TsukuBOOK
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チャプター1

 メイリンは中国の上海(シャンハイ)で生まれました。上海の大学に入って、1年生まで上海に住んでいました。上海は中国の経済の中心になっている大きい都市です。日本人もたくさん住んでいます。メイリンの家の近くにも日本人が住んでいました。
 メイリンは上海の大学で日本語を専門に勉強していました。中国のとなりにある日本は中国とどのようにちがうのか、とてもきょうみがありました。それで、日本語を勉強してみようと思ったのです。

 メイリンが上海の大学1年生だったある夏の日、近くのスーパーで買い物をしていると、見たことがある女の人が近づいてきました。その人は
「あのう、すみません。ときどき道でお会いしますよね。」
と中国語で言いました。上手でしたが、中国人が話す中国語ではありませんでした。日本人のようです。
「はい。たぶん近くに住んでいるんじゃないでしょうか。」
とメイリンは答えました。話してみると、2人とも公園の近くに住んでいることがわかりました。
「ああ、近いですね。大川ともうします。よろしくお願いします。じつは、私は日本人なんです。」
とその女の人は言いました。
「それで、中国のやきぎょうざを作りたいんですが、ねぎとぶた肉のほかに何を買ったらいいですか。」
大川さんの買い物かごにはねぎとぶた肉が入っていました。
「ああ、やきぎょうざですね。中国でぎょうざと言うと、だいたい水(すい)ぎょうざなんです。でも、だいたいわかります。とくに決まりはないんですが、白菜としょうがも入れると、おいしいですよ。それから、少しからいですが、ソースに豆板醬(とうばんじゃん)、中国のからいみそですが、それを入れると中国らしい味になります。」
とメイリンは言いました。
「豆板醤ですね。」
「はい。四川(しせん)料理でよく使います。四川は上海の西のほうにあります。山の多いところです。からい料理が有名です。」
「そうですか。ありがとうございます。じゃ、豆板醤を買って作ってみます。」
大川さんはそう言って、調味料(ちょうみりょう)の売り場に向かいました。

 それから、1週間後、メイリンは公園でまた大川さんに会いました。大川さんは小さいお子さんといっしょでした。
「あ、こんにちは。」
「こんにちは。この間はありがとうございました。おかげさまで、おいしいぎょうざができました。」
「そうですか。よかったです。」
「こちらはむすめです。ときどき、いっしょに公園に来るんです。まだ小さいので、なかなかゆっくりできなくて。」
「そうですよね。大変ですね。」
「今、主人が日本の会社の上海支社で働いているんです。去年上海に来たんですが、中国の料理を作りたくても作る時間があまりなくて…。またいつか、中国料理の作り方を教えてくださいね。」
「それなら、かんたんな料理を教えましょうか。」
「えっ、ほんとうですか。じゃ、ときどきお願いしてもいいですか。」
「ええ、いいですよ。私はチョウメイリンともうします。大学1年生です。」
「あらためまして、大川ふみ子ともうします。」
こうして、土曜日の昼、メイリンはときどき大川さんの家で中国料理を教えることになりました。

 メイリンは、中国の家庭でよく作られて、自分も作れる料理を教えようと思いました。
(う――ん、八宝菜(はっぽうさい)、エビチリ、麻婆豆腐(マーボードウフ)はたぶん中国人がよく作ると思う。私が作れるのはこれぐらいかなあ…。)
と思って、まず、上海料理の八宝菜を教えようと思いました。教える前に、自分で作ってみました。
 まず、白菜、チンゲン菜、にんじん、きくらげ―人の耳の形をしたきのこ―を食べられる大きさに切ります。つぎに、ショウガとニンニクをこまかく切ります。それから、スープのもととしょうゆとお酒と水をまぜておきます。ウズラの卵はゆでておきます。これでじゅんびができました。
 これからは作りかたのせつめいです。まず、フライパンにごま油と切ったショウガとニンニクを入れて、かるくまぜます。つぎに、ぶた肉とエビとはじめに切った野菜やきくらげ、ゆでたウズラの卵、それから、さっき作ったしょうゆやお酒などをまぜた水を入れてまぜます。さいごにとかしたかたくり粉を入れて、少しまぜたら、できあがりです。
「できた! よかった。おいしいかどうか食べてみよう。」
メイリンは一口食べてみました。
「うん、おいしい! だいじょうぶ。これなら教えられる!」
メイリンは自しんがつきました。

