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消えゆく縁
花火大会
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次の日。
心配事がいっぱいのベレンとルシア、昨日の夜は二人ともよくねむれなかった。
おたがいの目の下に大きなクマができているのを見て、二人は声を合わせて笑った。
「どうしたの? 昨日よくねむれなかったの?」
ベレンが先に口を開いた。
「たぶん、まだ時差ぼけ(時差で体の調子が悪くなること)しているんだと思う。あと、このソファーでねるのもまだ慣れていないし。」
ルシアは頭の後ろをかいた。
「ベレンは?なんで私と同じように寝不足の顔をしてんの?」
「ずっと一人で生活していたから、急に人が増えて慣れないのかもね。」
ベレンはルシアの視線を避け、ポットを手に取って蛇口をひねって水を出そうとする。
「つまり私のせいということ?」
ベレンの話を聞き、ルシアは不満そうにつぶやいた。
「そういう意味じゃないの。というか、ルシアが私に聞いたでしょう。」
ポットに水を入れた後、ベレンはスイッチを押し、お湯を沸かそうとする。
「フン。」
お湯が沸くのを待つ間、ベレンとルシアはソファーにすわってどうでもいい話をしていた。まるで前から約束していたかのように、昨日の夜のことについて二人はまったく口にしない。
朝ごはんの後、ベレンはテーブルを片付けながら、さりげなくルシアにたずねた。
「今日の予定は?日本に泊まる1週間、なにか計画はある?」
「ううん。」
コーヒーを飲んでいるルシアは最後の一口を飲んだ。
「特にないよ!」
「だと思った…」
ベレンはルシアの答えに特におどろくことはしないが、やはり思わずつぶやいた。
「もう、せっかく来たんだから、ちゃんと計画して来なよ。」
「ベレンに会いに来ただけだもん!近くで何もせずに歩くのでもいいじゃない?」
ベレンは何も反応しない。
ルシアは話をつづける。
「じゃあ、何かおすすめはある?」
「はぁ…もう本当にしょうがないから。」
ベレンはため息をつきながら首をふった。
「じゃ、花火大会に行かない?せっかくこの時期に日本に来たんだから。」
「花火大会?」
「うん、夏によく行われる日本の伝統行事の一つなの。花火がたくさん打ち上げられて、色々な形を描いて、夏の夜の空を美しくかがやかせるんだ。とてもきれいで、すごい景色だよ!」
「へえ、面白そう!決まりだ!花火大会に行こう!」
ルシアの目がキラキラとかがやいた。
「わかった。花火大会の日にちをしらべておくね。」
ベレンはスマートフォンを取り出した。
「ルシアも、他に行きたいところとかちょっと考えて、せっかく遠くから飛んできたんだから、たくさん楽しまなきゃ。」
「わかった!」
いろいろしらべて、ベレンとルシアは隅田川花火大会を見に行くことにした。
日本の花火大会は、夏の風物詩(その季節を感じさせるもの)と言われている。そのはじまりついては、色々な説明がなされている。
打ち上げ花火は、江戸時代(今から200年以上前)に隅田川で行われたお祭りがはじまりとされている。当時、食べ物の不足や病気の流行のため、たくさんの人が亡くなった。その亡くなった人たちを思い、病気の流行が終わることをねがうためにお祭りが行われ、打ち上げ花火が上げられた。これが最初の花火大会である。
それから、たくさんの花火師(花火を作る人)が出てきて、とくに有名なのが「玉屋」と「鍵屋」である。彼らは競争するようにつづけて花火を打ち上げだした。こうして花火大会も夏のいつもの行事の一つとして行われるようになった。
そして、ベレンとルシアが今回見に行く隅田川花火大会は、伝統の両国川開き花火大会から生まれたものである。
花火大会の日。
この日のために、ベレンはしっかり準備をした。
当日はおそらく現場に人がたくさん集まるだろう。それに、花火がよく見える場所をとれないかもしれない。そういうのを考えたうえで、ルシアと相談した結果、ベレンは海の上から花火を見ることができる屋形船の席を予約した。
「海の上から花火を見るって、なんてすてきなんだろう!」
ベレンは自分の計画にすごく自信があったようだ。
「日本で花火大会を見るのはルシアにとって初めてのことだから、わすれられない思い出にしなくちゃ!」
「お昼は少し食べていいから、今夜は船においしいものがたくさんあるよ。」
ラーメンを食べるルシアを見て、ベレンはつい言った。
「夜までまだ長いじゃない!夜になったらまたいっぱい食べるから大丈夫だ!」
ルシアは口に食べ物を入れたまま返事を返した。
ベレンはあきれたように首をふった。
「そうだ。今夜は花火を見る前に浴衣を着るんだよ。」
ベレンが予約した屋形船には、その日の夕食のほかに浴衣を借りられるサービスもついている。これもベレンが計画した完璧な花火大会体験の一部だった。
「浴衣?」
「そう、浴衣も和服の一つだよ。花火大会の時は、浴衣を着て見に行く人が多い。男性も女性もね。」
「和服?ああ、着物ということね。」
ルシアはやっとわかってきた顔をした。
「いやいや、着物とはまた違うよ。着物は、どっちかというと、フォーマルな場面で着るもので、あと、浴衣より着ることが少しむずかしい。今回私たちが着るのは浴衣だから、かるくて夏の行事によく合うよ。」
