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チャプター1

みなさんはカッパという、古くから伝えられている生き物―—人がかんがえた生き物ですが―ーを知っていますか。マンガや絵で見たことがあるかもしれません。はだかの子どものようですが、頭の上にお皿があります。そのまわりにかみの毛がはえています。口は鳥のきいろいくちばしのようです。体はみどりで、毛はありません。せなかには、かめのこうらのようなものがあります。手足のゆびとゆびの間には、水かきがあります。そうです。こんなすがたです。

マイナビニュース2023/08/10 https://news.mynavi.jp/article/20230810-2746516/
香川 雅信「河童(かっぱ):水の恐怖を体現したおぞましき妖怪」nippon.com より
 
 カッパは川や池などの水の中に住んでいます。およいでいる人の足をつかんで引っぱっておぼれさせます。人を病気にすることもあります。とてもこわいです。
 けれども、今、日本人は、カッパがかわいくておもしろいキャラクターだと思っています。たとえば、北海道から九州まで、いろいろなところに、カッパのキャラクターがあります。埼玉県や福岡県のキャラクターが有名です。どれもかわいいです。

 ハピエルはスペインから来ました。埼玉県にある大学の留学生です。今、カッパのキャラクターが有名な埼玉県の四季市のアパートに住んでいます。子どもの時から空手(からて)を習っていて、今、黒い帯(おび)をしめています。かなり強いです。
 四季市のカッパのイメージキャラクターは「かっぱくん」です。みどりの体ときいろいおさらと口の、かわいくておもしろいキャラクターです。この町を好きになってもらう仕事をしているそうです。ポスターなどによく出てきますが、ときどきぬいぐるみにもなります。
 ハピエルは、はじめて「かっぱくん」を見たとき、へんな生き物だと思ってアパートの大家(おおや)さんである木田さんに聞きました。
「これは何ですか。」
「ああ、これはカッパですよ。むかし、この近くの川にカッパがいたと言われているんです。だから、カッパをイメージキャラクターにしたんでしょうね。」
「へえ、そうなんですか。カッパは本当にいたんですか。」
「わかりません。でも、たぶん何かを見て考えたんでしょう。おばけかもしれません。」
「へえ、ふしぎな話ですね。」
ハピエルは、何だかカッパのことが気になりました。
 つぎの日、ハピエルは駅まで歩いて行きました。かどに小さい石の像(ぞう)がありました。近づいてみると、頭におさらをのせていて、口が鳥のくちばしのような形です。
(あっ、カッパみたい。)
ハピエルは思いました。
それから、駅につくと、駅の前にも銅像(どうぞう)がありました。やはり、頭におさらをのせていて、口が鳥のくちばしのような形です。にっこりわらっています。
(あっ、またカッパだ。でも、どうしてこんなにカッパが多いんだろう。)
ハピエルはますます気になりました。それで、また木田さんに聞いてみました。
「どうしてこの近くにはカッパのぞうが多いんですか。」
すると、木田さんはこんな話をしてくれました。
「むかし、この近くの川にカッパが住んでいました。カッパはよく馬や人をおそいました。ある日、お寺で働いていた子ども――15、6さいぐらいでしょうか――が馬に水あびをさせようと思って、馬に乗って川の中に入りました。けれども、馬はきゅうに川からとび出して、走り出しました。その時、子どもは馬から落ちました。子どもが馬をおいかけました。馬はお寺の馬小屋について、そのあとで子どももそこにつきました。けれども、馬はとんだりはねたりして、おちつきませんでした。子どもは、おかしいと思って馬のまわりをよく見ました。すると、小さい生き物がしっぽをつかんで、ぐったりしていました。それはカッパでした。カッパは馬にふまれたので、立てませんでした。子どもはカッパを引っぱって馬小屋の外においだしました。近くに住んでいる人たちがあつまってきて、川でわるいことをしているのはこのカッパだ、ころしてしまえ、と言って、火をおこしはじめました。カッパは自分が殺されると思って、なきながら、まわりの人たちにゆるしてください、と言いました。そこにお寺のおしょうさんが来ました。おしょうさんはカッパがかわいそうだと思いました。それで、これからは馬や人に悪いことをしてはいけないよ、と言って、カッパをたすけました。カッパはなきながら、すみません、すみません、と言いました。そこにいた人たちも、それを見てかわいそうに思って、カッパを川までつれて行ってあげました。カッパはなきながら、川の中に帰っていきました。そのつぎの朝、おしょうさんが起きると、まくらの近くに魚が2ひき、おいてありました。それから、川で馬や人がいなくなることはなくなったそうです。」
「へえ、魚を持ってきたのはカッパなんですね。」
とハピエルが言うと、木田さんは
「そうですね。人もカッパの気持ちがわかったし、カッパも人の気持ちがわかったんでしょうね。四季市にはこんな話がつたわっているので、カッパを大切に思って、いろいろなカッパのぞうがあるんだと思いますよ。でも、同じような話は日本中にあるそうですよ。」
と言いました。それを聞いて、ハピエルはカッパについてもっと知りたいと思いました。
 
