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書道の天才
思い出したくない過去 先生side
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先生は言葉をつまらせながら、その過去のできごとを話した。彼の顔には、深いかなしみとくやしい気持ちがあふれていた。
「高校生のころ、才能ある人と出会ったんです。彼が、ベレンさんが好きだと言っていた作品の作者なんです。その時の私は、彼の才能にしっとしてしまっていて…。書道の道を選んでいることがまちがっているんじゃないか、金にならないし、ただのムダだと思っていました。その思いが、むねの中にあることに気が付いてしまったのです。」
先生はそのできごとを考えながら、夏の暑い日の様子を思い出していた。彼の名前はここではAとでも呼ぼうか。セミの音が頭の中でひびき、周りの人たちが近づく受験にあせっている中、Aはげいじゅつの練習に集中していた。自分のななめ前で、授業をまったく聞かずに下を向いて書道の練習をするAの背中に気がついた。Aのしんけんなすがたに思わず私は目をそらした。そして、
「書道でくっていきたい。」
そう話すAの目はかがやく目を思い出した。Aのことを心の底からかっこいいと思ったけれど、自分がAのようになれないことがとてもかなしかった。
学校の授業が終わり、ひさしぶりにAと一緒に帰ることになった。書道部を卒業した高校3年生の春からは一緒に帰ることは少なくなっていた。
「なあ、芸大(げいだい)受験どうなの?」
「まあまあかな。やれるとこまでがんばってみるとこ。ぎゃくにどうなん?」
「やばい。うかる気がしない。」
「そっかーがんばれよ。おれなんて絵しかかけなくて、勉強とかぜんぜんだからすごいよ。」
Aのそういう言い方がちょっと気になった。じっさいAは勉強がまったくできないわけではなかったからだ。
「勉強もできるのに、そんなこと言うなよ。」
「いやいや。書道をもっと続けたいんだ。」
次に高校の卒業式の事を思い出した。Aは第一しぼうのげいじゅつ大学に合格したらしいといううわさを聞いていた。いっぽうで自分は受験した一校にも受からず、浪人(ろうにん:大学に入れなかった人や、再度受験するために勉強している人)が近づいてきていた。
卒業式が終わりクラスに戻った。Aと目が合って話しかけられた。
「よお。」
「A、第一しぼう合格したんだってな。おめでとう。」
「ありがとうな。どうだったん?」
「全部だめだった。」
「浪人(ろうにん)するん?がんばれよ。」
「するしかない。」
「そっかー。」
のうてんきで、むしんけいなAの一言がなんだか気にかかった。Aにわかるわけない。おれは本当に勉強もできないし、何も上手くいかないんだ。Aが書道でくっていけなければいいのに。心のそこから、そう思った。それで先生の話は終わった。
「そんなことがあったのですね。」
ベレンは先生の話に同情しながら言った。
先生はかなしそうにほほえんだ。
「はい、そうなんです。あの時の自分が本当にはずかしくて…。もう彼とはれんらくがあってもつれない返事をしていて、だんだんときょりをおくようにしたんです。」
「だけど、もう一度会いたいのですか?」
「そうなんです。長い年月がたって、ようやく彼に会いに行くかくごができたのです。」
「もしかして、きっかけは私ですか?」
「そうです。ベレンさんがきっかけで、ひさしぶりに書道のてんらんかいに作品を出してみたんです。けっかは、がんばったのに入選(にゅうせん)はしませんでしたが。」
「残念ですが、それはよかったです。これからも作品を作りつづけるのですか?」
ベレンはきょうみぶかそうにたずねたが、先生はだまっていた。
ベレンは先生がだまっているのを見て、しばらく考えこんだ後、やさしくほほえんだ。
