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妖怪の囁き・上
黒歴史
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Coming soon!
見た目からすると、怖く見えなかった。ただの伝統的な旅館だった。建物は古いけど。ベレンがとまった部屋もふつうの和室(わしつ:たたみの部屋)だった。ゆかには畳。部屋と部屋を分ける襖(ふすま:紙でできた引き戸で、和室の部屋の仕切りとして使われる)と障子(しょうじ:木のわくに和紙を張った引き戸で、おもに窓や外との仕切りに使われる)があり、右側に床の間(とこのま:かけじくや花をかざるための特別な場所)もある。まるで日本文化についての本の絵のようだった。部屋も少し古かったけど、きれいだった。古き良き日本の雰囲気を感じられる場所だとベレンは思った。幽霊などがいることをぜんぜん感じなかった。
それから、荷物を置いて、部屋を出た。105号の部屋を通った時、ゆかには財布があると気づいた。だれかが落としたみたいと思ったベレンは財布をひろった。そのあと、105号の部屋のドアとかべの間にすきまがあることに気づいた。財布の持ち主はこの部屋にいるかなと思って、少し開いているドアをノックした。
「だれでしょうか」と部屋の中から女の人の高い声が聞こえた。
「すみませんが、部屋の前に財布が落ちていますから」
近づいている足音が聞こえてきた。そして、ドアとかべの間のすきまが広くなって、わかい女の人が顔を出した。ベレンと同じねんれいくらいの外国人の女性で、金髪だった。長いまつげの目がベレンの持っている財布を見た。
「やっぱり私の財布だ!ありがとう」女の人がうれしく財布を手に入れた。
「私はアガサ」と彼女は歯を見せて、手をのばした。
「ベレン」
彼女たちは手を取った。
「よろしくね。本当に助かった!財布をなくしたら、困るよ。特ににこんなところで」
「いいえ、いいえ。旅館の中ならだれかがきっと見つけて、受付に渡すと思うよ。もし私が見つけなかったとしても」
「ふーん、そうかもね」
「外で落ちたらもっと困るけど」
「たしかに」とアガサは笑った。
ベレンは晩御飯を買いに行こうと思ったので、アガサにいっしょに行こうとさそった。旅館のとなりに小さなコンビ二があった。そこに行っている二人は話したり、笑ったりした。アガサはフランスから来たかんこうきゃくだった。出会ったばかりだけど、彼女はむかしの友だちのようだった。
「じゃあ、一人旅だね」
「ええ」とアガサはうなずいた。
「でも、なんでここに来たの?かんこうスポットではないけど」
「村はそうだけど、この旅館はかんこうちじゃん」
「そう?」
「知らないの?この場所は黒歴史があるのよ」
ベレンは死んでいる男と前に立っている女のすがたを思い出した。
「知っているけど」
「このストーリーは大変じゃないか。まずは人を殺し、あとは自殺。ひどくない?」
ベレンはわからない顔をした。
「自殺って?」
それから、高橋から聞いた話をアガサに教えた。アガサは目を少しまるくした。
「不思議だな。私が知っているストーリーと少しちがっている」
そして、アガサは自分が聞いた話のバージョンを教えた。
「むかしむかし、この家である夫婦はしあわせに暮らしていた。しかし、子どもがほしかったけど、なかなかできなかった。なので、奥さんは村の近くにある森に住んでいる魔女(まじょ:まほうを使う女)のうちに行った。夫にはひみつだ。魔女は奥さんに特別なくすりをあげた。このくすりを飲むと子どもができるって。奥さんはうれしくなって、すぐくすりを飲んで、うちに帰った。でも、魔女にだまされた。このくすりのせいで頭がおかしくなって、夫を殺した。それから、自殺した」
やっぱり高橋が教えてくれた話とちがっている。ベレンは首をかしげて、考え込んだ。
「たしかにちがっている」
「そうそう。だから、夫が化け物だと信じるようになったことは聞いたことないよ」
「私が聞いたバージョンには子どもの問題も魔女のこともなかった」
「結果は同じだけど。奥さんもご主人も死んでいる。でも、じっさいに何が起きたのかな」
ベレンはアガサに顔を向けて、言った。
「わからないけど、とにかく実話(じつわ:本当にあった話)じゃなくて、ただのうわさでしょ」
「そうかもね。でも、奥さんの幽霊を見た人がいるよ」
「じゃあ、アガサもその幽霊を見に来たの?」
「もちろん!もし何か不思議なことがあったら、ぜひ見たいよ」
