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「今度の六大学試合に出る人を知らせる」
主将(しゅしょう:リーダー)の太い声がさむい道場に聞こえる。アルゼンチンからの留学生、ベレンはこれ以上ないほどにきんちょうしていた。
「…では次に女の子のチーム」
来た!しっかり聞こうとして体が動かなくなっている。
「先鋒(せんぽう:最初にたたかう人)は凛(りん)、次鋒(じほう:先鋒の次にたたかう人)は歩美(あゆみ)、五将(ごしょう:5番目にたたかう人)は瑞樹(みずき)、中堅(ちゅうけん:真ん中の大事な選手)は志保(しほ)」
主将はまとめて発表する。
のこるは三将(さんしょう:3番目にたたかう人)、副将(ふくしょう:主将をサポートする人)、大将(たいしょう:最後にたたかう人)。ベレンの力からして副将、大将はない。
(どうか…)
心の中で神にいのった。
いきをついてから、主将は言った。
「三将はベレン、副将は由香(ゆか)、大将は私だ」
道場が急ににぎやかになる。それもそのはずだ。しかし、みんなが思っていたのか、不満を言う人はいなかった。
半年前に日本に来て、はじめて竹刀(しない:剣道(けんどう)に、本当の刀のかわりに使われている道具)を使ったベレンは、もともとまけたくない気持ちが強い性格と、いっしょうけんめいにがんばったおかげで、どんどん上手になった。才能もあったのだろう。今は、部内で特別にみとめられるようになっていた。
とはいえ、小中学生のころから剣道をしてきた人が多い部活で、竹刀を見たこともない留学生が半年足らずで対抗戦(たいこうせん)のメンバーに選ばれたのは、とてもめずらしいことだと言える。
「…メンバー発表は以上だ。かいさん!」
かいさんの後、主将が話しかけてきた。
「プレッシャーは大きいと思うが、期待している。がんばりなさい」
やっと実感がわいた。うれしさがこみ上げる。
「はい、ありがとうございます」
ベレンにとってははじめての試合なので、それに向けて練習にもっと力を入れていた。
(実力で選ばれたとはいえ、留学生が出ることを良く思わない人もいるかもしれない…ぜったいに負けるわけにはいかない!)
メンバーに選ばれてから、ベレンはそれまでよりももっと練習をがんばった。疲れを感じても、苦しくはなかった。
(ほかの大学生剣士(けんし)とくらべると、じっさいの試合経験が足りないのはあきらかだ。対抗戦(たいこうせん)までに少しでも差をうめなくては…)
その日も試合のような練習を中心にしていた。夜遅くなり、少し休んでいたベレンの後ろから声がかかった。
「ベレン、ちょうしはどう?」
声をかけてきたのは、部内でも実力が同じくらいのライバル、歩美(あゆみ)だ。次鋒(じほう)に選ばれた彼女も、遅くまで練習をがんばっていた。
「ちょうしはいいよ。でも、対抗戦(たいこうせん)でかつためにはもっともっと強くならなくちゃ」
「はじめてメンバーに選ばれただけあって、気合十分って感じだね。でも、もう遅い時間だし、そろそろ帰らない?最近はいつも遅くまでやっているでしょう?練習のしすぎもあまり良くないよ」
ベレンはかぶりをふった。
「もう少しだけ練習したいの。歩美、最後にもう一回だけたがいに練習してくれない?」
歩美は心配そうに少しだけまゆをひそめてから、軽くいきをついて、笑った。
「しかたないなあ、最後に一本だけだよ?」
そう言って手ぬぐいをまいて、歩美は面をかぶった。ベレンもあせでぬれた面をかぶった。
蹲踞(そんきょ)のしせい(足を広げて、ひざを曲げて、体をまっすぐにする剣道のしせい)で歩美を見つめ、立ち上がって元気に声を出す。道場にはもう二人しかのこっていないみたいだ。静かになった道場にベレンと歩美の声がしっかりと聞こえた。ベレンのけんが急に上がり、歩美の小手に向かっていった。それを歩美が竹刀(しない)の中ほどで払うと、そのままベレンの面に向かってうってきた。首を曲げてやっとさけ、きょりを取る。
実力が同じくらいの二人は、しばらくおたがいにせめたり守ったりしていた。
ふと歩美のけんが下がった。
(ここだ…!)