 土曜日の昼前、メイリンは八宝菜のざいりょうを持って、大川さんのおたくに行きました。ご主人とむすめのゆみちゃんもいました。メイリンは、大川さんといっしょに台所で野菜を切ったり、ざいりょうをいためたりして、八宝菜を作りました。
 ちょうどお昼ごはんの時間になったので、大川さんの家族といっしょに食べました。
「いただきます。」
「ああ、野菜がやわらかくて食べやすいですね。」
「ええ、おいしいです。」
「おいしいね。」
ご主人とおくさん、そして、ゆみちゃんが言いました。
「よかったです。よろこんでいただけて。」
メイリンはとてもうれしく思いました。
「八宝菜は中国のどの地方の料理なんですか。」
ご主人が聞きました。
「上海の料理です。」
とメイリンは答えました。すると、おくさんが、
「中国には、地方によって、いろいろな料理があるそうですね。」 
と言いました。メイリンは
「はい。大きく分けると、北京(ペキン)料理、上海料理、広東(カントン)料理、四川(しせん)料理があります。」
と答えました。すると、ご主人が
「それぞれどんなとくちょうがあるんですか。」
と聞きました。メイリンは、
「ここ上海の料理は、海が近くて川もあるので、魚やエビやカニをよく使います。やさしい味が多いですが、甘いと言われることもあります。あと、四川料理はからいですね。」
と、知っていることを話しました。でも、北京料理や広東料理についてはよく知らなくて、話せませんでした。食事が終わると、大川さんの家族は口々に、おいしかったと言いました。おくさんが
「じゃ、また来月もおねがいしていいですか。」
と聞いたので、メイリンは
「ええ、よろこんで。」
と答えました。
 メイリンにとって、とてもうれしい日でした。でも、自分は中国料理のことをよく知らないからもっと勉強しないといけない、と感じました。

そこで、メイリンはまず、中国の料理について考えてみました。
 中国には「医食同源(いしょくどうげん)」という考え方があります。「病気をなおすのも、食事をするのも、元気になるために必要で、もともとは同じことだ」という意味です。メイリンも父母に子どものときから食べるのは大切なことだと言われてきました。それから、「民以食力为天」(ミンイーシーウェイティエン)ということわざがあります。「人は、食べることが一番大切だ」という意味です。それから、中国人は「4本足のものはつくえといす以外、とぶものはひこうき以外、何でも食べる」と言われることもあります。このように、中国人は食べることが好きで体のために大切だとかんがえているようです。
 では、どのように食べることが多いのでしょうか。ふつうは、いくつかの大きいおさらにそれぞれべつの料理をのせて、テーブルにおきます。何人かでそのテーブルをかこんで、大きいおさらの料理を小さいおさらに取って食べます。このように、だれかといっしょに食べることが多いです。
 メイリンは思いました。
(中国ではみんなで食べることを大切にしているのかなあ。)

 それから、メイリンは、いろいろな中国料理の本を読んでみました。すると、つぎのようなことがわかりました。
 まず、一口に中国料理といっても、場所によってぜんぜんちがいます。この間、大川さんに説明したように、北京(ペキン)料理、上海料理、広東(カントン)料理、四川(しせん)料理に大きく分けられます。北京料理は首都北京の国王の料理から始まりました。あまり甘くなくて、しょっぱいです。上海料理は近くの海や川から取れる魚などをたくさん使います。しょうゆやさとうをたくさん使うので、甘いですが、からいときもあります。広東料理はしんせんな材料を生かしたうすい味のものが多いです。広東は中国の南にあって、魚や動物、植物などの材料がたくさんあるからです。四川料理は、すっぱい、からいなどの味の強いものが多いと言われています。四川では米、小むぎ、とうもろこし、だいず、赤とうがらしなどがたくさん作られています。海からとおいので、肉、川魚、野菜をよく使います。 つぎに、中国人が食べることについてどう考えているかをしらべました。中国人はふつう、家族や友だちとテーブルをかこんで食事をします。これは、ほかの国でも同じかもしれません。けれども、いっしょに食事をして心と心がつながることをとても大切だと考えています。中国人は、それを食べることと同じぐらい、いえ、それより大切だと考えていることがわかりました。
 それから、日本人が中国料理をどうかんがえているか、どのように食べているかをしらべました。日本人にとって中国の料理のイメージは、町の店で食べる、安くてしたしみのある料理という場合も、レストランで食べる高級(こうきゅう)な料理という場合もあります。また、「中国料理」は中国で食べられている料理、「中華料理」は、日本人向けに作られた中国の料理という意味で使われることが多いです。「中華料理」という言い方が「中国料理」よりよく使われているそうです。むかし、日本のレストランでは中国人のシェフが「中国料理」を作っていました。今は中国人のシェフに料理を習った日本人のシェフが、「中国料理」や「中華料理」を作っています。
 また、日本のレストランには、ときどき、大きくてまるい、回るテーブルがあります。大きいおさらの料理を自分が取ったら、となりの人がその料理を取れるように、テーブルを回します。とても便利そうです。日本人もたくさんの人といっしょに中国の料理を食べて、楽しんでいるようです。 

