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音楽は心を癒す
親子の問題
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ユミは一人っ子(きょうだいのいない子ども)だった。大学生向けの宿舎(学生用の宿)に住んでいたけれど、週に一回家族と一緒に昼ごはんを食べるという習慣があった。お母さんは歯医者であり、お父さんは外科医だ。みんな医者だったので、両親から見ると、ユミも将来医者になることは当たり前だった。他の選択肢がなかったみたいだ。ベレンの家族は違って、姉が一人いた。だから、一人っ子の気持ちが分かりにくいかもしれない。そして、ベレンの両親は医者ではなく、お母さんは主婦で、お父さんはエンジニアだった。ベレンが将来のキャリアについて考えると、ベレンにはまだ分からなかったが、両親はいつも応援してくれた。ピアニストになりたかった時も、日本語を勉強し始めた時も、日本に留学したいと言った時も、家族に頼りきりだった。ユミの家族はちょっと違っている印象だった。
ベレンとユミとユミの両親はみんな大きいテーブルの周りに座っていた。お父さんは冷たい表情でだまったまま、天ぷらをゆっくり食べていた。お母さんは丁寧に笑いながら、ベレンに話しかけた。
「ベレンは何を大学で勉強している?」
「留学生として国際総合学部に所属していますが、アルゼンチンの大学での専門は国際関係です」
「では、将来何になりたいの?外交官(外国に行き、海外とコミュニケーションをとる職業)とか?」
ベレンは飲んでいた水でむせて、軽いせきが出た。
「えーと、まず無事に卒業して。就職か進学か、あとで決めると思います」
「あ、そう?」とユミのお母さんのまゆげが上がった。
「子どもの時は、夢があったんだけど、大人になって、色々変わったので、何になりたいのか、分からなくなってきました。でも、やっぱり日本語が使える仕事がいいなと思っています」
ユミのお母さんはそれを聞いて、見下したように笑って、自分のお皿に目を落とした。どうも会話を続けにくい雰囲気だった。
「子どもの時の夢って何だったの?音楽家になるってこと?」とユミはベレンの心を読んだように声を出した。
「はい、プロのピアニストになりたかったんです」
「子どもらしい夢だね」とユミのお母さんはクスクス笑いながら、言った。
「お母さん!」
「何?ただ本当のことを言っただけよ。ユミも子どもの時、バイオリニストになりたいってしつこくくりかえしたじゃない。でも大人になって、現実を理解して、やっと子供っぽい夢を捨てた」
ベレンは目が点になって、耳をうたがった。現実なのか。だまることはできないので、言った。
「バイオリニストになるって素敵な夢だと思います。ユミさんの演奏は素晴らしくて。初めて聞いた時、なみだが出るくらい感動しました」
ユミのお母さんはまた見下したように笑って、
「趣味としてピアノとかバイオリンをひくことは全然問題ないと思うけれど、本当の仕事にはできないよ。大人って責任を持つ必要があるから、もっと真面目に、安定した仕事を選ばないといけないわ。ベレンも自分の将来についてより真面目に考えたほうがいいかもしれないね」と言った。
ベレンは感情的で、怒りっぽいので、何か答えようとしたけれど、ユミと目が合って、急に落ち着いた。ユミは「けんかをする意味はないよ」と言っているように、軽く頭をふった。やっぱり、友だちの両親と喧嘩をするのは、いい考えとは言えない。なので、ベレンはため息をついて、
「わかりました」と答えた。でも、心の中ではユミのお母さんの意見に大反対だ。残りの時間は将来の仕事について話さず、日本の事情とかアルゼンチンの事情とかについて話していた。そして、それまでだまっていたユミのお父さんもアルゼンチンの習慣に興味を持って、話に加わったので、なんとなく雰囲気がよくなった。
昼ごはんのあと、ユミはベレンを駅まで送ることにした。二人だけになった時、