「それは考え中ですか?」
先生はうなずきながら、ふかいためいきをついた。その顔を見ると、過去のできごとについてのこうかいや悩みがまだのこっていることが伝わってきた。
「それでは、また日本語の授業で会いましょう。」
「さようなら。お話聞いてくれてありがとう。」
ベレンは先生の様子を見て、立ち去ることにした。先生が今後、心のせいりをつけられるよう、いのりながら。
「高校生のころ、才能ある人と出会ったんです。彼が、ベレンさんが好きだと言っていた作品の作者なんです。その時の私は、彼の才能にしっとしてしまっていて…。書道の道を選んでいることがまちがっているんじゃないか、金にならないし、ただのムダだと思っていました。その思いが、むねの中にあることに気が付いてしまったのです。」
先生はそのできごとを考えながら、夏の暑い日の様子を思い出していた。彼の名前はここではAとでも呼ぼうか。セミの音が頭の中でひびき、周りの人たちが近づく受験にあせっている中、Aはげいじゅつの練習に集中していた。自分のななめ前で、授業をまったく聞かずに下を向いて書道の練習をするAの背中に気がついた。Aのしんけんなすがたに思わず私は目をそらした。そして、
「書道でくっていきたい。」
そう話すAの目はかがやく目を思い出した。Aのことを心の底からかっこいいと思ったけれど、自分がAのようになれないことがとてもかなしかった。
学校の授業が終わり、ひさしぶりにAと一緒に帰ることになった。書道部を卒業した高校3年生の春からは一緒に帰ることは少なくなっていた。
「なあ、芸大(げいだい)受験どうなの?」
「まあまあかな。やれるとこまでがんばってみるとこ。ぎゃくにどうなん?」
「やばい。うかる気がしない。」
「そっかーがんばれよ。おれなんて絵しかかけなくて、勉強とかぜんぜんだからすごいよ。」
Aのそういう言い方がちょっと気になった。じっさいAは勉強がまったくできないわけではなかったからだ。
「勉強もできるのに、そんなこと言うなよ。」
「いやいや。書道をもっと続けたいんだ。」
次に高校の卒業式の事を思い出した。Aは第一しぼうのげいじゅつ大学に合格したらしいといううわさを聞いていた。いっぽうで自分は受験した一校にも受からず、浪人(ろうにん:大学に入れなかった人や、再度受験するために勉強している人)が近づいてきていた。
卒業式が終わりクラスに戻った。Aと目が合って話しかけられた。
「よお。」
「A、第一しぼう合格したんだってな。おめでとう。」
「ありがとうな。どうだったん?」
「全部だめだった。」
「浪人(ろうにん)するん?がんばれよ。」
「するしかない。」
「そっかー。」
のうてんきで、むしんけいなAの一言がなんだか気にかかった。Aにわかるわけない。おれは本当に勉強もできないし、何も上手くいかないんだ。Aが書道でくっていけなければいいのに。心のそこから、そう思った。それで先生の話は終わった。
「そんなことがあったのですね。」
ベレンは先生の話に同情しながら言った。
先生はかなしそうにほほえんだ。
「はい、そうなんです。あの時の自分が本当にはずかしくて…。もう彼とはれんらくがあってもつれない返事をしていて、だんだんときょりをおくようにしたんです。」
「だけど、もう一度会いたいのですか?」
「そうなんです。長い年月がたって、ようやく彼に会いに行くかくごができたのです。」
「もしかして、きっかけは私ですか?」
「そうです。ベレンさんがきっかけで、ひさしぶりに書道のてんらんかいに作品を出してみたんです。けっかは、がんばったのに入選(にゅうせん)はしませんでしたが。」
「残念ですが、それはよかったです。これからも作品を作りつづけるのですか?」
ベレンはきょうみぶかそうにたずねたが、先生はだまっていた。