「そっか…」
ルシアはわかったような、わからないような顔をした。
「とにかく、着替える時は私の着方を見習えればいいってこと。」
こまっているルシアを見て、ベレンは笑い、それ以上の説明はしなかった。
夕方が近づいてきた。
ベレンとルシアは乗船場(船に乗る場所)に到着した。
「多分ここだと思う。」
ベレンは目の前の船を見て、また手に持っているスマートフォンの情報を確認した。
「行こうか。」
ルシアはうなずいてついていった。
「こんにちは!予約しています。二人です。」
ベレンはスマートフォンを受付に見せた。
「こんにちは!ご利用いただきありがとうございます。お席は2階にあります。こちらの階段を上って左にあります。」
受付の人は言いながら方向を手で示した。
「わかりました。ありがとうございます!」
そして2人は階段を上って船の2階に向かった。
「うわぁ~思ったよりきれい!」
ルシアは2階に着くと目をかがやかせ、感動しながら周りを見た。
「どう?私の計画、悪くないでしょ?」
ベレンは自慢げに笑った。
「今夜はここで花火を見るんだ!」
ワクワクしていたルシアはベレンの方を見てうなずいた。
「うん!きっとわすれられない夜になるね。」
2人とも花火大会のことをとても楽しみにしている。
その後の展開はだれも想像していなかった。
夜になり、乗客は次々と船に乗り込んできた。
ベレンとルシアも花火大会が始まる前に浴衣に着替えてきた。
「初めて浴衣を着た感想は?」
ベレンはルシアが浴衣をいじっているのを見て笑った。
「うーん…なんというか、やっぱりなんか変な感じがして、なれないな。」
ルシアはこまった顔をした。
「あと、この靴もあまり履いた感じがよくないね。」
そう言ってルシアは下駄を履いている足を持ち上げた。
「それは下駄というの。浴衣を着る時に履くものなんだ。こんな機会はなかなかないから、しっかり体験してみな。」
とベレンが言って、席にもどろうとするが、
「ねえ、むかし一緒にプロムに行ったのまだおぼえている?」
ルシアは何かを思い出したように笑った。
「あの時、初めてハイヒールを履いたんだから、今日みたいになかなか慣れなくて、本番の時はちゃんと歩けるようになるために一生懸命練習していたね。」
「あれからもうこんなに経ったんだね。本当にびっくりするくらい。でも今日、この浴衣を着て、むかしの思い出が一気によみがえってきたみたいで、本当になつかしいな。」
ルシアは少しさびしそうな顔をしている。
「もし時間がずっとあの時に止まっていたらいいのに。」
「ずっとあの時のままでいたい。」
ベレンは少しとルシアを見て、そっとため息をつき、空を見る。
「むかしがどれだけよかったとしても、いつまでも過去のことばかり考えるわけにはいかないでしょ。成長は避けられないものなんだから。」
「席にもどろう。花火大会はもうすぐ始まるから。」
花火大会が始まった。
たくさんの色の花火がどんどんと夜の空にあらわれ、東京湾を照らす。夜なのに、まるで昼のように明るく見える。
花火大会の会場から少しはなれているが、花火が打ち上げられる音が少しだけ聞こえてくる。船の中から花火を楽しんでいる乗客たちは、食事をしながら楽しそうに話し、時々花火を褒めている。会場からはなれているとはいえ、その賑やかさは会場にまったく引けを取らない。
その中で、ベレンとルシアの間の沈黙が目立っている。
座席にもどってから、二人は一言も口をきいていない。まるで、どちらが長くだまっていられるかで競争しているかのように、2人は何かを話すことも、相手に反応することもなかった。ベレンは何も言わずに食事をつづけ、ルシアはただただ花火を見ている。
気まずい雰囲気が二人の間にかぎりなく広がっていく。
何か言わなきゃいけないかな?
ベレンは食べ物を口に運びながら、こっそりとルシアの動きを見ている。
しかしルシアは変わらず、ただただ花火を見ている。
たぶん、何も言わないほうがいいかもしれない。
ベレンは軽く首をふり、何も言わずに食事をつづけた。
そして花火を見ていたルシアも、複雑な気持ちだった。
過去の話になると、ベレンはいつもすぐ話を変えるのだ。実は、日本に来た最初の日から、ベレンが過去の話に興味がないのではないかと何となく感じていた。しかし、ルシアは日本のことについてあまりよく知らない。ベレンが日本で起こったことを話しても、ただ聞いていることしかできず、まったく口を挟むことができない。
一方は過去のことを話したがらず、もう一方は現在のことを一緒に話すことができない。話しの合わない二人の間には、ほんの少しの話題しかのこっていない。
夜の空に咲く花火が打ち上げられ、広がり、そして散っていく。一瞬だけだが、とても美しい。それを見て、ルシアはふと思った。自分とベレンの友情もそのような感じではないか。
一番楽しい時期はすでに終わってしまった。
そう思うと、ルシアは涙が止まらなかった。
ルシアが何か考えていることに気が付いたようで、ベレンはようやく口を開いた。
「どうしたの?花火は楽しくなった?」
ルシアは首をふった。
「じゃ何?」
「もう帰りたい。」
「え?」
ベレンは一瞬言葉が出てこなかった。
「もう帰りたいの?でも、まだ始まったばかりじゃない?」
「それに、今乗っている船も終わるまでもどらないから。」