すぐに面をうちに行く。ふみこむときに、ふくらはぎにはげしい痛みを感じた。
「……!!」
正面にいる歩美のすがたがゆがんで、少しずつかたむいていった。顔に冷たいあせが出てくる。痛みで立っていられない。
そのままたおれこんだベレンには、道場の板の間が特に冷たく感じた。
主将(しゅしょう:リーダー)の太い声がさむい道場に聞こえる。アルゼンチンからの留学生、ベレンはこれ以上ないほどにきんちょうしていた。
「…では次に女の子のチーム」
来た!しっかり聞こうとして体が動かなくなっている。
「先鋒(せんぽう:最初にたたかう人)は凛(りん)、次鋒(じほう:先鋒の次にたたかう人)は歩美(あゆみ)、五将(ごしょう:5番目にたたかう人)は瑞樹(みずき)、中堅(ちゅうけん:真ん中の大事な選手)は志保(しほ)」
主将はまとめて発表する。
のこるは三将(さんしょう:3番目にたたかう人)、副将(ふくしょう:主将をサポートする人)、大将(たいしょう:最後にたたかう人)。ベレンの力からして副将、大将はない。
(どうか…)
心の中で神にいのった。
いきをついてから、主将は言った。
「三将はベレン、副将は由香(ゆか)、大将は私だ」
道場が急ににぎやかになる。それもそのはずだ。しかし、みんなが思っていたのか、不満を言う人はいなかった。
半年前に日本に来て、はじめて竹刀(しない:剣道(けんどう)に、本当の刀のかわりに使われている道具)を使ったベレンは、もともとまけたくない気持ちが強い性格と、いっしょうけんめいにがんばったおかげで、どんどん上手になった。才能もあったのだろう。今は、部内で特別にみとめられるようになっていた。
とはいえ、小中学生のころから剣道をしてきた人が多い部活で、竹刀を見たこともない留学生が半年足らずで対抗戦(たいこうせん)のメンバーに選ばれたのは、とてもめずらしいことだと言える。
「…メンバー発表は以上だ。かいさん!」
かいさんの後、主将が話しかけてきた。
「プレッシャーは大きいと思うが、期待している。がんばりなさい」
やっと実感がわいた。うれしさがこみ上げる。
「はい、ありがとうございます」
ベレンにとってははじめての試合なので、それに向けて練習にもっと力を入れていた。
(実力で選ばれたとはいえ、留学生が出ることを良く思わない人もいるかもしれない…ぜったいに負けるわけにはいかない!)
メンバーに選ばれてから、ベレンはそれまでよりももっと練習をがんばった。疲れを感じても、苦しくはなかった。
(ほかの大学生剣士(けんし)とくらべると、じっさいの試合経験が足りないのはあきらかだ。対抗戦(たいこうせん)までに少しでも差をうめなくては…)
その日も試合のような練習を中心にしていた。夜遅くなり、少し休んでいたベレンの後ろから声がかかった。
「ベレン、ちょうしはどう?」
声をかけてきたのは、部内でも実力が同じくらいのライバル、歩美(あゆみ)だ。次鋒(じほう)に選ばれた彼女も、遅くまで練習をがんばっていた。
「ちょうしはいいよ。でも、対抗戦(たいこうせん)でかつためにはもっともっと強くならなくちゃ」
「はじめてメンバーに選ばれただけあって、気合十分って感じだね。でも、もう遅い時間だし、そろそろ帰らない?最近はいつも遅くまでやっているでしょう?練習のしすぎもあまり良くないよ」
ベレンはかぶりをふった。
「もう少しだけ練習したいの。歩美、最後にもう一回だけたがいに練習してくれない?」
歩美は心配そうに少しだけまゆをひそめてから、軽くいきをついて、笑った。
「しかたないなあ、最後に一本だけだよ?」
そう言って手ぬぐいをまいて、歩美は面をかぶった。ベレンもあせでぬれた面をかぶった。
蹲踞(そんきょ)のしせい(足を広げて、ひざを曲げて、体をまっすぐにする剣道のしせい)で歩美を見つめ、立ち上がって元気に声を出す。道場にはもう二人しかのこっていないみたいだ。静かになった道場にベレンと歩美の声がしっかりと聞こえた。ベレンのけんが急に上がり、歩美の小手に向かっていった。それを歩美が竹刀(しない)の中ほどで払うと、そのままベレンの面に向かってうってきた。首を曲げてやっとさけ、きょりを取る。
実力が同じくらいの二人は、しばらくおたがいにせめたり守ったりしていた。
ふと歩美のけんが下がった。
(ここだ…!)