「ごめんね」とユミは言った。
「いや、あやまらなくてもいいよ」とベレンははげしく手をふった。
「両親はね、すごく真面目だし、自分が正しいと思っている」
「それは…そうみたいね」とベレンはじょうだんっぽく答えた。ユミはやっと笑い始めた。
「ベレンの両親はちがう?」
「全然違う。そして、私にはおじいさんやおばあさんなどを含めて、たくさん家族がいる。みんな明るいから、一緒にそろえると、すごいにぎやかになるの」
「へえ、うらやましいね」
ベレンの頭の中には家族のメンバーの顔が浮かんで、祭りの時の家族との集まりも思い出した。母はおいしいものを作って、おじいさんはじょうだんを言って、姉は猫のココと遊んでいる。そういう様子が目にうかぶようで、いつもおうえんしてくれる家族がなつかしいなとベレンは思った。
「ユミ、一つ聞いてもいい?」
「いいよ」とユミはうなずいた。
「失礼だけど、医者になるってユミの希望なの?それとも両親の希望なの?」
ユミは下を向いて、しばらく考えた。そして、少しだまってから、ゆっくり話し始めた。
「10歳のころ、学校のクラスメートと一緒に芸術劇場を見に行ったの。その時、初めてオーケストラコンサートを聞いた。いろいろな曲が演奏されたんだけど、ヴィヴァルディの冬を耳につけたその時、おどろいた。音楽の強さを感じて、集中しすぎて息をするのも忘れるくらいだった。バイオリニストのすてきなすがたをみて、私もバイオリンをひけるようになりたいなと思った。その時から、学校の部活としてバイオリンを習い始めた。本当にプロになりたくて。けれど、両親は…医者になってほしいってずっと思っていた。自分がしたいことについて話してみたけれど、全然無理だった。母に言わせれば、バイオリニストは仕事なんかじゃなく子どもの遊びらしいから」
「そんな」
ベレンの頭にはまたユミのお母さんの言葉がくりかえされた。「子どもっぽい夢」だと。両親からの支援がないと、きつい。
「うん。時間が過ぎれば、現実を理解すると母は思っていた。それで、両親とけんかしたくないから、バイオリニストになる夢を捨てることにした。とにかく、プロになっても、オーケストラのファーストバイオリン(主役の演奏者)になる可能性も低い。それに、医者になって人の役にたてればいいから」
「でも、音楽家もとても大事な仕事じゃない!人を感動させたりできるし。音楽は人を遊ばせるだけじゃなく、リラックスとかストレスを無くすこともできるでしょ。それに、人にとって音楽はまるで薬みたい。すごくいやさせるし」
「そうだね…」とユミはため息をついた。
「それに、ユミの演奏しているすがたは私のあこがれだよ。ユミが演奏している時、幸せそうにみえる」
「ひいている時、幸せだもん」
「もう一回両親と話したら?ちゃんと自分がしたいことを話したら、わかってもらえるかも」
「自信がないよ。実は、両親は一回も私の演奏に来たことがないの」
「うそ…」
「本当。だから、私がひいているのも聞いたことがないのよ」
ベレンはとてもびっくりして、言葉が出なくなった。
「それに、ベレンにはいつも才能があると言われているけれども、本当の才能ではないよ。絶対に。バイオリンを勉強したのは部活の中だけ。自分でインターネットを見ながら、まねしてみたり。ベレンのように、バイオリン教室とか音楽学校に通ったことがない。時間があれば、一人で練習したんだ。何回も間違えてしまったけど、練習しても全然できないっていう時もあったけれど、あきらめずに続けていた。本当に難しかったよ。でも、今のレベルだと、ただの素人にしか見えない」
「そんなことないよ。才能があるとしても、ないとしても、一番大事なのは努力だよ。才能のある人も必ず成功するわけがないでしょ。すごくがんばる必要がある。ユミは才能があるだけじゃなく、努力家だから、きっとうまくいくと思う。自信をもって」
その言葉でわかってもらえたのか、分からなかったが、ユミの気持ちを変えることはできるかもしれない。ベレンは続けた。
「考えがあるから、聞いてもらえる?」