ルシアは頭を下げたまま、何も言わなかった。
「どこか具合が悪いの?」
「アルゼンチンに帰りたい。」
ルシアは突然立ち上がり、階段の方に向かう。
「一体どうしたの!」
ルシアの反応にどうしたらいいのかわからず、あせってしまったベレンはつい大きな声を出した。
「さっきまで大丈夫だったじゃない!」
「何かあったら言ってよ!」
ルシアは止まらなかった。
「ただここにいたくなくなったから。」
心配事がいっぱいのベレンとルシア、昨日の夜は二人ともよくねむれなかった。
おたがいの目の下に大きなクマができているのを見て、二人は声を合わせて笑った。
「どうしたの? 昨日よくねむれなかったの?」
ベレンが先に口を開いた。
「たぶん、まだ時差ぼけ(時差で体の調子が悪くなること)しているんだと思う。あと、このソファーでねるのもまだ慣れていないし。」
ルシアは頭の後ろをかいた。
「ベレンは?なんで私と同じように寝不足の顔をしてんの?」
「ずっと一人で生活していたから、急に人が増えて慣れないのかもね。」
ベレンはルシアの視線を避け、ポットを手に取って蛇口をひねって水を出そうとする。
「つまり私のせいということ?」
ベレンの話を聞き、ルシアは不満そうにつぶやいた。
「そういう意味じゃないの。というか、ルシアが私に聞いたでしょう。」
ポットに水を入れた後、ベレンはスイッチを押し、お湯を沸かそうとする。
「フン。」
お湯が沸くのを待つ間、ベレンとルシアはソファーにすわってどうでもいい話をしていた。まるで前から約束していたかのように、昨日の夜のことについて二人はまったく口にしない。
朝ごはんの後、ベレンはテーブルを片付けながら、さりげなくルシアにたずねた。
「今日の予定は?日本に泊まる1週間、なにか計画はある?」
「ううん。」
コーヒーを飲んでいるルシアは最後の一口を飲んだ。
「特にないよ!」
「だと思った…」
ベレンはルシアの答えに特におどろくことはしないが、やはり思わずつぶやいた。
「もう、せっかく来たんだから、ちゃんと計画して来なよ。」
「ベレンに会いに来ただけだもん!近くで何もせずに歩くのでもいいじゃない?」
ベレンは何も反応しない。
ルシアは話をつづける。
「じゃあ、何かおすすめはある?」
「はぁ…もう本当にしょうがないから。」
ベレンはため息をつきながら首をふった。
「じゃ、花火大会に行かない?せっかくこの時期に日本に来たんだから。」
「花火大会?」
「うん、夏によく行われる日本の伝統行事の一つなの。花火がたくさん打ち上げられて、色々な形を描いて、夏の夜の空を美しくかがやかせるんだ。とてもきれいで、すごい景色だよ!」
「へえ、面白そう!決まりだ!花火大会に行こう!」
ルシアの目がキラキラとかがやいた。
「わかった。花火大会の日にちをしらべておくね。」
ベレンはスマートフォンを取り出した。
「ルシアも、他に行きたいところとかちょっと考えて、せっかく遠くから飛んできたんだから、たくさん楽しまなきゃ。」
「わかった!」
いろいろしらべて、ベレンとルシアは隅田川花火大会を見に行くことにした。
日本の花火大会は、夏の風物詩(その季節を感じさせるもの)と言われている。そのはじまりついては、色々な説明がなされている。
打ち上げ花火は、江戸時代(今から200年以上前)に隅田川で行われたお祭りがはじまりとされている。当時、食べ物の不足や病気の流行のため、たくさんの人が亡くなった。その亡くなった人たちを思い、病気の流行が終わることをねがうためにお祭りが行われ、打ち上げ花火が上げられた。これが最初の花火大会である。
それから、たくさんの花火師(花火を作る人)が出てきて、とくに有名なのが「玉屋」と「鍵屋」である。彼らは競争するようにつづけて花火を打ち上げだした。こうして花火大会も夏のいつもの行事の一つとして行われるようになった。
そして、ベレンとルシアが今回見に行く隅田川花火大会は、伝統の両国川開き花火大会から生まれたものである。
花火大会の日。
この日のために、ベレンはしっかり準備をした。
当日はおそらく現場に人がたくさん集まるだろう。それに、花火がよく見える場所をとれないかもしれない。そういうのを考えたうえで、ルシアと相談した結果、ベレンは海の上から花火を見ることができる屋形船の席を予約した。
「海の上から花火を見るって、なんてすてきなんだろう!」
ベレンは自分の計画にすごく自信があったようだ。
「日本で花火大会を見るのはルシアにとって初めてのことだから、わすれられない思い出にしなくちゃ!」
「お昼は少し食べていいから、今夜は船においしいものがたくさんあるよ。」
ラーメンを食べるルシアを見て、ベレンはつい言った。
「夜までまだ長いじゃない!夜になったらまたいっぱい食べるから大丈夫だ!」
ルシアは口に食べ物を入れたまま返事を返した。
ベレンはあきれたように首をふった。
「そうだ。今夜は花火を見る前に浴衣を着るんだよ。」
ベレンが予約した屋形船には、その日の夕食のほかに浴衣を借りられるサービスもついている。これもベレンが計画した完璧な花火大会体験の一部だった。
「浴衣?」
「そう、浴衣も和服の一つだよ。花火大会の時は、浴衣を着て見に行く人が多い。男性も女性もね。」
「和服?ああ、着物ということね。」
ルシアはやっとわかってきた顔をした。