 (カッパがふしぎな生き物なのはわかったけど、もともと何だったんだろう? せなかがカメみたいだけど、カメじゃないし、口が鳥みたいだけど、鳥じゃないし、手がカエルみたいだけど、カエルじゃないし……。)
ハピエルは思いました。そこで、インターネットでしらべてみました。わかったことは、つぎのようなことです。
 カッパは15世紀ごろのじしょにはじめて出てきました。年を取ったカワウソという動物が「カワロウ」になったそうです。この「カワロウ」がカッパのはじまりだそうです。「カワロウ」は、17世紀のじしょにも出てきます。川に住んでいる、サルのような動物だったようです。このように、18世紀までは、カッパは川に住んでいるカワウソやサルのような動物とかんがえられていました。けれども、江戸、今の東京では、カッパはカメのように、せなかにこうらがあるとかんがえられていました。それは、江戸には山がないので、山に住むサルより、カメのほうがイメージしやすかったからだと言われています。
 それから、江戸が日本の中心になりました。江戸では、みどりの体のカッパの絵がかかれて、それが前のカッパのイメージをかえました。みどりのカッパの絵が日本中にひろがりました。名前も「カッパ」に変わりました。これは江戸の方言、つまり、そこでよく使われることばだったそうです。

 (へえ、カッパってむかしからいたんだなあ。でも、どうしてカワウソがふしぎな動物にかわったんだろう? だれかがそれを見たのかなあ?)
ハピエルは思いました。そして、ますます知りたくなりました。それで、またインターネットや本でしらべてみました。すると、日本の中に、いろいろな伝説(でんせつ)があることがわかりました。
(話は1つじゃないんだ。どんなちがいがあるか、しらべよう。)
 
 ハピエルは、日本のどこにカッパの伝説があるか、しらべることにしました。北のほうからしらべました。
 日本の本州(ほんしゅう)の一番北に青森県があります。青森県の八川市に、古くてりっぱな神社(じんじゃ)があります。その神社にはこんな伝説がありました。
 むかし、ある大工(だいく)が近くの山で木を切りました。それを神社の柱(はしら)にするためです。むかしは木にあなをあけて、ほそい木をよこに通して、じょうぶなたてものをつくりました。でも、大工は長さをまちがえて切ってしまいました。それで、大工はその木を、ほそい木を通したまま、川にすてました。すてる時、大工は「しりでも食べろ!」と大きい声で言いました。その木はあとでカッパになりました。ほそい木はカッパの手になりました。右手をひっぱれば左手がみじかくなって、左手をひっぱれば右手がみじかくなります。そして、川で人や馬のおしりをねらうようになりました。
 そのカッパはどんどん多くなって、村で子どもや馬に悪いことをするようになりました。村の人たちは、カッパたちが悪いことをしないように、神社で神様においのりをしました。神様はカッパをよびましたが、カッパは
「いそがしい。いそがしい。」
と言って、神様のところに来ませんでした。神様がおこって鷹(たか)――大きくて強い鳥ですね――に言うと、たかはカッパのくびをくわえて帰ってきました。神様は、
「木をすてた大工も悪いけど、お前たちも悪い。もう悪いことをするな。」
と言いました。すると、カッパは、
「尻子玉(しりこだま)を取らないと、死んでしまうんだ。」
と言って、言うことを聞きません。尻子玉は、人のおしりにある、いろいろなものがほしいという気持ちでできたものだと言われていました。これをカッパにとられると、人は力が入らなくなります。カッパのことばを聞いたたかは、カッパの頭をつつきました。神様はカッパの頭に薬をつけながら、
「しかたがないから、1年に、人を1人と馬を1頭(とう)だけ、取ってもいい。」
と言いました。それから、カッパの頭ははげて皿(さら)になりました。さらに水が入ると、カッパはとても元気になったそうです。