「どんな考え?」とユミはふしぎそうな顔をした。
「来月の大会に出よう!」
ユミはゆっくり頭をふって、答えた。
「大会に出る意味が…」
「きっとあるよ」とそんなに簡単にあきらめるつもりはなかったベレンは熱心に言った。
ユミはまゆげを上げて、ベレンをじっと見つめていた。
「大会に出たら、自分のレベルと能力をたしかめることができるでしょ」
「それはそうだけど…」
「大会で、プロの音楽家に見てもらえるし。プロになるチャンスがあるかどうかも明らかになると思う」
ユミは顔を後ろに向けて、しばらく考えた。だまったまま、二人は駅に着いた。
「じゃ…いいよ。大会に出よう」とユミは突然言った。ベレンは、ユミをだきしめた。
ベレンとユミとユミの両親はみんな大きいテーブルの周りに座っていた。お父さんは冷たい表情でだまったまま、天ぷらをゆっくり食べていた。お母さんは丁寧に笑いながら、ベレンに話しかけた。
「ベレンは何を大学で勉強している?」
「留学生として国際総合学部に所属していますが、アルゼンチンの大学での専門は国際関係です」
「では、将来何になりたいの?外交官(外国に行き、海外とコミュニケーションをとる職業)とか?」
ベレンは飲んでいた水でむせて、軽いせきが出た。
「えーと、まず無事に卒業して。就職か進学か、あとで決めると思います」
「あ、そう?」とユミのお母さんのまゆげが上がった。
「子どもの時は、夢があったんだけど、大人になって、色々変わったので、何になりたいのか、分からなくなってきました。でも、やっぱり日本語が使える仕事がいいなと思っています」
ユミのお母さんはそれを聞いて、見下したように笑って、自分のお皿に目を落とした。どうも会話を続けにくい雰囲気だった。
「子どもの時の夢って何だったの?音楽家になるってこと?」とユミはベレンの心を読んだように声を出した。
「はい、プロのピアニストになりたかったんです」
「子どもらしい夢だね」とユミのお母さんはクスクス笑いながら、言った。
「お母さん!」
「何?ただ本当のことを言っただけよ。ユミも子どもの時、バイオリニストになりたいってしつこくくりかえしたじゃない。でも大人になって、現実を理解して、やっと子供っぽい夢を捨てた」
ベレンは目が点になって、耳をうたがった。現実なのか。だまることはできないので、言った。
「バイオリニストになるって素敵な夢だと思います。ユミさんの演奏は素晴らしくて。初めて聞いた時、なみだが出るくらい感動しました」
ユミのお母さんはまた見下したように笑って、
「趣味としてピアノとかバイオリンをひくことは全然問題ないと思うけれど、本当の仕事にはできないよ。大人って責任を持つ必要があるから、もっと真面目に、安定した仕事を選ばないといけないわ。ベレンも自分の将来についてより真面目に考えたほうがいいかもしれないね」と言った。
ベレンは感情的で、怒りっぽいので、何か答えようとしたけれど、ユミと目が合って、急に落ち着いた。ユミは「けんかをする意味はないよ」と言っているように、軽く頭をふった。やっぱり、友だちの両親と喧嘩をするのは、いい考えとは言えない。なので、ベレンはため息をついて、
「わかりました」と答えた。でも、心の中ではユミのお母さんの意見に大反対だ。残りの時間は将来の仕事について話さず、日本の事情とかアルゼンチンの事情とかについて話していた。そして、それまでだまっていたユミのお父さんもアルゼンチンの習慣に興味を持って、話に加わったので、なんとなく雰囲気がよくなった。
昼ごはんのあと、ユミはベレンを駅まで送ることにした。二人だけになった時、
「ごめんね」とユミは言った。
「いや、あやまらなくてもいいよ」とベレンははげしく手をふった。
「両親はね、すごく真面目だし、自分が正しいと思っている」
「それは…そうみたいね」とベレンはじょうだんっぽく答えた。ユミはやっと笑い始めた。
「ベレンの両親はちがう?」
「全然違う。そして、私にはおじいさんやおばあさんなどを含めて、たくさん家族がいる。みんな明るいから、一緒にそろえると、すごいにぎやかになるの」