 メイリンはそれまで、ただ食べるために料理を作っていました。でも、そのはいけいにはこんなことがあったのだと思いました。
 
 それから、メイリンは大川さんに半年ぐらい中国料理を教えました。メイリンは料理をとおして大川さんと話して、ますます日本にきょうみが出てきました。日本に行って日本人の生活や日本の文化をもっと知りたいと思うようになりました。そして、中国料理をとおして、いろいろな交流(こうりゅう)もできると考えました。それで、留学できる大学をさがすことにしました。
 見つかったのは山田大学です。この大学には国際(こくさい)文化学部があります。いろいろな国の文化を勉強する学部です。日本の文化も勉強できます。メイリンは自分が勉強したいことに合った学部だと思いました。それで、大学2年生の1年間、こうかん留学生として留学することにしました。そして、日本の生活と料理をじっさいに見て、中国の料理を日本人といっしょに作ってみたいと思いました。

 3月になりました。今日はメイリンが日本に行く日です。空港にはメイリンのお父さんとお母さん、それから大川さんとゆみちゃんが見送りに来ました。メイリンは、みんなが見送りに来てくれて、うれしかったです。それにこたえるためにも、日本でがんばって勉強したり、いろいろな経験をしたりしなければ、と思いました。
 3時間ぐらいでメイリンは日本の成田空港につきました。これから山田大学の学生寮(りょう)に住みます。りょうは東京の新宿(しんじゅく)にあります。成田空港からバスに乗ると、1時間半ぐらいで新宿のバスターミナルにつきました。そこから15分ぐらい歩いて、メイリンはりょうにつきました。

 つぎの日、となりの部屋の学生にあいさつをしました。右のとなりには韓国(かんこく)人のスニョンがいました。左のとなりにはアメリカ人のナンシーがいました。2人とも2年生でせんぱいですが、親切そうだったので、メイリンは安心しました。
 スニョンは、りょうのまわりをあんないしてくれました。りょうの右には公園があります。小さいですが、さんぽするのによさそうです。左には公民館(こうみんかん)があります。町の人たちが使える建物だそうです。前には大きいスーパーがあります。買い物に便利そうです。
 ナンシーは、りょうの食堂に台所があって料理を作ることができると教えてくれました。食堂のスケジュールノートを見て、あいている時間にだれが何をするかを書いて予約(よやく)しておけばいいそうです。
 メイリンは、はじめて知らない所に来て心ぼそかったですが、スニョンやナンシーにいろいろと教えてもらって、少し安心しました。

 4月になって大学の新学期が始まりました。メイリンは日本の文化を中心に勉強するつもりですが、もう一つの大きいミッション、つまり中国料理を日本人といっしょに作ることも早くやってみたいと思いました。
 メイリンが入る国際文化学部は、留学生と日本人の学生が交流(こうりゅう)しやすいように、5つのクラスに分けられています。1つのクラスには留学生と日本人の学生がいて、全部で30人ぐらいです。1年間、同じクラスの学生で自主(じしゅ)ゼミを作ります。自主ゼミというのは、学生たち自身(じしん)で研究することを決めて勉強する集まりのことです。メイリンはBクラスです。Bクラスには留学生が15人、日本人の学生が15人います。この人たちと友だちになれば、いっしょに中国料理が作れそうだとメイリンは考えました。
 
 (早く友だちを作りたいなあ。)
そう思いながら、メイリンは日曜日にりょうの前のスーパーに買い物に行きました。スーパーには、中国料理に使えそうなざいりょうがありました。
(ここにだいたいざいりょうがあるから、あとは場所を探せば、できそうなんだけど…。あ、りょうの食堂がいい。たしか、スケジュールノートを見て、あいている時間によやくしておけば使えるんだよね。じゃ、あとはスケジュールと作る料理を決めて、人を集めたらできる!)
メイリンはわくわくしました。
(じゃあ、何を作ろうか。何を作ったら、みんなよろこぶかなあ。)
メイリンは考えました。
(やっぱりかんたんに作れておいしいのがいいよね。ざいりょうも少ないと作りやすいかな。チャーハンとか、エビチリとか。はっぽうさいやぎょうざはちょっとざいりょうが多いかな。エビチリがいいかもしれない。ざいりょうが少ないし、早くできるし。うん、エビチリにしよう。日本人は白いごはんといっしょに食べてるみたいだから、他にはごはんがあればいいよね。あっ、そうだ! 日本人はどんな中国料理を食べてるのか、どんな味が好きなのか、知っておいたほうがいいよね。町の中国料理の店に行って食べてみよう。)
  
