Coming soon!
「寒い!」
ベレンが家から外に出ると、思わずその言葉がでた。きせつはもう冬だ。早朝じゃなくても風はかんそうして冷たい。急いで上着をクローゼットから引っぱり出して大学へ向かった。
大学に行くバスの中でぼんやり外をながめていた。バスの外の風景はゆっくりと変わっていく。バスのリズムに乗っていると、いしきが遠くなってしまった……。
「うそ!」
目をめざますとバスの外を二度見した。バスの終点の大学を過ぎたところにあるはなれた駅についていた。しょうがないから、次の大学までいくバスの時刻表(じこくひょう)を調べるとあと20分で出るらしい。けれど大学に行きたくなくなってどうしようかなと思った。最近いろいろ忙しくて気がぬけてしまう。日本の授業についていけなくて、予習とふくしゅうをくりかえす日々。休みの日も疲れて寝て、やることもなく家事をこなすばかり……。
「アルゼンチンに帰りたいよ」
ふとそんな言葉が口からこぼれた。そんな気持ちに合わせるかのようにポツリと雨がふってきた。その雨はだんだんと強くなっていく。
「そんなこと言っちゃダメ。ぜったいに日本語ができるようになるんだ。」
気を取り直して、バスに乗ろうとしたその時、うすいみどり色のワンピースみたいな服とおなかに白いぬのをまいた女の人がバスに向かってきた。ワンピースみたいで、なんてすてきな服なんだろう。白髪(しらが:白いかみのことで、年を取るとふえることがある)は短くてせが高く、しっかり草履(ぞうり:日本のてんとうてきなくつ)をはいていてかっこいい。じっと見ていると、その女の人と目が合った。ベレンは目を違うところに向けると、ゆうきを出して
「その服すてきですね」
と女の人と目を合わせながら言った。
「着物(きもの)を見るのははじめて?」
と目をほそめてその人は話す。
「はい。」
とベレンは目をキラキラひからせて答えた。
「着物はね、ハレの日に着るものなのよ」
ベレンはふしぎな顔で答えた。
「ハレの日?今日は雨ですよ?」
ほほえみながら女の人は答えた。
「着物は特別な日に着ることが多いの。結婚式や成人式、お正月など、大切なイベントに着物を選ぶのよ。」
「今日はどんな特別な日なんですか?」
「大切な人と茶事(ちゃじ)があるの。」
「茶事?」
「茶道(さどう)の発表会みたいなものよ。」
ベレンは茶道(さどう)もよくわからなくてポカンとしていた。
「〇〇大学のお茶室で茶道を教えたりもしているのよ。良かったら来てくださいね。」
女の人は着物のそでに手を入れてペンを出し、懐(ふところ:むねのあたり、特に服の中に持ち物を入れる部分)から紙を出すと、ペンで何かを書いてベレンにわたして、そのまま駅の方へ向かっていった。
「電車に間に合わなくなっちゃう。茶道(さどう)にきょうみがあるなら連絡してね。」
「え?待ってください。」
ベレンの手には一枚の紙切れだけがのこされた。目をおとすと住所、電話番号、西野(にしの)と書かれていた。冷たい風がふいた。これから始まる新たな世界にベレンのむねはおどり始めた。
「寒い!」
ベレンが家から外に出ると、思わずその言葉が飛び出した。季節はもう冬だ。早朝じゃなくても風は乾燥して冷たい。急いで上着をクローゼットから引っ張り出して大学へ向かった。
大学に行くバスの中でぼんやり外を眺めていた。バスの外の風景はゆっくりと変わっていく。バスのリズムに体を揺らしていると、意識が遠くなってしまった……。
「うそ!」
目を覚ますとバスの外を二度見した。バスの終点の大学を過ぎたところにある離れた駅についていた。しょうがないから、次の大学までいくバスの時刻表を調べるとあと20分で出るらしい。けれど大学に行きたくなくなってどうしようかなと思った。最近色々忙しくて気が抜けてしまう。日本の授業についていけなくて、予習と復習を繰り返す日々。休みの日も疲れて寝て、やることもなく家事をこなすばかり……。
「アルゼンチンに帰りたいよ」
ふとそんな言葉が零れ落ちた。そんな気持ちを見透かすようにポツリと雨が降ってきた。その雨はだんだんと強くなっていく。
「そんなこと言っちゃダメ。絶対に日本語ができるようになるんだ。」
気を取り直して、バスに乗ろうとしたその時、うすい緑色のワンピースみたいな服とお腹に白い布を巻いた女の人がバスに向かってきた。ワンピースみたいで、なんて素敵な服装なんだろう。白髪は短くて背が高く、きりっと草履を履いていてかっこいい。物珍しくジロジロと見ていると、その女の人とばっちり目が合った。ベレンは一回目をそらすと、勇気を出して
「その服装素敵ですね」
と女の人と目を合わせながら言った。
「着物を見るのは初めて?」
と目を細めてその人は話す。
「はい。」
とベレンは目をキラキラ光らせて答えた。
「着物はね、ハレの日に着るものなのよ」
ベレンは怪訝な顔で応えた。
「ハレの日?今日は雨ですよ?」
微笑みながら女の人は答えた。
「着物は特別な日に着ることが多いの。結婚式や成人式、お正月など、大切なイベントに着物を選ぶのよ。」
「今日はどんな特別な日なんですか?」
「大切な人と茶事があるの。」
「茶事?」
「茶道の発表会みたいなものよ。」
ベレンは茶道もよくわからなくてポカンとしていた。
「〇〇大学のお茶室で茶道を教えたりもしているのよ。良かったら来て下さいね。」
女の人は着物の袖に手を入れてペンを出し、懐から紙を出すと、ペンで何かを書いてベレンに渡して、そのまま駅の方へ向かっていった。
「電車に間に合わなくなっちゃう。茶道に興味があるなら連絡してね。」
「え?待ってください。」
ベレンの手には一枚の紙切れだけが残された。目を落とすと住所、電話番号、西野と書かれていた。冷たい風が吹いた。これから始まる新たな世界にベレンの胸は踊り始めた。