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神の棲む街
神の御業
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その日の夜はひどく寒くなった。ただ、なぜか宿の人たちはうれしそうだ。
「これだけ冷えれば、今年は久しぶりの御神渡りができるかもしれないね」
「湖のすべてが凍るかもしれないし、これはもしかしたら…」
だんなさんが女将さんと話している。
「おみわたり?とはなんですか?」
蓮が説明してくれる。
「諏訪湖では寒い冬に湖の表面が凍ると、南側から北側にかけて氷に大きくひびは入ることがあるの。これを神様の渡る路、という意味で『御神渡り』と言って、上社のタケミナカタノ神が諏訪湖の向かいの、下社のヤサカトメノ神に会いに行くときの通り道だと言われているのよ。夫婦が会う時の通り道だなんて、すてきじゃない?」
女将さんが続けて教えてくれる。
「ここ最近は温暖化のえいきょうか、本当に少なくなってしまったけれど…今年は見られると良いわね」
次の日、ベレンはなぜか早い時間に目が覚めてしまった。
「うう、寒い…」
それもそのはず、スマホを見ると、外の気温は0℃を大きく下回り、-14℃だ。ひかく的寒い地域の諏訪でも、この気温はそうあるものではない。
しばらく布団に入っていたベレンだが、ふと思いいたった。
(諏訪湖を見に行こうか)
特に理由はなかった。ただ、何となくそう思っただけだった。
(今日の昼には東京に帰るのだし、せっかくだから見に行こう)
早速、ベレンはコートを着て一階に降りた。
キッチンでは女将さんが朝ご飯を作っている。
「あら、ベレン、おはよう。どこかに出かけるの?」
「おはようございます。ちょっと、散歩に行こうかと思って…」
「それは良いわね。道は凍っているだろうから気をつけてね」
宿から諏訪湖までは歩いて10分くらいだった。
まだ朝早いからか、まちにはほとんど人がいなかった。
はく息が白く長く昇っていく。まるでりゅうのようだ、とベレンは思った。
諏訪湖につくと、ベレンはあっとおどろいた。
「すごい!」
目の前に広がる諏訪湖は、真っ白に凍っていた。
手前から奥まで、湖が1枚の氷で埋められている。
「きれい…」
そう声に出して写真をとろうとしたとき、気づいた。
湖から、不思議な音が聞こえる。
グルグル、ゴロゴロと鳴っている。氷の下を何かが動いているような音でもあった。
よく見ると、氷の表面に小さなひびが入っていく。それが、じょじょに増えていく。
ミシミシと、諏訪湖から聞こえてくる。
突然、後ろから声がした。
『ふふ、だれかと思えば昨日の少女ではないか』
え、とおどろいて後ろを見ようとしたとき、ドンと湖が割れて氷が飛び散った。
「うわっ…」
ベレンはおどろいて思わずおしりから地面に倒れた。
大きな音が鳴り続け、足元から巨大な氷にひびが入っていく。
バリバリと音を立てながら、できていった氷の山は左右に曲がりながらあっという間に向こうの岸まで届いた。
『礼と言っては何だが、まあ、神の御業というものだ。良いものを見たな。手紙のことでは世話になった。じゃあな』
声はいつの間にか上からひびいていた。
空を見上げると、一匹のりゅうが氷のさけ目にそって、遠く遠く北へと飛んでいく。
太陽の光で、白いうろきがきらきらとかがやく。
下社秋宮に向かうのだ。
朝ごはんの席で、女将さんと蓮はうれしそうに話している。
「前に見たのは私、まだ中学生だったものね。今年は本当に良かったね!」
「そうね。ベレンを見送るときに、諏訪湖に寄りましょう」
御神渡りが起こったことはすぐに諏訪の人々に伝わった。
だんなさんも安心したようなうれしそうな様子だ。
「ベレンは本当に幸運だったね。御神渡りのしゅん間を見られるなんて、諏訪の人間でもそうはないことだよ」
蓮がとてもうれしそうに口を挟む。
「ほんとそう!うらやましい!」
だんなさんが、不思議そうに声に出した。