 つぎの日、授業が終わったあとで、メイリンはりょうの近くの中国料理の店に行きました。入口の上に赤い字で「中華料理」と書いてあります。
(ああ、前にしらべたのを思い出したけど、日本人向けの中国料理は中華料理っていうことが多いんだ。)
そう思いながら、メイリンは入口のドアをあけました。
「へい、いらっしゃい!」
中から元気な声が聞こえました。そう言ったおじさんはカウンター席の向こうで料理を作っています。
「メニューはかべにはってありますよ。」
かべには、ラーメン、チャーハン、ぎょうざ、シュウマイ、エビチリ、マーボードウフなどのメニューがありました。どれもあまり高くないです。
「おすすめは何ですか。」
とメイリンが聞くと、
「ラーメン、チャーハン、ぎょうざが人気があるね。」
とおじさんは言いました。
「そうですか。水(すい)ぎょうざはありますか。」
「いや、日本ではふつう、やきぎょうざを食べるから、うちでは作ってないね。」
「そうなんですね。じゃ、半チャーハンって何ですか。」
「1人分の半分のチャーハンってこと。」
メイリンは、エビチリと半チャーハンでおなかがいっぱいになると思って、その2つを注文しました。おじさんはすぐになれた手つきでチャーハンとエビチリを作って、メイリンの前におきました。
「はい、お待ちどうさま。」
「いただきます。」
メイリンはエビチリを口に入れました。
(中国のよりちょっとあまいかな。でもエビがプリプリしていておいしい。)
それから、チャーハンを一口食べました。
(ああ、さっぱりしている。日本人が好きそうだなあ。食べやすい。)
そして、どんどん食べて、おなかいっぱいになりました。
「おいしかったです。ごちそうさまでした。」
「どうも。またお待ちしてます。」
「また来ます。」
メイリンはそう言って店を出ました。日本人がよく食べる中国料理や好きな味が少しわかって、勉強になったと思いました。そして、思い切ってつぎのBクラスの自主ゼミの日に、いっしょに中国料理を作ろうと、クラスメートをさそってみようと決めました。

 つぎの自主ゼミの日、メイリンは近くにいたクラスメートに話しかけました。
「あの、こんど、みなさんといっしょに中国料理を作りたいと思ってるんだけど、きょうみがありますか。」
「え、うん。かんたんに作れるなら、作ってみたい。」
「自分で作れたらいいよね。」
何人かの日本人のクラスメートが言いました。留学生も
「日本で中国料理を作るなんて思ってもいなかった。作ってみたいよ。」
と言いました。メイリンは、
「じゃ、ぜひ、いっしょに作りましょう。中国料理は自由で、みんなで作りやすいと思う。私がせつめいするので、かんたんだと思うよ。りょうの食堂でやろうと思ってるんだけど、いつだったらいい?」
「うーん、土曜か日曜ならだいじょうぶだけど。」
「ぼくは土曜はサークル活動があるけど、日曜ならいいよ。」
メイリンはみんなのスケジュールを聞いて、一番たくさんの人が集まれそうな日曜日の昼にに決めました。前に考えていたとおり、作る料理はエビチリにしました。

 すぐにメイリンはりょうの食堂へ行って、スケジュールノートをたしかめました。
(日曜日の昼、…あっ、さ来週の日曜日、あいてる。じゃ、この日にしよう。)
 メイリンはつぎの自主ゼミの日、クラスのみんなに中国料理を作る会のスケジュールと場所と作る料理を話しました。
「来週の土曜日の11時にりょうの食堂ね。」
「エビチリを作るんだね。おいしそう。」
「作ったら、それが昼ごはんになるんだね。」
「楽しみだね。」
日本人の学生が3人と留学生が2人、来てくれるようです。日本人だけでなく、その他の国の人とも交流ができそうです。こんなことができるなんて、メイリンは今まで考えたことがなくて、とてもおもしろいと思いました。そして、ぜったいにがんばろうと思いました。