「いやいや、着物とはまた違うよ。着物は、どっちかというと、フォーマルな場面で着るもので、あと、浴衣より着ることが少しむずかしい。今回私たちが着るのは浴衣だから、かるくて夏の行事によく合うよ。」
「そっか…」
ルシアはわかったような、わからないような顔をした。
「とにかく、着替える時は私の着方を見習えればいいってこと。」
こまっているルシアを見て、ベレンは笑い、それ以上の説明はしなかった。
夕方が近づいてきた。
ベレンとルシアは乗船場(船に乗る場所)に到着した。
「多分ここだと思う。」
ベレンは目の前の船を見て、また手に持っているスマートフォンの情報を確認した。
「行こうか。」
ルシアはうなずいてついていった。
「こんにちは!予約しています。二人です。」
ベレンはスマートフォンを受付に見せた。
「こんにちは!ご利用いただきありがとうございます。お席は2階にあります。こちらの階段を上って左にあります。」
受付の人は言いながら方向を手で示した。
「わかりました。ありがとうございます!」
そして2人は階段を上って船の2階に向かった。
「うわぁ~思ったよりきれい!」
ルシアは2階に着くと目をかがやかせ、感動しながら周りを見た。
「どう?私の計画、悪くないでしょ?」
ベレンは自慢げに笑った。
「今夜はここで花火を見るんだ!」
ワクワクしていたルシアはベレンの方を見てうなずいた。
「うん!きっとわすれられない夜になるね。」
2人とも花火大会のことをとても楽しみにしている。
その後の展開はだれも想像していなかった。
夜になり、乗客は次々と船に乗り込んできた。
ベレンとルシアも花火大会が始まる前に浴衣に着替えてきた。
「初めて浴衣を着た感想は?」
ベレンはルシアが浴衣をいじっているのを見て笑った。
「うーん…なんというか、やっぱりなんか変な感じがして、なれないな。」
ルシアはこまった顔をした。
「あと、この靴もあまり履いた感じがよくないね。」
そう言ってルシアは下駄を履いている足を持ち上げた。
「それは下駄というの。浴衣を着る時に履くものなんだ。こんな機会はなかなかないから、しっかり体験してみな。」
とベレンが言って、席にもどろうとするが、
「ねえ、むかし一緒にプロムに行ったのまだおぼえている?」
ルシアは何かを思い出したように笑った。
「あの時、初めてハイヒールを履いたんだから、今日みたいになかなか慣れなくて、本番の時はちゃんと歩けるようになるために一生懸命練習していたね。」
「あれからもうこんなに経ったんだね。本当にびっくりするくらい。でも今日、この浴衣を着て、むかしの思い出が一気によみがえってきたみたいで、本当になつかしいな。」
ルシアは少しさびしそうな顔をしている。
「もし時間がずっとあの時に止まっていたらいいのに。」
「ずっとあの時のままでいたい。」
ベレンは少しとルシアを見て、そっとため息をつき、空を見る。
「むかしがどれだけよかったとしても、いつまでも過去のことばかり考えるわけにはいかないでしょ。成長は避けられないものなんだから。」
「席にもどろう。花火大会はもうすぐ始まるから。」
花火大会が始まった。
たくさんの色の花火がどんどんと夜の空にあらわれ、東京湾を照らす。夜なのに、まるで昼のように明るく見える。
花火大会の会場から少しはなれているが、花火が打ち上げられる音が少しだけ聞こえてくる。船の中から花火を楽しんでいる乗客たちは、食事をしながら楽しそうに話し、時々花火を褒めている。会場からはなれているとはいえ、その賑やかさは会場にまったく引けを取らない。
その中で、ベレンとルシアの間の沈黙が目立っている。
座席にもどってから、二人は一言も口をきいていない。まるで、どちらが長くだまっていられるかで競争しているかのように、2人は何かを話すことも、相手に反応することもなかった。ベレンは何も言わずに食事をつづけ、ルシアはただただ花火を見ている。
気まずい雰囲気が二人の間にかぎりなく広がっていく。
何か言わなきゃいけないかな?
ベレンは食べ物を口に運びながら、こっそりとルシアの動きを見ている。
しかしルシアは変わらず、ただただ花火を見ている。
たぶん、何も言わないほうがいいかもしれない。
ベレンは軽く首をふり、何も言わずに食事をつづけた。
そして花火を見ていたルシアも、複雑な気持ちだった。
過去の話になると、ベレンはいつもすぐ話を変えるのだ。実は、日本に来た最初の日から、ベレンが過去の話に興味がないのではないかと何となく感じていた。しかし、ルシアは日本のことについてあまりよく知らない。ベレンが日本で起こったことを話しても、ただ聞いていることしかできず、まったく口を挟むことができない。
一方は過去のことを話したがらず、もう一方は現在のことを一緒に話すことができない。話しの合わない二人の間には、ほんの少しの話題しかのこっていない。
夜の空に咲く花火が打ち上げられ、広がり、そして散っていく。一瞬だけだが、とても美しい。それを見て、ルシアはふと思った。自分とベレンの友情もそのような感じではないか。
一番楽しい時期はすでに終わってしまった。
そう思うと、ルシアは涙が止まらなかった。
ルシアが何か考えていることに気が付いたようで、ベレンはようやく口を開いた。
「どうしたの?花火は楽しくなった?」
ルシアは首をふった。
「じゃ何?」
「もう帰りたい。」
「え?」
