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書道の天才
次の授業で
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Coming soon!
前回の授業から3日後、日本語のクラスのドアを開けると、先生しかいなかった。
「おはようございます。」
「ああ。おはよう。」
先生は声も小さく、髪もぼさぼさでふだんはかけないメガネをかけている。あきらかに何かあったような感じで、周りにあっとうてきな負のオーラを出している。
「どうしたんですか?」
「いや。何もないですよ。」
「うそですよ。あきらかにいつもと様子が違いますよ。」
「心配してくれてありがとう。本当に大丈夫ですから。」
ベレンはここまで言われてしまうと、口をとじるしかなかった。何があったのだろうか。アンナや他のクラスメイトもやってきたが、先生から出ている負のオーラを感じているようだった。けれど、だれも先生に何かを聞くようなことはしなかった。アンナは
「ねえ。先生に何かあったの?」
と小さい声で聞いてきた。
「わかるわけないじゃない。」
「ふーん。」
先生の授業はいつも通りのようだが、
「この文章を読んでみましょう。もし時間を戻せるのなら、何をしたいですか?この文章は、仮定法(かていほう:じっさいには起こっていないことをそうぞうして話す文法)が使われていますね。はあ。時間が戻せたらいいのに……。」
と言って、場が静かになった。授業が終わると、
「先生ぜったい何かあったね。」
「そんな面白がることじゃないけど。」
「まあね。今はそっとしておいた方が良さそうね。」
「アンナらしくないね。アンナならぜったいにしつこく聞きに行くと思っていたけれど。」
「それくらいは空気読めるわよ。」
「ごめん、ごめん。」
「でも、心配だわ。次の授業の時にはかいふくしているといいな。」
「そうね。じゃあね。」
「うん。じゃあね。」
アンナとベレンは別れた。ベレンは図書館への道を歩いていた。近道をするために人気の少ない土の道を歩いていた。くつの周りの草たちがズボンの中に入りこんでくる。この道を選んだのはまちがいだったと少し思った。しかも、少し迷ってしまい図書館の右側の建物の近くに来てしまった。すると、聞いたことがある低い男の声がした。だれの声だろう。
「だから、母さんは心配しなくていいよ。おれの問題だからさ。」
上から稲葉(いなば)先生の声がした。ベレンは思わず上を見上げたが先生のすがたは見えなかった。先生がイラついていることは声から伝わってきた。
「おれはそういうことはしたくない。」
「今度実家に帰った時に話そう。はい。はい。じゃあね。」
そういえば、この建物に日本語きょうしのオフィスがあるって聞いたことがあった。先生はふだんここにいたのか。
「いつも、いつも、こんな感じなのだから。もういやだな。」
聞いてはいけないことを聞いてしまったなと思った。きっとこれが原因なのだろうな。私生活が上手くいってない先生をかわいそうに感じた。けれど、ベレンの心はこうきしんをおさえることができない。こっそりと、建物の中に入り先生の様子を見たくなった。
「このきょりはきっと三階だな。」
あたかもしょくいんであるかのように教員向けの建物の中に入り、三階にとうちゃくした。ベレンの歩く音がろうかにひびきわたり、少し薄暗い。先生の声がしたバルコニーがあると思われる方へとむかうと、もうだれもいなかった。うーん。三階のどこかに先生のオフィスがあると思い、探したが見つからない。何かがおかしい。日本語のオフィスはここにあるようなのだが。どこからか人の話す声が聞こえた。音のする方へと行くと
「なんでおれは入賞(にゅうしょう:コンテストで賞をもらうこと)できないのだ。何度やってもそうだ。才能がないんだ。」
と先生がベレンの方にむかいながらひとりごとを言っていた。ベレンはかくれようと思ったけれど、ろうかはまっすぐだからかくれる場所は見つからない。足音がどんどん近づいてくる。ベレンは後ろをむいて何事もなかったかのように歩こうとした。
「ベレンさん?」
「あ、先生……。」
先生の顔を見たしゅんかん、ベレンは走り出した。それも全速力で。
「おはようございます。」
「ああ。おはよう。」
先生は声も小さく、髪もぼさぼさでふだんはかけないメガネをかけている。あきらかに何かあったような感じで、周りにあっとうてきな負のオーラを出している。
「どうしたんですか?」
「いや。何もないですよ。」
「うそですよ。あきらかにいつもと様子が違いますよ。」
「心配してくれてありがとう。本当に大丈夫ですから。」
ベレンはここまで言われてしまうと、口をとじるしかなかった。何があったのだろうか。アンナや他のクラスメイトもやってきたが、先生から出ている負のオーラを感じているようだった。けれど、だれも先生に何かを聞くようなことはしなかった。アンナは
「ねえ。先生に何かあったの?」
と小さい声で聞いてきた。
「わかるわけないじゃない。」
「ふーん。」
先生の授業はいつも通りのようだが、