「でも、昨日までは湖は凍っていなかったのに、今日の朝には御神渡りするなんて、そんなこともあるのだなあ。普通は数日はかかるものだけど…」
ベレンはほほえみながら答える。
「それは、『神の御業』ですから」
「これだけ冷えれば、今年は久しぶりの御神渡りができるかもしれないね」
「湖のすべてが凍るかもしれないし、これはもしかしたら…」
だんなさんが女将さんと話している。
「おみわたり?とはなんですか?」
蓮が説明してくれる。
「諏訪湖では寒い冬に湖の表面が凍ると、南側から北側にかけて氷に大きくひびは入ることがあるの。これを神様の渡る路、という意味で『御神渡り』と言って、上社のタケミナカタノ神が諏訪湖の向かいの、下社のヤサカトメノ神に会いに行くときの通り道だと言われているのよ。夫婦が会う時の通り道だなんて、すてきじゃない?」
女将さんが続けて教えてくれる。
「ここ最近は温暖化のえいきょうか、本当に少なくなってしまったけれど…今年は見られると良いわね」
次の日、ベレンはなぜか早い時間に目が覚めてしまった。
「うう、寒い…」
それもそのはず、スマホを見ると、外の気温は0℃を大きく下回り、-14℃だ。ひかく的寒い地域の諏訪でも、この気温はそうあるものではない。
しばらく布団に入っていたベレンだが、ふと思いいたった。
(諏訪湖を見に行こうか)
特に理由はなかった。ただ、何となくそう思っただけだった。
(今日の昼には東京に帰るのだし、せっかくだから見に行こう)
早速、ベレンはコートを着て一階に降りた。
キッチンでは女将さんが朝ご飯を作っている。
「あら、ベレン、おはよう。どこかに出かけるの?」
「おはようございます。ちょっと、散歩に行こうかと思って…」
「それは良いわね。道は凍っているだろうから気をつけてね」
宿から諏訪湖までは歩いて10分くらいだった。
まだ朝早いからか、まちにはほとんど人がいなかった。
はく息が白く長く昇っていく。まるでりゅうのようだ、とベレンは思った。
諏訪湖につくと、ベレンはあっとおどろいた。
「すごい!」
目の前に広がる諏訪湖は、真っ白に凍っていた。
手前から奥まで、湖が1枚の氷で埋められている。
「きれい…」
そう声に出して写真をとろうとしたとき、気づいた。
湖から、不思議な音が聞こえる。
グルグル、ゴロゴロと鳴っている。氷の下を何かが動いているような音でもあった。
よく見ると、氷の表面に小さなひびが入っていく。それが、じょじょに増えていく。
ミシミシと、諏訪湖から聞こえてくる。
突然、後ろから声がした。
『ふふ、だれかと思えば昨日の少女ではないか』
え、とおどろいて後ろを見ようとしたとき、ドンと湖が割れて氷が飛び散った。
「うわっ…」
ベレンはおどろいて思わずおしりから地面に倒れた。
大きな音が鳴り続け、足元から巨大な氷にひびが入っていく。
バリバリと音を立てながら、できていった氷の山は左右に曲がりながらあっという間に向こうの岸まで届いた。
『礼と言っては何だが、まあ、神の御業というものだ。良いものを見たな。手紙のことでは世話になった。じゃあな』
声はいつの間にか上からひびいていた。
空を見上げると、一匹のりゅうが氷のさけ目にそって、遠く遠く北へと飛んでいく。
太陽の光で、白いうろきがきらきらとかがやく。
下社秋宮に向かうのだ。
朝ごはんの席で、女将さんと蓮はうれしそうに話している。
「前に見たのは私、まだ中学生だったものね。今年は本当に良かったね!」
「そうね。ベレンを見送るときに、諏訪湖に寄りましょう」
御神渡りが起こったことはすぐに諏訪の人々に伝わった。
だんなさんも安心したようなうれしそうな様子だ。
「ベレンは本当に幸運だったね。御神渡りのしゅん間を見られるなんて、諏訪の人間でもそうはないことだよ」
蓮がとてもうれしそうに口を挟む。
「ほんとそう!うらやましい!」
だんなさんが、不思議そうに声に出した。