ベレンは一瞬言葉が出てこなかった。
「もう帰りたいの?でも、まだ始まったばかりじゃない?」
「それに、今乗っている船も終わるまでもどらないから。」
ルシアは頭を下げたまま、何も言わなかった。
「どこか具合が悪いの?」
「アルゼンチンに帰りたい。」
ルシアは突然立ち上がり、階段の方に向かう。
「一体どうしたの!」
ルシアの反応にどうしたらいいのかわからず、あせってしまったベレンはつい大きな声を出した。
「さっきまで大丈夫だったじゃない!」
「何かあったら言ってよ!」
ルシアは止まらなかった。
「ただここにいたくなくなったから。」
翌日。
心配事がいっぱいのベレンとルシア、昨夜は二人ともよく眠れなかった。
お互いの目の下に大きなクマができているのを見て、二人は声を合わせて笑った。
「どうしたの? 昨日よく眠れなかったの?」
ベレンが先に口を開いた。
「たぶん、まだ時差ぼけしてるんだと思う。あと、このソファーで寝るのもまだ慣れていないし。」
ルシアは後頭部を掻いた。
「ベレンは?なんで私と同じように寝不足の顔をしてんの?」
「ずっと一人暮らしだから、急に人が増えて慣れないのかもね。」
ベレンはルシアの視線を避け、ポットを手に取って蛇口をひねって水を出そうとする。
「つまり私のせいっていうこと?」
ベレンの話を聞き、ルシアは不満そうにつぶやいた。
「そういう意味じゃないの。ってかルシアが私に聞いたでしょう。」
ポットに水を入れた後、ベレンはスイッチを押し、お湯を沸かそうとする。
「フン。」
お湯が沸くのを待つ間、ベレンとルシアはソファーに座ってどうでもいい話をしていた。まるで事前に約束していたかのように、昨夜のことについて二人は一切口にしない。
朝食後、ベレンはテーブルを片付けながら、さりげなくルシアに尋ねた。
「今日の予定は?日本に泊まる1週間、なんかプランがある?」
「ううん。」
コーヒーを飲んでいるルシアは最後の一口を飲み込んだ。
「特にないよ!」
「だと思った…」
ベレンはルシアの答えに特に意外と思わないが、やはり思わずつぶやいた。
「もう、せっかく来たんだから、ちゃんと計画して来なよ。」
「ベレンに会いに来ただけだもん!近くでぶらぶらしていてもいいじゃん?」
ベレンは何も反応しない。
ルシアは話を続ける。
「じゃあ、何かおすすめある?」
「はぁ…もう本当にしょうがないから。」
ベレンはため息をつきながら首を振った。
「じゃ、花火大会に行かない?せっかくこの時期に日本に来たんだから。」
「花火大会?」
「うん、夏によく行われる日本の伝統行事の一つなの。花火がたくさん打ち上げられて、いろんな形を描いて、夏の夜空を美しく彩るんだ。とても華やかで、壮大な景色だよ!」
「へーー、面白そう!決まりだ!花火大会に行こう!」
ルシアの目がキラキラと輝いた。
「わかった。花火大会の日程を調べておくね。」
ベレンはスマートフォンを取り出した。
「ルシアも、他に行きたいところとかちょっと考えて、せっかく遠くから飛んできたんだから、存分に楽しまなきゃ。」
「了解!」
いろいろ調べた結果、ベレンとルシアは隅田川花火大会を見に行くことにした。
日本の花火大会は、夏の風物詩とも言われている。その起源については、諸説がある。
打ち上げ花火は、江戸時代に隅田川で開催された水神祭がはじまりとされている。当時、飢饉や疫病のため、多くの人々が亡くなった。その死者たちを弔い、疫病の終息を祈るために、水神祭が行われ、打ち上げ花火が上げられた。これが最初の花火大会である。
その後、多くの花火師が現れ、中でも有名なのが「玉屋」と「键屋」である。彼らは競い合うように連続して花火を打ち上げだした。こうして花火大会も夏の定番行事の一つとして根付いていった。
そして、ベレンとルシアが今回見に行く隅田川花火大会は、伝統の両国川開き花火大会を受け継いだものである。
花火大会当日。
この日のために、ベレンは万全の準備を整えた。
当日はおそらく現場が大混雑するだろう。それに、必ずいい観賞場所を取れるとは限らない。そういうのを考えたうえで、ルシアと相談した結果、ベレンは海上から花火を見ることができる屋形船の席を予約した。
「海上から花火を見るって、なんてロマンチックなんだろう!」
ベレンは自分の計画に自信満々のようだ。
「日本で花火大会を見るのはルシアにとって初体験だから、忘れられない思い出にしなくちゃ!」
「お昼は軽く食べていいから、今夜は船に美味しいものがたくさんあるよ。」
ラーメンを頬張るルシアを見て、ベレンはつい言った。
「夜までまだ長いじゃん!夜になったらまたいっぱい食べるから大丈夫!」
ルシアは口に食べ物を含んだまま返事を返した。
ベレンはあきれたように首を振った。
「そうだ。今夜は花火を見る前に浴衣に着替えるんだよ。」
ベレンが予約した屋形船には、その日の夕食のほかに浴衣一式のレンタルサービスもついている。これもベレンが計画した完璧な花火大会体験の一部だった。
「浴衣?」
「そう、浴衣も和服の一種だよ。花火大会の時は、浴衣を着て見に行く人が多い。男女ともね。」
「和服?ああ、着物っていうことね。」
ルシアはようやくわかってきた顔をした。
「いやいや、着物とはまた違うよ。着物は、どっちかというと、フォーマルな場面で着るもので、あと、浴衣より着付けが少し難しい。今回私たちが着るのは浴衣だから、軽くて夏の行事にぴったり。」