ベレンは先生がだまっているのを見て、しばらく考えこんだ後、やさしくほほえんだ。
「それは考え中ですか?」
先生はうなずきながら、ふかいためいきをついた。その顔を見ると、過去のできごとについてのこうかいや悩みがまだのこっていることが伝わってきた。
「それでは、また日本語の授業で会いましょう。」
「さようなら。お話聞いてくれてありがとう。」
ベレンは先生の様子を見て、立ち去ることにした。先生が今後、心のせいりをつけられるよう、いのりながら。
先生は言葉を詰まらせながら、その過去の出来事を語った。彼の表情は深い悲しみと後悔に満ちていた。
「高校生の頃、才能ある人と出会ったんです。彼が、ベレンさんが好きだと言っていた作品の作者なんです。当時の私は、彼の才能に嫉妬してしまっていて…。書道の道を選んでいること自体が間違っているんじゃないか、金にならないし、ただの無駄だと妬んでいました。その思いが、胸の中にあることに気が付いてしまったのです。」
先生はその出来事を振り返りながら、夏の暑い日の情景を思い出した。彼の名前はここではAとでも呼ぼうか。蝉の音が頭の中で響き渡り、周りの人々が間近に迫る受験に焦る中、Aは芸術の練習に没頭していた。自分の斜め前で、授業を全く聞かずに下を向いて書道の練習をするAの背中に気が付いた。Aの真剣な姿に思わず私は目をそらした。そして、
「書道で食っていきたい。」
そう話すAの目は輝く目を思い出した。心の底からかっこいいと思うと同時にAのようにはなれない自分が惨めだった。
学校の授業が終わり、久しぶりにAと一緒に帰ることになった。書道部を卒業した高校3年生の春からは一緒に帰ることは減っていた。
「なあ、芸大受験どうなの?」
「まあまあかな。やれるとこまで頑張ってみるとこ。逆にどうなん?」
「やばい。受かる気がしない。」
「そっかー頑張れよ。俺なんて絵しか描けなくて、勉強とか全然だからすごいよ。」
Aのそういう発言が妙に気に障った。実際Aは勉強が全くできないわけでは無かったからだ。
「勉強もできるのに、そんなこと言うなよ。」
「いやいや。書道をもっと続けたいんだ。」
次に高校の卒業式の事を思い出した。Aは第一志望の芸術大学に合格したらしいという噂を聞いていた。一方で自分は受験した一校にも受からず、浪人が目の前に迫っていた。
卒業式が終わりクラスに戻った。Aと目が合って話しかけられた。
「よお。」
「A、第一志望合格したんだってな。おめでとう。」
「ありがとうな。どうだったん?」
「全部だめだった。」
「浪人するん?頑張れよ。」
「するしかない。」
「そっかー。」
能天気で、無神経なAの一言がやけに気に障った。Aにわかるわけない。俺は本当に勉強もできないし、何も上手くいかないんだ。Aが書道で食っていけなければいいのに。心のそこから、そう思った。それで先生の話は終わった。
「そんなことがあったのですね。」
ベレンは先生の話に同情しながら言った。
先生は悲しそうに微笑んだ。
「はい、そうなんです。あの時の自分が本当に情けなくて…。もう彼とは連絡があってもつれない返事をしていて、だんだんと疎遠になるように仕向けたんです。」
「だけど、もう一度会いたいのですか?」
「そうなんです。長い年月が経って、ようやく彼に会いに行く覚悟ができたのです。」
「もしかして、きっかけは私ですか?」
「そうです。ベレンさんがきっかけで、久しぶりに書道の展覧会に作品を応募してみたんです。結果は、頑張ったのに入選はしませんでしたが。」
「残念ですが、それは良かったです。これからも作品を作り続けるのですか?」
ベレンは興味深そうに尋ねましたが、先生は沈黙していました。
ベレンは先生の沈黙を見て、しばらく考え込んだ後、やさしく微笑みました。
「それは考え中ですか.」
先生は頷きながら、深いため息をつきました。その表情からは、まだ過去の出来事に対する後悔や葛藤が消えたわけではないことが伝わってきました。
