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「幽霊ゆうれいが出るといううわさが広がってきたので、お客きゃくさんの数かずがだんだん増ふえてきてね」と女将おかみさんがお茶をそそぎながら語った。みんなは今女将おかみさんの部屋へやで机つくえのまわりに座すわっていて、女将おかみさんの話を聞いていた。
「最初さいしょはわざと人をだますつもりはなかったよ。ある日、本当ほんとうの停電ていでんのせいで、人は変へんな音おとを聞いたというようなことを話すようになった。暗くらくなると、人の想像力そうぞうりょくも高くなるんじゃないか。その時、私はあの古い伝説でんせつを思い出して、じょうだんっぽくお客きゃくさんに伝つたえるようになった。多くの人が怖こわい話が好きで、自分で幽霊ゆうれいがいるかどうかたしかめたくなるだろう。だから、旅館りょかんがさらに人気になって、またお客きゃくさんが増ふえてきた」
「でも、女将おかみさんの幽霊ゆうれいの芝居（しばい：本当おかみではなくえんぎだけのこと）は、想像力そうぞうりょくを超こえていると思います」とベレンは言った。
「それはそうだけど、人をひきつけるために、想像力そうぞうりょくだけでは足りないからね。この村むらには見るところがあまりないし、かんこうちとは言えない。だから、旅館りょかんにとまっている人も少なかった」
「だまされました」とアガサはためいきをついた。
「申もうし訳わけございません」と女将おかみさんは頭あたまを下げた。
「ブログでこの旅館りょかんの幽霊ゆうれいについて書きたかったんですが…」
　女将おかみさんはさびしくほほえんで、彼女かのじょたちを見ないようにした。全部せんぶうそだったとベレンは思った。幽霊ゆうれいを信しんじていなかったけど、なぜかくやしい気持きもちになった。
　次つぎの日の朝、ベレンはアガサと別わかれて、チェックアウトの前に、荷物にもつをかたづけていた。その時、窓まどの外に黒い猫ねこがいると気づいた。あのミステリアスな夢ゆめで見た猫ねこに違ちがいない。猫ねこはベレンをじっと見つめて、笑わらっていたみたいだ。でも、ベレンが窓まどに向むかうと、猫ねこは急きゅうに行ってしまった。ベレンは荷物にもつを部屋へやに置おいて、猫ねこを探さがしに行った。だが、外に出たとたん、猫ねこじゃなく、旅館りょかんの前に止まっている小さな白い車を見つけた。車の前に大きくて、黒い目でベレンを見つめている高橋たかはしが立っていた。
「どうだった？怖こわくなかったの？」と高橋たかはしは笑わらった。
ベレンは少しだまってから、
「魔女まじょのところに送ったのは高橋たかはしさんでしたか」とたずねた。
答こたえのかわりに、高橋たかはしの顔かおには満足まんぞくそうなひょうじょうが出た。
「でも、旅館りょかんには幽霊ゆうれいがいなかったでしょう。ぜんぶ女将おかみさんのだましです」
「幽霊ゆうれいの特徴とくちょうの一つは死んだところにだけ出るってことだよ」
ベレンはふすぎな顔かおをして、
「じゃあ、奥おくさんが死んだのは旅館内りょかんないではないってことですか」と声こえを出した。
「その通とおりだ」
「伝説でんせつのバージョンがいくつかありますが、本物ほんものはどれですか」
「いくつかのバージョンにはそれぞれ事実じじつのパートがあったね。奥おくさんとご主人は子どもがほしいけど、できなかったってパートは本当ほんとうだ。奥おくさんが子どもができるように魔女まじょからもらった薬くすりを飲んだことも本当ほんとうだよ。ご主人を殺ころしたことも事実じじつだ」
「では、なぜ頭あたまがおかしくなったのですか。」
「簡単かんたんに言うと鬼女（きじょ：女の鬼（おに））のせいだ」
「鬼女きじょ？だって、魔女まじょは奥おくさんがルールをやぶったからくるったって言いましたが」
「奥おくさんは好きな人と結婚けっこんするために、鬼女きじょとけいやくをむすんだ。けいやくの通とおり、鬼女きじょに長子ちょうしをわたすべきだった」
ベレンはおどろいて、目をまるくした。
「奥おくさんはそれをしたくなくて、お腹はらに赤ちゃんがいる間、また魔女まじょのところに行って、手伝てつだってほしいとたのんだ。魔女まじょは子どもをかくすために、3歳さいになるまで、子どもの顔かおを見てはいけないと言った。そのルールをまもったら、鬼女きじょが子どもをとれなくなるって」
「でも、そのルールをやぶったのですね」
高橋たかはしはうなずいて、
「ええ。子どもが1歳いっさいになった時、奥おくさんはがまんできず、顔かおを見に行った。お母さんにとって、子どもの顔かおって世界せかいでいちばんうつくしいものだからね。その時から、奥おくさんはおかしくなって、ご主人のかわりに鬼女きじょを見るようになった。だから、ご主人が化ばけ物ものだと信しんじるようになって、殺ころした。でも、それは鬼女きじょのけいかくだった。本物ほんもののご主人を殺ころしたと分かった奥おくさんは怒おこって、鬼女きじょを森もりにさがしに行った。森もりにまよって、数日すうじつたってから、死んだ」と言った。