「そっか…」
ルシアはわかったような、わからないような顔をした。
「とにかく、着替える時は私の着方を見習えればいいってこと。」
戸惑うルシアを見て、ベレンは微笑み、それ以上の説明はしなかった。
夕方が近づいてきた。
ベレンとルシアは乗船場に到着した。
「多分ここだと思う。」
ベレンは目の前の船を見て、また手元にあるスマートフォンに表示されている情報を確認した。
「行こうか。」
ルシアは頷いてついていった。
「こんにちは!予約しています。二名です。」
ベレンはスマートフォンを受付に提示した。
「こんにちは!ご利用いただきありがとうございます。お席は2階にあります。こちらの階段を上って左側にあります。」
受付の人は言いながら手振りで方向を示した。
「わかりました。ありがとうございます!」
そして2人は階段を上って船の2階に向かった。
「うわぁ~思ったよりきれい!」
ルシアは2階に着くなり目を輝かせ、感嘆しながら周囲を見回した。
「どう?私のプラン、悪くないでしょ?」
ベレンは自慢げに微笑んだ。
「今夜はここで花火を見るんだ!」
ワクワクしていたルシアはベレンに向いて頷いた。
「うん!きっと忘れられない夜になるね。」
2人とも花火大会のことをとても楽しみにしている。
その後の展開は誰も予想していなかった。
夜が訪れ、乗客は次々と船に乗り込んできた。
ベレンとルシアも花火大会が始まる前に浴衣に着替えてきた。
「初めて浴衣を着た感想は?」
ベレンはルシアが浴衣をいじっているのを見て笑った。
「うーん…なんていうか、やっぱりなんか変な感じがして、なれないな。」
ルシアは眉をひそめた。
「あと、この靴もあまり履き心地がよくないね。」
そう言ってルシアは下駄を履いている足を持ち上げた。
「それは下駄っていうの。浴衣を着る時に履くものなんだ。こんな機会はめったにないから、しっかり体験してみな。」
とベレンが言って、席に戻ろうとするが、
「ねえ、昔一緒にプロムに行ったのまだ覚えてる?」
ルシアは何かを思い出したように微笑んだ。
「あの時、初めてハイヒールを履いたから、今日みたいになかなか慣れなくて、本番の時はちゃんと歩けるようになるために一生懸命練習してたわね。」
「あれからもうこんなに経ったんだね。本当にびっくりするくらい。でも今日、この浴衣を着て、昔の思い出が一気によみがえってきたみたいで、本当に懐かしいな。」
ルシアは少し寂しそうな顔をしている。
「もし時間がずっとあの時に止まっていたらいいのに。」
「ずっとあの時のままでいたい。」
ベレンはちらりとルシアを見て、そっとため息をつき、夜空を眺める。
「昔はいかによかったとしても、いつまでも過去のことに囚われるわけにはいかないでしょ。成長は避けられないものなんだから。」
「席に戻ろう。花火大会はもうすぐ始まるから。」
花火大会が始まった。
色とりどりの花火が次々と夜空に打ち上げられ、東京湾を照らす。夜なのに、まるで昼のように明るく見える。
花火大会の会場から少し離れているが、花火が打ち上げられる音がかすかに聞こえてくる。船の中から花火を楽しんでいる乗客たちは、食事をしながら談笑し、時折花火を褒めたたえている。会場から離れているとはいえ、その賑やかさは会場にまったく引けを取らない。
その中で、ベレンとルシアの間の沈黙が際立っている。
座席に戻ってから、二人は一言も口をきいていない。まるで、どちらが長く黙っていられるかを競っているかのように、2人は言葉を交わすことも、相手に反応することもなかった。ベレンは無言で食事を続け、ルシアはただただ花火を眺めている。
気まずい雰囲気が二人の間に限りなく広がっていく。
何か言うべきかな?
ベレンは食べ物を口に運びながら、こっそりとルシアの動きを見ている。
しかしルシアは相変わらず、ただただ花火を眺めている。
たぶん、何も言わないほうがいいかもしれない。
ベレンは軽く首を振り、何も言わずに食事を続けた。
そして花火を見ていたルシアも、複雑な心境だった。
過去の話になると、ベレンはいつもすぐ話をずらすのだ。実は、日本に来た初日から、ベレンが過去の話に興味がないのではないかと漠然と感じていた。しかし、ルシアは日本のことについてあまり詳しくない。ベレンが日本で起こったことを話しても、ただ聞いていることしかできず、まったく口を挟むことができない。
一方は過去のことを話したがらず、もう一方は現在のことを共有できない。噛み合わない二人の間には、些細な話題しか残っていない。
夜空に咲く花火が打ち上げられ、広がり、そして散っていく。一瞬だけだが、とてつもなく美しい。それを見て、ルシアはふと思った。自分とベレンの友情もそのような感じではないか。
最盛期はすでに過ぎ去ってしまった。
そう思うと、ルシアは涙が止まらなかった。
ルシアが何か考えていることに気づいたようで、ベレンはようやく口を開いた。
「どうしたの?花火は楽しくなった?」
ルシアは首を振った。
「じゃ何?」
「もう帰りたい。」
「え?」
ベレンは一瞬言葉に詰まった。
「もう帰りたいの?でも、まだ始まったばかりじゃない?」
「それに、今乗っている船も終わるまで戻らないから。」
ルシアは頭を下げたまま、何も言わなかった。
「どこか具合が悪いの?」
「アルゼンチンに帰りたい。」
