Coming soon!
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「そう、ここは、日本語だとこの言い回しのほうがより自然な表現かな」
レッスンでは、ひろしはいつも優しく丁寧に日本語を教えてくれた。お陰でベレンの日本語はめきめき上達した。ベレンは教えることは決して得意ではなかったが、ひろしの飲み込みの早さは目を見張るものがあった。それでも彼は謙虚で、決して威張ることはなかった。
「こんなにスペイン語が上達したのはベレンのお陰だよ。本当に助かってる」
「そんなこと…私の方こそ、いつもひろしに助けられています」
ある日、ひろしがレッスンの合間に文学の話を持ち出してきた。
「日本人は遠回しな言い方を好むんだ。例えば夏目漱石のこの一節…英語の『I love you.』を学生が『わたしはあなたを愛している』と直訳すると、英語の教師をしていた彼は学生を一喝してこういった。『こんなもの、「月が綺麗ですね」とでも訳しておけばいい!』とね」
「『I love you.』が『月が綺麗ですね』…とても美しい表現ですね」
ひろしはふんわりと笑いながら続けた。
「そうだね。同じ小説家の二葉亭四迷はロシアの小説『片恋』を訳す際に、本来なら愛の告白の返事で『あなたのものよ』と訳すところを、『死んでもいいよ』と訳した。一見わかりにくいけど、日本人的な機微に富んだ表現だよね」
私も誰かに、そんなことを言う日が来るのだろうか…ちらりと横を向くと、ひろしと目が合って慌ててうつむいた。
頬が熱い。鼓動が少しだけ早くなった気がした。
季節は秋、そして冬を迎えようとしていた。