 今日は土曜日。明日はみんなで中国料理を作る日です。メイリンはじゅんびをしました。
(私も入れて全部で6人。ざいりょうを買っておかないと。)
メイリンはスーパーに出かけました。
(エビとねぎとショウガとニンニクを買おう。味をつける塩、コショウ、トマトケチャップ、酒、酢(す)、中華味のもと―中国料理の味を出すもの―、かたくり粉は部屋にあるし、ラー油と豆板醤(とうばんじゃん)―中国料理でよく使うからいみそ―は中国から持ってきたから、だいじょうぶ。それに、日本人はからいのよりあまいほうが好きそうだから、使わなくてもいいかもしれない。あ、あとお米も買っておこう。)
メイリンはまず、スーパーの魚売り場に行きましたが、
(エビは明日の朝買ったほうがしんせんでいいかな。)
と思って、買わないで、ねぎとショウガとニンニクとお米を買ってりょうに帰りました。
 そして、エビチリの作りかたをたしかめました。
(まず、エビのせなかからくろいわたを取って、しおとかたくり粉をふって、もみながら水できれいにあらいます。それから、水をふいて、味をつけるためにもういちどしおとかたくり粉をふります。それから、タレ、―エビチリではエビにかけるもの―を作ります。ショウガとニンニクをすりおろします。ねぎをこまかく切ります。すりおろしたショウガとニンニクとトマトケチャップととうばんじゃんを同じ入れものに入れておきます。とうばんじゃんはからいので、少なくていいかな。ここで、フライパンに油をしいて、火をつけてエビに火をとおします。エビを取り出したあとで、同じ入れものに入ったショウガやニンニクなどを全部いっしょにフライパンに入れていためます。小さいあわが出たら、火を止めて水を入れてまぜます。それから、酒、さとう、しお、中華あじ、コショウをいれてよくまぜます。味をチェックして、そこにエビを入れます。火をつけて、エビにしっかり火をとおします。あつくなったら、はじめに切ったねぎを入れます。ふっとうして100℃になったら、火を止めて、水にとかしたかたくり粉を回しながらかけます。大きくまぜてトロトロになったら、もういちど火をつけます。まぜながら、からいのが好きだったら、ラー油を入れます。さいごにお酢(す)を少し入れて、できあがり。うん、だいじょうぶ。)
メイリンは安心してねることができました。
 
 いよいよ日曜日になりました。メイリンはエビを買いにスーパーに行きました。ところが、魚売り場にエビが見当たりません。えっ、と思ってスーパーの人に聞きました。
「あの、すみません。エビを買いに来たんですが。」
「ああ、エビは、今日日曜日でね、入らないかもしれないんです。もうしわけありません。」
「えっ、困るんです。今日、みんなでエビチリを作ることになってるんです。」
メイリンは、頭の中がまっ白になってしまいました。
「すみませんね。どうしようもないので、他のスーパーに行ってみてもらえますか。」
「他のスーパーってどこにありますか。」
「ここを出て、前の大きい道をまっすぐ左に行くと、右にありますよ。歩くと30分ぐらいかかりますが。」
「はあ、どうも。」
(今10時半でしょ。そんなことしてたら、間に合わない。どうしよう……。しんせんなエビがいいと思ったのに買えないなんて……。)
メイリンはなきそうになりながら、スーパーを出ました。
(しょうがない。みんなにあやまるしかない。)
メイリンはしょんぼりしてりょうの食堂に向かいました。

 11時にみんなが食堂に集まりました。
「みなさん、今日はありがとう。はじめにあやまらなければならないことがあります。エビチリを作ると言ったんだけど、エビが買えなかったの。さっきスーパーに行ったら、今日は入らないかもしれないって……。」
「えっ、じゃ作れないってこと?」
「本当にごめんなさい。いいわけみたいだけど、今日買ったほうがしんせんだと思って、昨日は買えたんだけど、買わなかったんだ。」
「そうなの。気をつかってくれたんだね。ありがとう。」
クラスメートの留学生が言いました。
「それに、ざいりょう、たくさんじゅんびしてくれて、大変だったでしょう?」
「何かいいアイデアがないかなあ。」
クラスメートは口々に言いました。
「メイリンさんが言ってたけど、中国料理は自由なんでしょう? エビのかわりになるものがあれば、それでいいんじゃない?」
「そうだね。エビみたいにちょっとプリプリした食べもの……あっ、ちくわとか、どう?」
日本人のクラスメートが言いました。
「ちくわって何?」
留学生が聞くと、その日本人の学生は
「魚をすってかためた食べ物で、つつのような形で中にあながあいてるの。漢字で書くと『竹』とリングの『輪』で、竹のまわりに魚をすったものをまいてやいて作るから、ちくわって言われるようになったんだって。」
と説明しました。
「へえ、いいね。」
「あと、とり肉もいいかもしれないね。」
「ちくわやとり肉なら、スーパーで売ってるよね。買いに行こう!」
「うん、飲み物も買ってこよう。ウーロン茶でいいかな?」
「うん。いいよ。行こう行こう。」
「メイリンさん、行ってくるね。しんぱいしないでね。」
クラスメートは口々に言いました。メイリンは、
「みなさん、本当にありがとう。すみません。」
と目になみだをうかべて言いました。