「へえ、うらやましいね」
ベレンの頭の中には家族のメンバーの顔が浮かんで、祭りの時の家族との集まりも思い出した。母はおいしいものを作って、おじいさんはじょうだんを言って、姉は猫のココと遊んでいる。そういう様子が目にうかぶようで、いつもおうえんしてくれる家族がなつかしいなとベレンは思った。
「ユミ、一つ聞いてもいい?」
「いいよ」とユミはうなずいた。
「失礼だけど、医者になるってユミの希望なの?それとも両親の希望なの?」
ユミは下を向いて、しばらく考えた。そして、少しだまってから、ゆっくり話し始めた。
「10歳のころ、学校のクラスメートと一緒に芸術劇場を見に行ったの。その時、初めてオーケストラコンサートを聞いた。いろいろな曲が演奏されたんだけど、ヴィヴァルディの冬を耳につけたその時、おどろいた。音楽の強さを感じて、集中しすぎて息をするのも忘れるくらいだった。バイオリニストのすてきなすがたをみて、私もバイオリンをひけるようになりたいなと思った。その時から、学校の部活としてバイオリンを習い始めた。本当にプロになりたくて。けれど、両親は…医者になってほしいってずっと思っていた。自分がしたいことについて話してみたけれど、全然無理だった。母に言わせれば、バイオリニストは仕事なんかじゃなく子どもの遊びらしいから」
「そんな」
ベレンの頭にはまたユミのお母さんの言葉がくりかえされた。「子どもっぽい夢」だと。両親からの支援がないと、きつい。
「うん。時間が過ぎれば、現実を理解すると母は思っていた。それで、両親とけんかしたくないから、バイオリニストになる夢を捨てることにした。とにかく、プロになっても、オーケストラのファーストバイオリン(主役の演奏者)になる可能性も低い。それに、医者になって人の役にたてればいいから」
「でも、音楽家もとても大事な仕事じゃない!人を感動させたりできるし。音楽は人を遊ばせるだけじゃなく、リラックスとかストレスを無くすこともできるでしょ。それに、人にとって音楽はまるで薬みたい。すごくいやさせるし」
「そうだね…」とユミはため息をついた。
「それに、ユミの演奏しているすがたは私のあこがれだよ。ユミが演奏している時、幸せそうにみえる」
「ひいている時、幸せだもん」
「もう一回両親と話したら?ちゃんと自分がしたいことを話したら、わかってもらえるかも」
「自信がないよ。実は、両親は一回も私の演奏に来たことがないの」
「うそ…」
「本当。だから、私がひいているのも聞いたことがないのよ」
ベレンはとてもびっくりして、言葉が出なくなった。
「それに、ベレンにはいつも才能があると言われているけれども、本当の才能ではないよ。絶対に。バイオリンを勉強したのは部活の中だけ。自分でインターネットを見ながら、まねしてみたり。ベレンのように、バイオリン教室とか音楽学校に通ったことがない。時間があれば、一人で練習したんだ。何回も間違えてしまったけど、練習しても全然できないっていう時もあったけれど、あきらめずに続けていた。本当に難しかったよ。でも、今のレベルだと、ただの素人にしか見えない」
「そんなことないよ。才能があるとしても、ないとしても、一番大事なのは努力だよ。才能のある人も必ず成功するわけがないでしょ。すごくがんばる必要がある。ユミは才能があるだけじゃなく、努力家だから、きっとうまくいくと思う。自信をもって」
その言葉でわかってもらえたのか、分からなかったが、ユミの気持ちを変えることはできるかもしれない。ベレンは続けた。
「考えがあるから、聞いてもらえる?」
「どんな考え?」とユミはふしぎそうな顔をした。
「来月の大会に出よう!」
ユミはゆっくり頭をふって、答えた。
「大会に出る意味が…」
「きっとあるよ」とそんなに簡単にあきらめるつもりはなかったベレンは熱心に言った。
ユミはまゆげを上げて、ベレンをじっと見つめていた。
「大会に出たら、自分のレベルと能力をたしかめることができるでしょ」
「それはそうだけど…」