すぐに面をうちに行く。ふみこむときに、ふくらはぎにはげしい痛みを感じた。
「……!!」
正面にいる歩美のすがたがゆがんで、少しずつかたむいていった。顔に冷たいあせが出てくる。痛みで立っていられない。
そのままたおれこんだベレンには、道場の板の間が特に冷たく感じた。
「今度の六大学対抗戦のメンバーを発表する」
主将の太い声が底冷えのする道場に響く。アルゼンチンからの留学生、ベレンはこれ以上ないほどに緊張していた。
「…では次に女子の団体戦」
来た!聞き漏らすまいと硬直する。
「先鋒は凛、次鋒は歩美、五将は瑞樹、中堅は志保」
主将は一気に発表する。
残るは三将、副将、大将。ベレンの実力からして副将、大将はない。
(どうか…)
心の中で神に祈った。
一息付いて、主将は言った。
「三将はベレン、副将は由香、大将は私だ」
道場が一気に騒めく。それもそのはずだ。しかし皆予想はしていたのか不満をいうものはいない。
半年前に日本に来て初めて竹刀に触れたベレンは、持ち前の負けん気と努力で腕前をメキメキ上達させた。才能もあったのだろう。現在では部内でも一目置かれる存在にまで上り詰めていた。
とはいえ、小中学生のころから剣道に親しんできた者が大半を占める部内で、今まで竹刀を見たこともなかった留学生がわずか半年足らずで対抗戦のメンバーに選ばれたのは稀にみる快挙といってよかった。
「…メンバー発表は以上だ。解散!」
解散の後、主将が話しかけてきた。
「プレッシャーは大きいと思うが、期待している。頑張りなさい」
やっと実感が沸いた。嬉しさがこみ上げる。
「はい、ありがとうございます」
ベレンにとっては初めての試合であり、それに向けて稽古にも一層熱が入っていた。
(実力で勝ち取ったとはいえ、留学生の出場を快く思わない人もいるだろう…絶対に負けるわけにはいかない!)
メンバー入りが決まってからというもの、ベレンはそれまで以上に稽古を重ねた。疲労感すら苦にならなかった。
(他の大学生剣士に比べて実戦経験の不足は歴然だもの。対抗戦までに少しでも差を埋めなくては…)
その日も実戦形式の稽古を中心に行っていた。夜遅くなり、小休止をしていたベレンに後ろから声が飛んできた。
「ベレン、調子はどう?」
声をかけてきたのは、部内でも実力が拮抗するベレンのライバル、歩美だ。次鋒に選ばれた彼女も、遅くまで稽古に励んでいた。
「調子はいいよ。でも、対抗戦で勝つためにはもっともっと強くならなくちゃ」
「初めてメンバーに選ばれただけあって、気合十分って感じだね。でも、もう遅い時間だし、そろそろ帰らない?最近はいつも遅くまでやっているでしょう?稽古のしすぎもあまり良くないよ」
ベレンはかぶりを振った。
「もう少しだけ稽古したいの。歩美、最後に一回だけ互角稽古に付き合ってくれない?」
歩美は心配そうに少しだけ眉をひそめてから、ふっと息を吐いて笑った。
「仕方ないなあ、最後に一本だけだよ?」
そう言って手拭いを巻き、歩美は面を被る。ベレンも汗で濡れた面を被った。
蹲踞の姿勢で歩美と向かい合い、立ち上がって掛け声をかける。道場にはもう二人しか残っていないみたいだ。静まり返った板間にベレンと歩美の掛け声が大きく響いた。ベレンの剣先がパッと上がり、歩美の小手に伸びる。それを歩美が竹刀の中ほどで払うと、そのままベレンの面を狙って打ち込んできた。首を捻って辛うじて避け、距離を取る。
実力が近い二人は、暫くは一進一退の攻防を繰り広げていた。
ふと歩美の剣先が下がった。
(ここだ…!)