 つぎに、ハピエルは、青森県の南にある岩手県(いわてけん)を調べました。ふしぎな話がいろいろありました。
 まず、こんな話がありました。山の中に九里寺(きゅうりでら)という古いお寺があります。このお寺にはカッパのミイラがあります。頭から足までの全身(ぜんしん)のミイラです。その正体(しょうたい)はわかっていないそうです。
 他の話もありました。岩手県の馬川にある伝説です。馬川にはむかしからカッパがたくさん住んでいました。馬川の近くの家には、カッパと人の間に子どもが生まれたという話があります。カッパがお父さんで、人がお母さんです。生まれたカッパの子どもは手に水かきがあって、気持ちの悪い顔をしていたそうです。それで、すぐに地下にうめられてしまいました。でも、あとでそこを見ると、何もなかったそうです。村の人たちはみんな、カッパが子どもをつれて行ったのだろうと言いました。
 また、その近くの帰る野(かえるの)というところでは、赤いカッパがいたそうです。帰る野に住んでいたあるおばあさんが子どもの時、家のにわで赤い顔の男の子を見ました。おばあさんとその子の目が合うと、その子はすぐに川のほうへにげていきました。その子の頭ははげていて、せなかにはかめのこうらのようなものが見えました。おばあさんはすぐにカッパだと思ったそうです。
 帰る野では、むかし、天気が悪くて米や野菜がとれなかった時がありました。そんな時、しかたなく小さい子どもたちをころしてしまったことがありました。カッパはその子どもたちの姿(すがた)だという伝説もあります。
 
 ハピエルはつぎに、本州のまん中にある長野県(ながのけん)に伝わる伝説を見つけました。
 長野県の仕里(しり)村では、むかし、夜、便所(べんじょ)――今のトイレ――に行くと、カッパがおしりをなでると言われていました。ある家の主人が夜、便所に行くと、おしりをなでられたので、手をつかむと、ほそくて長いうでだけのこっていました。主人は、
「カッパのうではこんなに細くて長いのか。」
と、ふしぎに思いました。
 つぎの日、カッパが家に来て、
「うでを返してほしい、返してくれたら、毎日魚を持って来る。」
と言いました。前の晩にのこしていったうでは、やはりカッパのうでだったのです。主人はかわいそうになって、うでを返してあげました。
 それから毎晩、玄関(げんかん)の柱に魚がさしてあったそうです。そして、主人は後で、カッパのうでは長くなったりみじかくなったりすると聞きました。あの時返したうでは、長くなったうでだったのか、と思ったそうです。