ベレンはびっくりした。本当に幽霊に会いたいのか。いや、本当に幽霊を信じているのか。
「せっかくこの旅館に来たのだから」とアガサはつづけた。
「ちなみに、この場所について、だれから聞いたの?」
「それはね、コメントで書かれたものなの」
「コメント?」
「私は旅行のブログをやっているの。かいだんで知られているところに行きたいという投稿(とうこう:SNSに文章や写真をアップすること)をした時、だれかがコメントでこの旅館のストーリーを書いていて。おもしろいなと思って、来てみた。この場所についての情報が少ないし、ほかのブロガーが行ったことないみたいね」
「へー、そっか」
「だから、もし夜に何か説明できないことが起こったら、ぜひ教えてね」
「約束する」とベレンは笑った。
それから、荷物を置いて、部屋を出た。105号の部屋を通った時、ゆかには財布があると気づいた。だれかが落としたみたいと思ったベレンは財布をひろった。そのあと、105号の部屋のドアとかべの間にすきまがあることに気づいた。財布の持ち主はこの部屋にいるかなと思って、少し開いているドアをノックした。
「だれでしょうか」と部屋の中から女の人の高い声が聞こえた。
「すみませんが、部屋の前に財布が落ちていますから」
近づいている足音が聞こえてきた。そして、ドアとかべの間のすきまが広くなって、わかい女の人が顔を出した。ベレンと同じねんれいくらいの外国人の女性で、金髪だった。長いまつげの目がベレンの持っている財布を見た。
「やっぱり私の財布だ!ありがとう」女の人がうれしく財布を手に入れた。
「私はアガサ」と彼女は歯を見せて、手をのばした。
「ベレン」
彼女たちは手を取った。
「よろしくね。本当に助かった!財布をなくしたら、困るよ。特ににこんなところで」
「いいえ、いいえ。旅館の中ならだれかがきっと見つけて、受付に渡すと思うよ。もし私が見つけなかったとしても」
「ふーん、そうかもね」
「外で落ちたらもっと困るけど」
「たしかに」とアガサは笑った。
ベレンは晩御飯を買いに行こうと思ったので、アガサにいっしょに行こうとさそった。旅館のとなりに小さなコンビ二があった。そこに行っている二人は話したり、笑ったりした。アガサはフランスから来たかんこうきゃくだった。出会ったばかりだけど、彼女はむかしの友だちのようだった。
「じゃあ、一人旅だね」
「ええ」とアガサはうなずいた。
「でも、なんでここに来たの?かんこうスポットではないけど」
「村はそうだけど、この旅館はかんこうちじゃん」
「そう?」
「知らないの?この場所は黒歴史があるのよ」
ベレンは死んでいる男と前に立っている女のすがたを思い出した。
「知っているけど」
「このストーリーは大変じゃないか。まずは人を殺し、あとは自殺。ひどくない?」
ベレンはわからない顔をした。
「自殺って?」
それから、高橋から聞いた話をアガサに教えた。アガサは目を少しまるくした。
「不思議だな。私が知っているストーリーと少しちがっている」
そして、アガサは自分が聞いた話のバージョンを教えた。
「むかしむかし、この家である夫婦はしあわせに暮らしていた。しかし、子どもがほしかったけど、なかなかできなかった。なので、奥さんは村の近くにある森に住んでいる魔女(まじょ:まほうを使う女)のうちに行った。夫にはひみつだ。魔女は奥さんに特別なくすりをあげた。このくすりを飲むと子どもができるって。奥さんはうれしくなって、すぐくすりを飲んで、うちに帰った。でも、魔女にだまされた。このくすりのせいで頭がおかしくなって、夫を殺した。それから、自殺した」
やっぱり高橋が教えてくれた話とちがっている。ベレンは首をかしげて、考え込んだ。
「たしかにちがっている」
「そうそう。だから、夫が化け物だと信じるようになったことは聞いたことないよ」
「私が聞いたバージョンには子どもの問題も魔女のこともなかった」
「結果は同じだけど。奥さんもご主人も死んでいる。でも、じっさいに何が起きたのかな」
ベレンはアガサに顔を向けて、言った。
「わからないけど、とにかく実話(じつわ:本当にあった話)じゃなくて、ただのうわさでしょ」
「そうかもね。でも、奥さんの幽霊を見た人がいるよ」
「じゃあ、アガサもその幽霊を見に来たの?」
「もちろん!もし何か不思議なことがあったら、ぜひ見たいよ」
ベレンはびっくりした。本当に幽霊に会いたいのか。いや、本当に幽霊を信じているのか。
「せっかくこの旅館に来たのだから」とアガサはつづけた。
「ちなみに、この場所について、だれから聞いたの?」