「大会で、プロの音楽家に見てもらえるし。プロになるチャンスがあるかどうかも明らかになると思う」
ユミは顔を後ろに向けて、しばらく考えた。だまったまま、二人は駅に着いた。
「じゃ…いいよ。大会に出よう」とユミは突然言った。ベレンは、ユミをだきしめた。
ユミは一人っ子だった。大学生向けの宿舎に住んでいたけど、週に一回家族と一緒に昼ごはんを食べるという習慣があった。お母さんは歯医者であり、お父さんは外科医だ。みんな医者だったので、両親の観点から見ると、ユミも将来医者になることは当たり前だった。他の選択肢がなかったみたいだ。ベレンの家族は違って、姉が一人いた。だから、一人っ子の気持ちが分かりにくいかもしれない。そして、ベレンの両親は医者ではなく、お母さんは主婦で、お父さんはエンジニアだった。ベレンが将来のキャリアについて考えると、ベレンにはまだ分からなかったが、両親はいつも応援してくれた。ピアニストになりたかった時も、日本語を勉強し始めた時も、日本に留学したいと言った時も、家族に頼りきりだった。ユミの家族はちょっと違っている印象だった。
ベレンとユミとユミの両親はみんな大きいテーブルの周りに座っていた。お父さんは冷たい表情で無言のまま、天ぷらをゆっくり食べていた。お母さんは丁寧に微笑みながら、ベレンに話しかけた。
「ベレンは何を専攻している?」
「留学生として国際総合学類に所属していますが、アルゼンチンの大学での専門は国際関係です」
「では、将来何になりたいの?外交官とか?」
ベレンは飲んでいた水でむせて、軽い咳が出た。
「えーと、まず無事に卒業して。就職か進学か、後で決めると思います」
「あ、そう?」とユミのお母さんの眉毛が上がった。
「子どもの時は、夢があったんだけど、大人になって、色々変わったので、何になりたいのか、分からなくなってきました。でも、やっぱり日本語が使える仕事がいいなと思っています」
ユミのお母さんはそれを聞いて、見下したように微笑んで、自分のお皿に目を落とした。どうも会話を続けにくい雰囲気だった。
「子どもの時の夢って何だったの?音楽家になるってこと?」とユミはベレンの心を読んだように声を出した。
「はい、プロのピアニストになりたかったんです」
「子どもらしい夢だね」とユミのお母さんはクスクス笑いながら、言った。
「お母さん!」
「何?ただ本当のことを言っただけよ。ユミも子どもの時、バイオリニストになりたいってしつこく繰り返したじゃない。でも大人になって、現実を受け入れて、やっと子供っぽい夢を捨てた」
ベレンは目が点になって、耳を疑った。現実なのか。黙ることはできないので、言った。
「バイオリニストになるって素敵な夢だと思います。ユミさんの演奏は素晴らしくて。初めて聞いた時、涙が出るくらい感動しました」
ユミのお母さんはまた見下したように微笑んで、
「趣味としてピアノとかバイオリンを弾くことは全然問題ないと思うけれど、本当の仕事にはできないよ。大人って責任を持つ必要があるから、もっと真剣に、安定性のある仕事を選ばないといけないわ。ベレンも自分の将来についてより真面目に考えたほうがいいかもしれないね」と言った。
ベレンは感情的で、気が短いので、何か答えようとしたけれど、ユミと目が合って、急に落ち着いた。ユミは「喧嘩をする意味はないよ」と言っているように、軽く頭を振った。やっぱり、友だちの両親と喧嘩をするのは、いい考えとは言えない。なので、ベレンはため息をついて、
「わかりました」と答えた。でも、心の中ではユミのお母さんの意見に大反対だ。残りの時間は将来の仕事について話さず、日本の事情とかアルゼンチンの事情とかについて話していた。そして、それまで無言だったユミのお父さんもアルゼンチンの習慣に興味を持って、話に参加したので、なんとなく雰囲気がよくなった。
昼ごはんのあと、ユミはベレンを駅まで送ることにした。二人きりになった時、
「ごめんね」とユミは言った。
「いや、謝らなくてもいいよ」とベレンは激しく手を振った。
「両親はね、すごく真面目だし、自分が正しいと思っている」