 江戸(えど)にも伝説がありました。江戸は今の東京です。19世紀のはじめの話です。
 浅草(あさくさ)の合羽(かっぱ)川の近くに雨太郎(あめたろう)という人が住んでいました。雨太郎は雨合羽(あまがっぱ)――今のレインコートなど――を売っていました。むかし、雨がふらなくて川に水か少なくなった時、カッパの子どもたちが死にそうになりました。雨太郎は子どもたちに毎日水をかけて助けてあげました。
 合羽川は雨がたくさんふるとあふれて、町が水でいっぱいになることがありました。そこで、雨太郎(あめたろう)は、自分のお金で川の工事を始めました。その時、たくさんのカッパたちが手伝ってくれて、工事が早く終わりました。手伝ってくれたカッパたちは、むかし雨太郎が助けてあげたカッパの子どもたちの親でした。浅草にいろいろな店を出している人たちは、このカッパたちを見ました。その人たちの店は、その後、お店がうまくいったそうです。

 東京から南に行くと、静岡県(しずおかけん)があります。ハピエルは、そこにも伝説を見つけました。
 谷川村(たにがわむら)に亀足寺(かめあしでら)というお寺がありました。お寺の近くにきれいな川がありました。子どもたちはよくあそびに行きました。でも、ときどきあそびに行った子どもたちが帰ってこないことがありました。ですから、村の人たちはこわい川だと思うようになりました。じつは、カッパが子どもたちとすもうをとって、川に投げこんでいたのです。
 このお寺は広い田を持っていました。5月のある日、近くの農民(のうみん)たちが、米を作るために田植(たう)えをしました。田植えは稲(いね)の苗(なえ)を水田(すいでん)に植えることです。むかしは田植えの前に馬を使って土をたがやしました。
 ある農民が田植えが終わったあとで、近くの川で馬を洗っていました。すると、きゅうに馬がとび上がりました。見ると、馬のしっぽにカッパがぶら下がっていました。
「カッパがいたぞ!」
農民がさけぶと、たくさんの人たちが走ってきました。
「ころせ!そうしないと、子どもたちがころされるぞ!」
人々は口々にそう言って、カッパのまわりに集まりました。この声を聞いて、お寺のおしょうさんが来ました。
「めずらしいこともあるのう。でも、今日は田植えをしためでたい日だから、ころすのはやめてくだされ。」
おしょうさんは人々にカッパをころさないようにと言いました。そして、カッパに
「たすけてやるから、どこか遠くに行きなさい。この川にいると、ころされてしまうぞ。」
と言いました。すると、カッパはその川に入って、どこかにおよいでいきました。
 その夜、お寺のおしょうさんが部屋にいると、戸をたたく音がしました。おしょうさんが戸を開けると、頭が しらがで まっ白な――老人(ろうじん)が立っていました。
「だれじゃ。」
「今日たすけていただいたカッパでございます。」
「何をしに来たのだ。」
「おしょうさんのおっしゃるように、これから遠くに行きます。これはお礼(れい)です。」
カッパはそう言って、つぼを1つ出しました。すると、つぼだけがのこって、老人は消えてしまいました。
 それから近くの川で子どもがいなくなることはありませんでした。
 カッパがおいていったつぼに耳をあてると、今も川が流れる音がするそうです。

 ハピエルは、さらに南の方にある兵庫県(ひょうごけん)に伝説があるのを見つけました。
 うずまき村の水川のあたりでは、カッパは悪いいたずらをすると言われていました。水川には、水がうずをまいているところがあります。人がその近くでおよいでいると、尻子玉(しりこだま)取られるのです。青森県の伝説にも出てきましたが、尻子玉を取られると、力が入らなくなってしまいます。
 毎年、夏、水川のうずの近くでおよいでいた子どもたちが、尻子玉を取られて死にました。その子どもたちはみんな、およぐ前にキュウリを食べていました。うずまき村の人たちは、
「キュウリはカッパが好きな食べ物だ。カッパが子どもを引き込んだんだ。」
「カッパが子どもを引きこむためにうずを作ったんだ。」
と言いました。それで、子どもたちに、川には近づくな、とくにうずが見えたら、ぜったいに近づくな、と言ったそうです。
 
