」
これは「志望動機」を聞いているのだ。事前に考えておいたので、それを思い出せばいい。
「おっしゃる通り、確かにコーヒーにはそれほど詳しくありません。」
ベレンは率直に打ち明けた。
「でも、この間アカリに連れて行ってもらった別のカフェがあって、そこの雰囲気にすごく魅力を感じたんです。」
真剣な眼差しでオーナーを見つめながら、ベレンはひと通り経緯を話した。
「それで自分もそんな素敵なお店で働けたらいいなと思って、アカリからこのお店を教えてもらったんです。」
オーナーの表情は変わらず、ベレンの答えに対する反応は読み取れなかった。
「そうか。じゃ今日うちの店に来てみて、どんな印象を受けたんだい?」
準備していなかった質問だった。どう答えればいいだろう。
ベレンは少し戸惑った。
「ここは…あまりカフェっぽくないような気がします。」
オーナーは少し目を見開いた。
「むしろ、親しい友人の家に来たような雰囲気がするんです。」
「なるほど。」
何かを悟ったかのように、オーナーの表情は穏やかになり、微笑みがこぼれた。
「あの壁に飾られた写真は、お客さんと一緒に撮られたものですね?」
ベレンはオーナーの背後の壁を指差した。
オーナーは振り返ると、さらに満足げな表情になった。
「ええ、よく気づいたね。」
「あの写真を見る限り、お客さんとはまるで友人同士のように親しい間柄なのでしょう。」
オーナーは深く頷いた。
「あとは、このソファー席も気に入りました」
ベレンは腰掛けているソファーの肘置きを撫でながら言う。
「普通のカフェの椅子に比べると、アットホームにくつろげる感じがするんです。」
「ベレン。」
「はい。」
「いつから働ける?」
ベレンは一瞬固まったが、すぐに何かを悟ったように目を見開いた。
「い、いつでも大丈夫です!」
「そうか、じゃ明日から来てもらおうか。シフトのことなどは、明日また詳しく話そう。」
「つまり、私、採用されたんですね?」
ベレンは信じられない様子で大きな瞳を見開いた。
オーナーはニッコリと微笑んだ。
私、採用されたんだ!
「ありがとうございます!明日必ず遅刻せずに伺います!」
喜びに包まれたベレンは立ち上がり、何度もオーナーに深くお辞儀した。
「どうだった?」
店を出るなり、アカリは待ちきれない様子でベレンに問いかけた。
「オーナーは…」
ベレンは眉をひそめ、意味ありげな表情を見せた。
「何て言ったの?」
「えっと…」
「もう、早く教えてよ!一体何て言ったの!」
アカリは待ち切れず、ベレンの袖をグイっと引っ張った。
「明日から働くように言われた!」
アカリの焦れた様子に満足したベレンは、ほくそ笑んで教えた。
「よかったね!私が言ったとおりでしょ!」
アカリは喜び勇んで飛び跳ねた。
「やったー!これからはベレンもここで働けるようになるね!」
「先輩としてちゃんと手取り足取り教えてあげるから!」
アカリは得意げに胸を叩いた。
「それじゃ、お世話になりますね、アカリ先輩。」
ベレンも謙虚な物腰で合わせた。
「ねぇ、近くで何か食べて祝おう!」
「うん!私がおごるわ!アカリ先輩に紹介してもらったお礼にね!」
「もう!じゃ行こうか!」
アカリも笑ってベレンの肩を軽く叩いた。
勤務時間から考えると、確かにベレンにぴったりのアルバイトだった。
「でも、接客業だし、コーヒーに関する知識も学ばなければいけないし…私にできるかな…?」
抱きかかえている枕を強く抱きしめ、頭を深く布団に埋めた。
カフェでのアルバイトをこなせるか自信がないものの、あちこちにお金が必要な現状の前では、自分に他の選択肢はないようだ。
「どうなるか分からないけど、とりあえず試してみようか…」
翌日。
「よく考えてみたんだ。やってみる。」
「本当!」
「これからは色々とお世話になるかもしれないね。」
「いつでもどうぞ!」
アカリは嬉しそうにベレンの肩を優しく叩いた。
「じゃ店長に言っておくから、履歴書を用意しておいてね。」
「あと、簡単な面接もあるから、それもちょっと準備しておいて。」