「でも、昨日までは湖は凍っていなかったのに、今日の朝には御神渡りするなんて、そんなこともあるのだなあ。普通は数日はかかるものだけど…」
ベレンはほほえみながら答える。
「それは、『神の御業』ですから」
その日の夜はひどく冷え込んだ。ただ、なぜか民宿の人々は嬉しそうだ。
「これだけ冷えれば、今年は久しぶりの御神渡りができるかもしれないね」
「全面結氷もしそうだし、これはひょっとしたら…」
旦那さんが女将さんと話している。
「おみわたり?とはなんですか?」
蓮が脇から説明してくれる。
「諏訪湖では寒い冬に湖面が凍ると、南岸から北岸にかけて氷が裂けることがあるの。これこれを神様の渡る路、という意味で『御神渡り』と言って、上社のタケミナカタノ神が諏訪湖の対岸、下社のヤサカトメノ神に逢いに行くときの通り道だと言われているのよ。夫婦が逢う時の通り道だなんて、何だかロマンチックじゃない?」
女将さんが続けて教えてくれる。
「ここ最近は温暖化の影響か、めっきり少なくなってしまったけれど…今年は見られると良いわね」
次の日、ベレンはなぜか早くに目が覚めてしまった。
「うう、寒い…」
それもそのはず、スマホを見ると、外気温は氷点下を優に下回り、-14℃だ。比較的寒冷な諏訪でも、この気温はそうあるものではない。
暫く布団に潜り込んでいたベレンだが、ふと思い至った。
(諏訪湖を観に行こうか)
特に理由はなかった。ただ、何となくそう思っただけだった。
(今日の昼には東京に帰るのだし、せっかくだから観に行こう)
早速、ベレンはコートを羽織って一階に降りた。
キッチンでは女将さんが朝ご飯を作っている。
「あら、ベレン、おはよう。どこかに出かけるの?」
「おはようございます。ちょっと、散歩に行こうかと思って…」
「それは良いわね。道は凍っているだろうから気をつけてね」
民宿から諏訪湖畔までは歩いて10分くらいだった。
まだ朝早いからか、街には殆ど人は出歩いていなかった。
吐く息が白くたなびく。まるで龍のようだ、とベレンは思った。
諏訪湖につくと、ベレンはあっと息を呑んだ。
「すごい!」
目の前に広がる諏訪湖は、真っ白に凍っていた。
全面結氷だ。手前から奥の北岸まで、湖が1枚の氷で埋められている。
「綺麗…」
そうつぶやいて写真を撮ろうとしたとき、気が付いた。
湖から、不思議な音が聞こえる。
グルグル、ゴロゴロとまるで唸るような音だ。氷の下を何かがうごめくような音でもあった。
よく見ると、氷上に小さなひびが入っていく。それが、徐々に増えていく。
ミシミシと、諏訪湖が軋む。
不意に、後ろから声がした。
『ふふ、誰かと思えば昨日の小娘ではないか』
え、と驚いて振り返ろうとしたとき、ドンと目の前の諏訪湖が爆ぜた。氷が弾け、飛び散る。
「うわっ…」
ベレンは驚いて思わずしりもちをついた。
間髪入れず稲妻のような音が轟いたかと思うと、足元から巨大な氷の亀裂が伸びていく。
バリバリと音を立てながら、せり上がった氷の山脈は蛇行しつつあっという間に対岸まで届いた。
『礼と言っては何だが、まあ、神の御業という奴だ。良いものを見たな。手紙の件では世話になった。じゃあな』
声はいつの間にか上から響いていた。
空を見上げると、一匹の龍が氷の亀裂をなぞるように、遥か北へと飛んでいく。
朝日に照らされて、白い鱗がきらきらと輝く。
下社秋宮に向かうのだ。
朝食の席で、女将さんと蓮は嬉しそうに話している。
「前に出現したときは私、まだ中学生だったものね。今年は本当に良かったね!」
「そうね。ベレンを見送るときに、諏訪湖に寄りましょう」
御神渡り出現の一報は即座に諏訪中を駆け巡った。
旦那さんもほっとしたような嬉しそうな様子だ。
「ベレンは本当に幸運だったね。御神渡りの出現の瞬間を見られるなんて、諏訪の人間でもそうはないことだよ」
蓮が嬉々として口を挟む。
「ほんとそう!羨ましい!」
旦那さんが、首をかしげて、不思議そうにつぶやいた。
「でも、昨日までは全面結氷もしていなかったのに、今朝には御神渡りするなんて、そんなこともあるのだなあ。例年なら数日はかかるものだけど…」