 そして、九州にもたくさんカッパの伝説がありました。

 熊本県(くまもとけん)には、カッパの手の話がありました。緑手(みどりて)村には神社(じんじゃ)があって、カッパの手が残されていました。あるとき、村長(そんちょう)が病気になりました。頭がいたいと言って、熱(ねつ)が下がりませんでした。村には医者(いしゃ)がいませんでした。村の人たちは困って、話し合いました。
「どうしよう。村長が死んでしまったら、おれたちどうしたらいいんだ?」
「となりの村の医者をつれてくるって言っても、3日ぐらいかかるさ。」
「そうだ! カッパはふしぎな力を持っているはずだ。神社のカッパの手を使ったらどうだ?」
そして、カッパの手で村長の頭にさわりました。すると、村長は頭が痛くなくなって、熱も下がったのです。
 その後、村の人たちは、カッパの手を使って病気をなおしたそうです。

 宮崎県(みやざきけん)では、お寺のおしょうさんが川で馬に水浴びをさせて帰ると、馬が「ヒン」となきました。見ると、カッパが1ぴきとりついていました。頭の皿から水をこぼして、力がなくなっていました。おしょうさんが近づくと、カッパは
「もう悪いことはしないから、頭に水をかけてくれ~。」
と言いました。おしょうさんがカッパに水をかけてやると、カッパは元気になりました。でも、たすけてあげたのに、カッパはにげてしまいました。つぎの日、そのカッパはお寺に他のカッパをつれてきて、お寺の物をぬすんだり、こわしたりしました。おしょうさんは困って、お寺の前にある石にお経(きょう)をきざんで、おきょうをあげました。すると、カッパたちはお寺に入ることができなくなりました。
 それから1カ月ぐらいの間、天気がいい日が続いて川の水が少なくなりました。カッパたちは住むところがなくなってしまいました。困ったカッパたちは、お寺の前の石をいっしょうけんめいみがきました。すると、雨がふってきて、カッパたちは川に帰っていきました。
 
 大分県(おおいたけん)では、16世紀(せいき)のはじめに水虎(すいこ)がつかまったそうです。水虎は伝説の生き物で、中国の川にいたと言われています。絵ものこっています。3,4歳(さい)ぐらいの子どもと同じぐらいの大きさで、日本のカッパとそっくりです。     

 Wikipedia「水虎」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%99%8E より
 そして、九州の一番南にある鹿児島県(かごしまけん)にも伝説がありました。
川の近くの城(しろ)に、とのさまと、むすめのおひめさまが住んでいました。ある日、おひめさまは家来(けらい)といっしょに川に出かけました。おひめさまは、キュウリやおかしを持って、小さいふねに乗りました。すると、どこからか、
「キュウリをくれ~。」
という声が聞こえました。すぐにカッパたちが水の中から顔を出しました。おひめさまはキュウリを投げてやると、カッパたちは
「もっと、もっと。」
と言いました。おひめさまはおこって、
「もうやらない!」
と言いました。すると、カッパたちはおひめさまを川に引きずりこみました。家来はつぎつぎに川にとびこんでおひめさまをたすけようとしました。けれども、おひめさまも家来も、もどってきませんでした。
 かなしんだとのさまは、川のそばに仏像(ぶつぞう)を作っておいのりをしたそうです。
 
