「申し訳ございません!あの、入れ直させていただきます!」
相手がそのような反応をするのは予想外だった。
ベレンは慌てて謝罪の言葉を重ねた。
「入れ直すと?」
「ゲイシャコーヒーはここの看板なの!それさえまともに入れられないなんて!」
「久しぶりに来たのに、こんな不味いコーヒーを出されたなんてがっかりだわ!」
その責め立てる言葉に、ベレンは頭を垂れて言葉もない。
どうしよう?店長やアカリに助けを求めるべきか?
でも、自分のことを信じてくれたのでこのコーヒーを任せてくれたのに。
店長に失望されるわけにはいかない。
「前田様、あの…」
「前田様!」
ベレンの言葉がかからないうちに、店長の声が背後から聞こえた。
「今日のコーヒーはご満足いただけず、本当に申し訳ありませんでした。」
「ふん。」
前田は顔を背けて、腕を組んだ。
「このコーヒーは、おごらせていただきましょう。」
「次にお越しの際は、必ずご満足いただけるゲイシャコーヒーをご用意させていただきます。」
「店長…」
「大丈夫だ。」
オーナーはベレンに笑顔を向けた。
「わかった。今回は大目に見てやる。」
「でも次はない!今度来るときはまともなゲイシャコーヒーを出すように。」
「ふん!」
閉店後。
「アカリ、今日は先に帰っていいよ。」
「ベレン、大丈夫?あんまり落ち込まなくてもいいんだよ。すべて店長のせいなんだから!」
アカリはむっとして両腕を組んだ。
「ベレンが初めてコーヒーを淹れる日なのに、あの気難しい前田様をわざわざ当ててきたなんて!」
「店長を責めないで。そうしたのも、私を信頼してくれているんだから。」
「前田様にご満足いただけなかったのは、私の力不足なんだ。」
ベレンは後ろめたく頭を垂れた。
「はいはい。ベレンも元気出して!練習を重ねればきっと上手くなるから!」
アカリはベレンの背中を優しく叩いて励ました。
「それじゃあ、私先に帰るね。また明日!」
「また明日。」
「店長?」
アカリを見送った後、ベレンは再び店内へ戻った。
「どうした?」
ベレンが話しかけるのを予期していたかのように、オーナーは少しも驚いた様子はなかった。
「本日の件、本当に申し訳ありませんでした。ご信頼に応えられず、本当に面目ないです。」
ベレンは言いながらオーナーにおじぎをした。
「いいんだ。座りなさい。」
「今日のゲイシャコーヒーは、どこに問題があったと思う?」
突然の質問に、ベレンはたじろいだ。
「正直、分からないです。」
「実はその後、私は淹れ直してみました。手際は店長にはまだ及びませんが、風味自体はこの前に店長が入れてくれたゲイシャコーヒーとは変わりませんでした。」
「一体、前田様がどこにお気に召さなかったのか…」
ベレンは首を垂れ、もごもごと言った。
するとオーナーは笑みを浮かべた。
「問題は、『風味は私が入れたのと変わらない』ということにあるのでは?」
「え?どういう意味ですか?」
ベレンは首を傾げてオーナーを見つめた。
「コーヒーへの好みは人それぞれなんだ。」
「酸味が好きな人もいれば、コクのある味わいを好む人もいる。」
「だから、同じ風味では、全ての客を満足させることはできるわけがないんだ。」
「ハンドドリップの醍醐味は、コーヒーを淹れる人の微調整によって、一人一人のお客さんに合わせた、この上ない一杯を提供することにある。」
「今日コーヒーを入れる前に、私が何と言ったかまだ覚えている?」
「ゲイシャコーヒーの独特の風味を最大限に引き出すように、と。」
「じゃ、ゲイシャコーヒーの独特の風味とは何だろう?」
オーナーは眼を細めて、ベレンに問いかけた。
そうか!
「爽やかな果実の酸味です!」
ベレンは悟ったような顔をした。
「今まで飲んだゲイシャコーヒーは、花の香りと果実の酸味、そして後味のコクがすべて調和していたので、無意識にそのバランスを再現しようとしていました。」
「でも実際、ゲイシャコーヒーの最大の特徴は、そのすっきりとした柑橘のような果実の酸味なんです。」
「前田様が求めていたのは、きっとそのピュアな味わいだったんでしょう!」
「やっぱり君、才能があるね。」
オーナーは満足そうに頷いた。
「では、前田様がまた来られた時、どうすればいいかわかったな?」
「はい!今度こそ、絶対ご期待を裏切ることはありません!」
一週間後。
「いらっしゃいませ!」
「前田様?」
来店した客の顔を見て、ベレンは少し驚いた様子で声をかけた。
「またあんたか。」
「今日こそ、満足のいく一杯が飲めることを期待しているぞ。」
いつものように、前田はそのまま窓際の席に着いた。
「はい!」
今日こそ、絶対に前田様に納得していただける!
ベレンは自信に満ちた表情で、カウンターに向かった。