「わかった。」
面接当日。
今回は、ベレンにとって日本で初めてのアルバイトの面接となる。
アカリからも「あんまり緊張しなくていいよ」と言われたが、やはり万全の準備をしておいたほうが安心だから、ベレンはいろいろと調べておいた。
まず最初に履歴書の作成だ。
アルゼンチンでは、アルバイトを探す際に履歴書は必須ではない。しかし日本では、アルバイトでさえ、事前に履歴書を用意し、個人情報や学歴、職歴などを記載することが一般的なのだ。さらに、志望動機や決意表明などを書き加えることで、採用される可能性が高まるといわれている。
日本で働いた経験はないが、ベレンはアルゼンチンにいた頃、ファミリーレストランでアルバイトをしていた。
「これを書こうか。空欄にするよりはマシだし。」
「そして志望動機、これって一体何て書けばいいかな…」
ベレンは顎を撫でながら首を傾げて悩んでいた。
「あ、そうだ!」
ひらめいたように、ベレンの目が輝き、ペンを走らせ始めた。
「で、最後に、この仕事に精一杯取り組むって書けば完成だね!」
履歴書を書いた後は、面接の準備もしなければならない。
幸いなことに、それについてインターネットには溢れるほど情報が多いので、それらを参考に準備をしておけば万全だった。
しかし本番の面接日が来ると、やはり緊張でいっぱいだった。
日本で初めてのアルバイト面接で、経験もなく、日本語もまだ不自由な自分が、採用されるかどうか、ベレンは不安でしかたがなかった。
「はいはい、もう入って!店長はそんなに怖くないんだって!」
店の前で足踏みをするベレンを見かねて、一緒に来たアカリが力強くベレンの背中を叩いて促した。
「わ、わかってるから!」
ベレンは手のひらに汗を握りしめた。
落ち着いて、深呼吸して。大丈夫だから!
ベレンは心の中で自分に言い聞かせた。
何度も深呼吸を繰り返し、気持ちを切り替えてから、ベレンはようやく店のドアを開けた。
「こん、こんにちは!本日面接に伺いましたベレンです!」
店に入るなり、ベレンは大きな声で挨拶した。
「あぁ、時間通りに来たんだね。」
「こちらへどうぞ。」
まだ開店前だったため、店内にはオーナーと、カウンターで準備をしている店員しかいなかった。
「こんにちは。」
再び挨拶をして、ベレンはオーナーの前に座った。
「ベレンさんだよね?普段はコーヒーとか飲む?」
「え?」
いきなり質問されたベレンは少し戸惑った。
「えっと…コンビニの缶コーヒーくらいなら、たまに飲みます。」
「缶コーヒーか。じゃこれ飲んでみて。」
オーナーはくしゃくしゃとした笑みを浮かべ、テーブルの上に置いてあったコーヒーをベレンの前に寄せた。
緊張のあまり、ずっと視線を合わせられずにいたベレンは、ようやくオーナーの顔を見上げた。そこに座っていたのは、いくらか白髪交じりながらも、元気そうな笑顔の男性だった。
あまり怖そうには見えないようでよかった、とベレンは少し安心した。
「あの、面接は…?」
「焦らないで。まずはこれを味わってごらん。」
「わかりました。では、いただきます。」
ベレンはカップを手に取り、ひと口啜った。すると、思わず眉をひそめた。
なんて不思議な味なんだろう。
「どうだった?」
「んーと、あんまりコーヒーだと思えないような感じがする…」
つい口をついて出てしまったベレンは、自分の発言が不適切だと気づいて、慌てて続ける。
「私が今までに飲んだコーヒーとは、味が違うような気がするということです。」
「どこが違うと感じたんだい?」
オーナーは怒った様子はなく、相変わらず優しい笑顔のままだった。
「えーと、コーヒーというよりは、むしろ紅茶に近い味がするような気がします。」
ベレンは慎重に言葉を選びながら答えた。
「自分があまりコーヒーを飲んだことがないせいかもしれません。こういうふうなコーヒーは初めてです。」
ベレンの素直な反応に、オーナーはくすくすと笑みを零した。
「そんなに緊張しなくていいから。じゃ、味が紅茶に似ているということ以外に、香りや口当たりはどう思う?」