「この文章を読んでみましょう。もし時間を戻せるのなら、何をしたいですか?この文章は、仮定法(かていほう:じっさいには起こっていないことをそうぞうして話す文法)が使われていますね。はあ。時間が戻せたらいいのに……。」
と言って、場が静かになった。授業が終わると、
「先生ぜったい何かあったね。」
「そんな面白がることじゃないけど。」
「まあね。今はそっとしておいた方が良さそうね。」
「アンナらしくないね。アンナならぜったいにしつこく聞きに行くと思っていたけれど。」
「それくらいは空気読めるわよ。」
「ごめん、ごめん。」
「でも、心配だわ。次の授業の時にはかいふくしているといいな。」
「そうね。じゃあね。」
「うん。じゃあね。」
アンナとベレンは別れた。ベレンは図書館への道を歩いていた。近道をするために人気の少ない土の道を歩いていた。くつの周りの草たちがズボンの中に入りこんでくる。この道を選んだのはまちがいだったと少し思った。しかも、少し迷ってしまい図書館の右側の建物の近くに来てしまった。すると、聞いたことがある低い男の声がした。だれの声だろう。
「だから、母さんは心配しなくていいよ。おれの問題だからさ。」
上から稲葉(いなば)先生の声がした。ベレンは思わず上を見上げたが先生のすがたは見えなかった。先生がイラついていることは声から伝わってきた。
「おれはそういうことはしたくない。」
「今度実家に帰った時に話そう。はい。はい。じゃあね。」
そういえば、この建物に日本語きょうしのオフィスがあるって聞いたことがあった。先生はふだんここにいたのか。
「いつも、いつも、こんな感じなのだから。もういやだな。」
聞いてはいけないことを聞いてしまったなと思った。きっとこれが原因なのだろうな。私生活が上手くいってない先生をかわいそうに感じた。けれど、ベレンの心はこうきしんをおさえることができない。こっそりと、建物の中に入り先生の様子を見たくなった。
「このきょりはきっと三階だな。」
あたかもしょくいんであるかのように教員向けの建物の中に入り、三階にとうちゃくした。ベレンの歩く音がろうかにひびきわたり、少し薄暗い。先生の声がしたバルコニーがあると思われる方へとむかうと、もうだれもいなかった。うーん。三階のどこかに先生のオフィスがあると思い、探したが見つからない。何かがおかしい。日本語のオフィスはここにあるようなのだが。どこからか人の話す声が聞こえた。音のする方へと行くと
「なんでおれは入賞(にゅうしょう:コンテストで賞をもらうこと)できないのだ。何度やってもそうだ。才能がないんだ。」
と先生がベレンの方にむかいながらひとりごとを言っていた。ベレンはかくれようと思ったけれど、ろうかはまっすぐだからかくれる場所は見つからない。足音がどんどん近づいてくる。ベレンは後ろをむいて何事もなかったかのように歩こうとした。
「ベレンさん?」
「あ、先生……。」
先生の顔を見たしゅんかん、ベレンは走り出した。それも全速力で。
前回の授業から3日後、日本語のクラスのドアを開けると、先生しかいなかった。
「おはようございます。」
「ああ。おはよう。」
先生は声も小さく、髪もぼさぼさで普段はかけない眼鏡をかけている。明らかに何かあったような感じで、周りに圧倒的な負のオーラを出している。
「どうしたんですか?」
「いや。何もないですよ。」
「嘘ですよ。明らかにいつもと様子が違いますよ。」
「心配してくれてありがとう。本当に大丈夫ですから。」
ベレンはここまで言われてしまうと、口を閉じるしかなかった。何があったのだろうか。アンナや他のクラスメイトもやってきたが、先生から発せられる負のオーラを感じているようだった。けれど、誰も先生に何かを聞くようなことはしなかった。アンナは
「ねえ。先生に何かあったの?」
と小声で聞いてきた。
「わかるわけないじゃない。」
「ふーん。」
先生の授業はいつも通りのようだが、
「この文章を読んでみましょう。もし時間を戻せるのなら、何をしたいですか?この文章は、仮定法が使われていますね。はあ。時間って巻き戻せたらいいのに……。」
と言って、場が静まり返った。授業が終わると、
「先生絶対何かあったね。」
「そんな面白がることじゃないけど。」
「まあね。今はそっとしておいた方が良さそうね。」
「アンナらしくないね。アンナなら絶対にしつこく聞きに行くと思っていたけれど。」
「それくらいは空気読めるわよ。」
「ごめん、ごめん。」
「でも、心配だわ。次の授業の時には回復しているといいな。」
「そうね。じゃあね。」
「うん。じゃあね。」
アンナとベレンは別れた。ベレンは図書館への道を歩いていた。近道をするために人気の少ない土の道を歩いていた。靴の周りの草たちがズボンの中に入り込んでくる。少しこの道から行こうと思ったことを後悔した。しかも、若干迷ってしまい図書館の右側の建物の近くに来てしまった。すると、聞いたことがある低い男の声がした。誰の声だろう。
「だから、母さんは心配しなくていいよ。俺の問題だからさ。」
上から稲葉先生の声がした。ベレンは思わず上を見上げたが先生の姿は見えなかった。先生がイラついていることは声から伝わってきた。