 ハピエルは、カッパの伝説が日本中にあることがわかって、びっくりしました。ただ、北海道(ほっかいどう)と沖縄(おきなわ)にはあまり多くないようです。ハピエルは、調べた伝説から、わかったことをまとめてみました。
 カッパはだいたい緑色ですが、赤いカッパも少しいます。
 カッパはキュウリが好きです。そして、すもうも好きなようです。
 カッパはよく馬や人を川に引きずりこみます。引きずりこまれなかった馬にはしっぽに取りついていることがあります。
 カッパはうでが長くなったり短くなったりすることがあります。うでが切れることもあります。手でおしりをなでたり、尻子玉を取ったりします。
 カッパは悪いことをしてつかまると、よく、ゆるしてほしいとたのみます。ゆるしてもらうと、お礼に魚や物をくれます。そして、悪いことをしなくなります。このように、カッパはだいたいやくそくをまもります。ただ、九州のカッパは、ゆるしても言うことを聞かなかったり、人をころしたりしました。他の場所(ばしょ)のカッパより、こわいかもしれません。
 カッパは人にとっていい生き物でしょうか。こわい生き物でしょうか。場所によってちがうようです。
 大分県の伝説からは、中国にもカッパと同じような伝説の生き物がいたことがわかります。では、カッパの正体は何でしょうか。ハピエルはどうしても知りたくなりました。
(たしか、岩手県にカッパのミイラがあるお寺があったよね。見たら、カッパの正体がわかるかもしれない。)
ハピエルは夏休みに岩手県に行くことにしました。