オーナーの穏やかな口調に、ベレンも次第に落ち着きを取り戻した。
「花のようなさわやかな香りがします。最初は少し酸味がありますが、飲み込むと甘味に変わり、すっきりとした後味が残ります。」
「今まで飲んだコーヒーは、ラテを除けば苦いものが多いですが、これはあんまり苦くなく、豊かな味わいながらも軽やかな口当たりなんですね。」
「なるほどね。」
オーナーは満足げに頷いた。
オーナーが質問をしてこないので、ベレンは機を見計らって履歴書を渡した。
「あの、こちらは履歴書です。よろしくお願いします。」
オーナーは履歴書を受け取ると、ざっと目を通しただけで脇に置いた。
「普段はあんまりコーヒーを飲まないようだけど、なぜうちの店で働きたいと思ったの?」
これは「志望動機」を聞いているのだ。事前に考えておいたので、それを思い出せばいい。
「おっしゃる通り、確かにコーヒーにはそれほど詳しくありません。」
ベレンは率直に打ち明けた。
「でも、この間アカリに連れて行ってもらった別のカフェがあって、そこの雰囲気にすごく魅力を感じたんです。」
真剣な眼差しでオーナーを見つめながら、ベレンはひと通り経緯を話した。
「それで自分もそんな素敵なお店で働けたらいいなと思って、アカリからこのお店を教えてもらったんです。」
オーナーの表情は変わらず、ベレンの答えに対する反応は読み取れなかった。
「そうか。じゃ今日うちの店に来てみて、どんな印象を受けたんだい?」
準備していなかった質問だった。どう答えればいいだろう。
ベレンは少し戸惑った。
「ここは…あまりカフェっぽくないような気がします。」
オーナーは少し目を見開いた。
「むしろ、親しい友人の家に来たような雰囲気がするんです。」
「なるほど。」
何かを悟ったかのように、オーナーの表情は穏やかになり、微笑みがこぼれた。
「あの壁に飾られた写真は、お客さんと一緒に撮られたものですね?」
ベレンはオーナーの背後の壁を指差した。
オーナーは振り返ると、さらに満足げな表情になった。
「ええ、よく気づいたね。」
「あの写真を見る限り、お客さんとはまるで友人同士のように親しい間柄なのでしょう。」
オーナーは深く頷いた。
「あとは、このソファー席も気に入りました」
ベレンは腰掛けているソファーの肘置きを撫でながら言う。
「普通のカフェの椅子に比べると、アットホームにくつろげる感じがするんです。」
「ベレン。」
「はい。」
「いつから働ける?」
ベレンは一瞬固まったが、すぐに何かを悟ったように目を見開いた。
「い、いつでも大丈夫です!」
「そうか、じゃ明日から来てもらおうか。シフトのことなどは、明日また詳しく話そう。」
「つまり、私、採用されたんですね?」
ベレンは信じられない様子で大きな瞳を見開いた。
オーナーはニッコリと微笑んだ。
私、採用されたんだ!
「ありがとうございます!明日必ず遅刻せずに伺います!」
喜びに包まれたベレンは立ち上がり、何度もオーナーに深くお辞儀した。
「どうだった?」
店を出るなり、アカリは待ちきれない様子でベレンに問いかけた。
「オーナーは…」
ベレンは眉をひそめ、意味ありげな表情を見せた。
「何て言ったの?」
「えっと…」
「もう、早く教えてよ!一体何て言ったの!」
アカリは待ち切れず、ベレンの袖をグイっと引っ張った。
「明日から働くように言われた!」
アカリの焦れた様子に満足したベレンは、ほくそ笑んで教えた。
「よかったね!私が言ったとおりでしょ!」
アカリは喜び勇んで飛び跳ねた。
「やったー!これからはベレンもここで働けるようになるね!」
「先輩としてちゃんと手取り足取り教えてあげるから!」
アカリは得意げに胸を叩いた。
「それじゃ、お世話になりますね、アカリ先輩。」
ベレンも謙虚な物腰で合わせた。
「ねぇ、近くで何か食べて祝おう!」
「うん!私がおごるわ!アカリ先輩に紹介してもらったお礼にね!」
「もう!じゃ行こうか!」
アカリも笑ってベレンの肩を軽く叩いた。