「それはね、コメントで書かれたものなの」
「コメント?」
「私は旅行のブログをやっているの。かいだんで知られているところに行きたいという投稿(とうこう:SNSに文章や写真をアップすること)をした時、だれかがコメントでこの旅館のストーリーを書いていて。おもしろいなと思って、来てみた。この場所についての情報が少ないし、ほかのブロガーが行ったことないみたいね」
「へー、そっか」
「だから、もし夜に何か説明できないことが起こったら、ぜひ教えてね」
「約束する」とベレンは笑った。
外見からすると、恐ろしい印象はなかった。ただの伝統的な旅館にしか見えなかった。建物は古いけど。ベレンが泊まった部屋も古典的な和室だった。床には畳。部屋と部屋を仕切る襖と障子があり、右側に床の間もある。まるで日本文化についての本の挿絵のようだった。部屋も少し古かったけど、綺麗だった。古き良き日本の雰囲気を味わえる場所だとベレンは思った。幽霊などの気配を全然感じなかった。
それから、荷物を置いて、部屋を出た。105号の部屋を通った時、床には財布があると気づいた。誰かが落としたみたいと思ったベレンは財布を拾った。そのあと、105号の部屋のドアと壁の間に隙間があることに気づいた。財布の持ち主はこの部屋にいるかなと思って、少し開いているドアをノックした。
「だれでしょうか」と部屋の奥から女の人の高い声が聞こえた。
「すみませんが、部屋の前に財布が落ちていますから」
近づいている足音が聞こえてきた。そして、ドアと壁の間の隙間が広くなって、若い女の人が顔を出した。ベレンと同い年くらいの外国人の女性で、金髪だった。長いまつ毛の目がベレンの持っている財布を見た。
「やっぱり私の財布だ!ありがとう」女の人が嬉しく財布を手に入れた。
「私はアガサ」と彼女は歯を見せて、手を伸ばした。
「ベレン」
彼女たちは握手した。
「よろしくね。本当に助かった!財布をなくしたら、困るよ。特にこんな所で」
「いいえ、いいえ。旅館の中なら誰かがきっと見つけて、フロントスタッフに渡すと思うよ。もし私が見つけなかったとしても」
「ふーん、そうかもね」
「外で落ちたらもっと困るけど」
「確かに」とアガサは笑った。
ベレンは晩御飯を買いに行こうと思ったので、アガサに一緒に行こうと誘った。旅館の隣に小さなコンビ二があった。そこに向かっている二人は話したり、笑ったりした。アガサはフランスから来た観光客だった。出会ったばかりだけど、彼女は昔の友だちのようだった。
「じゃあ、一人旅だね」
「ええ」とアガサは頷いた。
「でも、なんでここに来たの?観光スポットではないけど」
「村はそうだけど、この旅館は観光地じゃん」
「そう?」
「知らないの?この場所は黒歴史があるのよ」
ベレンの頭には死んでいる男と前に立っている女の姿が浮かんだ。
「知っているけど」
「このストーリーは大変じゃないか。最初は殺人で、あとは自殺。ひどくない?」
ベレンはわからない顔をした。
「自殺って?」
それから、高橋から聞いた話をアガサに伝えた。アガサは目を少し丸くした。
「不思議だな。私が知っているストーリーと少し違っている」
そして、アガサは自分が聞いた話のバージョンを伝えた。
「昔々、この家である夫婦は幸せに暮らしていた。しかし、子どもが欲しかったけど、なかなかできなかった。なので、奥さんは村の近くにある森に住んでいる魔女のうちに行った。旦那には秘密だ。魔女は奥さんに特別な薬をあげた。この薬を飲むと出産できるって。奥さんは嬉しくなって、すぐ薬を飲んで、うちに帰った。でも、魔女に騙された。この薬のせいで気が狂って、旦那を殺した。それから、自殺した」
やっぱり高橋が伝えてくれた話と異なっている。ベレンは首をかしげて、考え込んだ。
「確かに違っている」
「そうそう。だから、旦那が化け物だと信じるようになったことは初耳だよ」
「私が聞いたバージョンには子どもの問題と魔女の登場がなかった」
「結果は同じだけど。奥さんも旦那さんも死んでいる。でも、実際に何が起きたのかな」
ベレンはアガサに顔を向けて、言った。
「わからないけど、とにかく実話じゃなくて、ただの噂でしょ」
「そうかもね。でも、奥さんの幽霊を見た人がいるよ」
「じゃあ、アガサもその幽霊を見に来たの?」
「もちろん!もし何か不思議なことがあったら、必ず体験したいよ」
ベレンは耳を疑った。本当に幽霊に会いたいのか。いや、本当に幽霊を信じているのか。
「せっかくこの旅館に来たのだから」とアガサは続けた。