ルシアは突然立ち上がり、階段の方に向かう。
「一体どうしたの!」
ルシアの反応に戸惑って焦ってしまったベレンはつい声を荒げた。
「さっきまで大丈夫だったじゃない!」
「何かあったら言ってよ!」
ルシアは止まらなかった。
「ただここにいたくなくなったから。」
心配事がいっぱいのベレンとルシア、昨夜は二人ともよく眠れなかった。
お互いの目の下に大きなクマができているのを見て、二人は声を合わせて笑った。
「どうしたの? 昨日よく眠れなかったの?」
ベレンが先に口を開いた。
「たぶん、まだ時差ぼけしてるんだと思う。あと、このソファーで寝るのもまだ慣れていないし。」
ルシアは後頭部を掻いた。
「ベレンは?なんで私と同じように寝不足の顔をしてんの?」
「ずっと一人暮らしだから、急に人が増えて慣れないのかもね。」
ベレンはルシアの視線を避け、ポットを手に取って蛇口をひねって水を出そうとする。
「つまり私のせいっていうこと?」
ベレンの話を聞き、ルシアは不満そうにつぶやいた。
「そういう意味じゃないの。ってかルシアが私に聞いたでしょう。」
ポットに水を入れた後、ベレンはスイッチを押し、お湯を沸かそうとする。
「フン。」
お湯が沸くのを待つ間、ベレンとルシアはソファーに座ってどうでもいい話をしていた。まるで事前に約束していたかのように、昨夜のことについて二人は一切口にしない。
朝食後、ベレンはテーブルを片付けながら、さりげなくルシアに尋ねた。
「今日の予定は?日本に泊まる1週間、なんかプランがある?」
「ううん。」
コーヒーを飲んでいるルシアは最後の一口を飲み込んだ。
「特にないよ!」
「だと思った…」
ベレンはルシアの答えに特に意外と思わないが、やはり思わずつぶやいた。
「もう、せっかく来たんだから、ちゃんと計画して来なよ。」
「ベレンに会いに来ただけだもん!近くでぶらぶらしていてもいいじゃん?」
ベレンは何も反応しない。
ルシアは話を続ける。
「じゃあ、何かおすすめある?」
「はぁ…もう本当にしょうがないから。」
ベレンはため息をつきながら首を振った。
「じゃ、花火大会に行かない?せっかくこの時期に日本に来たんだから。」
「花火大会?」
「うん、夏によく行われる日本の伝統行事の一つなの。花火がたくさん打ち上げられて、いろんな形を描いて、夏の夜空を美しく彩るんだ。とても華やかで、壮大な景色だよ!」
「へーー、面白そう!決まりだ!花火大会に行こう!」
ルシアの目がキラキラと輝いた。
「わかった。花火大会の日程を調べておくね。」
ベレンはスマートフォンを取り出した。
「ルシアも、他に行きたいところとかちょっと考えて、せっかく遠くから飛んできたんだから、存分に楽しまなきゃ。」
「了解!」
いろいろ調べた結果、ベレンとルシアは隅田川花火大会を見に行くことにした。
日本の花火大会は、夏の風物詩とも言われている。その起源については、諸説がある。
打ち上げ花火は、江戸時代に隅田川で開催された水神祭がはじまりとされている。当時、飢饉や疫病のため、多くの人々が亡くなった。その死者たちを弔い、疫病の終息を祈るために、水神祭が行われ、打ち上げ花火が上げられた。これが最初の花火大会である。
その後、多くの花火師が現れ、中でも有名なのが「玉屋」と「键屋」である。彼らは競い合うように連続して花火を打ち上げだした。こうして花火大会も夏の定番行事の一つとして根付いていった。
そして、ベレンとルシアが今回見に行く隅田川花火大会は、伝統の両国川開き花火大会を受け継いだものである。
花火大会当日。
この日のために、ベレンは万全の準備を整えた。
当日はおそらく現場が大混雑するだろう。それに、必ずいい観賞場所を取れるとは限らない。そういうのを考えたうえで、ルシアと相談した結果、ベレンは海上から花火を見ることができる屋形船の席を予約した。
「海上から花火を見るって、なんてロマンチックなんだろう!」
ベレンは自分の計画に自信満々のようだ。
「日本で花火大会を見るのはルシアにとって初体験だから、忘れられない思い出にしなくちゃ!」
「お昼は軽く食べていいから、今夜は船に美味しいものがたくさんあるよ。」
ラーメンを頬張るルシアを見て、ベレンはつい言った。
「夜までまだ長いじゃん!夜になったらまたいっぱい食べるから大丈夫!」
ルシアは口に食べ物を含んだまま返事を返した。
ベレンはあきれたように首を振った。
「そうだ。今夜は花火を見る前に浴衣に着替えるんだよ。」
ベレンが予約した屋形船には、その日の夕食のほかに浴衣一式のレンタルサービスもついている。これもベレンが計画した完璧な花火大会体験の一部だった。
「浴衣?」
「そう、浴衣も和服の一種だよ。花火大会の時は、浴衣を着て見に行く人が多い。男女ともね。」
「和服?ああ、着物っていうことね。」
ルシアはようやくわかってきた顔をした。
「いやいや、着物とはまた違うよ。着物は、どっちかというと、フォーマルな場面で着るもので、あと、浴衣より着付けが少し難しい。今回私たちが着るのは浴衣だから、軽くて夏の行事にぴったり。」
「そっか…」
ルシアはわかったような、わからないような顔をした。
「とにかく、着替える時は私の着方を見習えればいいってこと。」
戸惑うルシアを見て、ベレンは微笑み、それ以上の説明はしなかった。
夕方が近づいてきた。