「それは…そうみたいね」とベレンは冗談っぽく答えた。ユミはやっと微笑み始めた。
「ベレンの両親は違う?」
「全然違う。そして、私にはお爺さんやおばあさんなどを含めて、たくさん家族がいる。みんな社交的だから、一緒にそろえると、すごいにぎやかになるの」
「へえ、うらやましいね」
ベレンの頭の中には家族のメンバーの顔が浮かんで、祭りの時の家族との集まりも思い出した。母はおいしいものを作って、おじいさんは冗談を言って、姉は猫のココと遊んでいる。そういう光景が目に浮かぶようで、いつも応援してくれる家族が懐かしいなとベレンは思った。
「ユミ、一つ聞いてもいい?」
「いいよ」とユミは頷いた。
「失礼だけど、医者になるってユミの希望なの?それとも両親の希望なの?」
ユミは目を伏せて、考え込んだ。そして、少し黙ってから、ゆっくり話し始めた。
「10歳のころ、学校のクラスメートと一緒に芸術劇場の見学に行ったの。その時、初めてオーケストラコンサートを聞いた。いろいろな曲が演奏されたんだけど、ヴィヴァルディの冬を耳につけた瞬間に、衝撃を受けた。音楽の強さを感じて、夢中になって呼吸するのも忘れるくらいだった。バイオリニストの素敵な姿をみて、私もバイオリンを弾けるようになりたいなと思った。その時から、学校の部活としてバイオリンを習い始めた。本当にプロになりたくて。けど、両親は…医者になってほしいってずっと思っていた。自分がしたいことについて話してみたけど、全然無理だった。母に言わせれば、バイオリニストは仕事なんかじゃなく子どもの遊びらしいから」
「そんな」
ベレンの頭にはまたユミのお母さんの言葉が繰り返された。「子どもっぽい夢」だと。両親からのサポートがないと、きつい。
「うん。時間が経てば、現実を理解するって母は思っていた。結局、両親と喧嘩したくないから、バイオリニストになる夢を捨てることにした。とにかく、プロになっても、オーケストラのファーストバイオリンになるチャンスがあまりないし。それに、医者として人の役にたてればいいから」
「でも、音楽家もとても大事な仕事じゃない!人の気持ちを動かしたりできるし。音楽って人を遊ばせるだけじゃなく、リラックスとかストレス解消もできるでしょ。それに、人にとって音楽はまるで薬みたい。すごく癒させるし」
「そうだね…」とユミはため息をついた。
「しかも、ユミの情熱的に弾いている姿は私の憧れだよ。ユミが弓を動かしている時、幸せそうにみえる」
「弾いている時、幸せだもん」
「もう一回両親と話したら?ちゃんと自分がしたいことを話してみれば、理解してもらえるかも」
「自信がないよ。実は、両親は一回も私の演奏に来たことがないの」
「うそ…」
「本当。だから、私が弾いているのも聞いたことがないのよ」
ベレンはびっくりしすぎて、言葉が出なくなった。
「それに、ベレンにはいつも才能があるって言われているけれども、本当の才能ではないよ。絶対に。バイオリンを勉強したのは部活の中だけ。自分でネットの動画を見ながら、真似してみたり。ベレンのように、バイオリン教室とか音楽学校に通ったことがない。時間があれば、一人で練習したんだ。何回も間違えてしまったけど、練習しても全然できないっていう時もあったけど、諦めずに続けていた。本当に難しかったよ。それにしても、今のレベルだと、ただの素人にしか見えない」
「そんなことないよ。才能があるとしても、ないとしても、一番大事なのは努力だよ。才能のある人も必ず成功するわけがないでしょ。すっごく頑張る必要がある。ユミは才能があるだけじゃなく、努力家だから、きっとうまくいくと思う。自信をもって」
その言葉で納得させられたのか、分からなかったが、ユミの気持ちを揺らがせることはできるかもしれない。ベレンは続けた。
「考えがあるから、聞いてもらえる?」
「どんな考え?」とユミは不思議そうな顔をした。
「来月のコンテストに参加しよう!」
ユミはゆっくり頭を振って、答えた。
「コンテストに参加する意味が…」
「きっとあるよ」とそんなに簡単に諦めるつもりはなかったベレンは情熱的に言った。