「ちなみに、この場所について、誰から聞いたの?」
「それはね、コメントで書かれたものなの」
「コメント?」
「私は旅行のブログをやっているの。怪談で知られている所に行きたいという投稿をした時、誰かがコメントでこの旅館の伝説を書いていて。おもしろいなと思って、来てみた。この場所についての情報が少ないし、他のブロガーが行ったことないみたいね」
「へー、そっか」
「だから、もし夜に何か奇妙な現象が起こったら、ぜひ教えてね」
「約束する」とベレンは笑った。
それから、荷物を置いて、部屋を出た。105号の部屋を通った時、床には財布があると気づいた。誰かが落としたみたいと思ったベレンは財布を拾った。そのあと、105号の部屋のドアと壁の間に隙間があることに気づいた。財布の持ち主はこの部屋にいるかなと思って、少し開いているドアをノックした。
「だれでしょうか」と部屋の奥から女の人の高い声が聞こえた。
「すみませんが、部屋の前に財布が落ちていますから」
近づいている足音が聞こえてきた。そして、ドアと壁の間の隙間が広くなって、若い女の人が顔を出した。ベレンと同い年くらいの外国人の女性で、金髪だった。長いまつ毛の目がベレンの持っている財布を見た。
「やっぱり私の財布だ!ありがとう」女の人が嬉しく財布を手に入れた。
「私はアガサ」と彼女は歯を見せて、手を伸ばした。
「ベレン」
彼女たちは握手した。
「よろしくね。本当に助かった!財布をなくしたら、困るよ。特にこんな所で」
「いいえ、いいえ。旅館の中なら誰かがきっと見つけて、フロントスタッフに渡すと思うよ。もし私が見つけなかったとしても」
「ふーん、そうかもね」
「外で落ちたらもっと困るけど」
「確かに」とアガサは笑った。
ベレンは晩御飯を買いに行こうと思ったので、アガサに一緒に行こうと誘った。旅館の隣に小さなコンビ二があった。そこに向かっている二人は話したり、笑ったりした。アガサはフランスから来た観光客だった。出会ったばかりだけど、彼女は昔の友だちのようだった。
「じゃあ、一人旅だね」
「ええ」とアガサは頷いた。
「でも、なんでここに来たの?観光スポットではないけど」
「村はそうだけど、この旅館は観光地じゃん」
「そう?」
「知らないの?この場所は黒歴史があるのよ」
ベレンの頭には死んでいる男と前に立っている女の姿が浮かんだ。
「知っているけど」
「このストーリーは大変じゃないか。最初は殺人で、あとは自殺。ひどくない?」
ベレンはわからない顔をした。
「自殺って?」
それから、高橋から聞いた話をアガサに伝えた。アガサは目を少し丸くした。
「不思議だな。私が知っているストーリーと少し違っている」
そして、アガサは自分が聞いた話のバージョンを伝えた。
「昔々、この家である夫婦は幸せに暮らしていた。しかし、子どもが欲しかったけど、なかなかできなかった。なので、奥さんは村の近くにある森に住んでいる魔女のうちに行った。旦那には秘密だ。魔女は奥さんに特別な薬をあげた。この薬を飲むと出産できるって。奥さんは嬉しくなって、すぐ薬を飲んで、うちに帰った。でも、魔女に騙された。この薬のせいで気が狂って、旦那を殺した。それから、自殺した」
やっぱり高橋が伝えてくれた話と異なっている。ベレンは首をかしげて、考え込んだ。
「確かに違っている」
「そうそう。だから、旦那が化け物だと信じるようになったことは初耳だよ」
「私が聞いたバージョンには子どもの問題と魔女の登場がなかった」
「結果は同じだけど。奥さんも旦那さんも死んでいる。でも、実際に何が起きたのかな」
ベレンはアガサに顔を向けて、言った。
「わからないけど、とにかく実話じゃなくて、ただの噂でしょ」
「そうかもね。でも、奥さんの幽霊を見た人がいるよ」
「じゃあ、アガサもその幽霊を見に来たの?」
「もちろん!もし何か不思議なことがあったら、必ず体験したいよ」
ベレンは耳を疑った。本当に幽霊に会いたいのか。いや、本当に幽霊を信じているのか。
「せっかくこの旅館に来たのだから」とアガサは続けた。
「ちなみに、この場所について、誰から聞いたの?」
「それはね、コメントで書かれたものなの」
「コメント?」
「私は旅行のブログをやっているの。怪談で知られている所に行きたいという投稿をした時、誰かがコメントでこの旅館の伝説を書いていて。おもしろいなと思って、来てみた。この場所についての情報が少ないし、他のブロガーが行ったことないみたいね」
「へー、そっか」
「だから、もし夜に何か奇妙な現象が起こったら、ぜひ教えてね」
「約束する」とベレンは笑った。