 待ちに待った夏休みになりました。ハピエルは岩手県に向かいました。ミイラがいる九里寺(きゅうりでら)は王終(おうしゅう)駅から36キロ(九里)ぐらいはなれたところにあります。ハピエルはバスにのって、それから山にのぼって、やっと九里寺につきました。
 それは古くてしずかなお寺でした。まわりに人はあまりいません。ミーンミーンというセミの声だけ聞こえます。
 お寺のお堂(どう)中に入ると、おしょうさんがおきょうをあげていました。ハピエルは、
「あのう、すみません。カッパのミイラを見に来たんですが……。」
と言いました。おしょうさんは、右のほうにあるつくえを指(さ)して、
「あそこにありますよ。」
と言いました。ハピエルはつくえに近づきました。すると、その上に はこが見えました。木のはこです。はこをのぞきこむと、中にミイラがありました。小さい頭と体と手足です。茶色で体に少しだけ毛もついています。ハピエルは、ちょっとこわい、と思いました。
 おしょうさんに話を聞くと、今から20年ぐらい前にお寺の屋根(やね)の工事をしたときに出てきたそうです。見つかった時、ミイラはガラスのケースに入っていました。大切にされていたようです。お寺は今から150年ぐらい前にたてなおしたそうです。ですから、ミイラは少なくともその時から大切にされていたのです。  ハピエルのとなりでは、小さい男の子とお母さんもミイラを見ていました。お母さんに
「これ、猫みたい。ヒロシ、猫だと思う。」
と言いました。男の子はヒロシという名前のようです。お母さんも言いました。
「そうね。猫かしらね。」
たしかに猫のようです。でも、ハピエルは思いました。
(長い間お寺にあって大切にされていたなら、ただの猫なのだろうか? 正体はいったい何だろう? ミイラよ、教えてくれないか。)
そして、じっと、じいっと、ミイラの顔を見つめました。すると、きゅうに目の前がまっ白になって、ハピエルは体がうきあがったように感じました。
 ……しばらくすると、どこかから声がしました。
「お前はおれがだれか知りたいのか……?」
しずかですが、ひくくてこわい声です。
「えっ、ここはどこ? どこなんだ?」
ハピエルはさけびました。まわりでブクブクブクブクという音がします。
「まさか、水の中…?」
「ハ~ハハハハハ。よくわかったな。水の中さ。」
「た、たすけてくれ~。」
「ぼくもたすけて~。」
小さい声が聞こえました。子どもの声のようです。ハピエルは
「あっ、さっきとなりでミイラを見ていた子だ! ヒロシくんだ!」
と思いました。
「おーい、だいじょうぶか~?」
「たすけて~。」
さっきより声が小さくなっています。ハピエルはひくい声がした方に向かってさけびました。
「おーい、子どもをたすけてやってくれ~。」
すると、ひくい声が聞こえました。
「お前がおれの正体を知りたいと思うなら、子どもはわたさない。おれの正体はだれにも知られていないのだ。」
「わかった。もう知りたいと思わないから、たすけてあげてくれ~。」
「ハ~ハハハハハ。そうかんたんに~、たすけないぞ~。」
「なんだって~? いったいお前はだれなんだ? 出てこい!」
「ケ~ケケケケケ。」
こんどは高い声でだれかがわらいました。目の前に緑の体が見えました。
「あっ、お前はカッパか?」
「ケ~ケケケケケ。そうさ。カッパだよ~。」
カッパの左手は長くなっていて、子どもをかかえています。
「あっ、だいじょうぶ? ヒロシくんでしょ? だいじょうぶなの?」
「おにいちゃん、たすけて~。」
ヒロシは消えそうな声で言いました。顔は青ざめています。
「おい、カッパ、子どもをわたせ!」
ハピエルはどなりました。
「ケ~ケケケケケ。そうはいかないよ~。」
カッパはふわふわとういて、わらうばかりです。ハピエルはとくいな空手(からて)でカッパをやっつけようと思いました。
「よーし、にげるなカッパ!」
空手のわざをかけようとしますが、水の中なので、うまくいきません。
「ケ~ケケケケケ。やれるもんならやってみろ!」
「待て!」
ハピエルはカッパの足をつかまえました。でも、ぬるぬるしていて、するりとカッパはにげました。ヒロシはまだカッパのうでの中です。
(こうなったら、うでをねらおう。)
ハピエルは子どもをかかえたカッパのうでに近づいて、空手チョップでたたきました。すると、カッパのうでが切れて、子どもとうでがハピエルのところに流れてきました。
「だいじょうぶ?」
と子どもに声をかけましたが、子どもは答えません。カッパのうでがまだ子どもにからまっていて、子どもをはなしません。
(ああ、どうしよう。)
ハピエルが困っていると、カッパがさけびました。
「おい、うでを返せ。」
「なんだと。じゃあ、子どもをたすけたら、かえしてやる!」
ハピエルはどなりました。
「わかった。わかった。子どもはたすけてやる。おい、子どもよ、おれは猫じゃないからな! 早く消えろ!」
そのとたん、カッパのうでが子どもの体からはなれました。ブクブクブクブク……と音がして、子どもは上がっていきました。水の中から出たようです。
(ああ、よかった!)
とハピエルが思ったしゅんかん、カッパの切れたうでがカッパのところに流れていって、元のとおりにくっつきました。そして、ハピエルをつかまえようとしたのです。
「やめろ!」
ハピエルはさけびました。自分でも気がつかないうちに、カッパの頭の皿を空手チョップでたたいていました。皿がわれました。カッパはきゅうに元気がなくなりました。そして、カッパは見えなくなって、どこからかわかりませんが、虎(とら)のような生き物が出てきました。
「おれを見るな~。見ると~帰れないぞ~。」
はじめに聞いたひくい声でした。ハピエルは思わず目をつぶりました。しばらくしてから目を開けると、赤ちゃんのような小さい子どものような体が遠くに見えました。そのままハピエルは気をうしないました。
 どのぐらい時間がたったでしょうか。気がつくと、ハピエルはお寺のカッパのミイラの前によこになっていました。となりには、ヒロシもいました。お母さんが
「ヒロシ! だいじょうぶ? だいじょうぶ?」
とひっしに声をかけていました。子どもは目を開けて、
「うん。うん。」
と言っていました。
「ああ、よかった…。お子さんもだいじょうぶですね。」
ハピエルはお母さんに声をかけました。お母さんはなみだ声で、
「だいじょうぶそうです。さっき、あなたとうちの子がきゅうにたおれて、ほんとうにびっくりしました。あなたはだいじょうぶですか。」
「はい、たぶん……。ご心配をおかけしました。」
 ハピエルは、ゆめを見ていたのだろうか、と思いました。ハピエルはふしぎなできごとが信じられませんでした。でも、自分の手を見ると、なんと! 青いあざができていました。
(えっ、これ、空手チョップをした時にできたあざだ。やっぱりゆめじゃなかったんだ。)
そして、もう一度手を見ました。すると、手のひらに白いものがのっています。
(あれっ、この白いのは何? お皿(さら)のかけらみたい。えっ、もしかしてカッパのお皿……?)
ハピエルはこわくなりました。
(やっぱりほんとうのことだったんだ…。どうしよう…、なんだかこわい…。)
ハピエルは自分がふるえているのがわかりました。
(このままじゃ、こわくてたまらない。ああ、おしょうさんにそうだんしよう。)
 ハピエルはお皿のかけらをにぎりしめて、おしょうさんをさがしました。おしょうさんはにわでそうじをしていました。
「おしょうさん、すみません。ちょっといいですか。」
ハピエルはふるえる声で言いました。おしょうさんは
「あれ、ふるえて、どうしましたか。」
と言いました。
「とにかく中に入ってください。」
と言われたハピエルは、お寺の中で おしょうさんに ふしぎなできごとを全部話しました。おしょうさんは言いました。
「カッパは人の気持ちがよくわかるんです。あなたがカッパの正体を知りたいと強
く思っていることがわかったのでしょう。でも、カッパは正体を知られたくなく
て、川に引きずりこんだのでしょう。とにかく、ぶじでよかった。」
「そうですか……。あの、このかけらはどうしたらいいですか。」
ハピエルはおしょうさんに、お皿のかけらを見せました。おしょうさんは言いました。
「そうですね。カッパはうでを切られた時、うでを返して、と言ったのですよね。じゃあ、かけらも返しておきましょう。そうすれば、カッパはもう一度頭にきれいなお皿を作ることができるでしょう。カッパにはそんなふしぎな力があるはずです。いっしょに川に行って、かけらを川に返しましょう。わたしはおきょうをあげますよ。」
 こうしてハピエルは、おしょうさんといっしょに川にかけらを持っていきました。この日は天気がよくて、川はしずかに流れていました。
「おーい、カッパ。これを見つけてもう一度きれいなお皿を作ってくれ~。」
ハピエルは大きな声でカッパによびかけて、かけらを川に投げました。おしょうさんはおきょうをあげました。かけらが水面(すいめん)に当たると、水はぐるぐるとうずをまいてかけらをまきこみました。そして、かけらは見えなくなりました。おしょうさんのおきょうが終わると、川にできたうずは消えて、しずかな川にもどりました。ハピエルは、かけらがカッパのところに帰ったと思いました。おしょうさんも
「かけらはカッパのところに帰ったようですね。」
と言いました。