 クラスメートがちくわととり肉とウーロン茶を買ってもどってきました。
「じゃ、メイリンさん、よろしくお願いします。」
「はい。じゃ、ちくわととり肉をエビと同じぐらいの大きさに切ってください。」
そして、メイリンはきのうたしかめたように、ちくわととり肉を使ってみんなといっしょにエビチリを作りました。日本人が好きそうなあまりからくなくてさっぱりした味にしてみました。
「できた! どうかな。おいしいといいんだけど…。」
「『なんちゃってエビチリ』だね。でもいいにおい。」
「『なんちゃってエビチリ』ってどういう意味?」
「『なんちゃって』っていうのは、などと言ってしまって、を話しことばにした言いかたで、じょうだんでした、っていう意味で、『なんちゃって○○』って言うと、じょうだんの、本物じゃないっていう意味になるの。だから、本物じゃないエビチリっていうこと。」
「へえ、はじめて聞いた。」
留学生と日本人の学生が楽しそうに話しています。
「じゃ、いただきましょう。ごはんもあるから、いっしょにどうぞ。」
とメイリンが言うと、みんなは『なんちゃってエビチリ』を食べはじめました。
「へえ、ちくわがエビみたいにプリプリしておいしいよ。」
「とり肉もおいしいよ。」
「タレもおいしい。あまりからくなくて、さっぱりしていて、日本人に合っているかも。」
「本物のエビチリを食べてるみたい。」
みんな、おいしそうに食べて、『なんちゃってエビチリ』は全部なくなりました。
「ごちそうさまでした。おいしかった。」
「これで1人でもエビチリや『なんちゃってエビチリ』が作れそう。」
「楽しかった。ありがとう。」
みんな、口々に言いました。メイリンは本当にうれしかったです。
「みんな、今日は来てくれて、親切にしてくれて、本当にありがとう。」
メイリンは、みんなのやさしさがわかって、みんなが楽しそうに交流してくれて、本当によかったと思いました。エビが使えなかったのはざんねんでしたが、しあわせだと感じました。こんな経験をさせてくれたみんなと、もういちどおいしい中国料理を作りたい、もういちどチャレンジしたいと思いました。

 つぎの自主ゼミの日、メイリンは料理をいっしょに作ったクラスメートに言いました。
「この間は本当にありがとう。でも、エビが食べられなくてざんねんだったから、もういちどチャレンジしたいと思ってるんだ。また来てくれるかな?」
「うん。つごうがつけば、行くよ。」
「うん。楽しかったから、また作りたい。」
「じゃ、こんどはぎょうざ、水(すい)ぎょうざを作ろうと思うの。中に入れるものはとくに決まりはなくて、何でもいいの。だから、こんどはだいじょうぶだと思う。」
「じゃ、食べたいものを持っていってもいい?」
「ぼくもれいぞうこにいろいろあるから、持ってってもいい?」
「うん。もちろん。ありがとう。」
こうして、つぎの日曜日の昼に集まることになりました。