「それでは、また日本語の授業で会いましょう。」
「さようなら。お話聞いてくれてありがとう。」
ベレンは先生の様子を見て、立ち去ることにした。先生が今後、心の整理をつけられるよう、祈りながら。
「高校生の頃、才能ある人と出会ったんです。彼が、ベレンさんが好きだと言っていた作品の作者なんです。当時の私は、彼の才能に嫉妬してしまっていて…。書道の道を選んでいること自体が間違っているんじゃないか、金にならないし、ただの無駄だと妬んでいました。その思いが、胸の中にあることに気が付いてしまったのです。」
先生はその出来事を振り返りながら、夏の暑い日の情景を思い出した。彼の名前はここではAとでも呼ぼうか。蝉の音が頭の中で響き渡り、周りの人々が間近に迫る受験に焦る中、Aは芸術の練習に没頭していた。自分の斜め前で、授業を全く聞かずに下を向いて書道の練習をするAの背中に気が付いた。Aの真剣な姿に思わず私は目をそらした。そして、
「書道で食っていきたい。」
そう話すAの目は輝く目を思い出した。心の底からかっこいいと思うと同時にAのようにはなれない自分が惨めだった。
学校の授業が終わり、久しぶりにAと一緒に帰ることになった。書道部を卒業した高校3年生の春からは一緒に帰ることは減っていた。
「なあ、芸大受験どうなの?」
「まあまあかな。やれるとこまで頑張ってみるとこ。逆にどうなん?」
「やばい。受かる気がしない。」
「そっかー頑張れよ。俺なんて絵しか描けなくて、勉強とか全然だからすごいよ。」
Aのそういう発言が妙に気に障った。実際Aは勉強が全くできないわけでは無かったからだ。
「勉強もできるのに、そんなこと言うなよ。」
「いやいや。書道をもっと続けたいんだ。」
次に高校の卒業式の事を思い出した。Aは第一志望の芸術大学に合格したらしいという噂を聞いていた。一方で自分は受験した一校にも受からず、浪人が目の前に迫っていた。
卒業式が終わりクラスに戻った。Aと目が合って話しかけられた。
「よお。」
「A、第一志望合格したんだってな。おめでとう。」
「ありがとうな。どうだったん?」
「全部だめだった。」
「浪人するん?頑張れよ。」
「するしかない。」
「そっかー。」
能天気で、無神経なAの一言がやけに気に障った。Aにわかるわけない。俺は本当に勉強もできないし、何も上手くいかないんだ。Aが書道で食っていけなければいいのに。心のそこから、そう思った。それで先生の話は終わった。
「そんなことがあったのですね。」
ベレンは先生の話に同情しながら言った。
先生は悲しそうに微笑んだ。
「はい、そうなんです。あの時の自分が本当に情けなくて…。もう彼とは連絡があってもつれない返事をしていて、だんだんと疎遠になるように仕向けたんです。」
「だけど、もう一度会いたいのですか?」
「そうなんです。長い年月が経って、ようやく彼に会いに行く覚悟ができたのです。」
「もしかして、きっかけは私ですか?」
「そうです。ベレンさんがきっかけで、久しぶりに書道の展覧会に作品を応募してみたんです。結果は、頑張ったのに入選はしませんでしたが。」
「残念ですが、それは良かったです。これからも作品を作り続けるのですか?」
ベレンは興味深そうに尋ねましたが、先生は沈黙していました。
ベレンは先生の沈黙を見て、しばらく考え込んだ後、やさしく微笑みました。
「それは考え中ですか.」
先生は頷きながら、深いため息をつきました。その表情からは、まだ過去の出来事に対する後悔や葛藤が消えたわけではないことが伝わってきました。
「それでは、また日本語の授業で会いましょう。」
「さようなら。お話聞いてくれてありがとう。」
ベレンは先生の様子を見て、立ち去ることにした。先生が今後、心の整理をつけられるよう、祈りながら。