ベレンは微笑みながら答える。
「それは、『神の御業』ですから」
「これだけ冷えれば、今年は久しぶりの御神渡りができるかもしれないね」
「全面結氷もしそうだし、これはひょっとしたら…」
旦那さんが女将さんと話している。
「おみわたり?とはなんですか?」
蓮が脇から説明してくれる。
「諏訪湖では寒い冬に湖面が凍ると、南岸から北岸にかけて氷が裂けることがあるの。これこれを神様の渡る路、という意味で『御神渡り』と言って、上社のタケミナカタノ神が諏訪湖の対岸、下社のヤサカトメノ神に逢いに行くときの通り道だと言われているのよ。夫婦が逢う時の通り道だなんて、何だかロマンチックじゃない?」
女将さんが続けて教えてくれる。
「ここ最近は温暖化の影響か、めっきり少なくなってしまったけれど…今年は見られると良いわね」
次の日、ベレンはなぜか早くに目が覚めてしまった。
「うう、寒い…」
それもそのはず、スマホを見ると、外気温は氷点下を優に下回り、-14℃だ。比較的寒冷な諏訪でも、この気温はそうあるものではない。
暫く布団に潜り込んでいたベレンだが、ふと思い至った。
(諏訪湖を観に行こうか)
特に理由はなかった。ただ、何となくそう思っただけだった。
(今日の昼には東京に帰るのだし、せっかくだから観に行こう)
早速、ベレンはコートを羽織って一階に降りた。
キッチンでは女将さんが朝ご飯を作っている。
「あら、ベレン、おはよう。どこかに出かけるの?」
「おはようございます。ちょっと、散歩に行こうかと思って…」
「それは良いわね。道は凍っているだろうから気をつけてね」
民宿から諏訪湖畔までは歩いて10分くらいだった。
まだ朝早いからか、街には殆ど人は出歩いていなかった。
吐く息が白くたなびく。まるで龍のようだ、とベレンは思った。
諏訪湖につくと、ベレンはあっと息を呑んだ。
「すごい!」
目の前に広がる諏訪湖は、真っ白に凍っていた。
全面結氷だ。手前から奥の北岸まで、湖が1枚の氷で埋められている。
「綺麗…」
そうつぶやいて写真を撮ろうとしたとき、気が付いた。
湖から、不思議な音が聞こえる。
グルグル、ゴロゴロとまるで唸るような音だ。氷の下を何かがうごめくような音でもあった。
よく見ると、氷上に小さなひびが入っていく。それが、徐々に増えていく。
ミシミシと、諏訪湖が軋む。
不意に、後ろから声がした。
『ふふ、誰かと思えば昨日の小娘ではないか』
え、と驚いて振り返ろうとしたとき、ドンと目の前の諏訪湖が爆ぜた。氷が弾け、飛び散る。
「うわっ…」
ベレンは驚いて思わずしりもちをついた。
間髪入れず稲妻のような音が轟いたかと思うと、足元から巨大な氷の亀裂が伸びていく。
バリバリと音を立てながら、せり上がった氷の山脈は蛇行しつつあっという間に対岸まで届いた。
『礼と言っては何だが、まあ、神の御業という奴だ。良いものを見たな。手紙の件では世話になった。じゃあな』
声はいつの間にか上から響いていた。
空を見上げると、一匹の龍が氷の亀裂をなぞるように、遥か北へと飛んでいく。
朝日に照らされて、白い鱗がきらきらと輝く。
下社秋宮に向かうのだ。
朝食の席で、女将さんと蓮は嬉しそうに話している。
「前に出現したときは私、まだ中学生だったものね。今年は本当に良かったね!」
「そうね。ベレンを見送るときに、諏訪湖に寄りましょう」
御神渡り出現の一報は即座に諏訪中を駆け巡った。
旦那さんもほっとしたような嬉しそうな様子だ。
「ベレンは本当に幸運だったね。御神渡りの出現の瞬間を見られるなんて、諏訪の人間でもそうはないことだよ」
蓮が嬉々として口を挟む。
「ほんとそう!羨ましい!」
旦那さんが、首をかしげて、不思議そうにつぶやいた。
「でも、昨日までは全面結氷もしていなかったのに、今朝には御神渡りするなんて、そんなこともあるのだなあ。例年なら数日はかかるものだけど…」
ベレンは微笑みながら答える。
「それは、『神の御業』ですから」