「俺はそういうことはしたくない。」
「今度実家に帰った時に話そう。はい。はい。じゃあね。」
そういえば、この建物に日本語教師のオフィスがあるって聞いたことがあった。先生は普段ここにいたのか。
「いつも、いつも、こんな感じなのだから。もう嫌だな。」
聞いてはいけないことを聞いてしまったなと思った。きっとこれが原因なのだろうな。私生活が上手くいってない先生に同情した。けれど、ベレンの心は好奇心を抑えることができない。こっそりと、建物の中に入り先生の様子を見たくなった。
「この距離はきっと三階だな。」
あたかも職員であるかのように教員向けの建物の中に入り、三階に到着した。ベレンの歩く音が廊下に響き渡り、少し薄暗い。先生の声がしたバルコニーがあると思われる方へと向かうと、もう誰もいなかった。うーん。三階のどこかに先生のオフィスがあると思い、探したが見つからない。何かがおかしい。日本語のオフィスはここにあるようなのだが。どこからか人の話す声が聞こえた。音のする方へと行くと
「なんで俺は入賞できないのだ。何度やってもそうだ。才能がないんだ。」
と先生がベレンの方に向かいながら独り言をつぶやいていた。ベレンは隠れようと思ったけれど、廊下はまっすぐだから隠れる場所は見つからない。足音がどんどん近づいてくる。ベレンは後ろを向いて何事もなかったかのように歩こうとした。
「ベレンさん?」
「あ、先生……。」
先生の顔を見るや否やベレンは走った。それも全速力で。
「おはようございます。」
「ああ。おはよう。」
先生は声も小さく、髪もぼさぼさで普段はかけない眼鏡をかけている。明らかに何かあったような感じで、周りに圧倒的な負のオーラを出している。
「どうしたんですか?」
「いや。何もないですよ。」
「嘘ですよ。明らかにいつもと様子が違いますよ。」
「心配してくれてありがとう。本当に大丈夫ですから。」
ベレンはここまで言われてしまうと、口を閉じるしかなかった。何があったのだろうか。アンナや他のクラスメイトもやってきたが、先生から発せられる負のオーラを感じているようだった。けれど、誰も先生に何かを聞くようなことはしなかった。アンナは
「ねえ。先生に何かあったの?」
と小声で聞いてきた。
「わかるわけないじゃない。」
「ふーん。」
先生の授業はいつも通りのようだが、
「この文章を読んでみましょう。もし時間を戻せるのなら、何をしたいですか?この文章は、仮定法が使われていますね。はあ。時間って巻き戻せたらいいのに……。」
と言って、場が静まり返った。授業が終わると、
「先生絶対何かあったね。」
「そんな面白がることじゃないけど。」
「まあね。今はそっとしておいた方が良さそうね。」
「アンナらしくないね。アンナなら絶対にしつこく聞きに行くと思っていたけれど。」
「それくらいは空気読めるわよ。」
「ごめん、ごめん。」
「でも、心配だわ。次の授業の時には回復しているといいな。」
「そうね。じゃあね。」
「うん。じゃあね。」
アンナとベレンは別れた。ベレンは図書館への道を歩いていた。近道をするために人気の少ない土の道を歩いていた。靴の周りの草たちがズボンの中に入り込んでくる。少しこの道から行こうと思ったことを後悔した。しかも、若干迷ってしまい図書館の右側の建物の近くに来てしまった。すると、聞いたことがある低い男の声がした。誰の声だろう。
「だから、母さんは心配しなくていいよ。俺の問題だからさ。」
上から稲葉先生の声がした。ベレンは思わず上を見上げたが先生の姿は見えなかった。先生がイラついていることは声から伝わってきた。
「俺はそういうことはしたくない。」
「今度実家に帰った時に話そう。はい。はい。じゃあね。」
そういえば、この建物に日本語教師のオフィスがあるって聞いたことがあった。先生は普段ここにいたのか。
「いつも、いつも、こんな感じなのだから。もう嫌だな。」
聞いてはいけないことを聞いてしまったなと思った。きっとこれが原因なのだろうな。私生活が上手くいってない先生に同情した。けれど、ベレンの心は好奇心を抑えることができない。こっそりと、建物の中に入り先生の様子を見たくなった。
「この距離はきっと三階だな。」
あたかも職員であるかのように教員向けの建物の中に入り、三階に到着した。ベレンの歩く音が廊下に響き渡り、少し薄暗い。先生の声がしたバルコニーがあると思われる方へと向かうと、もう誰もいなかった。うーん。三階のどこかに先生のオフィスがあると思い、探したが見つからない。何かがおかしい。日本語のオフィスはここにあるようなのだが。どこからか人の話す声が聞こえた。音のする方へと行くと
「なんで俺は入賞できないのだ。何度やってもそうだ。才能がないんだ。」
と先生がベレンの方に向かいながら独り言をつぶやいていた。ベレンは隠れようと思ったけれど、廊下はまっすぐだから隠れる場所は見つからない。足音がどんどん近づいてくる。ベレンは後ろを向いて何事もなかったかのように歩こうとした。
「ベレンさん?」
「あ、先生……。」
先生の顔を見るや否やベレンは走った。それも全速力で。