 日曜日、りょうの食堂に4人のクラスメートと2人のせんぱいが集まりました。日本人学生2人と留学生2人と、せんぱいは、メイリンの部屋のとなりに住んでいる、スニョンとナンシーです。メイリンは水ぎょうざの説明を始めました。
「今日は水ぎょうざを作ります。日本ではぎょうざと言うと、やきぎょうざをイメージすると思いますが、中国では水ぎょうざをイメージします。中国では主食として水ぎょうざを食べるんです。」
「へえ、日本では、白いごはんやチャーハンといっしょにぎょうざを食べるよね。」
「うん。おかずだよね。」
「同じぎょうざでも国によってちがうのね。」
日本人のクラスメートが口々に言いました。
「中国ではよく水ぎょうざをスープといっしょに食べます。ですから、今日は水ぎょうざとスープを作りたいと思いますが、いいですか。」
「ええ、お願いします。」
「では、はじめにぎょうざを作ります。ぎょうざの皮(かわ)も作れるんだけど、今日は売っているものを使いましょう。大きくてまるい皮を買ってきました。」
「ありがとう。」
「中に入れる具(ぐ)は、ぶたのひき肉と白菜にしましょう。これです。でも決まりがあるわけじゃないので、ほかにも好きなものを入れてください。」
「インドのカレー粉があったから、持ってきたよ。」
「ぼくはオリーブを持ってきた。スペインのオリーブだよ。」
「私はなっとう。」
韓国人のスニョンとアメリカ人のナンシーも食べ物を持って来てくれました。
「私はキムチ、持ってきた。」
「私はハム。」
「ありがとうございます。カレー粉はそのままでいいけど、持ってきたものはこまかく切って、あとでぶた肉にまぜるといいと思います。」
「はーい、わかりました。」
「では、白菜をこまかく切って、少し塩をふって手でもんでください。」
「はい、白菜をみじん切りね。こまかく切ることを日本語でみじん切りと言うよね。」
「ああ、日本語の勉強になります!」
「それで、塩を少しかけて、手でもむんだね。」
「やわらかくなったら、水が出ないようになるまで、しっかりしぼってください。」
「しっかりしぼって、水を切るんですね。これでいい?」
「はい。手でにぎってふったとき、水が下に落ちなければだいじょうぶです。じゃ、このボールに入れておいてください。」
「はい。」
「それから、ほしエビ、ほしてかわいたエビですが、これをミキサーに入れてこなにしておきます。ほしエビパウダーです。これを入れると、うま味(み)が出るんです。」
「ああ、おいしそうね。」
「ええ。これはうま味、おいしさを感じる味のことですが、それを出したいときは、どんな料理にも使えます。便利ですよ。れいぞうこに入れて取っておけます。」
「それはいいね。」
「ええ。ぜひ使ってみてください。うま味は、日本料理でも大切にされてますよね。」
「ええ。みそしるなどはうま味を感じることができる料理だと言いますね。」
「うま味は、人にとって必要な5つの味の1つだといわれているそうです。人は5つの味を感じることで、安全にひつようなえいようをとることができるそうです。」
「ああ、そうなのね。で、5つの味って?」
「甘い味、すっぱい味、しょっぱい味、にがい味、そしてうま味です。うま味を感じることはタンパクしつをとったサインになるそうです。」
メイリンは、上海にいたときに本で読んだことを思い出しながら、いっしょうけんめい説明しました。
「そうそう、みそしるを飲むと、うま味を感じる。みそはだいずから作られていてタンパクしつがある。勉強になる~。」
「そうそう。そして、ひき肉としょうゆとオリーブオイル、ごま油、ほしエビパウダー、こしょうをまぜてください。みなさんの持ってきたものも入れてください。白っぽくなるまで、まぜてください。」
「はい。」
「その間に、私はもっとおいしくするためのスパイスを作ります。ねぎとしょうがと、好きじゃなければ入れなくてもいいですが、コリアンダーかパクチーをこまかく切って、えっと、みじん切りにしておきます。」
「薬味(やくみ)だね。おいしそう。私はパクチーが好き。」
「好きなら、入れましょう。」
「お肉がそろそろ白くなってきた。」
「ああ、いい感じですね。じゃ、そこに、はじめにこまかく切った白菜を入れてまぜます。そのあとで、スパイスを、やくみですね、入れて、やさしくまぜます。」
「これでいい?」
「はい。いいです。じゃ、ぎょうざの皮(かわ)に肉を分けてのせて、皮のまわりに水をつけて半分におります。こんなふうに…。」
「はい。」
「そして、肉が外にでないように、おさえてしっかり閉じてください。それから、もういちど両方のはしに水をつけてくっつけます。まるくなりますね。」
「これでいい?」
「ああ、上手ですね。これはむかしの中国のお金、今で言うコインのような形です。お金を持ってきてくれるという意味があります。」
「そうですか。かわいいけど、そういう意味があるんだね。」
「ええ。じゃ、私も作ります。中国、とくに北のほうでは、むかしから旧正月、2月のはじめごろですね、によく食べます。家族でいっしょに作ることも多いですよ。」
「楽しそう。日本では、家族で作る料理というのは、あまり聞かないね。むかしは男の人は台所に入るな、と言われていたみたい。料理は女の人が作るものだと考えられてた。今、そう考えている男の人は結婚できないかもしれないけど。」
「そうなんですね。中国では、前から男の人も料理を作っていたようですよ。」
話している間に、ぎょうざが40個できました。
「じゃ、ぎょうざをゆでましょう。なべにおゆがわいたら、入れてください。ぎょうざとぎょうざがくっつかないように、ゆっくりおゆをかきまぜてください。」
「わかりました。」
「8分ぐらいゆでてください。その間に、いっしょに食べるレタスをちぎっておいてください。これから、スープを作ります。」
「どんなスープですか。」
「今日はたまごスープにしましょう。でも、どんなスープでもいいと思います。たとえば、野菜をにて作ったスープとか。ぎょうざといっしょにいただくので、味がうすいほうがいいですね。」
「へえ。自由でうれしいね。家にあるもので作れそう。」
「ええ。それが中国料理のとくちょうの1つだと思います。じゃ、しいたけをほそく切ってください。それから、たまごを1つわって、まぜておいてください。」
「はい。」
「それから、水をあたためながらしいたけと塩を入れて、わきはじめたら、たまごをゆっくり少しずつ入れます。卵がういてきたら、火を止めて、カップに入れます。」
「これでいいですか。」
「いいですね。おいしそうです。これでスープができました。」
「ぎょうざ、そろそろ8分たちますね。」
「そうですね。ぎょうざを取る前に、こうやって、ちぎったレタスをざるに入れて、それをぎょうざをゆでているなべに入れます。」
「へえ、ぎょうざの上に入れるんだ。」
「ええ。それでやわらかくなるまでぎょうざといっしょににます。あ、そろそろいいですね。じゃ、火を止めましょう。」
「はい。」
「で、レタスの水を切って、おさらにおきます。ぎょうざも水を切って、レタスの上におきます。これでできあがりです。」
「わあ、おいしそう!」
「さいごに、タレを作ります。しょうゆとお酢(す)とさとうとごま油と、みじん切りにしたねぎとショウガをまぜたらできあがりです。」
「わあ、かんたんね。」
「かんたんですけど、おいしいですよ。これで、全部できました!」
「ありがとう。よくわかりました。」
「じゃあ、さっそくいただきましょう。」
できあがった料理を見て、みんなうれしそうでした。