ユミは眉を上げて、ベレンをじっと見つめていた。
「コンテストに出たら、自分のレベルと能力を確かめることができるでしょ」
「それはそうだけど…」
「コンテストを通じて、プロの音楽家からの評価とかももらえるし。プロになるチャンスがあるかどうかも明らかになると思う」
ユミは顔を背けて、深く考え込んだ。無言のまま、二人は駅に着いた。
「じゃ…いいよ。コンテストに参加しよう」とユミは突然言った。ベレンは、ユミを抱きしめた。
ベレンとユミとユミの両親はみんな大きいテーブルの周りに座っていた。お父さんは冷たい表情で無言のまま、天ぷらをゆっくり食べていた。お母さんは丁寧に微笑みながら、ベレンに話しかけた。
「ベレンは何を専攻している?」
「留学生として国際総合学類に所属していますが、アルゼンチンの大学での専門は国際関係です」
「では、将来何になりたいの?外交官とか?」
ベレンは飲んでいた水でむせて、軽い咳が出た。
「えーと、まず無事に卒業して。就職か進学か、後で決めると思います」
「あ、そう?」とユミのお母さんの眉毛が上がった。
「子どもの時は、夢があったんだけど、大人になって、色々変わったので、何になりたいのか、分からなくなってきました。でも、やっぱり日本語が使える仕事がいいなと思っています」
ユミのお母さんはそれを聞いて、見下したように微笑んで、自分のお皿に目を落とした。どうも会話を続けにくい雰囲気だった。
「子どもの時の夢って何だったの?音楽家になるってこと?」とユミはベレンの心を読んだように声を出した。
「はい、プロのピアニストになりたかったんです」
「子どもらしい夢だね」とユミのお母さんはクスクス笑いながら、言った。
「お母さん!」
「何?ただ本当のことを言っただけよ。ユミも子どもの時、バイオリニストになりたいってしつこく繰り返したじゃない。でも大人になって、現実を受け入れて、やっと子供っぽい夢を捨てた」
ベレンは目が点になって、耳を疑った。現実なのか。黙ることはできないので、言った。
「バイオリニストになるって素敵な夢だと思います。ユミさんの演奏は素晴らしくて。初めて聞いた時、涙が出るくらい感動しました」
ユミのお母さんはまた見下したように微笑んで、
「趣味としてピアノとかバイオリンを弾くことは全然問題ないと思うけれど、本当の仕事にはできないよ。大人って責任を持つ必要があるから、もっと真剣に、安定性のある仕事を選ばないといけないわ。ベレンも自分の将来についてより真面目に考えたほうがいいかもしれないね」と言った。
ベレンは感情的で、気が短いので、何か答えようとしたけれど、ユミと目が合って、急に落ち着いた。ユミは「喧嘩をする意味はないよ」と言っているように、軽く頭を振った。やっぱり、友だちの両親と喧嘩をするのは、いい考えとは言えない。なので、ベレンはため息をついて、
「わかりました」と答えた。でも、心の中ではユミのお母さんの意見に大反対だ。残りの時間は将来の仕事について話さず、日本の事情とかアルゼンチンの事情とかについて話していた。そして、それまで無言だったユミのお父さんもアルゼンチンの習慣に興味を持って、話に参加したので、なんとなく雰囲気がよくなった。
昼ごはんのあと、ユミはベレンを駅まで送ることにした。二人きりになった時、
「ごめんね」とユミは言った。
「いや、謝らなくてもいいよ」とベレンは激しく手を振った。
「両親はね、すごく真面目だし、自分が正しいと思っている」
「それは…そうみたいね」とベレンは冗談っぽく答えた。ユミはやっと微笑み始めた。
「ベレンの両親は違う?」
「全然違う。そして、私にはお爺さんやおばあさんなどを含めて、たくさん家族がいる。みんな社交的だから、一緒にそろえると、すごいにぎやかになるの」
「へえ、うらやましいね」
ベレンの頭の中には家族のメンバーの顔が浮かんで、祭りの時の家族との集まりも思い出した。母はおいしいものを作って、おじいさんは冗談を言って、姉は猫のココと遊んでいる。そういう光景が目に浮かぶようで、いつも応援してくれる家族が懐かしいなとベレンは思った。