「子どもは？」
「鬼女きじょに取とられた」
少しだまってから、
「きついですね」とベレンは言った。
高橋たかはしはまたうなずいた。ベレンは考かんがえ込こんで、夢ゆめの中での猫ねこのかたちだった高橋たかはしとの話を思い出した。
「夢ゆめの中で、ここにいるのはぐうぜんではないって言われましたね。なぜですか」
高橋たかはしはほほえみはじめて、顔かおにはまた猫ねこのようなひょうじょうがでた。
「それはね。この村むらは何世紀なんせいきも前の呪い（のろい：悪わるいことが起おこるようにするもの）にまき込こまれているから」
ベレンはまったくわからない顔かおをした。
「ベレンなら、呪のろいをとくことができると思う。手伝てつだってくれない？」

「幽霊が出るという噂が広がってきたので、お客さんの数が段々増えてきてね」と女将さんがお茶を注ぎながら語った。みんなは今女将さんの部屋で机の周りに座っていて、女将さんの話を聞いていた。
「最初は意図的に人を騙すつもりはなかったよ。ある日、本当の停電のせいで、人は変な音を聞いたというようなことを話すようになった。暗くなると、人の想像力も高くなるんじゃないか。その時、私はあの古い伝説を思い出して、冗談っぽくお客さんに伝えるようになった。多くの人が怖い話に目がなくて、自分で幽霊がいるかどうか確かめたくなるだろう。だから、旅館がさらに人気になって、またお客さんが増えてきた」
「でも、女将さんの幽霊の芝居は、想像力云々を超えていると思います」とベレンは言った。
「それはそうだけど、人を惹きつけるために、想像力だけでは足りないからね。この村には見る所があまりないし、観光地とは言えない。だから、旅館に泊まっている人も少なかった」
「騙されました」とアガサはため息をついた。
「申し訳ございません」と女将さんは頭を下げた。
「ブログでこの旅館の幽霊について書きたかったんですが…」
　女将さんは寂しく微笑んで、目を背けた。全部嘘だったとベレンは思った。幽霊を信じていなかったけど、なぜか悔しさを感じた。
　翌日の朝、ベレンはアガサと別れて、チェックアウトの前に、荷物をかたづけていた。その時、窓の外に黒い猫がいると気づいた。あのミステリアスな夢で見た猫に違いない。猫はベレンをじっと見つめて、微笑んでいたみたいだ。でも、ベレンが窓に向かうと、猫は急に去った。ベレンは荷物を部屋に残して、猫を探しに行った。だが、外に出た途端、猫じゃなく、旅館の前に止まっている小さな白い車を見つけた。車の前に大きくて、黒い目でベレンを見つめている高橋が立っていた。
「どうだった？怖くなかったの？」と高橋は笑った。
ベレンは少し黙ってから、
「魔女の所に送ったのは高橋さんでしたか」と尋ねた。
答えの代わりに、高橋の顔には満足そうな表情が浮かんだ。
「でも、旅館には幽霊がいなかったでしょう。全部女将さんの騙しです」
「幽霊の特徴の一つは死んだ所にだけ出るってことだよ」
ベレンは不思議な顔をして、
「じゃあ、奥さんが死んだのは旅館内ではないってことですか」と声を出した。
「その通りだ」
「伝説のバージョンがいくつかありますが、本物はどれですか」
「各バージョンにはそれぞれ真実の部分があったね。奥さんと旦那さんは子どもがほしいけど、できなかったって部分は本当だ。奥さんが子供を産むために魔女からもらった薬を飲んだことも本当だよ。旦那さんを殺したことも真実だ」
「では、なぜ気が狂ったのですか。」
「一言で言うと鬼女のせいだ」
「鬼女？だって、魔女は奥さんがルールを破ったから狂ったって言いましたが」
「奥さんは好きな人と結婚するために、鬼女と契約を結んだ。契約の通り、鬼女に長子を渡すべきだった」
ベレンは驚いて、目を丸くした。
「奥さんはそれをしたくなくて、妊娠中、また魔女のところに行って、手伝って欲しいと頼んだ。魔女は子どもを隠すために、3歳になるまで、子どもの顔を見てはいけないと言った。そのルールを守ったら、鬼女が子どもをとれなくなるって」
「でも、そのルールを破ったのですね」
高橋は頷いて、
「ええ。子どもが1歳になった時、奥さんは我慢できず、顔を見に行った。お母さんにとって、子どもの顔って世界で一番美しいものだからね。その時から、奥さんはおかしくなって、旦那さんの代わりに鬼女を見るようになった。だから、旦那さんが化け物だと信じるようになって、殺した。でも、それは鬼女の計画だった。本物の旦那を殺したと分かった奥さんは怒りに溢れて、鬼女を森に探しに行った。森に迷って、数日たってから、死んだ」と言った。
「子どもは？」
「鬼女に取られた」
少し黙ってから、
「きついですね」とベレンは言った。
高橋はまた頷いた。ベレンは考え込んで、夢の中での猫の形だった高橋との話を思い出した。
「夢の中で、ここにいるのは偶然ではないって言われましたね。なぜですか」
高橋は微笑み始めて、顔にはまた猫のような表情がでた。
「それはね。この村は何世紀も前の呪いに巻き込まれているから」
ベレンは全くわからない顔をした。
「ベレンなら、呪いを解くことができると思う。手伝ってくれない？」