ベレンとルシアは乗船場に到着した。
「多分ここだと思う。」
ベレンは目の前の船を見て、また手元にあるスマートフォンに表示されている情報を確認した。
「行こうか。」
ルシアは頷いてついていった。
「こんにちは!予約しています。二名です。」
ベレンはスマートフォンを受付に提示した。
「こんにちは!ご利用いただきありがとうございます。お席は2階にあります。こちらの階段を上って左側にあります。」
受付の人は言いながら手振りで方向を示した。
「わかりました。ありがとうございます!」
そして2人は階段を上って船の2階に向かった。
「うわぁ~思ったよりきれい!」
ルシアは2階に着くなり目を輝かせ、感嘆しながら周囲を見回した。
「どう?私のプラン、悪くないでしょ?」
ベレンは自慢げに微笑んだ。
「今夜はここで花火を見るんだ!」
ワクワクしていたルシアはベレンに向いて頷いた。
「うん!きっと忘れられない夜になるね。」
2人とも花火大会のことをとても楽しみにしている。
その後の展開は誰も予想していなかった。
夜が訪れ、乗客は次々と船に乗り込んできた。
ベレンとルシアも花火大会が始まる前に浴衣に着替えてきた。
「初めて浴衣を着た感想は?」
ベレンはルシアが浴衣をいじっているのを見て笑った。
「うーん…なんていうか、やっぱりなんか変な感じがして、なれないな。」
ルシアは眉をひそめた。
「あと、この靴もあまり履き心地がよくないね。」
そう言ってルシアは下駄を履いている足を持ち上げた。
「それは下駄っていうの。浴衣を着る時に履くものなんだ。こんな機会はめったにないから、しっかり体験してみな。」
とベレンが言って、席に戻ろうとするが、
「ねえ、昔一緒にプロムに行ったのまだ覚えてる?」
ルシアは何かを思い出したように微笑んだ。
「あの時、初めてハイヒールを履いたから、今日みたいになかなか慣れなくて、本番の時はちゃんと歩けるようになるために一生懸命練習してたわね。」
「あれからもうこんなに経ったんだね。本当にびっくりするくらい。でも今日、この浴衣を着て、昔の思い出が一気によみがえってきたみたいで、本当に懐かしいな。」
ルシアは少し寂しそうな顔をしている。
「もし時間がずっとあの時に止まっていたらいいのに。」
「ずっとあの時のままでいたい。」
ベレンはちらりとルシアを見て、そっとため息をつき、夜空を眺める。
「昔はいかによかったとしても、いつまでも過去のことに囚われるわけにはいかないでしょ。成長は避けられないものなんだから。」
「席に戻ろう。花火大会はもうすぐ始まるから。」
花火大会が始まった。
色とりどりの花火が次々と夜空に打ち上げられ、東京湾を照らす。夜なのに、まるで昼のように明るく見える。
花火大会の会場から少し離れているが、花火が打ち上げられる音がかすかに聞こえてくる。船の中から花火を楽しんでいる乗客たちは、食事をしながら談笑し、時折花火を褒めたたえている。会場から離れているとはいえ、その賑やかさは会場にまったく引けを取らない。
その中で、ベレンとルシアの間の沈黙が際立っている。
座席に戻ってから、二人は一言も口をきいていない。まるで、どちらが長く黙っていられるかを競っているかのように、2人は言葉を交わすことも、相手に反応することもなかった。ベレンは無言で食事を続け、ルシアはただただ花火を眺めている。
気まずい雰囲気が二人の間に限りなく広がっていく。
何か言うべきかな?
ベレンは食べ物を口に運びながら、こっそりとルシアの動きを見ている。
しかしルシアは相変わらず、ただただ花火を眺めている。
たぶん、何も言わないほうがいいかもしれない。
ベレンは軽く首を振り、何も言わずに食事を続けた。
そして花火を見ていたルシアも、複雑な心境だった。
過去の話になると、ベレンはいつもすぐ話をずらすのだ。実は、日本に来た初日から、ベレンが過去の話に興味がないのではないかと漠然と感じていた。しかし、ルシアは日本のことについてあまり詳しくない。ベレンが日本で起こったことを話しても、ただ聞いていることしかできず、まったく口を挟むことができない。
一方は過去のことを話したがらず、もう一方は現在のことを共有できない。噛み合わない二人の間には、些細な話題しか残っていない。
夜空に咲く花火が打ち上げられ、広がり、そして散っていく。一瞬だけだが、とてつもなく美しい。それを見て、ルシアはふと思った。自分とベレンの友情もそのような感じではないか。
最盛期はすでに過ぎ去ってしまった。
そう思うと、ルシアは涙が止まらなかった。
ルシアが何か考えていることに気づいたようで、ベレンはようやく口を開いた。
「どうしたの?花火は楽しくなった?」
ルシアは首を振った。
「じゃ何?」
「もう帰りたい。」
「え?」
ベレンは一瞬言葉に詰まった。
「もう帰りたいの?でも、まだ始まったばかりじゃない?」
「それに、今乗っている船も終わるまで戻らないから。」
ルシアは頭を下げたまま、何も言わなかった。
「どこか具合が悪いの?」
「アルゼンチンに帰りたい。」
ルシアは突然立ち上がり、階段の方に向かう。
「一体どうしたの!」
ルシアの反応に戸惑って焦ってしまったベレンはつい声を荒げた。
「さっきまで大丈夫だったじゃない!」
「何かあったら言ってよ!」
ルシアは止まらなかった。
「ただここにいたくなくなったから。」