「ユミ、一つ聞いてもいい?」
「いいよ」とユミは頷いた。
「失礼だけど、医者になるってユミの希望なの?それとも両親の希望なの?」
ユミは目を伏せて、考え込んだ。そして、少し黙ってから、ゆっくり話し始めた。
「10歳のころ、学校のクラスメートと一緒に芸術劇場の見学に行ったの。その時、初めてオーケストラコンサートを聞いた。いろいろな曲が演奏されたんだけど、ヴィヴァルディの冬を耳につけた瞬間に、衝撃を受けた。音楽の強さを感じて、夢中になって呼吸するのも忘れるくらいだった。バイオリニストの素敵な姿をみて、私もバイオリンを弾けるようになりたいなと思った。その時から、学校の部活としてバイオリンを習い始めた。本当にプロになりたくて。けど、両親は…医者になってほしいってずっと思っていた。自分がしたいことについて話してみたけど、全然無理だった。母に言わせれば、バイオリニストは仕事なんかじゃなく子どもの遊びらしいから」
「そんな」
ベレンの頭にはまたユミのお母さんの言葉が繰り返された。「子どもっぽい夢」だと。両親からのサポートがないと、きつい。
「うん。時間が経てば、現実を理解するって母は思っていた。結局、両親と喧嘩したくないから、バイオリニストになる夢を捨てることにした。とにかく、プロになっても、オーケストラのファーストバイオリンになるチャンスがあまりないし。それに、医者として人の役にたてればいいから」
「でも、音楽家もとても大事な仕事じゃない!人の気持ちを動かしたりできるし。音楽って人を遊ばせるだけじゃなく、リラックスとかストレス解消もできるでしょ。それに、人にとって音楽はまるで薬みたい。すごく癒させるし」
「そうだね…」とユミはため息をついた。
「しかも、ユミの情熱的に弾いている姿は私の憧れだよ。ユミが弓を動かしている時、幸せそうにみえる」
「弾いている時、幸せだもん」
「もう一回両親と話したら?ちゃんと自分がしたいことを話してみれば、理解してもらえるかも」
「自信がないよ。実は、両親は一回も私の演奏に来たことがないの」
「うそ…」
「本当。だから、私が弾いているのも聞いたことがないのよ」
ベレンはびっくりしすぎて、言葉が出なくなった。
「それに、ベレンにはいつも才能があるって言われているけれども、本当の才能ではないよ。絶対に。バイオリンを勉強したのは部活の中だけ。自分でネットの動画を見ながら、真似してみたり。ベレンのように、バイオリン教室とか音楽学校に通ったことがない。時間があれば、一人で練習したんだ。何回も間違えてしまったけど、練習しても全然できないっていう時もあったけど、諦めずに続けていた。本当に難しかったよ。それにしても、今のレベルだと、ただの素人にしか見えない」
「そんなことないよ。才能があるとしても、ないとしても、一番大事なのは努力だよ。才能のある人も必ず成功するわけがないでしょ。すっごく頑張る必要がある。ユミは才能があるだけじゃなく、努力家だから、きっとうまくいくと思う。自信をもって」
その言葉で納得させられたのか、分からなかったが、ユミの気持ちを揺らがせることはできるかもしれない。ベレンは続けた。
「考えがあるから、聞いてもらえる?」
「どんな考え?」とユミは不思議そうな顔をした。
「来月のコンテストに参加しよう!」
ユミはゆっくり頭を振って、答えた。
「コンテストに参加する意味が…」
「きっとあるよ」とそんなに簡単に諦めるつもりはなかったベレンは情熱的に言った。
ユミは眉を上げて、ベレンをじっと見つめていた。
「コンテストに出たら、自分のレベルと能力を確かめることができるでしょ」
「それはそうだけど…」
「コンテストを通じて、プロの音楽家からの評価とかももらえるし。プロになるチャンスがあるかどうかも明らかになると思う」
ユミは顔を背けて、深く考え込んだ。無言のまま、二人は駅に着いた。
「じゃ…いいよ。コンテストに参加しよう」とユミは突然言った。ベレンは、ユミを抱きしめた。