 「いただきましょう。」
「ぎょうざはレタスといっしょにたれにつけて食べるとおいしいですよ。」
「んー、おいしい。」
「それから、スープをかけて食べてもいいんです。水ぎょうざですから。スープの中でもおいしいですよ。」
「あ、ほんとだ! おいしい。やわらかいから、食べやすいね。」
「うん。おいしいし、野菜と肉のバランスもいいよね。体によさそう。」
「ええ。中国人は食べることが好きなんだけど、それはもともと体のために大切だと考えてるからだって言われてるんです。」
「そうなんだ。」
「持ってきたものを入れたぎょうざはどうですか。スニョンさん、ナンシーさん。」
「キムチの味がして、おいしいよ。」
「ハムもおいしい。」
「他の人は?」
「カレー味、グッド!」
「オリーブもよく合ってる。」
「なっとうはねばねばがなくなってて食べやすい。」
「じゃ、よかったら、いろんな味のぎょうざを食べてみてください。」
「うん。このカレー味、食べてみて。」
「このキムチ味もどうぞ。」
いろいろな味のぎょうざを食べて、みんなは本当に楽しそうでした。メイリンは
(今回もみんなに助けられたけど、大成功(だいせいこう)! よかった!!)
と、本当にうれしくなりました。
「ああ、おいしかった!メイリンさん、ありがとう。」
「こちらこそ、みなさんありがとうございました。」
「こうやってみんなで作れて、中国料理っていいね。」
「ありがとう。それに、中国料理はみんなで食べて心と心がつながることも大切にしてると言われてます。」 
「料理も文化だね。いろいろな考えかたがあらわれていて、おもしろいね。」
「そうだね。」
「ねえ、ときどき、いろいろな国の料理を作る会をしない?」
「いいね。そうしよう!」
 それからときどき、食堂でいろいろな国の料理を作る会をすることになりました。料理をとおして、クラスメートたちはその国のことやおたがいのことがもっとわかるようになりました。メイリンは、料理にはみんなをつなげる力があることが、あらためてよくわかりました。そして、これからも料理をとおして、みんながもっと分かり合えるようになるといいなあ、と思いました。