 ハピエルは、あの虎のような生き物は何だったんだろう、赤ちゃんのような子どもは何だったんだろう、と思いました。
(あ、あの虎はカッパの正体だったのかな。中国の「水虎」は水に住む虎っていうことだったよね。でも、虎って猫と同じ種類(しゅるい)だったっけ。ということは、やっぱりあのミイラは猫なのかなあ。猫がカッパの正体なのかなあ。じゃあ、さいごにとおくに見えたあの子どもは? あっ、そういえば、むかし、食べ物がない時、ころされてしまった子どもたちがカッパの姿になったっていう伝説があったよね……。)
 ハピエルはおしょうさんに、カッパの正体は何かと聞いてみました。おしょうさんは言いました。
「動物とか、子どもとか、いろいろな話があります。けれども、何が正しいか、今もわかっていないのです。」
 けっきょく、カッパの正体ははっきりわかりませんでした。けれども、ハピエルは思いました。
(カッパも知られたくないって思ってるみたいだし、わからなくてもいいのかな。わからないほうがいろいろそうぞうできていいのかな。)

 ハピエルは四季市のアパートに帰りました。駅の前では、カッパのぞうがにっこりわらってむかえてくれました。ここではカッパはかわいらしい顔です。
(ああ、帰ってきた……。)
とハピエルが思った時、どこかから声がしました。
「やあ、ハピエル、お帰りなさい……。」
ハピエルもその声に答えました。
「ただいま! 帰ってきたよ。きみの正体はわからなかったけどね……。」