すかさず面を打ち込みに行く。踏み込こうとした瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。
「……!!」
正面に構える歩美のシルエットが歪み、ゆっくりと傾く。顔から冷や汗が噴き出る。痛みで立っていられない。
そのまま倒れこんだベレンには、道場の板間が妙に冷たく感じられた。
主将の太い声が底冷えのする道場に響く。アルゼンチンからの留学生、ベレンはこれ以上ないほどに緊張していた。
「…では次に女子の団体戦」
来た!聞き漏らすまいと硬直する。
「先鋒は凛、次鋒は歩美、五将は瑞樹、中堅は志保」
主将は一気に発表する。
残るは三将、副将、大将。ベレンの実力からして副将、大将はない。
(どうか…)
心の中で神に祈った。
一息付いて、主将は言った。
「三将はベレン、副将は由香、大将は私だ」
道場が一気に騒めく。それもそのはずだ。しかし皆予想はしていたのか不満をいうものはいない。
半年前に日本に来て初めて竹刀に触れたベレンは、持ち前の負けん気と努力で腕前をメキメキ上達させた。才能もあったのだろう。現在では部内でも一目置かれる存在にまで上り詰めていた。
とはいえ、小中学生のころから剣道に親しんできた者が大半を占める部内で、今まで竹刀を見たこともなかった留学生がわずか半年足らずで対抗戦のメンバーに選ばれたのは稀にみる快挙といってよかった。
「…メンバー発表は以上だ。解散!」
解散の後、主将が話しかけてきた。
「プレッシャーは大きいと思うが、期待している。頑張りなさい」
やっと実感が沸いた。嬉しさがこみ上げる。
「はい、ありがとうございます」
ベレンにとっては初めての試合であり、それに向けて稽古にも一層熱が入っていた。
(実力で勝ち取ったとはいえ、留学生の出場を快く思わない人もいるだろう…絶対に負けるわけにはいかない!)
メンバー入りが決まってからというもの、ベレンはそれまで以上に稽古を重ねた。疲労感すら苦にならなかった。
(他の大学生剣士に比べて実戦経験の不足は歴然だもの。対抗戦までに少しでも差を埋めなくては…)
その日も実戦形式の稽古を中心に行っていた。夜遅くなり、小休止をしていたベレンに後ろから声が飛んできた。
「ベレン、調子はどう?」
声をかけてきたのは、部内でも実力が拮抗するベレンのライバル、歩美だ。次鋒に選ばれた彼女も、遅くまで稽古に励んでいた。
「調子はいいよ。でも、対抗戦で勝つためにはもっともっと強くならなくちゃ」
「初めてメンバーに選ばれただけあって、気合十分って感じだね。でも、もう遅い時間だし、そろそろ帰らない?最近はいつも遅くまでやっているでしょう?稽古のしすぎもあまり良くないよ」
ベレンはかぶりを振った。
「もう少しだけ稽古したいの。歩美、最後に一回だけ互角稽古に付き合ってくれない?」
歩美は心配そうに少しだけ眉をひそめてから、ふっと息を吐いて笑った。
「仕方ないなあ、最後に一本だけだよ?」
そう言って手拭いを巻き、歩美は面を被る。ベレンも汗で濡れた面を被った。
蹲踞の姿勢で歩美と向かい合い、立ち上がって掛け声をかける。道場にはもう二人しか残っていないみたいだ。静まり返った板間にベレンと歩美の掛け声が大きく響いた。ベレンの剣先がパッと上がり、歩美の小手に伸びる。それを歩美が竹刀の中ほどで払うと、そのままベレンの面を狙って打ち込んできた。首を捻って辛うじて避け、距離を取る。
実力が近い二人は、暫くは一進一退の攻防を繰り広げていた。
ふと歩美の剣先が下がった。
(ここだ…!)
すかさず面を打ち込みに行く。踏み込こうとした瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。
「……!!」
正面に構える歩美のシルエットが歪み、ゆっくりと傾く。顔から冷や汗が噴き出る。痛みで立っていられない。
そのまま倒れこんだベレンには、道場の板間が妙に冷たく感じられた。